C-13 グローバル企業③
諸君。ごきげんよう。
わたしの名前はランケット。
ラックライクの街で冒険者組合の受付をしている女。
10代と20代をいったりきたり(?)しているわたしだが、この冒険者組合で働き始めてそれなりの時を過ごしてきた。だが、そんな経験豊富なわたしにも初めての出来事が起きている。
ドラゴンの群れが襲来。街のすぐ近くに降り立ち、停留。
混乱した衛兵の話では酒盛りのあと大工仕事を始めたらしい。
なんだそりゃ。仕事しろ馬鹿兵士。
事態を重く見た都市長は王都へ軍の要請を出した。でもここから王都は遠い。伝令が届き、討伐部隊が編成され、且つこの街まで来るのを待つのには時間がかかりすぎている。
そこで我々冒険者組合にもお声がかかった。内容は軍の遠征を待つ間、ラックライクを守り抜くこと。依頼を受けたわたし達冒険者組合は、街中の実力者達に招集をかけた。
報酬は驚くべき破格の金銭である。それでも人は集まらないだろう、とわたし達は考えていた。
ところがどうだ。今や組合の小さな建物は武装した屈強な男達で一杯である。実力の有無を問わず、話を聞きつけた人達が集まってくれたのだ。
――と、ここまで聞けば美談に思える。
絶望的状況だというのに街を守るため命を投げ出す冒険者達。彼らは恐怖を乗り越え、愛する者のために立ち向かうのだ
そんな風に思えたらどんなに良かっただろうか。
わたしにとって、初めての出来事が目の前で起こっている。
人知を越えた圧倒的理不尽。
ネコミミを付けたメイド服の美少女が、御輿に担がれて褒めそやされている。
比喩ではない。実際に御輿の上に担がれているのだ。
冒険者達はその光景を大喝采で歓迎し、「姫!」「姫!」と叫び続けている。中には感極まって泣き出す者もいるくらいだ。
なんだこれ。
もう一回言うぞ。
なんぞこれっ!
ギブアップ。もうダメだ。わたしの手には余る。ドラゴンだけでもご馳走様なのにこんな理不尽なワンシーンを見せられてどうしろというのだ。なんも言えねーよ。帰りてえ。なんもかんも放っぽってゴロ寝しながら最後を迎えたい。
あーもー。あー、もぅ!
「チクショー! わたしももてはやされてぇー!」
「何を叫んでるんですか……」
ああ、ジャケット君。聞いておくれよ。お姉さんはやさぐれているのだ。
「モテたい。チヤホヤされたい。ああ、なんであのポジションにいるのがわたしじゃないんだ……っ!」
「毒されちゃダメですよ。だいたい、持ち上げられるにしたって、あーゆー感じでいいんですか? 恋愛とか人気者って感じじゃあないでしょう。カルトですよ、カルト」
「カルトでもセクトでも狂信者でもいいの。わたしを崇め称えてくれるならなんだって――――おわぁっ! ジャケット君、何聞いてるのよ!」
いつの間に。いや、さっきからいたか。
いかんいかん、あまりのうらやましさに気もそぞろになっていた。わたしは仕事に生きる女、ランケット。如何なる状況にあっても職務をこなさなければ。
そうと決まれば善は急げだ。受付カウンターから立ち上がり荒くれ共の前に立つ。
「お集まりの冒険者の皆さん。突然の招集に答えてくださりありがとうございます」
大声を張り上げて話し始めたものの、ジャケット君以外誰も聞いちゃいねえ。
ぐぅぅ、こういうのは本当は支部局長の仕事でしょうに。ロンドさんめ。都市長との打ち合わせがあるからって留守をわたし一人に押しつけて!
「ちょっと。ありがとうございますってば。ねえ。聞いて! 聞けよ! 無視すんな-!」
どうなってるんだ。ガン無視じゃあないか。くそう、こうなったらいい歳した女の本気の泣き声を聞かせてやろうか。いっそ無様にわめき散らかしてくれようか! あぁん?
社会的立場を犠牲にする覚悟を決めたその時、ジャケット君が二度、手を打ち鳴らした。それに気付いたコートちゃんが「静まれ」とジェスチャーで伝える。それだけで先程までの喧噪が嘘のように静まった。
世の中は理不尽だ。それとありがとうジャケット君。
さあどうぞ、と手のひらを向けるジャケット君に従い、わたしはもう一度口を開いた。
「お集まりの冒険者の皆さん。突然の招集に答えてくださりありがとうございます。
その内容については皆様もお分かりのことと存じます。そう、ドラゴンの件です。
この度、都市長より正式な依頼を受けました。『王都に救援の要請を飛ばした。王国軍のドラゴン討伐隊が来るまで街を守り抜け』と。
つまり、我々の仕事は退治ではありません。街の防衛こそが依頼の達成条件です。その報賞額はここにいる皆さんで等分してもなお大金と言えるでしょう。
相手は強大なドラゴン。しかも一匹ではありません。しかし、これまでこの街を守ってくださった屈強な皆さんであれば、きっとこの困難な依頼も完遂してくださるものと信じております。
どうぞ皆様、この依頼にご参加を。勇気ある皆様のご武運を心よりお祈り申し上げます」
そして最後に深々と頭を下げる。
よく言えたわたし。練習通りだ。カンペ丸暗記だが抑揚も付けて語れたはずだ。パーフェクトだ。わたしの仕事はもう終わり。あとは冒険者達のお仕事です。いってらっしゃい。わたしはもう疲れました。帰って寝ます。ばいばい。
達成感に満ち足りたわたしは、頭を上げたところで一気に水を差された気分になった。
御輿の上であぐらをかいて座る美少女が、右手を真っ直ぐに挙げていたのだ。
嫌な予感がする。むしろ嫌な予感しかしない。ああ、声をかけたくない。このまま回れ右して帰りたい。しかしわたしは仕事の出来る女としての自分を失いたくない。さっき一度投げ捨てようとはしたけれど、こうしてもう一度拾うことが出来たのだ。一介の小市民でしかないわたしにとって、この「出来る女」というイメージはとてもとても大切なものなのだ。自尊心的な意味で。だがちくしょう、そうなると挙手したあの子を指名して話を聞かなくてはいけないのか。うぅぅ、聞きたくねぇ~。絶対変なこと言い出すよ。だってコートちゃん、トラブルメーカーなんだもの。いや、だが、しかし、こうしていても埒が明かない。いずれにせよこんな状況になった時点で話を聞く以外の選択肢など無いのだ。聞け、聞くのだランケット。とっとと済ませて家路につくのだ。これさえ終わればあとは丸投げでいいのだ! 覚悟を決めろ。女は度胸だ!
