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B-7 ドラゴン達のトレンド①

 こんにちは。ブルジョアです。


 いつもは世のため人のため、ドラゴン商会という巨大企業を通じて娯楽を提供し続けているナイスガイ(メス)な俺だが、それだとイベントマネージャーである我が従業員達は十全に楽しむことが出来ない。

 が、そこはそれ。俺はバッチリ彼らにも娯楽を提供しているのだよ。そんじょそこらの弱小企業では到底叶わぬ福利厚生をな!


 ◆


「ここが噂の洞窟か……」

「本当にこんな場所があったのね。信じてなかった訳じゃないけど、噂に聞くだけなのと実際目の当たりにするのとでは違うわね」

 全身を鎧で包んだ騎士風の男が呟き、魔導士風の女がそれに続く。

「ようよう、お二人さん。感慨深いものがあるのは俺達も同じだけどよ、さっさと中に入ろうぜ。ここはなんだか…………不気味だ」

 立ち止まる二人の後ろから重戦士風の大男が声をかけた。

 ここは地図にもない場所。切り立つ崖に囲まれ、流れる川と草花に覆われた大自然である。景観だけで言うならば保養地として申し分ない土地だ。

 なのに大男はそれを「不気味だ」と評した。

「不気味って、何がよ。まったく、でかい図体して小心者なんだから。こんな綺麗なとこまできて何を心配してるわけ?」

 僧侶風の少女がその格好に不釣り合いな仄暗い笑みを浮かべて大男を小突く。

 だが、殿(しんがり)を務める弓を持つ青年は大男に同意のようである。

「確かにちょいとおかしいなこりゃ。生き物の痕跡が見えやしない。獣も、鳥も、魚も、虫の一匹だってここにはいないんだ」


「異常か?」

 と騎士が問えば、

「異常だ」

 と弓兵が返す。


「でも事前に聞いた情報通りね。なら、この先にいるのは確実じゃない」

 そう言いながら魔導士は身体を震わせる。武者震いというやつだ。

 これから臨むのは絶対的強者。

 彼ら、彼女らはその怪物を打ち倒し、偉大な功績と名誉と手に入れるためにここへ来たのだ。

 歴史的英雄・バルシェン以後、誰も為し得たことのない偉業。


 一行の目的は即ち、ドラゴン殺しである。


 ◆


 道中とは逆に、弓兵を先頭にして慎重に歩を進める五人。レンジャーも兼ねた彼の役割は、この洞窟に張り巡らされた罠を漏らさず見破り、パーティーの安全を守ることにある。

 しかし、どれだけ目を凝らしても何も見付からない。

「こいつも聞いた通りだな。へへ、敵さんどころか罠の一つもないなんて。参ったねぇ、逆に緊張しちまうよ」

 だからといって油断もできない。それが原因で万が一が起これば、そこで終わってしまうのだから。


 洞窟の中は明るい。所々に生えたコケが明かりを放っているためだ。折角持参した松明も無駄になってしまった。

 食料こそ無いものの、途中途中に涌き水があり、渇きを癒すこともできた。煮沸の必要すらない水が豊富に手に入る。これ程楽な道のりはない。

 だが、長い。

 この洞窟はひたすらに長い。更に道は枝葉のように分かれ、迷路のようになっている。まるで、横に伸びたアリの巣だ。所々広間のような大きな空間があることもその様相に拍車をかけている。

 しかし、その部屋然とした場所に住人は居ない。ただただ、何者かによって広く堀広げられた場所があるだけなのだ。

 そしてまた、大広間が一つ、目の前に広がっている。


「……少し、休もうか」

 騎士が提案すると、是非もなく受け入れられた。丁度涌き水もあるし、何より疲れていた。

 何もいない。

 そのことが彼らの精神に大きな疲労をもたらしていた。

 普通のダンジョンであれば、敵がいれば戦うし、罠があれば対処する。その一つ一つをクリアする度に緊張のあとの緩和がある。だがここにはそれがない。ただただ歩き、警戒し続ける。ホッと一息つくための区切りがないのだ。


