C-5 迷い無く迷走する
前回までのあらすじ。
この世に生を受けておよそ六百年。俺氏、美少女になる。
◆
宿に泊まりて独り想ふ。
俺チョー可愛くない?
なんかね、部屋に大きな鏡があるんですよね。そんな良い宿に泊まったつもりはないんだけど。個室の割に広い部屋だとは思ったがVIP待遇で受け入れられてるんと違うじゃろか。
まあ、いい身なりした子供らが二人で泊まりに来て個室頼むんだもんな。惜しまず金貨なんか取り出して。見るからにカモネギ。そりゃ店主の顔も気持ち悪いくらい満面の笑みに変わるわ。
や、それはいいんだよ。
大事なのはここに鏡がある、ということだ。
全身を映せるような姿見ではないが、上半身くらいなら十分収まる。
その鏡に映る姿は今や美少女である俺。
いやはや、困ったな。自分で美少女、美少女と言い張ってきたが、改めてみるとやはり美少女。水たまりで見た姿とは雲泥の差であるよ。ナルシストのような感想が出てしまうのも仕方がないことではないか。
和洋折衷っていうか、中性的っていうか、もはや人間というより人形のような造形美。女の子が遊ぶようなお人形じゃあないよ。大の大人が「お迎え」とかいって云十万も支払うようなDOLLってやつだ。
やーこれちょっと胸ときめくね。昔欲しかったんだよ、DOLL。移動圏内にそんな洒落た店なかったし、あったとしても親と同居の手前恥ずかしかったし、なにより金銭的な問題で手が出なかったもんな。
それがどーよ。
今や自分がDOLLのような見た目。
最高のカスタムDOLLってのは、俺自身がDOLLになることだ。
俺が、俺たちがカスタムDOLLだ!(黒少年含む)
これから先は自分自身を着飾ってきゃっきゃうふふ出来ちゃうわけだ。うえへへへ。
しかしこの見た目、ひょっとしてあのヒゲ野郎(他所の神様)の趣味かしらん。だとしたらそこだけはグッジョブと言わざるをえんな。いや、黒ドラゴンの少年姿にちょっと似てるとこみるとこういう姿に化けるのが予定調和なのか? 遺伝子の勝利か? 分からんな。俺に分かるのは俺が美少女だということだけだ。
ためつすがめつ鏡に映った姿を見やる。
うーん、可愛い。マジ可愛い。
言っても自分なんで性的にムラムラっとはこないんだけど、見てて和むというか、微笑ましいというか。お子様体型だからへその下がたぎらないのかな? そそり立つモノは無いんだけども。
このまま成長しておっぱい大きくなればまた違うだろうか。
…………うーん、シミュレートしてみた結果、ピンと来ない。ピンコがピンピンこない。やはり自分自身は性的対象外か。惜しいな。…………惜しいか?
夜の活力に繋がらないのは非常に残念であるなぁ。と、肩を落とした俺の脳裏に天恵が!
こ、この可憐な姿にネコミミをはやしたらどうなってしまうのだろう!
それはもう、殺人的な可愛さなんじゃあないかな!
ネトゲの姫なんか目じゃないぜ!
リアルに舞い降りたネコミミ天使。それが俺です、こんにちわ!
みたいなっ!?
みたいなことになっちゃうんじゃないのかな!
なっちゃうんじゃあないのかなぁ~!
あー、凄い、俺天才。ネコミミが好きなら俺自身がネコミミになっちゃえば良いんだ。だって今の俺、美少女だから。
降りてきた! 新案! 名案! 妙案!
だが待てよ。困ったぞ。
今の俺は『全知全能』が使えないただの美少女。如何にしてこの身にネコミミを備えれば良いというのか。カチューシャ? バカおっしゃい、そんな如何にも作り物な偽物付けてりゃ興醒めも良いところだ。本物がある世界なら本物を付けなくちゃ! 本物志向だよ! 紛い物はノーサンキューだよ!
