B-8 ドラゴン達のトレンド②
洞窟での闘いより遡ること三ヶ月。
彼は喜びと興奮で打ち震えていた。
「び……び……び…………ビンゴ-!!」
男の叫びに周囲がざわめく。それは賞賛であったり、嘆きであったり、羨望であったりした。
「おめでとうございまーす! 年内ならいつでも使える、ドラゴン商会の保養地宿泊権、大当たり~!」
「やったー! ありがとうございます! ありがとうございます!」
諸手を挙げて喜ぶ男はドラゴン商会の経理部部長。名をバーグルハイドという。室内なので人の身を取ってはいるが、これでも歴としたドラゴンである。
年の瀬に開かれた年末忘年会の席で催されたビンゴ大会。そこでついに特賞を手にする権利を得たのであった。長年求めてはいたものの、完全に運頼みのビンゴではどうすることもできず堪え忍んできた。それが、遂に念願叶ってその手の内に舞い込んできたのである。
この日のために有給休暇は溜めてある。機会があればいつだって休んで保養地で寝泊まりできるのだ。こんなに嬉しいことはない。
大人気もなく大興奮して、感激の涙まで流している。
◆
何故彼はここまで大喜びをしているか。それについて説明せねばなるまい。
ドラゴン商会は大陸中に知らぬ者の無き大商会である。
そして創始者はその名の通り、ドラゴンだ。
自然、初期のメンバーや幹部の中にはドラゴンが多くなる。というか、大陸に住まうドラゴンの殆どは商会の従業員であると言っても過言ではない。
そんな人外も集う大商会の中では、商会の保有する保養地でのバカンスが最高の褒美として望まれていた。
最初の頃は単に骨休めの意味で商会長の持ち家の一つが貸し出されただけであった。その商会長にしても、ドラゴン商会が出来てからは本拠地の中で寝泊まりすることが多くなり、折角作った家を使わないのももったいないという軽~い気持ちで提供したばかりであった。
ところがである。
商会長の持ち家というのが、異界に作られた大自然とも呼べる庭付きの一戸建て。生き物こそいないものの、滝の裏に隠された入り口や苔生した洞窟、年代を感じさせる寂れた佇まいなど、実に従業員の琴線に触れる優良物件だったのである。
極めつけは洞窟の最奥、一等広いメインの部屋。その神懸かった空間の奥に寝そべるだけで、なんだか己こそが最も偉大な生物であるような気持ちにさせる効果があった。
ドラゴンを筆頭に、大型の生物たちはこの最奥の部屋を最も好んだ。特にドラゴンには大流行である。
「俺、今凄くドラゴンしてる」
という訳の分からない名言まで商会内で生まれる始末。
そして近年、その人気に拍車をかける、商会長からの鶴の一声が発せられた。
「そんなに気に入ったんなら、誰か適当に送り込もうか。ドラゴンに挑戦、なんて無謀な輩相手に最高にドラゴンしちゃいなよ」
これにはドラゴン、大歓喜である。
そんなこんなで定期的に無謀な強者達を呼び込むことにも成功し、保養地でのバカンスは今ドラゴン達の間で流行に流行っているのである。
なお、当選者の要望によっては別の保養地でもエンジョイできるし、チャレンジャーお断りのゆったり慰安休暇も可能であることをここに明記しておく。
◆
で、話は戻って洞窟内での闘いである。
血気盛んな五人組を前にして、ドラゴン商会経理部部長バーグルハイドは、今、最高にドラゴンしていた。
相手が相手なのでじゃれ合う程度の攻防しかできずにいるが、それもまた良かった。死力を尽くして命をかけた闘いを行うのも良いが、こうして幼子のごっこ遊びに付き合うような感覚もまた、優越感が感じられて悪い気はしなかった。
ドラゴンが住まうに相応しい土地で、全能感と共に気分は高揚し、圧倒的強者として弱者を弄ぶ。
愉快。嗚呼、愉快!
