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B-5 削り節を作りたい

前話からの続きです

 ドラゴン商会の次なるプロジェクトとして削り節の旨味を抽出した『旨い素』を作ることとなった。

 だがそもそも削り節がない。じゃあそこから作ろう。

 でも削り節用の魚どこから調達すれば!? 海は危ないよ。そうだ、鮭みたいな回帰魚を使おう!


 と、いうわけで候補に挙がったのがオンボレロなる魚である。

 産卵期になると地上に這い上がり山頂を目指す魔物である。角が生えてて四枚の胸ビレと二枚の尻ビレを足のように使う、百獣の王ライオンを超える体躯の魚。


 ちなみに今、目の前にいる。


 ◆


 オンボレロの見た目はまるで巨大な古代魚。シーラカンスに似て非なる形をしている。だが俺の中でその味は上質なサーモンのイメージだ。久しく食していない。っていうか、かれこれ三百年ほどまともな食事をした記憶がない。

 じゅるり。意識せずともヨダレが口に溜まってしまう。


 人の三大欲求。それは食欲・性欲・睡眠欲。

 ドラゴンの体に転生してその全てを必要としなくなった。

 食べずとも飢える事のない体。

 長命故に急ぎ子孫を残す必要のない種族。

 眠らずとも疲弊しない精神。


 だが。だが、心は! 心は人間なのだ!

 転生体故の(さが)か。卵から生まれる前にはもう意識があった。人間としての意識が。そしてその意思は消えることなく残り、今生の体と融合し、今の俺が出来上がった。

 だからこそ求めてしまう。本来必要の無いはずの欲求を。食の楽しみを!

 オンボレロよ。お前に恨みはない。だが俺の欲求を満たすため、その命を頂く。

 闘おうではないか。武器や小細工は用いない。事情は知らぬが、拳で殴るのがお前らを狩るルールであるというのならそれに従おう。

 だが、俺のドラゴンパンチ――並ではないぜ?


 いざ、尋常に!


 ボクサーよろしく構えをとる俺に対し、相手もやる気十分である。のそりと立ち上がり、四枚の腹ビレを広げて見せた。


 …………立つんだ!?


 どこまでも魚の常識が通用しない相手である。

 いや、この程度で惑わされてはいけない。敵は魔物。油断は禁物である。如何に神の力を手に入れた俺とはいえ、これまでの女神も獣神も死んで世代交代している。俺だって、死ぬ時は死ぬのだ。

 慎重に。相手の実力を見極めるのだ。そのために相手の顔色を覗い、目を見てその心の内を予測する。

 ところで魚の顔って不気味だと思わないか。眉もまぶたもないから基本ギョロ目だし、表情筋が無いせいで一切変わらない面様と相まってなんとも不気味である。そして一定のリズムでずっと口をパクパクさせている。


 開いて、閉じて、開いて、閉じて、パク、パク、パク、パク。

 開いて、閉じて、開いて、閉じて、パク、パク、パク、パク。

 開いて、閉じて、開いて、閉じて、パク、パク、パク、パク。

 開いて、閉じて、開いて、閉じて、パク、パク、パク、パク。


 うぉぉぉぉ、あ、頭がおかしくなりそうだ!

 怖い。純粋に怖い。何考えてるかさっぱり分からなくて不気味だ!


 いかんな。気圧されているぞ。

 それを油断と見たか、奴は攻撃を仕掛けてきた。魚類の一撃、それは突進。見るからに硬そうな角を突き出したラフプレー。お前スデゴロの格闘派じゃないのかよ。角、有りなのかよ。

 武器は禁止のくせに自分は天然の武器を使うとか。魚類の奴マジ卑怯。

 だが残念だったな、この俺ドラゴンも鱗という天然の鎧を持つチートキャラ――――ぶほぉっ!

 思いのほか吹っ飛ばされた。や、やるじゃなぁい。ボクチン土の上転がって回転しちゃったよ。


 ま、まあそうだな、ライオンの体重がおよそ二百キロ。それよりでかいこの魚類が凄まじい勢いで突っ込んできたのだ。さらにその力は角先の一点に集中している。むしろその凄まじい衝撃にすら耐えきった俺の鱗こそ褒め称えられるべきであろう――――ぶほぉっ!

 ちょ、ちょっと待った! なんか別の方向から――――ぶほぉっ!


 気付けば俺は囲まれていた。魚類の群れに。オンボレロ共に。

 この時俺はある言葉を思い出していた。会議の時につい聞き流してしまった一言。


『レフリーなんかも現地の人に頼むとやってくれますよ』


 ま、まさかこいつら、レフリーがいないからやりたい放題だとでも言うのか! 素手の相手に多対一、角を武器として使うことも有り有りだと。ぐぬぬ、なんだかパイプ椅子とかゴング持ってラフプレーかまして来そうな奴まで見えてきた。目の錯覚なんだけれども。

 おのれこんチクショウめ。ならばこちらも容赦はしない。ラフプレー上等! 火山生まれの野生児舐めんとけやコラァァァッ!