うーん。どうしようかな。
神の力が封じられたとはいえ、『全知』で調べた知識は俺の頭の中にある。覚えてる分は。『全能』任せで使っていた魔法や技能だってもちろん今も使える。覚えてる分だけ。
しかし制限は多い。転移一つとっても到達地点の計算やら難しいところは『全知全能』にお任せしていた。今更俺の小さな脳みそ一つで処理するのは正直厳しい。
それを踏まえた上で、肉体変化は無理だ。やろうと思わなかったので調べてもいないし、当然やったこと無いし。
人間の姿になんてなるもんか! って頑なに固辞してたから。
あーいたたたた、食わず嫌いしないで、なんでも一度はやっておくべきだったかな。おかげさまで今の苦労がありますよ。後悔先に立たずか。俺のバカチン。
「おーい、いないのか? なんだよ、返事くらい――――なんで全裸なんだよ」
唐突に乙女の部屋へ侵入してきた黒少年。ノックぐらいしなさいよ。
「したよ。そっちが気付かなかったんだろ? で、何故に全裸よ」
「逆に聞きますけどね、お前が城でぐーたらしてた間、服なんか着たことあったかね」
「ないよ。当たり前だろ」
そうだろう。だって俺達のスタンダードは裸だもの。究極のフォーマルドレスにしてインフォーマルウェアも兼ねた一品ですよ。
「裸が当たり前の奴が今更他人の全裸を気にするのか。何様ですか」
「いやいやいや、人の姿になったら服くらい着るだろう。城にいた時も人化してる間は服着てたの見てただろう」
「そうだったかなー。覚えてないな。あれ、クアランタって服着てたっけ?」
「着てたよ! 人の巫女を全裸の痴女にするなよ!」
全裸じゃなくてもあいつは痴女だと思うんだけどなぁ。
「あ、そうだ。いいタイミング出来てくれた。ちょっと頼まれて欲しいんだが」
と言った途端にこの嫌そうな顔である。「どうせろくでもないことだろう」と顔に書いてあるぞ。
「俺は明日の予定を確認しに来ただけなんだが」
「まあそう言うな。すぐ終わるすぐ終わる。
お前のスキル『万能』を使ってだな、ちょいとこの俺の頭にネコミミをはやしてくれればいいんだ」
黒少年は眉根を寄せて「どゆこと?」という顔をしている。
こんな簡単なことがどうしてスッと伝わらないのか。
「察しの悪い男だな。見ろよこの美少女な姿を! そこにネコミミがはえたらどうなる? それはもう神だろう!」
「ええ? もう神様だろ?」
お馬鹿! そういう意味じゃないでしょ!
「俺、可愛い! ネコミミ、可愛い! 合わさったら? チョー可愛いでしょ!」
「???」
いけない。黒少年は混乱している。
「その言葉の意味する所がイマイチわからんな。ちょっとスペイン語で言ってくれんか」
「スペイン語で!?」
伝わるのか? スペイン語で言えば伝わるんだろうな!
「いや、それは流石に冗談なんだが。あんた、本当ネコミミ好きだな」
はいともさ! 大好物です!
なのでサクッとお願いしますよ。
魔法使いの少年がちちんぷいぷい呪文を唱えてステッキ一降り。きらきら光る星が飛び出す。
――なんていう演出があるわけもなく、ただただ事務的にネコミミをはやす黒少年。
だが! しかし! これは――ふーむ。ふぅむ。ふむふふふふむふむふ。
「尻尾もお願いできます?」
「変態が!」
でもやってくれる黒少年。人に頼まれると断れない、それが黒少年! チョロい、黒少年マジチョロい!
だがチミはいい仕事をしてくれた。素晴らしいよこの尻尾! 育ちの良い黒猫を彷彿とさせるキューティクルな毛並みの細長いテイル。先っぽがちょっと曲がった鍵尻尾なのがみそだな。分かってるね! 職人だね!
お礼とばかりに尻尾の突いた尻を振って見せてやる。付け根の部分を主軸に振り子運動のように動かすのがこつだ。
ふーりふーり。
ほーら、素敵だろーぅ?
なんて油断してたらバチーンと響く打撃音が。
「痛ぁーーーーいっ!」
黒少年から平手が飛んできた。吾輩の真白いヒップに赤い紅葉が浮かび出たではないか!
「え、なに。そういう趣味? 俺のケツにムラムラしてサドっ気出ちゃった?」
「ムラッときてないけどイラッとしたんだよ。そもそも身内相手にムラッとはこねえよ、お姉ちゃん」
「お客様! 先ほどの叫び声は一体――――っ!? し、失礼しました!」
凄みを利かせていた黒少年であったが、大声を聞いて駆けつけた店主の姿を見るや否や、その顔色は面白いように青ざめていった。
賊かと案じて駆けつけたはいいが、VIPルームで見たものは全裸&ネコミミ尻尾の美少女相手にスパンキングプレイに興じる美少年の戯れ。宿屋の店主も一目散に逃げ出す貴族社会の闇である。違うけど。
勘違い乙、である。
「じゃあ明日はもう一度冒険者組合に顔を出して適当な依頼を見繕うことにしようか」
「なに平然と明日の予定語っちゃってんの!? まず誤解を解こう――あ、おい、押し出すな。ちょっと。ちょっとー!」
それから黒少年は「宿を変えよう!」と必死の形相で懇願してきたが、俺としては大きな鏡のある部屋がお気に入りになったので構わず連泊することにしました。まる。
よーし、明日から冒険の始まりだー!




