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A-5 回廊を彷徨う

 オッス、俺ドラゴン。名前はコート。

 突然だがちょっと聞いてくれ。


 マウリッツ・コルネリス・エッシャーという人物を御存知だろうか。

 騙し絵で有名なオランダの画家である。それともロックマンX3に出てくるドップラー博士みたいな顔のおじいちゃんと言えばよいか。

 そして彼の残した作品に「ascending and descending」という名作がある。日本語に訳するならば「上昇と下降」。異名は「無限回廊」。平面に書かれた階段を、ある者は上り続け、ある者は下り続ける。永遠に。


 終わりのない永遠。人はそれを『地獄』と呼ぶ。


 ◆


 迷った。


 何に迷ったかといえば、道に迷った。

 軽い気持ちで地下迷宮を作ろうとしたのが間違いだったのだ。

 剣と魔法の世界ならやっぱダンジョンだよな、なんて考えてしまったのだ。そして折角だから作ってみちゃおっかな、なんてプラモ気分で手を出したのが不味かった。

 企画段階で迷走したと言えよう。

 しかしそこで辞めておけばまだ良かった。意固地になって血迷ったのが運の尽き。

 どうせなら入り組んだ迷路にしてみてはどうかと思いついてしまったんだ。


 そしてできたのが今俺がいるこの通路である。


 お試しで作ったこの地下迷宮は一階層しかない。ボスもいない。宝だってない。雑魚的すら皆無。

 配置する前だったので。

 というかそういうの置くべきか迷ったのだ。いつも通り黒ドラゴンに試遊させたら一般公開して娯楽施設にするつもりだったから。まあ、お化け屋敷風にするのはありかな、と思わんでもなかったが。


 要するに、遊園地なんかにあるアトラクションとしての迷路だ。入り口から入って出口を目指すタイプの。


 作った。

 できた。

 そしたら試さなくちゃいけないよね。まずは自分で。

 黒ドラゴンをおちょくる――もとい、遊ばせるにしても、半端な出来では興醒めだ。物作りにトライアル&エラーは必須なのだ。


 そうして俺は自作のダンジョンへ足を踏み入れた。

 そして道に迷った。

 言葉通りの迷宮入りである。


 ◆


 迷路の攻略法には左手(右手)の法則というものがある。壁に手を突いて歩いてりゃそのうちゴールに着くよ、という力技である。ところがどっこい、左手の法則には弱点があり、スタートとゴールが一つの同じ壁伝いに位置しなければならない。そしてこの迷宮は階段を下って入り出口を昇って外に出る方式である。つまり、スタートとゴールを別の壁伝いに置けるのだ。

 有名な攻略法だからな。対策くらいは立てる。


 そして左手の法則が通用しない時取られるのは、虱潰しに道を調べるトレモー法である。一度進んだ道に線引いたり目印を付けて進むのだ。そして行き止まりになれば分岐点に戻り別の道を行く。全部のルートをくまなく進めばそりゃゴールにも着くわい! という完全なる力技である。もちろんこれにも弱点はある。ゴールに通じる道が隠されていた場合当然辿り着けない。そして目印を付けられない場合も然りである。

 この迷宮は俺の特別製である。床面は土のように見えるが、足で溝を掘りながら進んでもいつの間にか消えてしまう。壁に印を付けても、床に目印を置いても同様である。画面を外れると敵キャラが復活するロックマン方式である。ある程度の距離をとると元通りなのだ。


 流石は異界! 手作り世界! 俺の思いのままである。

 さらにはスキル『全知全能』を駆使して外界との念話や転移をシャットアウト! 通路は物理的、魔法的破壊不可のイモータルオブジェクト化! そして日を跨ぐことで人気(ひとけ)のない通路や分岐が自動配置換えを行うという素敵設計!


 完璧だ! 完璧すぎる!

 あまりの非の打ち所の無さに俺は感動を覚えていた。

 自画自賛で申し訳ないが、これ程の地下迷宮を俺以外の誰が作れるというのだろうか。

 俺、この迷路が完成したら入り口と出口を適当な土地に繋げて、娯楽に飢えた一般人をわんさか呼び込むんだ…………。


 まあ、それ以前に出られないんですけどね。


 行けど戻れど同じような通路が続くばかり。出口に繋がる隠し扉を探そうにも目印がないから分かりゃせん。かといって入り口に戻ろうにも既にどちらがどちらやら。


 そうか。自分で試してみて分かったぞ。

 この迷路、途中でギブアップ出来る作りにしないと、多分一杯死ぬ。楽しいアトラクションだと説明していざ中に入れば出口が分からず餓死か渇死か。足を踏み入れれば生きては返さぬハエ取り草か蟻地獄のような施設だ。

