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B-9 お化け屋敷を流行らそう①

 こんにちは。ブルジョアです。


 最近気付いたんだけど、この世界にはホラーってジャンルがないんだよな。

 幽霊やお化けなんてそこら中に実在するのだけれど、それはレイスやアンデッドといった『怪物(モンスター)』でしかない。実害のある害獣と一緒で、駆逐の対象である。


 怖いは怖いのだけれど、恐怖のベクトルが違うんだよね。


 だったらこの俺が教えてやろうじゃあないか。娯楽のための恐怖を!


 ◆


 と、言うわけで例によって例の如く、ドラゴン商会の幹部連中を集めて作戦会議を始めたのだが。

 うーむ、どうも(かんば)しくない。というか、お化けによる恐怖と、楽しむための娯楽が、彼らの中ではイコールで結びつかないようなのだ。

「商会長に質問なんですけどー、それって危ないんでは? わたしらドラゴンだけでなしに人間とかの弱い種族も対象なんでしょう。それも戦闘職や聖職者じゃなくて、農家や商人・サービス業の非戦闘職も対象だなんて。ヘタすると食べられてしまうのでは?」

「いや、基本ノータッチだから。双方向でお障り厳禁だから。むしろ血の気の多いお客様が暴れ出さないかの方が心配だから。安心・安全な恐怖を提供するのだよ」

 答えてやっても納得したようなしてないような顔で頭の上に疑問符を浮かべている。

「っていうか、幽鬼系のも不死系のも、怖いかな。あんなのしぶといだけで雑魚だと思うのだけど」

「いやー、魔法使われると厄介なのもいるよ。ノーライフキングとか、王様名乗るだけあってそこそこ脅威でしょ」

「物理攻撃効かない相手もいるし、厄介は厄介かな。怖いかって言われると、そうでもないけど」

 だから戦うんじゃないっつーに。ノータッチは「遠距離攻撃で倒せ」って意味じゃないからな。


 ええい、口で言っても(らち)が明かない。ここは一度実演してやるべきだろう。


 ◆


「えー、それでは、これから夢の中で俺の考えるホラーエンターテイメント、恐怖の館お化け屋敷というものを体感してもらいます。そして夢での体験はこちらの映写板(テレビもどき)に映して皆さんにも見てもらいます。

 それで雰囲気だけでも伝わればあとがやりやすいんだけどなぁ。

 さて、犠牲者一号は誰にやってもらおうか…………よし、お前、こっち来て眠れ」

 先ほどお化けなんか怖かないよと言っていた輩の一人を指名する。

「オレで良いんですか? もっと弱い奴選んだ方がいいのでは――ああいう雑魚敵に怖がるなんてことないですよ?」

 良いんだよ、お前くらいの向こう見ずな方が。

 渋々といった感じで前に出て来たそいつをイスに座らせ、スキル『全知全能』を使用して眠らせる。

 うぐ、に、苦い……。だが今この場でお化けの恐怖をイメージできるのは俺一人――ここが踏ん張りどころだ。さあ、いくぞ。貴様の夢を操作して恐怖というものを教えてやる!


 ◆


「――――んぁ~?」

 ドラゴン商会の販売促進部部長補佐・ラグアシュレイが意識を取り戻した時、周りの風景は一変したいた。月明かりのない暗がり、周囲を木々に覆われた、廃れた大きな屋敷の玄関先に彼は立っていた。


 ――ああ、商会長の言ってた夢か。


 夢の中とは思えないくらい意識がはっきりしていて、まるで違和感がない。実は寝ている間に異界に放り込まれたのだと言われても疑わないだろう程度に。

 これが明晰夢って奴かな、などと考えられるくらいに余裕のあるラグアシュレイ。まだコートに聞かされた恐怖というものが把握できない様子である。暗がりとはいえ夜目が利く彼には関係ないことだし、息の廃れ具合を見ても風情があるなぁ程度にしか思えない。


「おーい、聞こえるかー?」

「あれ、商会長。念話ですか? それにしては距離が近く感じるなぁ」

「ちょっと違うけど、似たようなもんだよ。取りあえず屋敷の中に入って、地下の一番奥にある部屋まで向かってくれ。そこにあるものを取って、また玄関から出てくれればクリアーだ」