 咆吼と共に巨大化。尻尾の一撃で周囲の魚共を一掃する――――つもりだったんだけど、魚類達の体当たりが右足にまとめてスコーンと突き当たる。流石の俺も足を取られてすっ転んでしまった。てへへ。

 そして倒れた相手には、かけるよね、当然。追い打ち。

 四方八方から絶え間なくドッカンドッカン体当たり。今の姿なら痛くもかゆくもないが、衝撃はそこそこある。

「いい加減鬱陶しいぞ貴様らーっ!」

 衝撃波で周囲を浮き飛ばし自らは上空へと飛び上がって退避。

 如何に海から地上へ這い上がったといえど、空の相手には無力だということを教えてやろう。そして知るがいい、俺が捕食者で貴様らがエサに過ぎないという現実を!


 はーっはっはっ――――あ、っぶね! なんか飛んできた!


 うおぉ、なんということでしょう、魚共、仲間を抱え上げて投擲している! そして胸ビレをばたつかせて空を飛ぶかのように俺めがけ飛来する魚群。

 む、無茶苦茶だ! 本当に魚なのかこいつら!

 土の上でも空に飛んでも形勢不利とか。いや、決して負けはしないんだが、数の暴力に後れをとってしまう。負けはしないんだがね。うん。俺ってばドラゴンだけあって鱗の堅さは並じゃないんで。敵の攻撃さっぱり効いてないんで。

 しかしそろそろ刺身は諦めた方がいいかもしれん。ブレスでなぎ払ってくれようか。焼き魚一択になってしまうがそれもまた海の幸。

 …………そういえば削り節用のもいるんだっけ。(いぶ)して干すから、焼いちゃうとまずいのか。


 考えあぐねるその間にも魚共の投擲は続く。空中での機動性はこちらに分があるため難なくかわせてはいるが、少しは当たるし、正直鬱陶しくなってきた。

 もう全部『全知全能』に任せてなんかいい感じに納めてもらおうかと思い始めたその矢先、広い空に鐘の値が鳴り響いた。カーン、という、まるでゴングのような音が。


 その時、眼下に映る景色が大きく動いた。

 二足(?)で立っていた連中が一斉に伏せ、胸ビレと尻ビレを使い移動を始めたのだ。巨大でヌラヌラ光る魚の群れが一斉にである。まるで魚の川のようだ。陸地に溢れる洪水のようだ。

 すげー。

 陳腐な表現で申し訳ないが、素直にそう思う。

 すげー、うわぁーってなる。特にヌラヌラテカテカしてる部分が。気持ち悪い。なんとも食欲の失せる光景だ。


 直視に耐えかねる光景から目を逸らし、鐘の音がした場所を探す。すると山麓の森の中に開けた場所があることに気付いた。そしてそこに魚共が集まっている。

 取り囲むように円陣を組む魚群。しかし俺を襲った時のように攻撃を仕掛ける気配はない。短い手ビレで両隣の者と肩を組み、まるで決闘場でも作るかのように連なっている。その中央にはオンボレロが一匹、対峙するように格闘家風の大男が一人、そして二者から等距離の位置に立ち、両者の動きを見落とすまいとする男が一人。

 大男は拳でオンボレロを打つ。肘や蹴りは使わない。使うのはあくまで拳。

 一方、相手となるオンボレロは身体をグネグネ揺らしながら、尾ビレを駆使した軽快なフットワークで大男を翻弄している。更に四つある胸ブレをパタパタ、パタパタと揺らし――――あれってフリッカーのつもりかな? ビンタにしかなっていないが。しかも射程距離が短いので全く相手に届かない。何がしたいんだ。

 周囲の魚共は足踏みで地面を揺らしたり短い咆吼をあげたりしつつ観客に徹している。


 勝負は大男有利の一方的なワンサイドゲームであった。オンボレロの巨体は度重なる殴打に傷付き、ついには倒れた。間に立っていたレフリーっぽい男が腰に下げた鐘を何度も鳴らし、決着がついたことを周囲に知らしめる。

 円陣を組んでいた魚類共は大興奮で勝者を称えていた。多分。魚の気持ちなんて分からんけど。ほんでお前ら仲間が倒されてるのになんで大喜びやねん。あれか、交尾の競争相手が減ったからか。それとも本当に単純に勝負を楽しんでいただけか。


 勝者を称えるように道は開かれ、大男とレフリーはでかい魚一匹引きずりながら堂々と帰って行った。

 俺も帰ろう。


 郷に入っては郷に従え。


 そんな言葉を思い出した出来事でありました。まる。


 ◆


 ドラゴン商会の『旨い素』プロジェクトは難航を極めた。

 しかしその第一弾の材料として、オンボレロは申し分ない素材であった。


 一筋縄ではいかないと考えていた。

 長い時間がかかることも覚悟していた。

 しかし、何はともあれ一歩目を踏み出したのだ。


 幸いにして時間はある。金もある。人手も、そして情熱も。

 この続きをいずれ語る時もあるだろう。

 そう、削り節の日は毎月あるのだから。

 二十四日が来る度に思い出すが良い。削り節の旨味を。

つづかない

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