C-10 外から来た者②
ジオは引きつった笑みを浮かべていた。
己の勘違いに気がついたためだ。
洞窟の最奥で見つけたために、この倒れたドラゴンこそが自らの神を侮辱した愚か者なのだと決めつけていた。そしてその実力は亜神である己に匹敵していたため、疑うことすらしなかった。
だが、違ったのだ。
亜神と同程度の実力。ならばその立場も似たようなものだったのだろう。此奴もまた、この大陸を統べる偽神の片腕だったということか。
そして、今、目の前に立つ者こそが、ジオが打つべき本当の相手。
それはまたしてもドラゴンであった。だがその体躯は先の相手よりも一回り大きく、隠しもしないその力は明らかに格上である。
果たして万全の状態でも勝てるかどうか――疲弊した今、敗北は決定的である。
だが、それでも。
神の威光を知らしめるためには、負けることなどできはしない。負けられるはずがない。
「くっくっくっ。まさか、これ程の存在だったとはな――。
だが、それがどうした! 我は真なる神の一番槍。神敵、撃つべし! 参る!」
初手から全力である。油断する隙など有りはしない。
ジオは吠えた。腹の底から力を込めた咆吼であった。
そして飛びかかる。目の前に立つ、巨大な赤竜に向かって。
◆
ドラゴン商会の人事部長、サンブラーゾンは困惑していた。
現在閉鎖中の施設である保養地に、何故か遊んでいる社員がいる。その上チャレンジ中の強者まで。
商会長が留守中に付き、現在ドラゴン商会は新規事業の立ち上げを控えている状況である。そのため新規雇用も控えている。だからといって人事部の仕事が無くなる訳ではないが、多少余力があるのも事実だ。
そのため、特に指示された訳でもないが、時間に都合の付く時は保養地の掃除をしていた。管理職が何やってんだって話ではあるが、別に責める者もいないのでやっていたのである。
ところが今日に限ってトラブル発生である。
――いや、本当にトラブルだろうか?
サンブラーゾンは考える。この保養施設は異界の地にあり、商会長の力で空間を閉ざされている。従業員以外はおいそれと足を踏み入れることは出来ないのだ。そして、若いとはいえ相当の実力を持つあの商会長が、外部からの侵入を許すとは思えなかった。
むしろこの場合、商会長の悪戯心だと考えた方がしっくり来る。商会長はそういうのが好きな方なのだ。
――なるほど。そういうことか。
これはきっと商会長からのサプライズプレゼントなのだ。留守中真面目に掃除していたサンブラーゾンへの。たまたま保養地に忍び込んで遊んでいた若造とバッティングしてしまったようだが、それすら見越した実力者を選んで寄越してくれたらしい。
合点がいった。
――ならば折角の商会長のご厚意、楽しませてもらおうか!
持ち前のポジティブさで都合良くとらえたサンブラーゾンは大喜びで強者へと向きなおった。
◆
ジオは屈辱を感じていた。
敗北は必至と思われた実力差があった二人だが、ちゃんとした闘いになっている。だがそれはジオの実力がためではない。
手加減されているのだ。
舐められている。そのことは、ジオが信奉する神をも下に見る行為だ。
神の手足として働くべき己が神の評価を下げている。その不甲斐なさを自分自身が許せない。
「斯くなる上は、この命に代えてでも!」
ジオは奥の手を使う決意をした。それはどうしようもなくなった時に使う、最後の自爆技。命と引き替えに、神の御業にも迫ろうかという一撃を叩き込む。ジオが持つ最強の絶技である。
魂の輝きを目にしたことで、さしものドラゴンも慌て始めた。だが、もう遅い。
異界ごと吹き飛ばすことのできる力が、ただ一点を目指して放たれる。
しかしあろう事か、神敵は臆することなく向かってきた。そしてジオの最後の技すら押さえ込み、中断して見せたのである。
それは技から逃れるための行為ではなかった。むしろ無理矢理に押さえ込んだため、その威力の全てをまともに受けているのだ。
では、何故そのような無謀な行いに出たのか。
分かりきっている。
ジオの命を救うためだ。
このドラゴンは、殺そうと迫り来る相手を、殺さないように加減し続けていたのだ。
結果、倒れたのはドラゴン。そして立っているのはジオである。
神敵撃つべし。格上を相手に今のこの状況は正に絶好の機会である。
だが、迷った。迷ってしまった。
命を狙う敵すら救うこの高潔な相手を、卑劣な手段で誅することが果たして許されるだろうか。それこそ神の威光を貶める行為ではないだろうか。
首を落とすべく振り上げられた手刀。しかし神命と感情で揺れるジオにはその手を振り下ろすことが出来ない。
答えを求め、神に祈るかのように頭上を仰ぎ見るジオ。
そしたら入り口にもう一匹ドラゴンがいた。
「えぇ~…………」
ジオはちょっと泣きたくなった。
◆
ドラゴン商会の総務部所属、カーネイルは困惑していた。だが持ち前のポジティブさで都合良くとらえた結果、大喜びで名乗りを上げた。
その後ろでドラゴン商会の販売促進部所属、エイフォールは困惑していたがやはり持ち前のポジティブさを発揮して順番待ちを始めた。
さらにドラゴン商会の品質管理部係長、ギオドラスは困惑する間もなくスッと後ろに並んだ。
次々と従業員が並ぶ中、最初に倒れたイズドーラが目を覚まし、「なるほどね」と呟いたあと列の最後尾についた。
いつの間にか暇を持て余したドラゴン達による長蛇の順番待ちが出来ていた。
「何体いるんだよ!」
もはや満身創痍のジオであったが、それでも叫ばずにはいられなかった。
ちなみに倒した相手も復活すると後ろに並ぶ方式なので、ある意味無限沸きである。
さしもの亜神も、最後の方は子供のように泣きじゃくりながらやけくそで突貫し、そして倒れた。
ところがどっこい。
寿命の長いドラゴンは魔法にも長けており、強大な魔力により放たれた回復魔法がジオの体力を一発で回復させた。
「あぁぁぁぁぁんっ! うあぁぁぁんっ!」
神の一番槍は心の方からぽっきり折れた。
◆
いつからそうしていたのか。ジオが心を取り戻した時、どことも知れぬ場所に座って夕日を眺めていた。
それからしばらく、気怠い虚脱感に抗えずぼんやり座り尽くしていた。
その周囲に大量に詰まれたドラゴン商会の新商品と、ジオのことを褒め称えた賞状に気が付くのはまだ先のことになりそうだ。
◆
「商会長! 先日はご馳走様でした!」
「……なにが?」
「まーたまた、とぼけちゃって。僕らちゃんと分かってますから。出張頑張って下さい。お疲れ様でーす!」
コートは困惑していた。今日に限って念話を使える従業員からの連絡が多数入ってくる。最初はトラブル発生かと思い気を揉んだものだが、どうにも一様に訳の分からないことを言う。
「なんだよ『ごちそうさまです』って。あいつら何食ってんだ?」
大陸を出る前に食べ物を取り置きしておいた記憶もない。
ドッキリか悪戯ならまだしも、そういう気配もない。
「怖っ。俺の知らないところで何が起こってるんだよ。怖いわ」
本人の与り知らぬところで少しだけ神敵に害を加えることに成功した亜神・ジオであった。




