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A-7 女神のお仕事②

「お嬢ちゃん、シエトラ山の場所は分かるか? ここからずっと西の果てにあるんだ。かつては竜王様と謁見をするために使われた社があり、その名残から霊峰と――」

 事情の説明を始める自称ドラゴンだが、その前に一つ大事なことを確かめる必要がある。

「おっと、待ってくれ。その前に。

 あー、その、今の男性の姿はいわゆる仮の姿という奴で、本当はドラゴンなのに人間に化けている、ということでいいのかな?」

「……ああ。そういうことだ。おかしな事を気にするんだな」

「そうか。よし。じゃあ殴るぞ」

「え?」


 ドラゴンパンチ(弱)が自称ドラゴンの頬に炸裂する。もしかして人間だった時のために手加減はしたが、この強固な壁を殴るような感覚、確かに人ではない。


「なるほど。見た目と違って柔じゃないな。ふぅむ、ドラゴンか」

「お、驚いたぞ。乱暴な確かめ方をする。

 だが、これで信じてもらえただろう。俺は間違いなくドラゴンだ。それで――」

「そうと分かれば説教だ!」

「なんで!?」


 けしからん! まったくもってけしからん!

 黒ドラゴンといい、この自称ドラゴンといい、何故そうも簡単に人の姿に転じてしまうのか。ドラゴンに産まれたからにはプライドというものがあるだろう。生まれたままの姿に何か不満でもあるのか。

 人の姿になんかなったところでどんなメリットがあるというのか。ただの弱体化ではないか。それともそういう縛りプレイか? 俺より強い奴が出てくるまでハンディキャップ付けて舐めプですか。へのつっぱりはいらんですよってか。


 なんてことを滔々(とうとう)と語ってみせたところ、自称ドラゴンは何とも言えない悲しそうな顔をして呟いた。


「お嬢ちゃんは――人間が嫌いなんだな…………」


 まさかの返しにギョッとした。

「え、いや、そんなんとちゃいますねんけど……ごにょごにょ…………」

 と言い訳にもならない言葉まで口にしてしまった。


 あれ、おかしいな。黒ドラゴンの時と随分反応が違う。

 あいつは元々俺と同じ転生者だし、日本のサブカルチャー――というかラノベ文化にも通じているし、俺の言わんとするところも正しく理解できたのだろう。

 だがしかし。

 こちらで生まれた純正ドラゴンには通じない理屈であったらしい。折角人外に生まれたというのにわざわざ人に変化してしまう事への憤りを、「人間が嫌いだから怒ってる」と捉えた訳ね。

 これが文化の差って奴か。こんな顔までさせちゃって。罪悪感半端ねえな。


 俺の怒りは意見の押しつけだったのだなぁ。一個勉強になった。今後は気をつけよう。

 この先も、俺が人の姿を取ることは決してないだろう。しかし他の誰かが人に化けたとて責めはすまい。ただし黒ドラゴンは除く。


「お嬢ちゃん。俺はな、霊峰にある社の司祭も兼ねているんだ。少なからず人間との交流もある。長い一生のうちには人間の嫁を娶ったことも何度かあるんだ」

「ん? いや、えっとね」

 しまった。自分語り始まっちゃったぞ。

「聞いてくれ。お嬢ちゃんの過去に何があったかは知らん。人間を憎むような、悲しい出来事があったのかもしれん。

 俺がこの姿で居ることに不快を覚えさせてしまったのなら、せめて謝ろう。すまなかった。

 だが、人間の中にも良い者が居るのだと知って欲しいのだ。恨みを捨てろとは言わないが、もう少しだけ、視野を広く持って欲しい。無差別に全体を嫌うのではなく、個人に善し悪しの区別を付けられるくらいの寛容さを」