 誰だこんな場所作ったの。性格悪いな。俺だけど。


 ◆


 当て所なく彷徨うのにも疲れた。

 ちょっと(ずる)っこだが、『全知全能』で帰り道を調べて帰ろう。テレビゲームでもバグ探しのためのデバッグモードってあるしな。

 この迷宮は広すぎるし分岐が多すぎる。中々の難易度と言えるだろう。

 もっと、なんというか――そうだな、難易度を選べるような作りにしたい。慣れに応じてイージー・ノーマル・ハードくらいの分け方は必要だろう。そもそも初見の迷宮でヒントも何も無しなのは厳しい。俺が作りたいのは理不尽な難易度の死亡迷宮ではない。皆が楽しめる娯楽施設なのだ。


 はてさて、『全知全能』の導きに従い辿り着いたのは行き止まりである。が、突き当たりの壁の向かって右に隠し扉があり、回転扉よろしく体重をかけるとくるりん回って通れるのだ。

 そしてそこには外へ出るための上り階段があった。


 はー、やれやれ。改善の課題も見えたことだし、一旦戻って調整しないとな。

 だがその前に黒ドラゴンを誘い込んで俺と同じ苦痛を味わって貰おう。奴のスキル『博識万能』は上位スキルである俺の『全知全能』で押さえ込める。ゴールまでの道のりを検索出来ると思うなよ!

 はーっはっはっはー!


 ……………………ところで、なんか階段長くない?


 あれ、こんなに段数あったっけ? ふと疑問に思う。

 そして上り終えた時に違和感は更に強まる。

 本来であれば、この階段はいつも俺が引きこもっている自作の異界に出るはずなのだ。

 ところがどうだいこの有様。

 辿り着いたのは小さな小部屋。どっからどうみても俺の作った地下迷宮と同じ洋装である。


 先にも述べたが、俺が作ったのは地下に広がる一階層だけの迷路である。地上一階なんぞ作った覚えはない。

 つまり、俺以外の誰かが手を加えた結果がこれであるわけだ。

 そしてこの異界に出入り出来るのは俺と黒ドラゴンだけである。俺の知る限り他の誰も転移が使えないし、そもそも異界の座標を知る者が俺達二人だけしかいない。


 ……犯人分かっちゃったんですけど!


 おらー! てめー、何してくれとんじゃーい! 出てこいは虫類野郎! 説明責任を果たせー!

 あー、そういえば念話はできない設計にしたんだった。流石『全知全能』、要求通りの仕様だな。


 つまりなんだ、俺が暫く顔を見せないから「あいつまた何か企んでるな」的な不安を感じて様子見に来た結果、自作の迷宮で遊んでる俺を見て出入り口の空間を歪め、閉じたダンジョンを作り上げた、と。

 全知全能で出口までの道のりを検索しようとしてビックリ。上り階段を上れば再び今のこの部屋に戻ってくる仕様。入り口は地上からの下り階段だったはずなのに、知らぬ間に上り階段に改装までされている。おかげでルート検索が無限ループしている。

 やってくれたな黒ドラゴン。

 やってくれたなぁ!


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 いつになく上機嫌で高笑いを上げるのは、誰あろう、獣神ジャケット。通称黒ドラゴンである。

 城の廊下を歩くその姿はご機嫌そのものである。

 いつも下らない用事や阿呆な事件を起こして迷惑をかけてくるコートに対してようやく意趣返しをすることができたのだ。今頃は自分自身で作りだした迷宮に閉じ込められ悪戦苦闘していることだろう。そう思うとほくそ笑まずにはいられない。

 なんだかんだでコートの自由奔放さにはストレスを感じていたらしい獣神。今はその溜飲を下げに下げて開放感に胸躍らせている。

 廊下をただ歩く、それだけでも笑みが浮かぶほどである。

 まあ、気が済んだら助けにでも行ってやるか、などと寛大な気持ちすら沸いてくる。


 しかし、獣神は僅かな違和感に水を差された。

 廊下が、異様に長い。そして歩きながら誰にも出会わない。

 獣人達にとって獣神は文字通り神である。顔姿を目にするだけでも恐れ多い。故にその歩みを邪魔せぬよう隠れて道を空けることは、ままある。しかしそれでも気配は感じるものだ。だがそれすら今は感じない。城に戻ればイの一番に察して駆けつけるはずのクアランタでさえ姿を見せない。


 ――おかしいな。


 嫌な予感が首をもたげる。


 ――う、お、お……うおぉぉぉっ!


 獣神は心の中で叫びを上げた。念話が通じない! 神託が出せない! そして帰還時には使えていたはずの転移能力が使えない! 壁・床・天井の破壊を試みるも傷一つ付きはしない!

 この作りは、そう、コートが作り出した迷宮と同じ仕様だ。

 獣神は己が失態を犯したことにようやく気付いた。コートは既に自作の迷宮を攻略した。もしくはそれよりも前に仕掛けられていたのだ。


 どこまでも続く廊下を進みながら思う。もしもコートがまだ自作の迷宮から抜け出せていない場合。そしてこの無限に続く廊下が内側から解除不可能である場合。

 ひょっとしたら、抜け出せないのではなかろうか、と。


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 やはり最後に笑うのはこの俺ドラゴンよ!

