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C-7 冒険者のお仕事②

 野ウサギ狩りの依頼を受けた俺達は街を出てすぐ近くの森に足を踏み入れた。

 静謐(せいひつ)な森の中で耳を澄ます。


 ――いる。いるぞ、捕食されるだけの小動物達が。くくく、狙われているとも知らずに、のんきに巣の中でくつろいでおるわ。その息遣い、忘れたことはなかったぞ。食いっぱぐれたあの日からなぁっ!


「なあ、ちょっと」

「しっ! 静かに。俺の耳は今獲物を捕らえてるんだ。なぁに、任せておけ。奴らが如何に深い巣穴を掘ろうとも、逃げられはしないのさ。俺は穴掘りが得意なんだ」

「いや、そんなもん『博識万能』でどうとでもなるけども」

 お、おいおい、正気か? 獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすというが、そこまでやったら狩りを超えて虐めだろう。この虐殺野郎め。

「まさか俺の言葉を真に受けて本当に根絶やしにするつもりで――」

「誤解だ。違うって。聞いてくれよ。そうじゃなくてさ、こんな程度の低い仕事、二人がかりでやっても効率悪いだろ? 俺、薬草採取の依頼受けてきたから、分かれてやろうぜ。

 とっとと実績作ってランクの高い依頼受けよう」

 ああ、そういうことね。

「真面目だね~。時間なんかいくらでもあるのに。言っときますけどね、気になる依頼があったんなら冒険者組合なんか通さず直で解決しちゃえばいいんだぜ。依頼料も知名度も感謝も、別にいらんだろう」

 所詮一時(ひととき)の暇潰しである。

 面白そうだからやるし、飽きたら辞める。それだけのことだ。

「そんな身も蓋もない……。どうせやるなら一番高いところまで上り詰めたいじゃないか。俺、こういうやりこみ要素って、極められるなら極めときたいんだよ」

 ね? って風に同意を求めてくる黒少年。

 やりこみ要素とほざいたか。

 そうか。そうですか。これがゲーム脳ってやつですか。真面目真面目と思っていたが、遊びに本気で向き合いすぎだ。RPGのクエスト感覚で考えすぎだろう。


 でも分かるけどね! そんなオイラもゲーム脳です。


「OK。薬草採取はお前に任せる。根こそぎ採り尽くしてしまえ!」

「そこまでやらんわ! 野ウサギだって他の駆け出し冒険者が捕まえに来るかも知れないんだから、絶滅させるなよ。っていうか、生態系壊れるまで狩り尽くしちゃダメだからな!」

 分かっとるわ!

 こいつ……俺を何だと思ってるんだ。それくらいの分別はあるに決まってるだろう。

「最低二匹はちゃんと残すさ」

 オスとメスがいれば増えるもんね。初代獣神なんてメス一匹で繁殖したんだ。性欲旺盛なウサギなら余裕だろう。

「……冗談だよな」

「あ、はい、嘘です。すいません」


 ◆


 黒少年と別れてウサギのいそうな(うろ)を探す。


 いやービックリした。まさかあんな本気で心配されているとは。真顔だったもんなー、あの野郎。これも日頃の行いのたまものだろうか。

 ひょっとしたら、俺はもうちょっと真面目に生きた方がいいのかも知れない。

 六百年目にして少しだけ反省してしまった。


 じゃあ反省したところでウサギを探そうかな。


 ウ・サ・ギ♪ ウ・サ・ギ♪


 耳を澄ませば聞こえてくるよ、小動物共の息遣い。ちっちゃいの、速いの、大勢で集まってるの。たくさんたくさん。

 この中でウサギの呼吸は――ふっふっふ、どーれーかーなー?


 んっん~。狩りは楽しいなぁ。追い詰めてゆくこの征服感。俺は捕食者。狩猟民族の血が滾る。日本人は農耕民族だけど。

 気分揚々、アゲアゲでっせ。森を散策する足取りも軽く鼻歌なんぞも口ずさみつつ。

 おっといけない、昔はそれで狩りを失敗したのだった。調子に乗ってはいけないよ。命の取り合いなのだから。

 慎重に。抜き足、差し足、忍び足。

 相手に気取られてはいけない。気配を隠してゆっくりゆっくり距離を詰めるのだ。


 ところでなんかさっきから生暖かい風を感じる。っていうか背中の方がちょっと湿ってきた。やだ、なにかしらこれ。不快指数高いんですけどー。

 足を止めてちと考える。

 小さい音だけ集中して拾っていたから気付かなかったけど、なんだな。これは、あれだ。俺を食おうっていうでかい生き物が後ろにいるな。律儀に俺の歩幅に合わせて抜き足差し足忍んできたというのか。


 チラリと後ろを覗い見る。


 そこには巨大な猪がいた。下口から牙がモッサリ突き出たとんでもねー猪が。角は生えてないし足も四本なので、これでもモンスターではないらしいが。

 それにしてもなんという牙。刺又(さすまた)みたいに両脇に伸びてる。飾りにしては森を歩き回るのに邪魔そうなんだけど。


 俺の視線に気付くと、大猪は遠慮をやめてフンスカ獲物の匂いを嗅ぎ始めた。ちなみにここで言う獲物とは俺のことだ。

 とりあえず対抗してガンでも飛ばしておくか。

 しかしでかいな。本当でかい。見上げる程のこの巨体。何百キロあるんだろう。実に食いでがありそうである。


 猪肉か。食べたことないな。ボタン鍋――うむ、いいね!


