A-2 タイトル未定
オッス、俺ドラゴン。名前はコート。
突然だがちょっと聞いてくれ。
俺は『全知全能』の神である。やろうと思えば何でも出来る。
だがそれでは味気ないと思わないかね。新鮮味が足りない。
ここは一つ、スキルに頼らず新しいことに挑戦してみよう。
まあ、なんだ。ぶっちゃけると暇潰しだ。
◆
「そんなわけで、絵を描こうと思うんだ」
「おお、うん。平和的でいいんじゃないかな。めずらしく。
で、それを何故俺に言いに来た」
久々の現世降臨までして会いに来てやったというのに、黒ドラゴンときたらエルフ美女に膝枕させてゴロ寝ですよ。城暮らしのくせに客のもてなし方がなっとらんな。百年経っても相変わらずいちゃついてるし。神の力で性転換させてやろうかな。
「おい、やめろ。なんか変なこと考えてるだろう。あんた顔に出やすいんだよ」
ちっ。気付かれたか。
しかしよくは虫類の表情の変化が分かるもんだ。伊達に長年ドラゴンやってないな。
「最初は風景画を描こうとしたんだよ。ところが結構難しいんだな、これが。なんかぐちゃぐちゃになっちゃってさ。
で、次に果物並べて描いたんだよ。ほら、よくあるだろ。絵の練習で果物描くの。で、まあ、これも下手くそなんだけど、思ってたより味気なくてね。
だから今度は人物画にしようと思って」
「ああ、モデルを頼みに来たのか? 仕方ないな。どれ、どんなポーズがいい?」
察し良く、すぐさま用件を飲み込んだ黒ドラゴン。やれやれといった様子で立ち上がり色んな姿勢を取り始める。だが肝心なところが間違っている。
「お前じゃねーよ」
「ん?」
「乗り気なとこ悪いけど、お前じゃねーよ。
……不思議そうな顔すんな。何が悲しくて雄のトカゲを描かなきゃならんのだ。人物画だっつーに」
「ということは?」
黒ドラゴンの視線がエルフ美女に向けられる。
「私ですか?」
◆
エルフ美女こと獣神の巫女・クアランタは、その内面こそ腹黒いというかどす黒いというか真っ黒けっけだが、エルフだけあって美人である。見目麗しい、という言葉がよく似合う。外面如菩薩内心如夜叉である。
だが絵に心の苛烈さは写らない。皮が美女ならモデルとしては百点満点だ。
「お断りします」
と最初はすげなく拒否された。然もありなん。こいつ俺のこと嫌いだからな。
なので黒ドラゴンも誘うことにした。将を射んと欲すれば、という奴である。ドラゴンだけど。
「ふふん。いいぞ。実はちょっと絵には自信がある」
黒ドラゴン、了承。
するとコロッと手の平返しでエルフ美女も了承した。ちょろい。普段は手に負えない悪女だが、扱い方さえ間違えなければこんなもんだ。
「言っとくけど、スキル禁止だからな」
「当たり前だろ。こんなことでいちいち『博識万能』が使えるか。スキルなんか無くても木炭とパンの耳があれば余裕だね!」
ほう、言うじゃないか。あとで吠え面かかんとけよ!
乗り気になった黒ドラゴンの鶴の一声で、城の大広間にはモデルさんが立つ台とキャンバスと画材一式が用意された。本格的だな、と他人事のように眺めていたらやけに多くの数が用意されていく。そして広間に集まる人、人、人!