 馬鹿め、いかにループさせようと、歪んだ空間さえ元に戻してしまえばそれはただの道に戻る。そしてその程度の技、この俺の『全知全能』にかかれば朝飯前だ!


 俺をはめた代償を支払え黒ドラゴン! 貴様はいつ潰えるとも知らぬ命をその閉じられた世界で消費し続けるのだ。一生を孤独と向き合え!


 じゃあな。お前との馬鹿なやりとり――――嫌いじゃなかったぜ!


 用事は済んだので再び自作の異界へ引きこもるべく転移する。

 目の前の風景は一瞬の間に切り替わり、住み慣れた地へと舞い戻る――はずが、どうしたことか、真っ暗である。明かりを生み出そうにも照らされる地面も空もない空間。これはひょっとして、転移の際にくぐり抜ける狭間の空間に閉じ込められた?


 はっ! しまった、黒ドラゴンめ、俺の油断を誘うべく出口を探る振りをして愚直に前進していたのか!

 ちい、『博識万能』では『全知全能』で歪めた空間は元に戻せないと高をくくっていた俺が甘かったのか。奴め、さては空間の歪みの隙間に新たな歪みを差し込んで無理矢理外に出たな! そして慢心したこの俺を転移の狭間に閉じ込めた!


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 獣神は転移する前までコートが立っていた場所を上空から眺め、高笑いを上げていた。

 無限に続く廊下へ閉じ込められたと気付いた時はヒヤリとしたが、実のところそれは分身体で、本体はいつもの部屋に横になり己の巫女と共にすごしていたのだ。


 念には念を。転ばぬ先の杖、というやつである。


 元々獣神はコートのことを警戒していた。しばらく姿を見せない時点でろくな事を考えていないのは明白だったのだ。そんな危険な場所に保険もかけずに出向くなど愚の骨頂である。


 そしてその考えは正しかった。


 獣神は独りごちる。まったく、女神という輩は代々に渡って油断がならない。

 この際、何百年かは転移の狭間に閉じ込めて反省して貰おう、と考えた。ちょっとやそっとのことでは反省しないコートである。妥当な判断と言えよう。


 事を済ませた獣神は巫女の下へ戻るべく飛んだ。共に今回の快勝を祝うべく。

 しかしその心持ちこそが油断であった。

 獣神は一向に変わらぬ視界に違和感を感じた。羽を広げて空を飛ぶ、いつもの慣れた動きであるというのにその体は全く進んでいない。


 進んだ分だけ戻されている。


 ――な、なにぃぃぃっ! い、一体どうやって!


 原因は分かっている。空間を歪められているのだ。そしてそれを行った相手が誰かも。

 こんなことができるのはコートしかいない。

 だが何故。どうやって狭間の世界から抜け出せたというのか。

 獣神の心中に焦りが生まれた。


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 甘いなぁ、ゲロ甘だぜぇ、獣神さんよぉ。

 まさか貴様が分身体まで用意していたとは気付かなかったなぁ。だがしかし、そこまでやっておいて、何ぁ故この俺が同じ保険をかけないと思ったのだろうか。いやさ、考えつきもしなかったのかな? なにせ自分は勝者だと勝ち誇っていたくらいだ、その一手先までは読もうともしなかったのだろう。

 それこそが貴様の甘さ! 決して俺に勝つことのできない最大の要因なのさ!


 さて、なんか移動しようとするとまた何か仕掛けられそうな気がするから、念のためここでゴロゴロしようかな。

 はーあ、今日は疲れちゃったなぁ。今日はスキルを使いすぎたせいで口の中が渋い。このペナルティーにはどれだけ経っても慣れないなぁ…………ぁぁぁぁぁぁぁあっ!!


 横になった途端地面は消え去り、真っ暗な穴の中に落ちていった! 穴が狭すぎて羽を広げることができない! そのくせ両手を広げた長さよりもちょっとだけ広いせいで支え棒よろしく踏ん張ることもできない!


 くそったれぇぇぇっ!


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 危なかった、と息を吐くのは言わずと知れた獣神である。今度こそはやられたと覚悟していたが、なんとか空間の隙間を突いて抜け出すことができたのであった。


 ――腐っても女神か、流石だったよ。だが最後に勝つのは俺だったみたいだな。


 そうして再び勝利を確認し、油断してしまったのが運の尽き。


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」

 馬ぁ鹿がぁーっ! 二度も三度も同じ手に引っかかるとは、学習しないなゆとり世代!

 貴様がどれだけあがいても俺に勝つことなんて――うわぁぁぁっ!


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!

 あ、ちょっとタンマ、どわー!」


 ◆


「ふふふふふ。ふはーっはっはっはー!」



 ―― エンドレス ――

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