「それだけでいいんですか。じゃあ、まあ、とっとと終わらせちゃいますけど……」


 怯えることなどあり得ないと信じている彼は、臆することなく扉を開く。

 中はロウソクの明かりだけが小さく灯る薄暗さであった。そして外見(そとみ)同様、荒れている。確かにレイスが好んで出てきそうな雰囲気である。

 ただ、空気が冷え込んでいる。今は人の姿を取っているとはいえ、元々がドラゴンである彼にとって心地よい温度ではなかった。


 早く終わらせてしまおう、と足を踏み入れたところで、開けっ放しにしておいた玄関の扉が寂れた音を立てながらひとりでに締まった。風は吹いてなかったけどな、などと考えつつも、念のため外を確認すべくドアノブを回す。

 が、扉はビクともしない。

 いつの間に鍵がかけられたのか。いや、そもそも鍵がかけられたところで、ドラゴンである彼にとって木製の扉を破壊して外に出ることなど容易い。

 だが、やはり扉はビクともしない。

 割と強めに殴ってもみたが、ヒビすら入らない。彼が思っていたより丈夫な扉のようである。


 ――まあ、いいか。


 帰りにも試して開かないようであれば、今度こそ本気で壊してしまえばいい。そう楽観的に捉えて踵を返したところで、「ひっ!」と小さく息を漏らす声が聞こえた。

「ん? 何?」

「あー、今のは、外でこの夢の映像を見てる誰かの声だ。一応、映写板見てる連中とも会話できるようになってるから。あんまり頻繁に話しちゃうと興醒めかもだけど」

「へー。そういうこともできるんですねー。流石は商会長!」

 軽口を叩きながらも、ラグアシュレイは少しだけ警戒心を抱く。先ほどの外の声に僅かばかりの恐怖の色を感じ取ったためだ。つまり、映像を見ている誰かが驚くような何かが自分の周りで起こったのだろう。

 油断は――正直言って、していた。だが、それでもドラゴンである己に気配を感じさせないとは、中々の手練れである。警戒するに相応しい相手がいるのかも、と評価していた。

 そして今も、何者かの気配は感じない。


 ――面白くなってきたぞ。


 ラグアシュレイの口元に意図せず笑みが浮かぶ。

 言われてみれば、最初から「恐怖を与える」と宣言されているのだ。何も出ないわけがない。そしてそれを返り討ちにする自信は十分にあった。

 最早心に油断はない。来るなら来いよ、と待ち望んですらいる。

 そして彼は最初の指示通りに地下を目指して歩き始めた。下り階段がどこにあるかは分からない。探索の開始である。


 ◆


 石で出来た床には絨毯が敷かれてはいたが、ボロボロになったせいで足音を消してはくれない。これではどこかに潜む敵に対して居場所を教えているのと同じである。

 相手の気配は分からないのにこちらの気配は丸分かり。みっともないことだと苦笑してしまう。が、気配を隠すなど弱者の技である。圧倒的強者であるドラゴンが気にすることでもないか、と気を取り直す。


 しばらく歩いたところで、金物を擦るような音が聞こえてきた。

 初めて感じ取った自分以外の者の気配。耳を澄まして音を拾う。

 しゅーり、しゅーりと刀を研ぐような音がする。警戒しながら音源を探り近づくと、厨房に辿り着いた。屋敷に見合った大きな台所であり、かつ外観と同じ古びた様相であった。


 ではこの音は包丁を研ぐ時の――だが、部屋の中に人影はない。

 ラグアシュレイは違和感を感じたが、臆することなく音の出所を探す。程なくして流しの側で研ぎ石を発見。使っている者は見えず、しかし刃物を研ぐ音は続いている。


 ――くすくすくす。


「なんだよ。笑うなよ」

 画面越しの相手から馬鹿にされて笑われたのだと思うと少しだけ不快な気持ちが湧いて出た――ところで、「あれ?」と疑問を抱く。

 今のは一体誰の笑い声だろうか。

 声に聞き覚えが無く、人物を特定できない。


「あのー。今の笑い声って誰のですかね。いや、別に怒ってるわけでなく、聞いた覚えのない声だったので純粋に疑問に思ってですね……」


 素直に誰何(すいか)してみたものの、返ってきたのは笑い声だ。それも一つ二つではなく、あちらこちらから、たくさん。


 ――あ、これ、レイスの声か。


 気配がしないので気付かなかったが、画面越しの声ではなく、自分の周囲から直に聞こえる声だったらしい。外の声が違和感なく聞こえるために勘違いしてしまった。凄い技術ではあるが、こういう時は紛らわしい。

