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A-4 プレゼンテーション

 オッス、俺ドラゴン。名前はコート。

 突然だがちょっと聞いてくれ。


 自分の考えを相手に伝えるということは相当に難しい。

 なにせ相手は自分ではない。

 こちらが「当たり前」と考えている常識が意外と通じなかったりする。齟齬は少しずつ大きくなり、意図したことは半分も伝わらない。


 分かりやすく、簡潔に。

 口にするのは簡単でも、行うは(かた)し、なのである。


 ◆


「できた…………」

 思わず呟いてしまった。

 ここは自作の異界である。誰も居るはずのない一人きりの空間。だというのに、つい、言葉に出てしまった。

 それだけ万感の思いが詰まった呟きだったのだ。


 黒ドラゴンに言質を取った「今度は俺に付き合うってもらう」という約束。

 その約束を果たしてもらうため、俺は企画書を作った。

 我が意を伝えるべく練りに練った資料である。


 完璧だ! 完璧すぎる!


 これさえあれば、あの黒ドラゴンを納得させることができるだろう。

 やってやる! やってやるぞ!

 例えるならば、今の俺は顧客へ企画説明に赴くビジネスマン。

 いざ征かん! 我が野望を叶えるために!


 ◆


 飾りっ気のない手狭な部屋に講演台が一つとイスが二つ。司会者よろしく台に立つのはこの俺ドラゴン。椅子に座る観客は言わずと知れた黒ドラゴンとエルフ美女である。

「えーと、あんたが唐突にしでかすのはいつものことなんだけど、その前に確認だ。ここはどこなんだ? 城の中じゃあないよな。っていうか、壁の材質が妙に地球っぽいというか。電灯とか点いてるし。そのくせ出入り口と窓がないってどういうことだ」

 折角専用の異界までこさえて招待してやったというのに黒ドラゴンは困惑気味だ。一方でエルフ美女は落ち着いているが、こいつの主体は黒ドラゴンなのでこの程度はどうでもいいのかも知れない。

「あと、なんであんたはメガネにスーツ姿なんだ」

「演出だよ。ビジネスマンぽく見えるだろ?」

「見えねえよ。ペットに服着せて喜んでる飼い主の痛々しさしか感じないよ」

 やれやれ、口の悪い奴だな。誰に似たんだが。

「細かいところはいいんだよ。本題に入ろうじゃあないか。

 お前、この間言ったことちゃーんと覚えてるか? 俺に付き合うって、何でもするって言ったよね?」

「何でもなんて言ってねえよ! あんたの好きにさせたら絶対ろくな事にならない」


 はははははは。言いよるわ。

 品行方正にかけては右に出る者がいないと噂のこの俺ドラゴンに対して。


 乱世のただ中であったこの大陸に平和をもたらしたのは誰の功績だと思ってか。

 この俺だろう。

 魔族と罵られ乏しめられてきた獣人諸君の名誉回復を行っているのは一体誰かね。

 この俺だろう。

 今もこうして世のため人のため娯楽企画を考案し世俗に彩りを加えようとしているのは果たして誰だと言うのか!

 この俺だろう!


 任せておけば良いのだ!

 全ては上手くいく!


 と、主張してみても、それは俺の考えだ。思っているだけでは伝わらない。黒ドラゴンにも考えがあるし、主義主張の差違から誤解が生まれるのも仕方のないことである。

 だからこそ備えてきたのだ。


「さて、そんな分からんチンの君達のために用意してきたのがこちら!」

 ドン! はい、講演台の上に取り出しましたるは!

「フリップ!?」

 イエス正解その通り。

 とはいえ現代地球の文化になれた黒ドラゴンにはちょいとアナログ過ぎたかな。

「ホント言うとパワーポイントとか用意しようと思ったんだけど、プロジェクターとか含めて用意しようと思ったらすごい時間かかりそうだったから。自重しました」

「…………してるかな」

 してるだろう。これなら今の大陸の技術でも作れる。文化的な側面で斬新だとは思うけど。まあ、フリップの材質とかは置いといて、ね。

「で、何かね。そのタイトルは」

 おっと興味津々かよ。食いつくねえ、君ぃ。

「読んだ通りさ。お題目は『国境を越えたFestival(フェスティボー)』!」

「駄目だろ~。それ超えちゃあ駄目だろ~」

「ところがどっこい、二枚目をご覧下さい。

 はい、これが現在の大陸の状況です。北が獣の国、南が人類帝国。綺麗に真ん中で真っ二つに分かれていますねー。二国しかない、そして直線的な国境線。この単純な図式により管理も容易になるんですねー」