俺がボケーッとしている間に会場の準備が整い、黒ドラゴン主催の大写生大会が始まった。なんでや。
「なんだか俺が思ってたより大事になってきている……」
「ははははは、流石クアランタだ! 俺の巫女は人気者だな!」
犯人はこの中にいる! 隣に立ってる黒ドラゴンだ……。
嬉しそうにしやがってこの野郎。美人の巫女自慢がしたくて参加自由のイベントにしやがったな。そんであわよくばご自慢の画力を城の皆に披露するつもりだ。なんというウザさ……なんという構ってちゃん……。
「ええと、困りましたね……私はどのようにしていれば良いのでしょうか?」
たくさんの視線を受けながら、モデル台の上で所在無さ気に立つエルフ美女。
「そうさな、ポーズを取ると長時間は辛いだろう。自然な形で立っていてくれ」
「それだけで良いのですか?」
「もちろんさ! クアランタは美人だからな! 立っているだけで十分絵になる!」
そう言うとなんか二人でいちゃつき始めた。こいつら放っておくとすぐ桃色空間を作り出す。周りも信奉者なもんだから止める奴が居ないし。
いつも通りドラゴンパンチで制裁――すると周囲の信者共が五月蠅そうなのでヘッドロックからのリバーブロー。一見すると友人を冷やかす仲良しさんに見えるよう偽装する。
「おぅおぅおぅ。いい加減ラブついてないで絵でも描こうや。な? ちょん切るぞ」
「なにを!? あ、やめて、地味に痛い…………」
そして改めて、大写生大会が始まった。
俺と黒ドラゴンは主催者特権でモデルの真正面最前席に着いた。やったぜ。
正直言って俺は別段絵が上手いわけでも才能があるわけでもない。なので無理に上手く描こうとはしない。素人らしく相応に下手くそな絵を手際悪く描くのみである。線が歪んでも顔と体のバランスが悪くても最後まで描く努力をするのだ。
さて一方、自信満々で木炭を手にした黒ドラゴンはといえば。
「あれ、おかしいな、ちゃんと持てない……。え、なんで、真っ直ぐ線が引けない。うそだろ、なんか細かい調整が利かない……。なんで?」
なんでじゃねーよ。ドラゴンのトカゲハンドで人間みたいに小器用な真似が出来るかっつーんだ。「絵には自信ある」とか言っておいてこの様だ。滑稽だね! いやさ、いっそ哀れだね!
まあ、分かってましたけど。だって一人で描いてた時も「あれ、なんか上手く描けない」って思ってたから! 思ってたけど敢えて教えませんでした。決して粋がる黒ドラゴンが生意気だからお灸を据えようってぇ訳じゃあない。前世との違いって奴を自分で知って欲しかったから。うん、そう、学ぶ機会を取り上げてはいけないと思ってね。うん。
「念押ししとくけど、スキル禁止だからな」
「あ、当だり前だろ! 分がっでる……分がっでるじ…………」
は、半泣きでアタリを取っている! キモいよ……。
そしてそれを見てキュンキュンしてるエルフ美女。自重しろ。興奮するな。
信仰対象である黒ドラゴンの様子がおかしくなったせいで周りの皆も筆が止まっているではないか。誰一人完成させていないというのにだ。集中力が足りんぞ、まったく!
ほんでもってモデルはモジモジし始めるし、主催者は遂に声まで出して泣き始めるしで現場は大混乱である。
あー、もう! 俺の絵だってまだ完成していないのに!
「絵は……絵は得意だったのに…………美術部だったのに…………あぁぁ…………」
はい終わったー! 黒ドラゴンが大粒の涙を流し始めた時点で終わったー! モデルが真っ先に慰めに入ったもんだから。描かれる対象が動いちゃったから。他の参加者も絵なんか放っぽりだしちゃうしさー!
「ごべ……ごべんよクアランター。う、上手く描けなぐでー!」
「良いのです。獣神様はこんなにも一生懸命頑張られたのですから! ああ、貴方様の悲しみを私が癒して差し上げられたなら! せめて、せめて泣き止むまでこうしていさせて下さい!」
「うぅぅ、うあーーーん!」
――甘やかし始めちゃった。ダメだこりゃ。
相談する相手を間違えたんだな。同じ神で転生者だからと思って黒ドラゴンに声をかけたのが失敗だったのだよ。
俺は描きかけの絵をタイトルすら付けずそのままに、ひっそりとその場を立ち去った。
はぁ~。
思わず溜息も出ようというものである。
百歳超えたドラゴンが、絵が上手く描けないからって子供みたいに泣きじゃくるってどーなのよ。
今日一日が全くの無駄に終わった。徒労であった。
全く、黒ドラゴンのせいで俺の絵心は台無し(題無し)ですよ。
とほほのほ……。