A-1 ネコミミを探して
オッス、俺ドラゴン。名前はコート。
突然だがちょっと聞いてくれ。
俺はネコミミが好きだ。
かつて上空から見かけたネコの獣人。母娘であったなあ。
実に愛らしい容姿であった。狂おしいほどに。
キュンキュン来ちゃう胸騒ぎだ。可愛らしくてたまらんのだ。
撫で回して頬ずりしてアゴをコチョコチョして猫可愛がりしたい。愛でたい。侍らせたい。
ネコミミが好きだ。大好きだ。
◆
「ネコミミ狩りだー!!」
鐘が鳴る。警鐘の鐘が。
住人達は慌てて家の中へ逃げ帰る。特にネコの獣人達は大人も子供も男も女も誰も彼もが家に逃げ帰り厳重に戸を閉めた。
ネコミミを除いた自警団の皆々は思い思いの武器を手に村の入り口で備える。
そしてそれはやって来た。荒野の彼方より砂埃を立てながら走り来るモンスター。
団員は呼吸が荒くなり、緊張で手が震えていた。
何故ならば相手は強大で、自分達は余りにも無力だから。
ここは獣の国の南端にある村、コンデュア。かつて魔族と蔑まれた多種多様な獣人達が身を寄せ合って生きる場所。
人類帝国と隣接する地理的に、戦火の影響が及びやすく、決して住み良いとは言えない土地である。それでも住民達は生きてきた。必死で生きてきたのだ。
けれど何故か神は試練を与えたもうた。いつからか凶悪なモンスターが出没するようになったのだ。そいつは村に住む獣人を襲う。人死にこそ出ていないが、心に傷を負った者達は数多い。
幸いにも――あるいは厄介なことに、そいつはネコの獣人しか襲わない。そうするとどうなるか。
ある者はネコの獣人を追い出すべきだと主張する。悪し様に罵り、隠すこともなく嫌がらせをする。
ある者はネコの獣人を生け贄に差し出せと主張する。追い出すなんてとんでもない。今でこそモンスターはネコの獣人しか襲わないが、居なくなれば余所に行く保証など無いのだ。そうして無差別に襲われ始めれば、こんな村などあっという間に滅びてしまう。
しかし、と反論する者ももちろんいる。
「我々は同じ獣人。獣の国の仲間ではないか! 見捨てるなどとんでもない。神はきっと見ていて下さる。獣神様はきっと我々を助けて下さる! その時まで耐えるのだ!」
人の心は弱く脆い。しかし彼らのように奮い立つ者は居る。それこそが今武器を手にして立つ自警団の者達である。
「来たぞ! 構えぇいっ!」
ある者は槍を、ある者は盾を、ある者は杖を手にモンスターに立ち向かう。
それを意にも介さず突っ込んでくるのは一匹の子ドラゴン。
長い舌をベロンベロン振り回しながら雄叫びを上げ駆けてくる。
彼女の名はコート。神の力を持つ、『全知全能』の女神である。前世が実家のコンビニ暮らしで、四十の頃に過労で倒れてドラゴンに転生したという今更どうでもいい過去を持つメスドラゴン。なお、主人公である。
「くかーかかかー! ネコミミじゃー! ネコミミを出すんじゃー! ぺろぺろ、ぺろぺろするんじゃよー!」
主人公である。
その勢いは衰えず、人の壁を作っていた自警団を蹴散らしていく。
「ぬわーっ!」
やすやすと村への侵入を果たしたモンスター。しかしネコミミどころか人っ子一人見当たらない。
「んん~? かくれんぼかぁい。ネーコーミーミーはーどーこーかーなー?」
睨め回すように一軒一軒を探り歩くモンスター。
窓も戸口も厳重に板を打ち付けてあるが、住人達は気が気ではない。中で身動ぎもせず、ただじっと悪夢が過ぎ去るのを待っている。
だが、大人ですら耐え難きこのストレスフルな状況に、幼子が耐えられるはずもなかった。モンスターが家のすぐ近くをうろついていると察知したある子供が、遂に泣き出してしまった。母親は幼子の口を必至になって塞ぐ。だが漏れ出た声を聞き逃すモンスターではない。
「子供の泣き声が聞こえるぞー! なにをやってる! ここを開けろー!」
鍵をかけた扉が何度も何度も叩かれる。内側から打ち付けた戸板が今にも外れてしまいそうな勢いだ。
子供はなおのこと泣き叫び、母親も堪えきれずに涙を流し、父親は覚悟を決めて戦うために武器を構える。
しかし。神は哀れな民草を見捨てはしなかった。
獣人達は遥か空の彼方から降りてくる神々しい力を感じた。未だ危機的状況にありながら強い安堵感を感じる。守られているという感覚。加護の力である。
彼らは本能的に察した。獣神様が降臨されたのだ、と。
「こらー! 何をしているかー!」
「え、いや、家の中で子供が泣いてるんだよ。早く助けてあげなくちゃ!」
「原因はあんただよ!」
「ええっ!?」
◆
自警団の団員達はその光景を見ていた。
空より降り立った黒く巨大なドラゴンを。獣神様の神々しいお姿を。
獣神様はあれほど強力なモンスターに一撃を加えただけで昏倒させ、いずこかへと連れ去って行かれた。
そして、去り際にお言葉を残されたのだ。
「我が愛すべき子らよ。脅威は取り除かれた。此度のことで争うこと無かれ。皆、我が愛する子羊なれば。努々忘れるなかれ。皆平等に愛されているということを!」
やがて家に隠れていた者達も外へと出て、誰もが空に祈りを捧げた。
獣神様へ感謝を伝えるために。
そうしてこの小さな村に平和が戻ってきた。
最早ネコの獣人を蔑む者は居ない。かつてのことを恨みに思うネコの獣人も居ない。
皆、平等に愛されているのだから。
ここは神のお膝元、戦場が近くとも平和な村・コンデュア。
◆
「いや、違うんですよ」
我が輩はドラゴンである。名前はコート。
今現在、何故だかしらんが黒ドラゴンこと獣神ジャケットの前にひれ伏して言い訳をしている。
「ほら、獣人の地位向上に一肌脱ぐって大分昔に言ったじゃないか。
結果、どーよ。獣人達のお前に対する信仰心もうなぎ登りだろ」
「ウチの国でやってどーすんだよ! 間に合ってんだよ! 獣人達は俺のこと十分崇めたて奉ってんの!
人類側の認識を変えてもらわなきゃ意味ないんだよ!」
あーわわわ、ものすごい剣幕で怒ってる。
おっかしーなー。ただネコミミを愛でたかっただけなんだけどなー。
ガミガミと叱られ、黙って聞いていた大人な俺。
が、その時唐突に天恵走る!
「そうだ! ネコミミ集めてアイドルグループ作ろうぜ! そんで人類帝国でライブやったら皆メロメロになって認識も変わるんじゃね?」
「あんたちょっとは反省しろよ!」
ダメですか。ちぇ。
大体こんな話です。