B-4 削り節を流行らそう
こんにちは。ブルジョアです。
娯楽の提供こそ我が使命。そんな気がする。多分。おそらく。メイビー。
その娯楽の範疇には食文化も含まれよう。
思い起こせばこの数百年、何かに邪魔されるかのようにまともな食事ができなかった。現世で口にした物と言えば自分の卵の殻とドングリくらいですよ。
もうそろそろ、いいんじゃ無かろうか。
肉が食いたい、などという贅沢は今更言わぬ。
だがせめて文化的な食事を摂りたい。
美味しい物が食べたいのだ。
◆
と、いうわけで、我がドラゴン商会による新プロジェクト発足である。
その名も素敵、『旨い素』計画!
発想の大本は現代日本にあった『削り節の日』だ。毎月二十四日は24の語呂合わせになるので制定されたという。
食べ物に関連した記念日は数あれど、食生活の向上を考えていて思い出したのがこの日だった。削り節、それは旨味の凝縮された最高の出汁の原料である。そして旨味成分は日本人である池田……あー、池田…………池田なんとかさんが発見した第五の味覚である。
旨味、それは日ノ本魂。俺の中の失って久しい和の心がそれを求めているのだ。
削り節と言えばカツオである。カツオ節こそスタンダード。だがこの世界にカツオはない。よって代わりの魚が必要である。
そもそもカツオ以外の魚も使うから、区別のために削り節と呼ぶのだ。こちらの世界固有の魚を使っても文句は出るまい。
◆
何はともあれ魚がなくては始まらぬ。
そしてできればカツオやマグロみたいな大きな魚がいい。小魚って削りにくいし、ていうか小魚は削る必要がそもそもないし。
そしてそういうでかめの回遊魚を求めれば必然、沖を離れて遠洋へ繰り出す必要がある。
ところがである。
この世界は船が発達していない。
なんせ海は危ないし、海の外に出たって何も無い。大陸一つで完結しているのだ。
そんな中、海に出ようとする馬鹿はどうなると思う?
1,死ぬ
2,死んだ
3,死んでいる
つまりもれなく死ぬ。だが死体がないのでは「帰ってこないだけで新大陸に辿り着いたのでは?」などと考える者もいるだろう。ところがどっこい、海はそんなに甘くない。寄せては返す波のおかげで死体は沿岸に流れ着くのだ。
ウェルカム証拠物件。あなたは死にました。来世にご期待下さい。
そんな危険な海。母なる海。その苛烈さはシンデレラの継母の如く。容赦の無さはアマゾネスの如し。
そんな海には出たくない。だから船は発達しない。そして遠洋漁業に乗り出す者もいない。
初手から躓く俺ドラゴン。
いや、俺が調達したっていいんだよ? まだ企画段階だし、食品開発に使う量は少なくて済むから。しかし、この先国中に流通させていくことを思えば、俺一人では手が足りない。やはり頼りになるのはマンパワーだ。誰でもできる環境を整える、これ、重要。
それを考慮すれば、今回のプロジェクトに海の魚は不向きである。
だがしかし待ちたまえ。俺は知っている。鮭の削り節があることを。
そう、海に出て十分育ち川へと帰る、回帰魚というやつだ。これなら大陸内部で穫れるし、満足のいく大きさもあるだろう。
「そういう魚、なんかいない?」
「いますね。今の時期ならオンボレロという魚が旬になります。かなり南の方ですが、サス地区の南東方面にある少し大きめの山で穫れますよ」
プロジェクト会議の席で尋ねると、部下の一人が挙手をして教えてくれた。
「おー、いいじゃんいいじゃん。それ捕まえて使うとするか。川に網でも仕掛けて穫るのかね? なんとなく、河口付近で穫るイメージだったんだけど」
たしか鮭はエサ食わないで帰省するから、川に入っちゃうとどんどん栄養が無くなっていくんだよな。だからその手前の脂ののったところを捕まえるんだったと思う。
「網は使いませんね。大体殴って狩ります。あと川よりも開けた場所で待ち構えた方が効率がいいですね。森の中だと対応しづらいので、普通はオンボレロ狩り用に作られた草っ原のステージで闘います。レフリーなんかも現地の人に頼むとやってくれますよ。お金はかかりますが、やはり慣れた者に審判して貰うのが確実でしょう」
ふーん。やはり所変われば品変わるということか。俺の知っている知識と大分開きがある。魚を捕まえる話をしているのにまるでボクシングの野良試合にでも赴くかのような表現である。
っていうか、殴るってなんだ。クマでももうちょっとスマートに狩りするわ。
「これはただの確認なんだが――――今って魚の話してるんだよな?」
「ええ。もちろんです」
「オンボレロ漁だよな?」
「漁というか、狩りですね。オンボレロ狩り」
「そっか。そっかー。あの、ちょっとその魚のイメージがわかないんで、誰か絵で描いてくれないかな」
それでは、ということで、また別の部下が手帳を取り出しサラサラっと絵にしてくれた。
オンボレロとは!