「…………コートちゃん、なにかあるのかしら?」
「うむ。そのドラゴンの件なのだがね」
ほらきた。ほら! ほらねー! もー。もーーー。
「今回は俺一人に任せてもらえないだろうか」
……………………ん?
あれ、変なこと言い出すのはいつものことだけれど、どういうことだろう。ドラゴンの群れに対して一人で? これがそこらの相手なら「阿呆か」と切り捨てるところだが、相手はなにせコートちゃんだ。なにか妙案でもあるのだろうか。
何を考えているかわたしでは判断付かないが、弟であるジャケット君ならばどうだろうか。探るように隣を見ると、なんだか嫌そうな顔でコートちゃんを睨んでいる。
「言っておくが、俺は手伝わないからな」
「はん。期待して無いとも弟よ。そもそも俺一人で十分だからな。
さて、周りで聞いている有象無象も疑問に思ったことだろう。俺みたいなネコミミ美少女メイドがドラゴンの群れの前に立って何が出来るのか、と。だが、その前に俺のフルネームを思い出して欲しい。
さあ、俺の名前を言ってみろ!」
コートちゃんの言葉を聞いて周りの取り巻き達がざわめき始める。
「姉御」「女王様」「姫」「お姉様」「猪殺し」「ナックル・プリンセス」「罵倒姫」「金的潰し」「組合の主」「歩く災害」「美少女詐欺」「なんちゃって獣人」「三代殺し」
口々にコートちゃんの二つ名を挙げていく。こうして聞くと碌なのがないな。ちなみに「三代殺し」というのは、相手を乏しめる時に親・本人・子供の三代に渡って罵られることから付いたあだ名だ。わたしもここに勤めて長いのだが、そんな通り名を聞いたのは初めてだった。
「コート・ザ・ドラゴンじゃボケぇっ!」
憤慨する当人だけど、それ名乗ったのここに来た初めの日だけですから! そしてわたし以外に聞いていた人が居ないという……。だと言うのに当然のように怒り出すコートちゃん。これが自由奔放って奴か。無敵だなぁ。うらやましい。
「つまり?」
代表して御輿を担いでいた一人が聞いた。
「おバカ! ファミリーネームがドラゴンだよ? ドラゴンに関わりがあるって伝わらないかなぁ。お前らの頭の出来が悪いからなんだか締まらない感じになっちゃったじゃないか。察しろよなぁ、そこんとこ」
呆れ顔のコートちゃん。一通り文句を言い終えたところでゴホンと一つ咳払いをし、演説を始めるように両の手を広げた。
「よく聞けバカども。俺の名はコート・ザ・ドラゴン。先祖にドラゴンを持つと言われる遠方のやんごとなき出自であーる。
安心するがいい。この一件、俺に任せておけばいい。
何故ならば、近郊にたむろするドラゴンの群れの中に、見知った顔が居たからだ。我が一族を守護するドラゴンの一翼である。俺がこの街にいることを知れば決して無碍にはするまいよ。
さらに、そこを窓口に交渉を行えば、この程度の案件などどうとでもなる。この俺が穏便に事を片付けてやろうじゃあないか。はーっはっはっはーっ」
お……おぉぉ……本当に? やった! 絶望的な状況だと思っていたけれど、希望が出てきた!
生き残れるかも知れない。その事実に集まった皆は俄然色めき立つ――いや、こいつらは最初から大興奮だったっけ。
「ふはははは。苦しゅうないぞ。信じるものは救われるのだ。俺を信じろ、崇めろ、称えろ! この俺、コート・ザ・ドラゴンを一つよろしく! いってきまーす」
万雷の拍手や万歳三唱を受けて出立するコートちゃん。なんという頼もしい背中だろう。これまでのどこか胡散臭かった存在感が夢幻のように消えていく。
頑張ってねコートちゃん。お姉さんはあなたの帰りを寝床でゴロゴロしながら待ってます。
さて、そうと決まれば帰り支度だ――と、後ろを振り向いたところでジャケット君と目が合った。彼は非常に冷めた目をしていたが、わたしの顔を見るなり誤魔化すように笑顔を作った。
…………ああ、なんだかとっても嫌な記憶を思い出してしまったぞ。
◆
『まずは名前を聞かせてください』
『はい。俺の名前はコート・ザ・ドラゴンです』
『なんだよ、ザ・ドラゴンって』
『いいだろ? ペット暮らしの時は家名なんか無かったからな。折角だから付けてみたんだ』
『ふーん。じゃあさしずめ俺はジャケット・ザ・ドラゴンだな』
『なんだよ。城住まいのお坊ちゃんは名字も持ってなかったのか』
『いや、あんただって知ってるだろ。俺、最初、名前無かったじゃん』
『ははははは。そうだったそうだった!』
◆
……………………偽名じゃないかぁぁぁぁぁっ!!