「あ、はい」

「分かってくれたか!」

「はい…………」


 彼の中では今、悲しい生い立ちの子ドラゴンに本音で語りかけ、言葉で心を入れ替えさせたという熱いストーリーが展開されているのだろう。熱血先生みたいな感じの。

 俺、名目上は一応人類の守護神なんですけど……。


「あの、じゃあ、話を本筋に戻してもらってですね。ええ。事情説明をお願いしますわ。改めて」

「ああ。そうだな、聞いてくれるか」

 聞きますとも。ええ、はい、聞きましょう。

 妙な事言って脱線させちまってすいやせんでした。へへへ。


「実はな、俺が守護する霊峰の社に、異変が起きているのだ。

 竜王様は神をも超える『全知全能』の存在。そんな御方との謁見の場は聖域だ。何者にも侵すことはできず、如何なる穢れも寄せ付けない。だというのに……。

 竜王様がお隠れになって百余年、聖域の神聖性は薄れてしまったのだろうか。今までこのような事態に陥ったことはなかった……」


 わー。やべー。竜王様絡みかよ。

 ドンピシャで俺、当事者やんけ。


 スキル『全知全能』の被害者である永遠の幼児、竜王タナカ様。精神(こころ)の成長が止まった状態で何万年も生き続け疲弊していた彼は、俺に神の力を譲渡すると共に消滅した。その時危うく俺も『全知全能』に意識を乗っ取られるところだったのだが、ドングリが嫌いだったおかげで事なきを得たのだ。

 今となっても忌々しい思い出である。主にドングリの点で。

 だがきっと、その時乗っ取られ続けたままであれば、今回の問題は起きなかったのだろうなぁ、と思う。社の神聖性とやらも、『全知全能』が良い感じに保ってくれていたことだろう。

 そういう重要なことはちゃんと引き継げよ、と文句の一つも言いたいところだが、所詮スキルはスキルである。『全知』は知りたいことを問いかけないと答えてはくれない。たまに暴走するけど。

 まあ、そんな訳で、知らなかったことは仕方がない。俺は悪くない。これっぽっちも責任はない。

 だが、『全知全能』を受け継ぎ預かる身の上としては、竜王様の後釜としての役割は果たすべきだと思う。半ば無理矢理押しつけられた能力だが、中身が子供であった竜王様に同情的な俺である。このまま見捨てて済ますのは忍びない。


「その……異変っていうのは、具体的には? あんたが傷だらけだったところを見ると、ドラゴンでも手に負えないような強大な魔物でも現れたのか?」

「いいや。相手が魔物のような実体のある相手ならどうとでもなる。俺だってドラゴンだ。並でない相手でも打ち倒してみせるさ。

 だが、その打ち倒す相手がいないのでは、手の出しようがない。

 霊峰で起きている異変とは――空間の歪みなのだ」

「空間の歪み?」

「そうだ。行きたい場所に辿り着けず、目の前ですら遙か彼方のように感じる。まばたきのためにまぶたを閉じて開くと、もう別の場所に立っていることもあった。それだけじゃあない。暗闇の中を永遠に落ち続けるようなこともあった。扉を開けた先に自分の背中が見えたこともあった。

 それと、社の一部がどこか別の――異界とも言うべき場所に繋がっていたことがあって、延々と迷宮のような場所を彷徨うこともあり――その異界こそ、聖域に侵入した忌まわしき空間ではないかと見ている。

 確かな原因は分からない。だが、俺の第六感があの異界を怪しいと判じているのだ」


 …………なんだかすごーく心当たりのある話である。


 先月一杯、黒ドラゴンとそういうことばっかり延々続けてた気がする。

 竜王様がどうとか言って覚悟を決める以前の問題だった。

 あ、いや、でもケガするようなギミックはなかったはず…………。


「どうした? 急に考え込んで。もしや、なにか心当たりでも?」

「ええ、こ、こ、心当たり? まさか! 欠片も思い当たる節はございましぇん!」

「そ、そうか」

「だが今の話には矛盾がある!

 空間の歪みを抜けて今ここにいるのは何故なのか!

 西の果てのはずなのに東の山中にいたのは何故なのか!

 血だらけになって倒れていたのは何故なのか!

