B-11 お化けが流行った
俺は嬉しいよ。みんなにお化け屋敷の楽しさを知ってもらえて。
みんなも楽しそうに「ケタケタ」笑って仕事に励んでくれている。
ホラーが育む楽しい職場だ。
だが、商業的には失敗だったかな~。
当初は予定通りお化け屋敷を建築して集客に励んだのだ。
しかし客入りは今一つであった。
やはり馴染みのない娯楽施設には食いつきが悪かったか。市場アンケートを取ったところ、「危ない感じがする」が第一位だったからな。今やホラー大好きのドラゴン商会の幹部連中ですら最初は否定的だったのだ。もっと街頭映写板でホラーのなんたるかを喧伝しておくべきであった。
まあ、何故かアンケート第二位が「店員の眼が怖い」だったけど。何かに取り憑かれているような狂気を感じるそうなのだが……ふぅむ?
そんな訳で今はプロモーション活動に力を入れているところである。定番の七不思議とか作っちゃおうかなーなんて画策しているところだ。花子さんもベートーベンの肖像画も二宮金次郎像も無いので適当なもんにすげ替えなきゃいけないのだけれど。
んで、例によって会議をはじめたわけなのだが。
「はい。俺そういうの知ってますよ。都市伝説って言うんですかね」
え、そういうのこっちの世界でもあるんだ! なんだ、だったらホラーが普及するのもすぐなんじゃなかろうか。だって下地ができてるんだから。
「良い情報だ! 教えてくれたまえ!」
「コンデュアの都市伝説なんですけど、言うこと聞かない悪い子は舌をべろんべろん出した世にも奇妙なモンスターに襲われるって話で。元を辿ると二百年くらい昔に実在した本当の怪物なんですって!」
「うん、却下で」
なんかすげー聞き覚えあるから。
「怖い話、ですか。これは近所のおばちゃんに聞いた話なんですがね。ほら、前にT字のカミソリ、作って売り出したじゃないですか。それ使って、旦那さんがヒゲ剃ってたらしいんですよ。それで、使い勝手も良いしケガもしにくいから良い商品だね、流石ドラゴン商会、って話になったそうなんですけどね。
ほら、あれって結構、刃の所に剃ったヒゲがたまっちゃうでしょう? その旦那さん、キレイにしようと思って溜まったヒゲのカスを落とそうと、指を当てて、こう、スッ、と横に――」
「怖いけども! それは別種の怖さだろう。ホラーじゃないよ。スプラッタだよ。大体七不思議だっつーに、どこに不思議があるんだよ」
「ケガするの分かりきってるのに、旦那さん、なんでそんな事しちゃったんでしょうね?」
「そうだね! 不思議だね――って、違うっつーに」
方向性が分かっとらんなこいつは。もっぺん夢の世界に招待してやろうか。
「商会長。おれね……見ちゃったんですよ…………」
お、なんだなんだ。雰囲気あるじゃあないか。期待して良いんだろうな。
「昨日の夜、空飛んで帰ってたんですけど、途中で地面がなんだか明るいなー、と思って下を見てみたら――」
「見てみたら?」
「き、金色の瞳を持つ、大きな眼が! こ、こちらを見ていたのです。一つ目のそれは、時折ゆらゆらと波打つように揺れ動き、お、おれの姿を追ってくるんです!」
「……そう」
周囲からは「えー、怖~い」だの「そんなモンスター見たことない!」だの「ガチお化けやんけ」だのといった感想が聞こえてくる。けど、多分、それって湖に映った満月だよなぁ。波打つって自分で言っちゃってるし。
前世だったら「お化けなんて居るわけないだろ」で一蹴できるんだが、こっちの世界にゃなまじっか悪霊系の魔物なんてのが実在するんで否定しづらいなぁ。
……いや、方向性は合ってるのか? 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」って言うしな。思い込みでも恐ろしい何かが見えたのならそれがお化けで良いのだろう。
「よしいいぞ! 今の話は採用だ! 七不思議の一つ目は『地面から覗く金色の瞳』で決定だ!」
わーわー、ぱちぱちぱち。
◆
そして遂に、大陸の七不思議、完成である。
1 地面から覗く金色の瞳
(湖に映った満月)
2 嘆きの岩山
(風の音でしょう)
3 いつの間にか動く彫像
(改修して戻す時レイアウト変えたらしい)
4 開かずの扉
