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C-11 グローバル企業①

 前回までのあらすじ。

 俺氏、おごった記憶もないのに部下から「ご馳走様です!」とお礼を言われて得も知れぬ恐怖を感じる。


 ◆


 我々美少女・美少年コンビがこのラックライクの街で冒険者となり、数ヶ月の時が過ぎた。

 当初こそ、組合にたむろする糞虫共を張り倒したり、ウサギを捕まえるついでに大猪を撲殺したりと騒ぎを起こしてしまったものだが、一度腰を据えて落ち着いてしまえばそうそう荒事など起こるものではない。俺も黒少年も平々凡々とした毎日を過ごしていた。


 いつも通り冒険者組合のスイングドアを押し開ければ、すっかり顔なじみとなった男が挨拶をしてきた。

「お帰りなさいませ姫! イスをご用意しております!」

 案内されるまま四つん這いのイスに近寄り、「汚ねえイスだな!」という罵声と共にケツに一発入れたあとその背に腰をかける。

 返事はもちろん「ありがとうございます!」だ。

「おい糞虫。俺達二人を満足させられる依頼はあったかね?」

 呼べばすぐ来る糞虫。良く教育されている。

「僭越ながら、わたくしが姫のために選別致しました。こちらをどうぞ」

 恭しく依頼書を差し出す糞虫にご褒美の張り手を授け受け取る。

「はん?

『家政婦募集 年齢問わず 炊事が一般以上に出来ること 出来高払い』

 ふはは、なんだこれは。冒険者をなんだと思っているんだ。

 なあ、おい、糞虫」

 呼ばれて近寄る糞虫にもう一度張り手を授ける。

「素晴らしいぞ。気に入った。こんなに訳の分からない依頼は初めてだ!

 (しか)らば俺が教えてやろう、最高のメイド魂というものを!」

 気合いを入れて立ち上がる俺に周囲から鳴り止まぬ「姫」コールが沸き上がる。


 そしてネコミミ・ネコ尻尾を持つ美少女の俺に、新しくメイド属性が追加されたのであった。


 ◆


 そんなごくごく一般的な冒険者らしいその日暮らしをしていたある日、街中を散策中にふとしたものが目に止まった。

 ごくごく普通の雑貨屋の軒先に置かれていたそれは、これまたごくごく普通のT字のカミソリである。しかしここが現代日本であれば、もしくは我らが故郷・人類帝国であれば違和感は感じなかっただろう。

 だが異世界の、こんななんでもない場所に在る雑貨屋に置いてあるとやけに目立つ。竹藪の中に一本だけ杉の木が生えているような違和感だ。

 近寄って手に取り、ためつすがめつ眺める。ドラゴン商会(ウチ)の商品と比べると大分造りが荒いな。使い捨てとしては申し分ないのだろうが、現代日本と違い五本で百円というわけには行かない。お高い贅沢品といったところだ。

 黒少年も興味深げに触って確かめている。

「これってあれかな。俺達みたいに転生した誰かが広めたのかな」

 うーむ、どうだろう。有り無しで言えば割と有り得そうな話である。

「もしそうだとしたら、そいつもドラゴンなのかね?」

 と返せば、今度は黒少年が眉根を寄せて考え始める。

 俺達の知る転生者と言えば、竜王様に、初代獣神、そして我々二人である。見事に全員ドラゴンだ。

 だからどうだという話ではあるが、他にも転生者が居るのであればなんとなく会ってみたい気はする。旅先で偶然同郷の人を見かけた時のホッとした感じや不思議な仲間意識。そういうものがチラと芽生えたのだ。


 二人、顔を見合わせて頷き合うと、雑貨屋の中へと踏み込み店主へ声をかけた。

「あーん? どちらさんかのう――お、おお、何者じゃ!?」

 店主は腰の曲がった老人であったが、我々を見るなり仰け反って驚いていた。

「なんだこの野郎、失礼な奴だな」

「やめろよ。年長者に失礼だろ」

 良い子ぶってんじゃないよ。何が年長者か。こちとら六百年以上生きてんだよ。俺の方がぶっちぎりで年長だっつーの。

 と、憤ったところで黒少年の不躾な視線に気付く。なんだね今更舐めるように見回しやがって。

「もうすっかり慣れちまってたけど、なんだよあんたのその格好。ファンキーすぎて年寄りじゃなくても驚くわ」

「そんなにセクシーかね?」

「だらしないって意味でだよ!」

 失礼しちゃうわ。メイド服なんてありふれているだろう。よしんばそれを身に付けたのが愛らしくも可愛らしい俺だったとしてもだ。


 おっと、雑貨屋のじいさんが睨んでいる。騒がしくしすぎたかな?

「……そっちの嬢ちゃんは、獣人だろう」

「ちがうよ」

 証拠とばかりにネコミミを摘んで頭上に外してみせると、雑貨屋のじいさんはこれでもかと目を見開いて驚いていた。最近は馴染みすぎて着脱自在になったネコミミとネコ尻尾である。これだけとっても俺の日々の成長が伺えよう。

 しかしどうもこのじいさんは獣人差別主義者っぽいね。黒少年の目つきが怖いよ。剣呑剣呑。獣人どころか人間ですらないこいつが暴れ出すと止めるのが骨だ。さっさと用事を済ませてしまおう。

「時に店主、軒先でこれを見させてもらった。仕入れ先はどこかね?」

「うん? ああ、『さんさろ』か。ふん、気になるかね?」

「『さんさろ』?」

「ワシが名付けた。形が似とるじゃろ」

 さんさろ……さんさろ…………ああ、三叉路か。こっちの大陸にはアルファベットがないからな。Tの字に相当する文字がないわけだ。納得。


「名付け親って事は、じいさんが発明者?」

「そうじゃ」

 おお、なんてこった。やっと出会った転生者が枯れかけのじじいとは。このガッカリ感よ。俺達の期待を返せ。

「――と、言いたいところじゃが、違う。偶然手に入れた物をマネして作っただけじゃ。ところが本物と比べるとどうもお粗末な出来でな。まあ、それでもそこそこ売れとるんじゃが。見てみるか?」

「いいのか!」

「ふん。構わんさ。マネ出来るものならやってみろ」

 一度奥に引っ込んでオリジナルの『さんさろ』を手に取り戻ってきたじいさん。

 俺から見るとこれもチープな作りなのだが、得も言われぬ懐かしさを感じる。すぐに錆びる粗末な刃、安っぽい色合い、如何にも大量生産の簡素な造形。

 そして持ち手の部分に描かれたドラゴン商会のマーク。


 うん、はい、そうだね。身に覚えがあるはずだね。

 ドラゴン商会(ウチ)の商品じゃねーか。

 T字カミソリを世に出した転生者は俺でした。

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