A-11 人を以て鑑と為す
ふぅむ、困ったな。
ゴーレムを造るべく、先人の知恵を借りに参った訳だが。
これこのように当人を前にして、生来の天の邪鬼な性格が顔を出した。
素直に頭を下げて教えを請うのが難しい。気分的に。
別に相手がゴザるだからという訳ではないぞ。俺はオタクに寛容なのだ。
だって自分もオタクだし。
でもそれはそれ、これはこれ。
「眼福でゴザる~。同族の幼女を目の当たりにするなぞ何千年ぶりでゴザろうか。希有な機会を与えて下さった守護竜殿には感謝でゴザるよ」
こいつにお願いしますなんて言いたくないわ。
◆
「ドラゴンパンチ!」
「へぶぅっ!」
ゴザるの巨体が俺のパンチを受けて吹っ飛ぶ。
「な、何を! いくら生理的に受け付けないからといって、そこまで嫌悪感をあらわにせずとも……」
違うし。何気に辛辣だなおっちゃん。あんたゴザるのことそんな風に思ってたんだね。
「よく見ろおっちゃん。気を失ってピクピクしてるけど、顔はヨダレを垂らさんばかりの恍惚の表情だろう」
「――っ! まさしく。なんと面様な。気持ち悪い」
そうだね。気持ち悪いね。
「つまりこれはご褒美だよ」
「――――っ!?」
「そしてあの顔をヘブン状態と言う」
「――――っ!? ――っ??」
おっと、おっちゃんの理解を超えてしまったらしい。仕方ないね。これが文化の差だ。変態の国ジャパンから来た元日本人の俺と言葉が通じないのは無理からぬ事である。
だが俺は確信していた。目の前で沼に頭突っ込んで窒息死寸前のゴザるであれば我々(俺と黒ドラゴン)の領域まで辿り着けるはずだと。オタク的な意味で。もしくは酸欠状態の脳みそが良い感じにイカレろ。
「おぼっふ! げっほげっほ、いやはや、昇天寸前でゴザった」
「無事だったか。ザイドナックよ、大丈夫か?」
「平気の平左でゴザるよ。む、むしろ、創作意欲が駆り立てられる経験でゴザった。なんなら、も、もう一度…………」
ゴザる復活。だが残念、通常運転のようだ。まあ、異常が正常みたいだし、仕方がないか。
「さて、ゴザるよ」
「それがし、ザイドナックでゴザる。お嬢ちゃんのお名前はなんでゴザるか?」
「下賤に教える名など無いわ!」
ドラゴンパンチ! ゴザるの巨体が再び吹っ飛ぶ!
「おぅふ、強気幼女、良いでゴザるな。幼くかよわい見た目に反してきっつい目元と暴力的な行為。うふふふふ、下腹部がみなぎるでゴザる」
「うわぁ……」
おっちゃんドン引き。かくいう俺も同じ想いだ。幼女の前で下腹部とか言うなし。
だがこの状況は俺の計画通りよ。このまま奴の変態性を刺激して、相手の口から「ゴーレム造りを教えさせて下さい」と言わせるのだ。ご褒美という名の暴力を欲して持てる技術を差し出してくるのは目に見えている。
「申し訳ありません、我が主。尊き貴女様に紹介するような輩では御座いませんでした。やはり別の者に改めましょう。此奴は後ほど無礼討ちにして罰しておきます故」
こっそり耳元で囁くおっちゃん。醜態を晒す知人の姿にいよいよ我慢しかねたか。
まあ、そうだね。確かに見苦しい輩ではあるね。でも無礼討ちって処刑やんけ。こいつ意外と沸点低いな。俺への忠誠心故だろうか。
そう言えばエルフ美女も黒ドラゴンのこととなると異様に苛烈になるもんな。信仰心の成せる技か。宗教怖い。
「芸術肌の輩は得てしてこういう独特な性格してるもんだよ。技術があるならこの先俺の役に立つこともあるだろうし、放っとけ放っとけ」
「なんと寛大なお言葉」
「ところで、なんでこいつは泥んこ遊び始めちゃったの?」
見れば、ゴザるは嬉しそうに土を集めてこねこねしていた。
今って来客中だよね。っていうか俺達がお客さんだって事分かってるよね。なんで無視してその辺の泥いじくり始めちゃってるわけ?