「参った。いやホント、参ったよこりゃ。

 そりゃね、知ってましたよ。事前に、そういう場所だって聞いてはいたからさ。だからって本当に落とし穴の一つもないんだから。警戒してるのが馬鹿らしくなっちまう」

 腰を落とすなり弓兵が弱音を漏らす。だが実際に一番疲労しているのは彼だ。耐えきれず口にしてしまう気持ちは他の皆も重々承知していた。

「でも、警戒はすべきよね」

 と僧侶が釘を刺す。それに対して「分かってますがな」と軽く流した弓兵であったが、続けて彼女が「そうじゃなくて……」と辺りを見回し始めたことで眉を潜めた。

「どうした。何かあるのか?」

 騎士が訪ねる。

「何かって言うか…………気付いてる? ここに来るまで、こういう広間みたいな場所がいくつかあったけど、どこも同じじゃなかった」

 言われて騎士は首を傾げる。

「洞窟だから、そりゃあ人の家みたいに規格通りの四角四面じゃあなかったけど……そういうことじゃないのよね?」

 その疑問を魔導士が引継ぎ、僧侶は首を縦に振る。

「形とか大きさじゃないわ。岩質とか、コケの種類とか、咲いてる草花だとか、そういうの。広間毎に違うの」

「そう言えば……そうだな」

 言われて初めて気付いた様子の弓兵が辺りを見回す。罠ばかり警戒しすぎて気付かなかったが、確かにその通りなのだ。その一つ一つは見覚えがある、特に珍しくもないものばかりである。だが、それを見かけたはずの場所は――――大陸中の、あちらこちらだ。決して一カ所に揃うようなものではない。

「…………それってそんなに変なことなのか?」

 いまいちピンと来ない様子の重戦士が疑問を口にする。

 異常と言えば異常である。だが害がある訳ではない。毒を撒き散らす類のものではないのだ。

「まあ、そうなんだけど」

 でも……と言う言葉を僧侶は飲み込んだ。大事の前では気にすることもない小事だからだ。それでも。気になるものは気になるのだ。

 この大陸に存在するコケや草花の集められた場所。当然人為的な――何者かの意図を感じさせる不自然さ。それは、僧侶の考えでは何らかの実験のように思えたのだ。まるで、それらが無くなる前に確保し、保管しているような。

 いや、と(かぶり)を振る。その考えはただの想像に過ぎない。それに、この洞窟の際奥に住まうという(くだん)のドラゴンがどんな意図を持っていたとしても、自分達が倒してしまえば何も問題ない。

 今必要なことは悩むことではない。目的達成のために集中することだ。そう自分に言い聞かせる。


「…………進もうか」

 騎士の言葉に皆が頷いた。


 ◆


 どれ程歩き続けただろうか。

 やがて、一際大きな空洞へと辿り着いた。

 城でも収まりそうな程に巨大な、ドーム型の大広間。そしてその奥に横たわる、それこそ城のように巨大な――


「よく来たな、強者(つわもの)共よ」


 地の底に響くような重低音が響き、彼らの身体を振るわせた。

 ゴクリ、と唾を飲み込む音がする。

 目の前に、居るのだ。物語で見聞きした伝説の存在、ドラゴンが。


「ここまで来た者達に、最早問答は不要であろう」


 身体を起こし、立ち上がる巨体。寝そべる姿が城ならば、翼を広げた佇まいはもはや山だ。

 巨大にして強大。

 土気色のゴツゴツとした鱗に覆われたその体。

 厳めしい顔つき。大きく鋭い角、そして牙。こちらを睨め付けるは虫類の眼。

 人ではあり得ない程の盛り上がりを見せる手足の筋肉。その先に付いた凶悪な爪。

 尻尾の一降りが地を揺らす。羽根が揺らぐだけで風が吹く。


 おおよそ矮小な人の身で(かな)う相手ではない。

 だが、彼らの心は折れない。

 何故ならば、その矮小な人の身でドラゴンを打ち倒した英雄が、かつてこの世界に実在したのだから。


「英雄バルシェンよ。どうか、我らに力をお貸し下さい」

 騎士は祈り、そして息を吐く。

「倒すぞ。そして我らは英雄になる!」

 応、と仲間達が返し、陣形を取った。


 重戦士が前面に。その後ろに騎士。更に後ろに僧侶。そして距離を取った左右に魔導士と弓兵が立つ。

 それを見てドラゴンは笑った。呵々大笑に。愉快そうに。


「いいなあ。いいぞ。実にいい! 最高の気分だ。

 参れ、強者共よ。私を楽しませてくれ!」


 そして、闘いが始まった。

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