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C-6 冒険者のお仕事①

 前回までのあらすじ。

 この世に生を受けておよそ六百年。俺氏、ネコミミ美少女になる。


 ◆


「たのもーう!」

 冒険者組合の汚ねぇ開き戸を勢いよく開けて俺参上!

 ざわり、と室内の空気が揺らぐ。

 ふふふ、分かるよ。この俺の愛らしさに驚きおののいているのだろう?

 ここに来るまでの道中でも注目の的だった。視線釘付け。普段の子ドラゴン姿なら鬱陶しく思ったかも知れないが、今はその視線――――嫌いじゃないぜ!


 だって、自分の容姿に自信があるから!


 視てもいいんだよ。いや、むしろ視て欲しい! 最高にかわいいこの姿を!

 折角なのでサービスだ。顔の両横に手首を曲げた両手を構えて「にゃんこのポーズ」だ。語尾にハート付けて「にゃん」とか言ってみたりして。


 ……あれ、なんか反応悪いね。しばくぞ?


「こ、コートちゃん、あなた……獣人だったの?」

「は? いや、違うけど」

 受付のお姉さんが腫れ物に触るような慎重さで尋ねてきたが、そんなわきゃない。

「ええー。じゃあ、その頭の獣耳と尻尾は何なの?」

「いやー、こいつがそういうの得意で、昨日付けてもらったんですわ」

「ええー。得意って――え、そういう? でも二人は姉弟で…………えええ?」

 受付のお姉さんは、何を想像したのやら、やおら顔を赤らめてもじもじと身体をくねらせ始めた。妄想が捗るって奴だろうか。想像豊かだね。

「やめろ。誤解されてる。やめろ」

 そして黒少年は死んだ目をして訴えかけてくる。もうこりごりといった表情である。


「ところでランケットさん。もしかして、この辺では獣人に対して差別や偏見があるのですか?」

 少し考えた素振りのあと、黒少年が尋ねた。

 ふぅむ、こいつから見ると、俺に向けられていた視線はそういう風に感じられていたのか。悪意、敵意、不安、みたいな負の視線なのかね。

「差別――というか、うーん。怖がられてはいるわね。

 この街、獣人の姿なんか見ないでしょ? いない訳じゃないんだけど、住み分けてるっていうか、あんまり治安の良くないところに固まってるっていうか」

「人族至上主義って事ですか?」

「この国自体がね」

 見るからに不機嫌になった黒少年を前に、受付のお姉さんも気を遣ってやんわりとした口調で教えてくれる。

「ええと、獣人至上主義の国もあるのよ? うちの国とは逆で、そっちは人間の立場が弱いから、ジャケット君がいくら獣人好きでも行くのはお勧めしないけど」

 と、親切心から追加で情報を教えてもらっても、それはそれで沈んだ表情になる黒少年。獣の神を名乗っているとはいえ、別段人間が嫌いな訳ではないのだ。できれば種族の垣根を越えて仲良くして欲しいと思っている。もちろんそれは俺も同じだ。

 だが俺と黒少年には大きな違いがある。

 俺は不真面目で、こいつは真面目だという所だ。この性格的な違いがこういう時に大きな差となって現れる。

 正直なところ、俺としてはこの国の状況を憂いてはいない。むしろ立場の差はあれど同じ街に混ざり合って暮らしているのなら、うちの大陸の元々の状況よりもマシなんじゃないかと感じたくらいだ。

 それに獣神はまるで当事者のように心を痛めているが、俺としては持ち場も違うし他人事のように受けとめている。そもそもの話、俺は自分の飼い主が人間だったから人の側に付いただけで、知り合いもほぼいない外の者達には思い入れがない。自分で助けようと思うよりも、こっちの神様しっかりしろよと批判する目で見てしまう。

 まあなんにせよ、それで世の中上手く回ってるのかも知れないし、回ってないのかも知れない。判断材料が少ないのでどうともできないね。差し迫って危機的状況とも思えないので、追い追いって形で良いと思うのだ。


「おい弟よ。その辺にしとくのだ。世を憂うのは良いが、顔に出すのは良くないな。受付のお姉さんが心配してるぞ」

「心配なんて、そんな――」

「お前のネコミミ趣味が極まってるって」

「そっち!?」

 そっちって言うからには、考えてはいたんだな。考えてないなら「違うよ!」ってツッコむもんな

 これには黒少年も苦笑いである。っていうか目が怖い。「あんたいい加減にしてくれよ」って訴えかけてきてる。それは俺のせいじゃないと思うんだよね。根本原因は俺だけど。

「ほらほら、今悩んでも仕方ないことを考えてると鬱になっちゃうぞ。当初の予定通り依頼でも受けてパーッと派手に解決しようや」

「地味で良いから平和的にね?」

 そうは言いますがねお姉さん。冒険者と言えば荒事の解決でしょうよ。果たして平穏無事に事を終えられるかな?