いや、悲しいかな理解は出来てしまうのだ。好きなことに熱中しちゃって周りが見えなくなっちゃうことは。オタクの性だよね。
俺にぶん殴られて、興奮して、ゴーレム造り始めちゃったんだね。
「まったく、こいつときたら――。
何かあるとすぐこうなのです。やめさせましょう」
「いや、いいよ。あと敬語禁止」
「おっとすまん。どうにも慣れない」
「ほんで、あれはゴーレムの型を作っているのかね。魔法で一気に仕上げるわけじゃないんだな」
「普通はそうだな。だがそれでは大雑把な形でしか整えられない。こいつの場合はこうして手ずから造形することで、精巧な型のゴーレムを生み出すんだ」
ほぉー。手先の器用さには自信がないなぁ。前に絵を描いた時に自覚した。やはり俺よりも黒ドラゴン寄りのジャンルか。チッ。
そんな俺と比べるとゴザるの泥いじりは上手いもんだ。子ドラゴンの土人形を器用に作り出している。
あれ、俺だよな。原寸大の俺人形だ。ちょっとデフォルメ入ってるけど。
餅は餅屋だなぁ~、と感心して黙って見物していたのだが、何故だか隣のおっちゃんは渋い顔である。
――はっ、そうか。これがドラゴンの土人形だから俺の感覚では実に良い感じなのだが、もしも現代日本で小汚いおっさんが幼女のフィギュアを作っていたとしたらどうだろう。それもモデルの目の前で、ニヤニヤと笑みを浮かべながら。
保護者代理の視点で考えると、気が気でないよな。
「出来たでゴザる!」
等身大の子供ドラゴンフィギュア完成である。そこへゴザるの魔力が込められ、ゴーレムが生まれた。魂を吹き込まれた人形は驚く程なめらかな動きでポーズを取り始める。
ほー。もっと緩慢で単調な動きしかしないのかと思ったら、なかなかどうして、良く動く。足を開いたり尻尾を振ってみたり飛び跳ねたり。これどうやって動かしてるんだろう。行動パターンって魔力込める時に植え付けてるのかな? 今時点でゴザるから魔力を感じないので、操り人形よろしく直接操作しているわけではなさそうだが。
「この糞野郎がっ!」
もうちょい観察したかったのだが、おっちゃんが怒り心頭でゴザるを殴り始めたのでそれどころではなくなった。尋常でない怒りようで殴り殺さんばかりである。
急にどうした。状況の変化について行けないんだけども。
「子供になんてもの見せてやがるこの屑がっ! 死ね! 誅殺してくれる!」
「あっははは、痛いでゴザる。うひひひひ」
ゴザるはゴザるで何笑ってんの。怖いわ。健常者の振る舞いじゃないわいな。
そして暴れる二人に巻き込まれゴーレムは粉微塵に壊されてしまった。ちょっと悲しい。
せっかく良くできてたのに。ぬるぬる動いてたし。行動パターンも多かった。おっちゃんは何が不満だったのかな。
ふーむ。
――――ん? いや、ひょっとすると……。
あれは、エロいポーズだったのかな?
ドラゴンの美的感覚とか百年経ってもよく分からないんだけど、そういえば股とかがっつり開いてたしな。
想像してみよう。
姪っ子を知り合いに紹介したら、そっくりの人形を作られた挙げ句、扇情的なポーズをとらされた。しかも姪っ子に見せつけるかのように。ほんでニヤニヤと笑う知人。
うむ、なるほど。俺の気付かないうちに事案が発生していたとは。
おっちゃんがブチ切れるのももっともである。
ほんでゴザるは思った以上にサイコだったでゴザる。
◆
「お嬢ちゃん。今度は一人で来るといいでゴザるよ。お嬢ちゃんの好きそうなゴーレムをたくさん用意するでゴザる」
しぶとかったゴザる、リンチの末に生き残る。そして懲りないっていうね。流石ドラゴンなのか、さすがオタクなのか。メンタル強いなこいつ。
「二度と来るか!」
と俺の代わりに応えるおっちゃん。なお、転移して霊峰に帰ったあと額が割れる程土下座して詫びを入れてきた。
いや、別に構わないんだけどさ。
こうして冷静でいられるのは俺の方が圧倒的な強者だからか、それとも自分がエロい目で見られていることに今一つピンと来ていないせいか。身の危険を感じないんだよね。
「子供はそういう危機感の薄さがあるので余計に危険なのです。御身の強大さは存じておりますが、万が一と言うこともあり得ます。二度とあんな変態屑野郎とはお会いにならないで下さい。
ぐぅぅ、奴があれほどの蛆虫糞蠅だと知っていれば――このディクドゥース、一生の不覚に御座います!」
いいってことよ。
――っていう軽いノリが不安にさせてるのか。いや、でも、本当にピンとこないもんでさ。
だが確かに危ういのかも知れない。危険を危険と察知できない感覚の鈍さがどこかで致命的となることもあるのであろう。
今回の件はそういった世の中の怖さを俺に教えてくれたのかも知れない。
ゴーレム造りの参考にはならなかったが、得るものはあった。
未来ある子供達を変態の魔の手から守ろう。
うむ、そうだ。そういうことなのだ。
◆
折角だからそういうところを治安強化に活かそうと黒ドラゴンに話してやった。
が、黒ドラゴンは呆れたような目で俺を見るのだ。なんでだよ。
「目くそ鼻くそを笑うって言うだろ」
と訳の分からないことまで口にする。
どういうことだ。意味が分からん。
「あんたのネコミミ幼女に対する行為と同じだろうが! どこぞの村でぺろぺろしまくって制裁&出禁喰らった件をもう忘れたのか!」
喰らわしたのはお前だけどな。
えー、でも、それは仕方ないんじゃないかな。だってネコミミ可愛いし。全力で愛でるのが世の正義だろうがよ。
「全く、変態って奴は自覚がないから困るぜ!」
と、エルフ美女に膝枕をされつつ黒ドラゴンが言う。舌の根も乾かぬうちにこれである。何気に太ももとか撫で回してるし。
本当、人の振り見て我が振り直せとは良く言ったものである。
無自覚な変態め。は~ぁ、こういう知り合いがいると苦労しちゃうぜ。
作る:一品物の手作り
造る:工業的な大量製造
みたいなイメージでなんとなく使い分けてるんですが、作る物の大小で使い分けるやり方が正しいんですかね? 漢字難しいネ。ニポンゴ学ぶ非常に大変ヨ。




