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B-6 嗚呼、削り節

つづかないわけがない


昨日も更新してます。

未読の方はそちらからどうぞ。

 それはまるで木片であった。

 乾燥してカチカチになったそれが、元は魚の切り身であったなどと誰が思うだろうか。

 机に打ちつけても傷一つつかない。カンカンと音がするばかりである。


 両手で持って鼻先に近づける。――うむ、(かぐわ)しい。魚の旨味がぎゅっと凝縮された匂いがする。はぁ、食欲をそそる。ヨダレが溢れ出てしまいそうだ。

「味噌汁飲みたい」

「は?」

「いや、こちらの話だ」

 これで出汁とって味噌汁作りたい。ワカメと豆腐入れて音立ててすすりたい。

 味噌も豆腐も無いけどな!

「すばらしい。実にすばらしい出来だ。

 それで、旨味を抽出して粉末状にする手段は?」

「未だ開発中です。残念ながら進捗は(かんば)しいとは言えません」

 そっかー。ダメかー。

 粉末にするだけなら簡単なのだが、如何せん真空パックなんて代物がない世界である。すぐに湿気ってしまってイマイチ出来がよろしくない。消費期限も短く、調味料としては売りに出せるレベルではないのだ。

 小瓶に一回分ずつ分け入れて保存する方法なら有りはするのだが……小瓶の大量生産に手間がかかるし、コストも上がる。使用後に使い回す方法も考えたがそれだって手間だ。

 だが削り節の開発だけで二年をかけている。そろそろ成果が欲しくなってくる頃だ。市場に出して消費者の意見も聞いてみたい。

「それでしたら、まずは料理店に卸してみては如何でしょう。当日分だけでもそれなりの量を使うでしょうし、味や使い勝手に関しても十分な感想も集められるのではないかと」

 おいおい、貴様天才かよ。商才溢れる部下に恵まれて俺は幸せだな。


 それ、採用。


 ◆


 鍋に吸い物、煮物に和え物。麺類に練り込んでも卵焼きの出汁にしても良い。米があったら炊き込みご飯。肉や野菜の煮汁に使っても良い。なんなら粉末にする前の削り節のままおひたしにしたり、お好み焼きみたいな粉物の上にまぶしたり。

 おお、レシピは無数にあるぞ!

 料理店に卸すにしてもまずは「こんな風に使えますよ」と示す必要がある。

 さて、どんな料理をお勧めするべきか。

 何はともあれ試作と試食だーね。

「さて、先の会議から今日まで試行錯誤してくれたと聞いている。今日の試食会では何を作ったのか聞かせてもらおうか」

「私はオンボレロの切り身が入ったお吸い物を頂きました。美味しかったです」

「僕は出汁巻き卵を。これも美味しかったです」

「自分は鍋を。締めに麺を入れて汁まで飲み干しましたよ。美味しかったです」

「俺はパン生地に出し汁を練り込んで食べました。いやー、美味かった」

 各人が様々な料理を試して味を楽しんだようだ。使い方も良かったのだろうが、概ね好評のようで何よりである。

 でもなんか、あれだな。

「なんで皆、試食会終わった感じになってるんだ。俺まだ食べてないんですけど。俺、商会長なんですけど。味の確認してないんですけど!」

 どうなってんのよこれ。君ら、俺のことのけ者にして自分達だけで食ってんじゃないよ。責任者出てこいよ。

 だがしかし部下諸君の反応は鈍い。何を言われているのか理解ができない様子でキョトンとしている。更にその中の一人が意外な言葉を吐き出した。

「商会長も召し上がるつもりだったんですか?」


 ――――え、いじめ?


 開いた口が塞がりませんよ。本気で言ってんの? ねえ、君本気で言ってんの?

「いや、商会長はドングリしか召し上がらないと聞いたことがあったので」

 出た! また出た! ドングリ! 呪いのアイテム、ドングリ!

 この三百年間俺を悩まし続けた悪魔の木の実、ドングリ! この場この時に及んでもまだこの俺を苦しませるのか!

「誰だよ、そんな出任せ言ってるの! 連れて来いよ!」

 訴えてやる! 訴えて不当裁判で慰謝料巻き上げた後くびり殺してやる!

 俺の怒りと悲しみが伝わったのか、部屋の中がにわかに騒がしくなった。

「誰って言うか、誰となくって言うか」

「商会長と言えばドングリって」

「そもそも商会長が食事してるとこ見たことないですし」

「そういえば前に商会長が渋みがどうとか言ってたことあった」

「あー、聞いたことある。だからドングリなんだっけ?」

「いや、でも渋くて吐き気がするとか言ってた気が」

「気のせいだろう」

「なんだ、気のせいか」


「気のせいじゃねーーーよっ!!」


 スキル『全知全能』を使う度に口の中に渋みが広がるんだよ! ドングリの嫌な渋みが濃縮されてなぁっ! じゃなきゃ神の力が俺の精神を乗っ取ろうとしてくるから!

 って言うかなんだお前ら、誰となく俺の食事=ドングリって認識ができてるとか。揃いも揃って洗脳でもされてんのかコラ。

「とにかく! 俺も試食したい! 食べなきゃ味の判断なんかできないだろ。最終決定は俺がするんだから、判断材料がないと困るっつーの!」

「はっ! すぐに用意致します」

 俺の言葉を受けて各人が動き始める。


 はー、やれやれ。あとは待つばかりか。

 なんやかんやあったが、これで遂にまともな食事にありつけるのかと思うとドキがムネムネしてわくわくが止まらない。いやー、楽しみだ。全く持って楽しみだ!

 社長椅子(会長だけど)の背もたれに身を預けてくつろぎながら待つ俺ドラゴン。

 しかしホッと一息ついた瞬間に耳に届いたのは爆発音。

 スゲー嫌な予感がする。むしろ嫌な予感しかしない。


「大変です! 何故か突然、厨房が爆発しました!」

 おう、マジか。マジで言ってんのか。


「大変です商会長! 食材がネズミに荒らされてしまってまともに使える物がありません!」

 ひゃー、本当かね。本当に本当かね。


「うわぁっ! け、削り節にカビが!?」

 な、な、な、なんだってー! って、阿呆か!

「削り節はカビ生えてなんぼなんだよ! それで水分吸収させて乾かしてるんだから!」

「あ、そうなんスね。青くなってるから何事かと思いましたよ。あっはっはっ!」

「それは駄目なやつだー!」

 ウチで乾燥のために使っているカビは、毒素を持たない白い色の「優良カビ」だ。青カビはウチで管理してる奴じゃない。多分それ毒持ってる奴。アウト!


 もー! なんだよー! もー! もー!

 なんで俺がまともな食事を摂ろうとするといっつもいっつも邪魔が入るんだ!

 こちとら今日という日を二年も待ってたんだぞ! 転生してから数えると三百年だぞ!

 ふざ、ふざ、ふざけんな! ふざけんなぁっ!


 これは呪いか! 女神の呪いなのかっ!

 糞女神め! 人の運命をねじ曲げる老害め!

 これだから神様って奴は嫌いなんだ。ちくしょう、神のやろう。

 俺は神の存在を憎む! 俺にまともな食事をさせてくれない憎いあんちくしょう共を決して許しはしない!

 俺の目の前に現れたら覚えていろ、問答無用でぶちのめしてくれる!


 取りあえず、目下の所この恨みは手近なところで晴らそう。

 知り合いの神様で。

 獣神で。




 追伸:削り節はそれなりに流行りました。

    俺はまだ食ってないけど。

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