 依頼の確認をしようと受付の側まで移動する際、黒少年がこっそり訊いてきた。

「そのネコミミ。引っ込めるだろ? 流石に人前じゃあ騒ぎになりそうだし、一旦抜けるか?」

 心配性だなぁ。こいつそのうちハゲるんじゃなかろうか。

 こういう時はこそこそしないで堂々と言ってやればいいのさ。

 勢いをつけて振り返り、酒を飲んでくだを巻く荒くれ共に面と向かう。そして芝居がかった調子で言ってやるのだ。

「なあ、おい。貴様ら糞共が獣人嫌いなのは別にいいよ。でもこの俺の姿を見て同じ言葉が吐けますかね? 愛らしいこの俺が愛らしいネコミミとネコ尻尾を付けて目の前にいるというのに視線を逸らして腫れ物扱うように関わり合いを避けるのか?

 ほら。どう? かわいくない?」

 腰を振って尻尾を揺らしてやると馬鹿な男共が騒ぎ出した。一部性的な目を向けてくる危ない奴がいないでもないが。

「正直に言ってごらんよ! キスぐらいならしてやるぜ?」

「かわいいっす!」

 よし、馬鹿が釣れた!

「正直者よ。ご褒美だ」

 両手を広げながら釣られた馬鹿に歩み寄る。そして顔面に一撃だ。


 ドラゴンパンチ。相手は死ぬ。


 いや、死んだら困るので手加減はしたが、ものの見事に吹っ飛んだ。

「ちょま、キスしてやるんじゃなかったのか?」

「俺の地元じゃこれをキスと呼ぶ」

 ウソである。

 だがそのウソに反応して、手に持つジョッキをテーブルに叩き付けるクズが一人。そいつは俺を睨みながら言った。

「俺にも一発お願いします」

「最高だよ馬鹿野郎!」

 ご褒美の顔面パンチだ。


 あとはもう前回と同じく立候補しては吹っ飛ばされていく春の美少女顔パン祭だ。

 糞も屑も馬鹿も阿呆も等しく無価値で、俺に吹っ飛ばされるだけの厳つい的である。

 大体こいつら朝っぱらから仕事もしないで酒飲んでんじゃねぇよ。依頼を受けて働きに出ろっつーんだよ。


 やがてその一角に立つ者は俺だけとなり、跡には死屍累々が山となって転がっていた。だがその顔は一様に満足そうで、中には幸せそうに笑顔で倒れる者も居た。

 この惨状を見て思う。


「この冒険者組合は、もう、ダメかもしらんね」


「あんたが一番ダメだけどな…………」

 黒少年に首根っこ掴まれて受付まで連行される俺ドラゴ――ネコミミ美少女。

「お姉さん。ここにはろくな奴がいないねぇ」

「しみじみ言わないで。コートちゃんもその一人だから」


 はい、遊びはここまで。切り替えていこう! きびきび働くよ!

「さ、いつまでも無駄口叩いてないでお仕事しようね。俺達に合った依頼は何かないかな?」

「まるでわたしがサボっていたかのような言いぐさ! くそぅ、言われなくったってお給料分は働くわよぅ。

 二人は新人だから、紹介できる仕事っていうとこの辺りね」

「迷宮探索にドラゴン退治か……腕が鳴るぜ」

「いやいやいやいや、薬草採取と害獣退治ね!」

「害獣――――魔神の(たぐい)か」

「君どんだけ死にたがりなの!? 畑を荒らす野ウサギとかイノシシとか、時々うろつく野犬の類よ」

 えー。そういうチュ-トリアルみたいな作業はスキップしたいんだけど。

 ――いや、野ウサギ? 野ウサギか…………。

「野ウサギ――穴掘り――丸囓り――――ふーむ、生肉リベンジか」

「なにそのワイルドな単語!」


 かつて、ドングリ三昧の食事に飽きた俺は、肉を食いたいあまり野ウサギを追い求めた。一度目は生肉の野性味あふるる獣臭さに吐き出し、二度目は家主に接収されてしまった訳だが。

 三度目の正直という言葉がある。


「いいだろう。俺がこの世の野ウサギを根絶やしにしてやろう」

「ほどほどにね。ほどほどに」


 肉を食らう。その肉食の本能が俺を突き動かす。

 待っていろよ生――野ウサギ共!


「ほどほどにね。本当、ほどほどに」

明日も更新予定です。

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