 そして勘違いした自分に少しの気恥ずかしさを感じたその時。


「後ろに!」


 と叫ぶような声が上がり、思わず背後を振り向いてしまったラグアシュレイ。

 警戒し、注意深く辺りを見回す。しかし何もない。

「?」

 頭上に疑問符を浮かべながら困惑するラグアシュレイ。警戒を解いて再び流しの方へ向き直り、研ぎ石の音の出所を探そうとした。

 だが、気付くと擦るような音は消えていて――代わりにゴトリと大きな音を立てて上から何かが落ちてきた。


 赤くて白い。


 それは人間の女の子の姿をしていた。白い素肌とワンピースを、血で濡らして。

 女の子の首が回って、目と目が合う。いや、この子には目がない。眼窩(がんか)は窪み、深くて暗い闇がはまっている。

 その口元が、ニタリと笑った。


 ラグアシュレイはブレスを放った。咄嗟(とっさ)の行動であった。

 そして彼は驚愕する。

 女の子は全くの無傷なのだ。脆そうな服にも焦げ跡一つありはしない。どころか、屋敷ごと吹き飛んでもおかしくないはずの威力だったのに、厨房の何もかもが、まるで何事もなかったかのようにそこにある。


 こと、ここに至ってようやくラグアシュレイに焦りが生まれた。

 己の力が通じない、得体の知れない何かがここにいる。


 目の前で。

 女の子が。

 恐ろしく低い声で話しかけてくる。


「あそぼうよ」


 ◆


 ラグアシュレイは悲鳴を上げていた。そしてあろうことか、その場を逃げ出していた。

 逃走など、絶対の力を誇るドラゴンにあるまじき行為である。

 しかしその時の彼は、プライドなどという言葉を欠片も抱かなかった。ただただ必死で逃げた。

 道中、廊下の壁や窓を破壊して外に出ようと試みたが、ビクともしなかった。そのため玄関の扉まで敗走を余儀なくされたのだが、この扉がどうしても開かない。そして当然、壊れない。


 ラグアシュレイは追い詰められていることを実感した。

 息を荒げて周囲を探る。追いかけてくる者の姿はない――いや、微かに音がする。ヒタヒタと、石床を素足で歩くような音が。

 足音は近づいてくる。

 だが姿は見えない。


「おーい、何やってんだよ」

 耳元から呆れたような声が聞こえた。

 だがラグアシュレイはほっとした。それは聞き慣れた声だったからだ。

「しょ、商会長~。なんなんですかあれ。レイスとかじゃないでしょ。なんでブレス効かないんですか~。

 っていうか、この扉開けて下さい。商会長が言ってたホラーっての、ちょっと分かりました。怖いです。俺が調子に乗ってました。ごめんなさい。だから、ね、お願いします」

 商会長は年若いとはいえ、ラグアシュレイよりも遥かに格上のドラゴンである。だからこの際、恥を忍んで素直に負けを認めた。この姿も見られていると思えば恥ずかしくはあるが、意地を張る程ではない。どうせ幹部の皆は身内のようなものなのだ。


 だが。


「おーい、何やってんだよ」

「……商会長?」

 何かがおかしい。


「おーい、何やってんだよ」

 声が近い。


「おーい、何やってんだよ」

 念話ではない。


「おーい、何やってんだよ」

 傍からハッキリと聞こえる声がする。


「おーい、何やってんだよ」

 繰り返し、繰り返し。


「おーい、何やってんだよ」

「おーい、何やってんだよ」

「おーい、何やってんだよ」

「おーい、何やってんだよ」

「こっち見ろよ」


 見た。

 声の出所を。

 見てしまった。

ケタケタケタ

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