49話
眠い
西行妖に春度が目に見えて溜まっていることを感じられるようになったとある日の朝。神崎は妖夢にある頼み事をしようと話しかけた。
「……えっ?もう一度お願いできますか?」
自分の耳を疑うように妖夢は言葉のリピートを催促した。神崎が言うには少し意外だったのだろう。
「俺に……剣術を教えて欲しい」
真剣な眼差しを妖夢に向け、何故かこんな事を妖夢に頼む。
「ど、どうしてですか……?突然……」
「………今は教えられない……」
神崎は妖夢から視線をそらし、遠くの空を見つめた。その方向にあった幻想郷の風景は雪が積もる春らしくない春を迎えた人里だった。妖夢や夕が集めてきた春度とは、幻想郷の春そのものでありこれを1点に集める、ということは幻想郷に春が訪れなくなる、
という異変になるのだ。異変になる、ということは博麗の巫女が動く事態であることは白玉楼に住む妖夢と幽々子は重々承知の上での行動、というこどだ。そして、神崎が妖夢に剣術を指導することを頼んだのは゛夕゛としての最期の仕事を果たそうという神崎の決意なのだ。そして、夕としての仕事を終えることが出来たなら自身の能力を使い、幻想郷から跡形もなく去ろうと考えている。
「……春雪異変が事を迎えるまでには夕としてここに留まりたいものだな」
「どうしました?夕さん?」
いつの間にか神崎の思考が口から漏れ出していたらしく、ボソボソと何かをつぶやき続ける神崎の顔を心配そうに覗き込む妖夢。
「い、いや何でもない。で、さっきの件はどうなんだ?」
「えっ!……わ、私でよければ手伝います……よ?」
頬を紅潮させながら妖夢はもじもじと指を弄る。この行動の意味を鈍感な神崎は何も気づいてはいない。はず。
「じゃあ……、昼飯食ったら頼む。それまでに用意を終わらせとくから」
静かに自室に戻る夕月。
自室に戻った夕月の視界の端には机に腰をかける八雲紫がいた。納得出来ないかのように彼女は低い声で夕月に問いかける。
「本当にそれでいいの?」
「……」
紫の問いかけに無視した様に部屋の荷物を片付け始める夕月。
「……貴方の能力の使い方では本当に……」
「それでいいんだよ。それで」
夕月は悲しげに俯く紫の顔を見て、何故か満足そうに微笑む。そしてあの日幽々子の手によって捨てられたはずのコートを持ち上げた。
「このコート、貴女の仕業だよな?……いいえ、答えなくて構わない。そんな事しなくても良かったとは思うぞ?多分最終的な結果は変わらなかっただろうしな。まぁ……気遣いってのはどの世界でも嬉しいもんだぜ」
こう言い切ると恥ずかしそうに頬を掻く。
「……」
「さて、紫さんよ。今までありがとうな……。ここに招待してくれて嬉し楽しの毎日だったよ」
「なら……」
「なら……なんで貴方は……」
「ならなんで貴方は悲しい顔して泣いてるのよ!?」
寝不足は美容の大敵よ……