だが楽しい時間にも終わりは訪れる。
相手は所詮人間。傷付き、疲弊し、一人また一人と倒れていく。最後に残った騎士然とした男も、最早まともに立つことすら出来ず剣を杖代わりに体を支えている。
出来るだけ長く楽しめるよう回復職に手を出さないように立ち回っていたのだが、限界まで魔力を使い果たして勝手に気絶してしまったのだ。
「ここまでのようだな。はぁ~あ、残念だ」
バーグルハイドの顔に浮かんだのは明らかな失望。
これ見よがしにガッカリされると真剣に戦っていた側の口惜しさもひとしおである。
「まだだ……まだ、やれるっ!」
それでも、と最後の気概を振り絞り構えをとる騎士。
しかし悲しいかな満身創痍。鼻糞でも飛ばすかの如く、ドラゴンの指先一つでダウンであった。
騎士チーム、全滅である。
◆
「ぅ……あぁ…………」
騎士風の男は、日差しの強さで目を覚ました。朦朧とした意識がゆっくりと覚醒していくのを感じていた。
節々が痛む体を無理矢理起こし、辺りを見回す。大きな街道から少し外れた場所らしい。どこへ通じる道なのかは分からないが。
仲間達も無事だ。ただ、全員が揃って気を失っている。
見知らぬ土地で倒れ、目が覚めた今、まるでドラゴンとの闘いが夢のように感じる。だがこの身体の痛みは本物だ。闘いはあったのだ。確かにあったのだ。
そしてまた、敗北も、確かに。
ぼんやりと座り込んでいる内に、重戦士がうめき声を上げながら身を起こし始める。続くように魔導士が、弓兵が。最後に僧侶が目を覚まし、誰もが口を開かずにぼんやりし続けていた。
「へへ……俺ら、弱ぇ」
最初に口を開いたのは弓兵だった。自嘲にまみれた言葉が、ついこぼれ落ちた。
「相手が悪かった。流石ドラゴン。侮っていたつもりはなかったけど、準備が足りなかった」
魔導士が慰めのような言葉を口にする。だがその目に闘志が消えていないことを悟った重戦士は「まったくだ」と肯定で返した。
「もう一度…………やり直しだな」
どこか吹っ切れたような穏やかな台詞を騎士が言う。
「そうですね。こうして皆、無事に生き残れたのです。チャンスはまたあります」
騎士の言葉に僧侶が続く。
「よぉし、そうと決まれば鍛え直しだ! ……は、痛てて」
勢いよく立ち上がった拍子に傷を押さえた重戦士。その姿に「まずは休息だな」と笑い合う一同。
負けた。確かに負けはした。
だが生きている。強大な敵と全力で打ち合った満足感もある。そして大きな目標を見据えることが出来たという希望も。
騎士の「そろそろ行こうか」という言葉に同意し歩き出す一同。
この道がどこへ続いているか分からないが、彼らの心に不安はなかった。
◆
街道を歩く途中、水を飲もうとして気付いた。
道具袋の中に見知らぬ小袋が入れられていた。
なんだろうかと開けてみると、「残念賞」と書かれた紙が一枚。そしてついでのように銅貨三枚と薬草が一つ入っていた。
「なにこれ」
子供のお駄賃かよ。一同はちょっぴりアンニュイな気分になった。
□□□ ドラゴンネスト □□□
異界に存在するという、強大な力を持つドラゴンの巣。
試練を乗り越えた者だけが招かれ、挑戦する権利を得る。
そこに住まう洞窟の主は到底人の身で敵う相手ではない。が、挑む者の力と勇気が認められれば強力な武具や神秘的なアイテムを授けられるという。
ドラゴンの巣という割に、洞窟の最奥で待つ相手はドラゴン以外の生物であることもあり、訪れる者によって姿を変えるため、一説では挑戦者の心を移す鏡のようなものではないかと言われている。
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