「いや、そんな直線じゃないだろう。山脈の連なりに合わせて区切ってるんだから」

「そう! そこ! いーい気付きですねー。よく分かっていらっしゃる。そしてそれこそが国境移動の要なんですねー」

「その似非ニュースキャスターみたいな喋り方も気になるんですけど!」

「山で区切られた国境線の何がベストなのか。三枚目をご覧下さい。

 山があると(ぺりぺり)国境を超えにくい。自然の地形を使うことで(ぺりぺり)管理がしやすい! つまり、(ぺりぺり)人件費が抑えられる! ということなのです」

「フリップのめくりを多用するな!」


 黒ドラゴン大興奮である。ははははは。前世で慣れ親しんだネタに触れて喜んでいるのかな?


 その後も大興奮でツッコミを入れる黒ドラゴンに俺のプレゼンは白熱した様相を見せた。

 集客規模、興奮度、そこから生まれる一体感、そして獣人への差別撤廃に繋がる第一歩。そう、お祭りという馬鹿騒ぎを通じて築かれる同調(ラポール)効果を狙ったものである。仲良くなる的な意味でね。

 獣人の差別撤廃を講じる黒ドラゴンにとっては無視出来ないところであろう。

 更に副次効果としての経済的な側面。もちろん二国間合同の大規模な祭を取り仕切る我々の利益は莫大なものとなる。

 そこで得た金銭は何に使われるか?

 そう、それすらも望むならば獣人の名誉回復に使えるのだ。獣の国の国庫予算とは別口の金銭である。いくらだって何にだって自由に使える大金だ。


 ま、当然デメリットもある。

 差別意識の強い人類帝国の民草が急に獣人連中と仲良くなれるわけがない。揉め事面倒事も起こるだろう。

 計画通りに事が進まないのも世の常。計算通りの利益が回収出来ない事態も良くあることだ。

 だが二年三年と続き、十年二十年が経った頃にはどうだろうか。

 なあに、例え現在が戦時中であったとしても問題ないさ。だってこの争いは俺達で管理してるなんちゃって戦争なのだから。


「ふぅむ、案外悪くないな。年に一度、祭でガス抜きするくらいはいいだろう。長いスパンで考えてるのも良い。

 なにより、俺らが前世の知識を活かして出店を広めるってとこ。うん。気に入ったよ。懐かしい感じだ。文化祭みたいな。

 いいじゃないか! 今までが今までなんで期待してなかったが、見直したよ!」

「はーっはっはっは、褒めてないからな、その言葉。テメェあとで覚えてろよ」


「で、だ。今回の企画に相応しいメインイベントを考えてきた」

 俺の言葉を耳にした途端に苦笑いを浮かべる黒ドラゴン。

「……はは~ん、なるほど。そいつが本題って訳だ」

 勘ぐるな勘ぐるな。やだねー、荒んだ心のトカゲ野郎は。人を疑ってばかりいる。

「これだけ企画を練って準備もしてきてくれたんだ。よっぽどろくでもない内容でない限り無下にはしないさ。

 聞かせてくれよ、あんたの考えてきたメインのイベントを」

 お。なんだよ。デレ期か? 野郎に心を開かれても仕方がないんだがな。

 なんにせよチャンスだ。畳みかけるぜ! これが俺のラストカードだ!

「よくぞ聞いてくれました! 刮目せよ、今回のメインイベントを!

 はい、どん! その名も素敵『ネコミミライブ イン コンデュア』!!」


「はい、消えたー」


 何故か天上から垂れ下がったロープ。黒ドラゴンがそれを引くと、俺の足下がパカッと開き、為す術もなく奈落の底へ落ちて行く。

「なんでやねーーーーーーーーん」

 似非関西弁の叫びも虚しく真っ暗闇の地底湖みたいな場所へ叩き落とされた俺ドラゴン。他人様が作った異界を勝手に改造しやがって。しかも話のオチみたいに使いやがって!


 なんでだ!

 何がいけなかったんだ!

 完璧なプレゼンだったのに。趣味と実益を兼ねた最高の企画だったのに!


 畜生…………。ちくしょーーーーーーーー!

 アイ シャル リターン! 覚えてろよ黒ドラゴン。俺は必ず蘇るぞー!


 ◆


「――と、いうわけで企画練り直してきた。

 大丈夫、今度はお前もちゃんと目立つようにしてやるから」

「そこじゃねえよ!」


 俺の野望、ネコミミフェスティバル開催の日は遠い。

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