 さあ、答えてもらおうか!」

 俺の無実を証明するために! ハリー、ハリー、ハリーッ!

「強行突破したのさ。空間の歪みの隙間を、無理矢理突いて。その時、空間と空間の断層に巻き込まれて死にかけるわ、こんな大陸の真反対まで弾き飛ばされるわで、お嬢ちゃんがたまたま居合わせてくれなければ死んでいたところだった。

 改めて礼を言わせてくれ。お嬢ちゃん、ありがとう」

「いえ、そんな、お礼を言われるようなことでは……」

 むしろ恨み言をぶつけられる立場かも。


 お天道様が見ている、とはよくぞ言ったものである。

 誰知らずとも、誰あろう、天は見知っているのだ。悪いことはできない。必ずこうして白日の下に晒されてしまう。そしてそのことに罪悪感を覚えてしまう小市民な俺。

 ごめんなさい。オイラがやりました。

 でもできれば罪に問われたくはない俺ドラゴン。怒られるの嫌。どうしよう。


「それは――きっと――――」

「?」

「邪神の、仕業なんじゃないかなぁ…………」

「なんと!?」


 嘘は言ってない! 嘘は言ってないぞ!

 半分はあいつが悪い。いや、むしろ先に仕掛けてきた分、奴の方が比較的悪い子のはずだ。


「邪神――邪神か。今は代替わりして獣の神、獣神を自称しているらしいが…………そうか、魔族の――いや、獣人達の復権のため尽力していると耳にした時は感心したものだが、生まれ持った(よこしま)な心を制御し損ねたか」


 あ、いや、うん――――そうだね。

 あいつはホンマ(よこしま)ですわ。性欲の塊。始終エロいエルフを侍らせてイチャコラしてますもの。城の中にハーレム形成してるし。ケモノの神って言うかケダモノですのことよ。

 おお、リア中。爆発しろ。

 俺の中の怒りが、今、大きく育っている。


「おのれ邪神め、卑劣なり! 人の世に仇なす悪神め!

 俺は奴を許せない。絶対に! 絶対にだ!」


 絶対に貴様に全部押しつけてくれる!


「お嬢ちゃん――――そこまで、憤ってくれるか!」

 少しだけ感動した様子の自称ドラゴン。


 へーい! THE・罪悪感! いえーい!


 分かってる! 俺は間違っている! 俺は悪だ! 悪いドラゴンだ! あああ、俺の馬鹿チン。百年経っても小者ドラゴン! 卑怯で、矮小で、碌でもない野郎なんだ。メスだけど。

 ――こんだけ自分のこと卑下したら少しは許されないだろうか。許されないよね。そうだよね。

 へへへ、もう引き下がれねえ。俺はこのスタンスを貫くぜ。


「それで旦那、その異変とやら、どのように解決するおつもりで?」

「旦那ってなんだ。

 ええと、知り合いのドラゴンに助力を願い回るつもりでいた。ドラゴンだけあって、皆も長命で物知りだ。俺にはできないが、空間を操る技術に長けたものか、もしくはそういう手合いを知る者がいることだろう」

 ふーん。なるほどな。そうやって広めて回っちゃう訳だ。

 じゃあ、あれだね。黒ドラゴンの悪評が世に蔓延してしまうね。それを信仰する獣人達の立場も危うくなっちゃうのかなー。あー、まずいなー。それはまずいなー。


 っていうか、話が広まると俺にも責任の一端があるとばれる可能性もある!(本音)


「そうかそうか。旦那、幸運でしたね。空間を操る(すべ)なら、俺もちょいと自信がありましてね。この出会いも竜王様のお導きって奴なのかな」

 実際は女神のマッチポンプなのだが。

「なんと――お嬢ちゃんのような年端もいかぬ子供が――――」

 子供いうても百歳超えてますけど。ドラゴン基準じゃあまだまだ幼児か。


「霊峰の異変、この俺が丸っとスッキリ解決して見せます!」


 主に自分のために。

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