 鼻汁とヨダレがだらだらで非常に食欲の失せる見た目ではあるが、肉になっちまえば関係のない話だ。ウサギと共に俺の腹の足しになると良いよ。


 いくらネコミミ美少女になったとはいえ元はドラゴンな俺である。たかだか獣風情に負けはしないのだよ!

 ドラゴンパンチの一撃で吹き飛ぶ大猪! 空を舞う巨体。轟音と共に地面を揺らすその衝撃。くくく、流石俺だぜ。

 森の中は降ってわいた事態に大騒ぎである。小鳥は飛び立ち、虫は姿を隠し、小動物は逃げ惑う。もちろんウサギだって脱兎の如く一目退散。くくく、流石俺だぜ。

 まるで学習していない。なんか昔も似たようなことあった!

 わはははは、泣けてくるね。


 俺は笑った。大きな声を出して笑った。やけくそであった。


 騒ぎを聞きつけて様子を見に来た黒少年が冷ややかな目で俺を見ていることにも気付いていた。この時は既に「どうやって誤魔化すか」で頭が一杯だった。

 もう、笑うしかなかった。


 ◆


「ウサギ……どうする?」

 と黒少年。

「捕まえて下さい……」

 土下座も辞さない覚悟で頭を下げる俺。

お願いします(プリーズ)は!」

「お、お願いしますぅぅぅ…………」


 という紆余曲折を経て、依頼は無事に達成した。黒少年が。

 大量の薬草と規定数のウサギを納品した黒少年が初仕事を見事完遂し褒め称えられる中、俺はと言えば隅の方で大人しく縮こまるばかりであった。いじいじ。


 輝かしい冒険者デビューを果たした黒少年。

 片やいらんことして隅っこでいじける俺。

 はっきりとした明暗の差がそこにはあった。


 はぁ~。どうしてこうなった。


 いや、もういい。もういいんだ。終わったことは仕方がない。この程度の失態なんて、これから先、いつだって挽回できるのだから。

 落ち込んだ姿は俺には似合わない。自分で言うなって話だが。切り替えていこう。


「なあ、弟よ」

「なんだお姉ちゃん。ようやく復活したか」

「あれ、出しておくれよ。せめて肉食ってお腹一杯になりたい」

「……食事なんか必要ないくせに。変わってんだもんなぁ」


 あれとは俺がぶっ飛ばした大猪の肉である。

 持ち運ぶのには不便な巨体だったので、アイテムボックスよろしく、黒少年の作った異界で保存しておいたのだ。

 飲んだくれの馬鹿共に指示を出し、テーブルを片付けて広い場所を確保する。

 なんだ、なんだと騒ぎ始めるギャラリーを制し、「俺からのおごりだ。食ってくれ」と大猪の巨体を出してもらった。


 場内はにわかに騒ぎ始めた。

 黒少年が何もないところから獲物を捕りだしたことに驚いているのだ。どうもこの辺には、容量以上に収納できる魔法の袋やアイテムボックスという概念はないらしい。魔法か魔導具で似たようなもん作れそうなもんだけどねえ。


 だが俺にはその中で、「しかしすげーな。こんな大猪を子供二人で仕留めたのか?」という賞賛の言葉が耳についた。


「いや、俺一人で仕留めたよ。この拳でな」


 ちょっと誇らしくなる。が、「本当かよ」と信じてくれない。悲しい。

「本当だよ。俺達身体強化の魔法が使えるんだ。これくらいのなら素手で十分なんだよ」

 黒少年からのフォローも今はちょっと虚しい。

 が、その言葉を受けてまたもや騒ぎ出すギャラリー共。


 ある者は魔法が使えることに驚き、ある者は拳で仕留めたという事実に驚き、ある者はそれを行ったのが俺という美少女であることに驚き、またある者は「あいつなんで獣人でもないのにネコミミ尻尾付きなんだ?」と驚いていた。趣味じゃボケ、放っとけ。


「本当にコートちゃん一人でこれを?」

 とは受付のお姉さん。その驚いた顔が俺の自尊心をくすぐる。

「これは、ひょっとするとカプロスでは? それもこの大きさ――森の主かも知れません」

「カプロス?」

 聞き覚えのない名前だ。

「ギリシャ神話の巨大猪だな。昔の転生者が名前を伝えたのかね?」

 キョトンとしていると黒少年が耳打ちして教えてくれた。流石『博識万能』。いや、素の知識かな。そういうの好きそうだし。


 森の主――森の主か。ドラゴンとしてはそれくらいなんてことないが、人間としては凄いんじゃないのこれ。

 俺の伝説始まっちゃうんじゃないのこれ!


「コートちゃん」

 受付のお姉さんは真剣な顔をして俺と目線を合わせてきた。

 お、おう。何かな。この、森の主を倒したネコミミ美少女に、何か言うことがあるのかな。

「二人には追加で依頼を出します。非常に重要な案件です。拒否権は無いと思って下さい」


 ……お、おう。褒め称える言葉ではないね。あれ、なんか雲行きが怪しい?


「もう一度セトワの森に行って、これより大きな獣がいないか確かめて下さい。もし、コートちゃんが倒したのが森の主だったとしたら――」

「――したら?」

「次の森の主が決まるまで、セトワの森は立ち入り禁止です。主を失い秩序の無くなった森は第二種危険地域に制定されるでしょう。我々冒険者組合としては、その騒動に構える必要があります」


 あ、あわわわわ。責任問題発生!

 え、えらいこっちゃ。えらいこっちゃやで~…………っ!

本作は毎週日曜20:00更新です。


続きは5/8(日)20:00更新予定です。

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