シーラカンスをよりごつく厳つくしたような見た目の魚? である。胸ビレと尻ビレを使って這うように地上を歩く器用なやつらだ。
山頂で生まれ、孵化した後は川の流れに身を任せ海へと旅立つ。その後過酷な海で生き延び成長した者だけが、産卵のために川岸から這い上がり、山頂を目指して進むのだ。
ちなみに口から尾びれの先まで測ると優に三メートルを超えるらしい。縦に測っても一メートル強。でかい。ライオンよりでかい。
あと角がある。ほんで胸ビレが四つ生えてる。
俺、知ってる。角があって腕四本あるやつは魔物だって。人類の負の念から生まれた邪悪な存在だって。
「でも食っちゃうんだ?」
と真顔で聞けば、
「美味しいですよ」
と応えが返る。
すげえな。人類ってたくましい。
……まあ、いいか。食べられるんなら。
オンボレロがどれ程の猛者かは知らんけど、最悪俺が出張っていけばいいことだし。
「――あ、そうか。すっかり自分達で狩りに行く気になってたが、地元民に狩ってもらって戦果を売ってもらえばいいのか。
美味しい食べ物ならその辺の地域で流通してるだろ」
「そこに気付くとは……さすが商会長!」
ちょっとがっかりしてる奴らが数名。実は行ってみたかったのね。だがホッとした表情のやつも同じくらい。聞くからに危険だもんな。
「ちなみに流通量ってどうなってる? 試作用は数匹で構わんけど、先々で製品化することを考えればかなりの量が必要になるぜ?」
「そうですね。すぐに調べます。しかし、地元の名産とは言ってもナマモノですから、それ程期待はできないでしょうね」
「商会長、安定した漁獲量を求めるなら調達用のチームを組むべきではありませんか?」
「商会長、地元民からの購入では手数料の分コストが上がってしまいます。卸値を下げるためにもやはり調達チームは必要かと」
「いやいや、商会長、不慣れな者では逆にコストがかかります。狩りは地元の本職に任せて、商会としては現地からの輸送チームを組めば十分でしょう」
「何を言うか! 初めは不慣れだったとしても経験の蓄積でコストは抑えられる!」
「ちょっと待ってくれ、やはり現地に任せるべきだよ。それが産業として発達すれば地域活性化に繋がる。我々ドラゴン商会の目的は単純な金儲けに収まらない。地元密着型の事業体系にするべきだ。ねえ、商会長」
侃々諤々。会議は踊る。されど喧々囂々とはならない。皆目的のためにちゃんとした議論を為してくれている。
すばらしい。実にすばらしい。経営者として鼻が高いよ。
「そうだな――俺としても、地域に根付いた商いを続けていきたいな。しかし、漁獲量次第では我々からの援助も必要になるだろう」
俺の意見を述べると、その時だけは静かにしていた皆がそれを踏まえた議論を再開する。
で、結論。
「何はともあれ漁獲量の調査が必要ということになりました。それと平行して削り節の開発を行います。オンボレロの削り節が上手く軌道に乗り、材料の確保が問題なければ地元民からの買い上げを、足りないと判断された場合はドラゴン商会から人を出して必要量を賄うこととします。
状況次第では現地に子会社を設立することも考えております。それにより雇用創造、地域に根ざした活動を行うことで地元民との良好な関係を構築することもできるでしょう。
細かいところはケースバイケースで柔軟な対応をと考えております。なにぶん、段階を追った先の話ですので、今から詰めてもしょうがないところですので」
「そうだね。それがいいと思う」
上質な乾物を作ろうと思えばそれなりの月日が必要だ。なんせ乾かすわけだから。数ヶ月か、半年か、一年以上かける場合だってある。
時間はあるのだ。ゆっくりやろう。ゆっくりと。
◆
南の国に俺、降臨。
経営者として、ドラゴン商会の商会長として、やはり現地視察というものが必要であろう。
決して面白半分ではない。観光気分でもない。たまには暴れたくて殴り合いに来たわけでもない。
現・地・視・察! お仕事なのだ!
その俺の目の前に、一匹の魔物が。
角の生えた歩く魚、オンボレロ。
こうして見ると確かにでかい。なんて食い出がありそうな魚だ。沖から上がったばかりの貴様は、脂がのっていて美味いんだってなぁ?
いいねえ。いいじゃあないの。
生で。焼いて。蒸して。煮て。揚げて。すり潰して練り上げて団子状に丸めて鍋の具にするのもいいだろう。
一匹で十分楽しめる。十全に味わうために、試させてもらう。
今宵のディナーよ、ようこそ地上へ。招待してやるぜ、メインディッシュとして、皿の上にな。
――いただきます。
合唱。そして構え。相手もすっかりやる気十分だ。
さあ、食うか食われるか、命の奪い合いの始まりだ。