(錆びてた)
5 神殿の下から聞こえる赤子の泣き声
(軒下で子猫が鳴いてただけだった)
6 神隠しに遭う貴族の重鎮
(エルフ美女の粛正やんけ……)
なお、七つ目の不思議は欠番である。七つ全ての不思議を知ってしまったらこの世から消されてしまうのだ――っていうのも定番だと思ったので敢えて六つにとどめた。
この七不思議を基にしてプロパガンダ映像を作り、街頭映写板に深夜限定で垂れ流し、親御さんからの「子供が怖がって眠れなくなった」という苦情を無視し続けた結果――
――なんか、予定よりも流行ってしまった。
「ねーねー、七不思議の最後の一つって知ってる? 街に来た音楽隊に連れ去られて、別の街で音楽隊の一人にされちゃうんだって」
「違うよ、土に埋められて、頭蓋骨割られて、不気味な魔物に頭の中身食べられちゃうんだよ」
「子供好きの太ったドラゴンに人形に変えられてエッチな事させられるって聞いたけど」
「町中から人がいなくなるんだよ。でもね、本当にいなくなったのは街の人達じゃなくって、自分なんだ。街の造りは全く同じだけど誰もいない世界に連れ去られて、そこで一人で死ぬんだよ」
と、このように七不思議の七つ目がいくつもいくつも作られたのだ。
いやはや、こちらの住人も想像力豊かなものだ。切っ掛けさえ与えてあげれば自ら考え作り出すことが出来る。素晴らしい。これこそが創作の喜びである。
でも、やっぱり商業的にはイマイチなんだよなー。
依然お化け屋敷が流行る様子はない。不人気の理由として「店員の眼が怖い」が遂に堂々のアンケート一位に輝いてしまった。何故だ。みんなあんなに楽しそうに「ケタケタ」笑って働いてくれているのに!
まあ、全てが上手くいくわけではないのだ。失敗することだってある。
今回の件はこれにてお仕舞い。ちゃんちゃん。
◆
――とはいかず。
かけた手間暇と金銭について大損であったことを黒ドラゴンに愚痴っていた時のことである。
「そう言えばさぁ」などと意味深な前置きを作って黒ドラゴンが言うのだ。
「七不思議の一つ目ってさ、あんたは満月が映った湖面だって考えてたんだろ? でもさ、それっておかしくないか」
……そう? なんか変なところあるかね。
「いや、だって、満月だったら見間違うわけ無いだろ。暗がりだったら湖の境目に気付かないって事もあるかもだけど、夜目の利くドラゴンがだよ、満月の出ている明るい夜にだよ、水月を瞳と間違えるものかね?」
…………言われてみれば。
黒ドラゴンは念のため『博識万能』で調べてみたそうな。だが、結果は「分からない」。何故ならば、この世界の誰も知らない知識を『博識』からは得られないからである。
だが俺の『全知』であれば! 誰もが知らない全ての理を識ることが出来る!
さあ、『全知全能』よ! 金色の瞳の正体を教えたまえ――あがががが、苦い渋いまずいまずいまずい~。
「……どうだった?」
「まあ、見間違いなんて誰にでもあるもんさ」
「露骨に誤魔化したな! 通じると思ってんのか。あんたが『識った』時点で俺の『博識』でも調べられるようになるんだからな!」
「まあまあまあ。いいじゃんいいじゃん、分からないことを分からないままにしておくことも時には必要だって。無理に探る必要なんて無いだろ? やめて。ねえ、あ、ああ~っ!」
この世界の魔物とは、争い続けた人間達の負の念が集まり形を為したものである。それは長い歴史の内に『認識』され、生態系に組み込まれた。
そして今回。
ホラーという概念を広めたことで、人々はお化けを『認識』してしまった。そして恐怖が生まれ、伝播し、やがて集まり形を為した。金色の瞳はその一つである。
つまり、その、なんというか――
新種のモンスターを生み出してしまった…………
黒ドラゴンの「なにしてくれとんじゃ」というジト目が突き刺さる。
いやー、まさかこんな事態になってしまうとは。参った参った。はっはっはっ。
迂闊なことはするもんじゃあないねぇ。
うむ。勉強になった! 今回のことを糧に、今後は気をつけるとしよう!
ちゃんちゃん♪
「なにがちゃんちゃんだ! これがそんなんで済む事態か!」
黒ドラゴンの大激怒。
あー、すいませんでした! すいませんでした~っ!




