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8:見られたくなかった姿

「ふと思ったんだが」

「はい?」


 見回りを続ける中、不意にアルマさんが口を開いた。

 サピィを頭に、足元にナイトを従えた僕は、その声に顔を上げる。


「俺ぁ今、お前にテイムされてる訳だよな」

「はい。一応」

「ってことは何か。今は俺、お前に何か命令されたら逆らえないってことか?」

「え? いやー……どうなんでしょう」


 言われてみれば、ナイトはともかくサピィに対して、明確な『命令』はしたことがなかった。ほとんどのことはお願いすれば応えてくれるので、その必要が無かったのだ。

 ただ、何となく。僕がテイマーとして命令をすれば、彼女達はそれに従うであろうことはわかる。一応、行使出来る強制力は持ち合わせているのだろう。

 そこまで考えてアルマさんの顔を見ると、彼は何か面白いものを見つけたような表情をしていた。

 あ、何かやな予感。


「ようし。これも経験だ。リオ、俺に何か命令してみろや」

「えぇ……」


 予想通りである。

 いきなり命令しろと言われても、何を命令すれば良いか思い付かない。

 ……けどまぁ、良い確認にはなるだろうとも思う。果たして僕がテイマーとして全力で命令した場合、それはどこまで強制力を発揮するのか。

 僕よりも格上の存在であるアルマさんで試せるのは、またとない機会だと言えるだろう。


「えっと、じゃあ。その場で跳んでください」

「……それは命令じゃねえ。お願いっつうんだ。遠慮しなくていいからガッツリこい」


 若干肩を落としたアルマさんの言葉に、それもそうかと気持ちを切り替える。

 そして今度は、しっかりとアルマさんを見据えた上で、上から見下ろしたつもりで――


「跳べ」


 その一言を放った瞬間、アルマさんの目付きが鋭くなった。

 ぶわりと尻尾の毛が広がるように持ち上がり、しかし直ぐに収まって、同様に睨み付けるような視線も消えて無くなった。


「成る程……成る程なぁ」


 結果から言えば、アルマさんはその場でジャンプすることは無かった。

 明らかに僕の言葉に尋常ではない反応は示していたが、すぐにいつも通りに戻ってしきりに頷くばかりだ。結果的には、命令は不発に終わったと言えるだろう。

 でもとりあえず、どんな感じだったのかは聞いてみる。


「で、どうでした?」

「おう。とりあえず、効果はあるみたいだな。理不尽にも身体が勝手に動きそうになった。ただ、見ての通り我慢出来るレベルだな」


 ふむ。

 とりあえず、此方が意識して命令すれば、テイムした相手には少なからず効果はあるのだろう。仮にテイムしていない状態のアルマさんに今と同じことをしても、ただ単にガンつけられて終わったはずだ。


 問題は、アルマさんが今正に従わなかったのを見る限り、何かしらの要因で強制力に差が出るであろうこと。それがレベル差で決まるのか、それとも純粋な意思の強さで決まるのか……恐らくは、両方が関係してくるだろうとは思うのだが。

 まぁ、それは今考えても仕方がない。何にせよ己の研鑽が必要だと考えて、今は取り敢えず見回りに専念しよう。


「アルマさん。ちょっと聞きたいんですけど」

「なんだ」

「この見回りって、普段は何を目的にしてるんですか?」

「『普段は』、モンスターの間引きや、里があると知らねぇで近付いてきた人間の追い返しだな。あ、お前がくたばってたのもこの森だったらしい」

「……あんまり覚えてないですけどね」


 僕はこんな森に迷い込んでいたのか。前後不覚に陥っていたとはいえ、本当にクリスに見付けて貰えたのは偶然だったみたいだな。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今重要なのは、アルマさんの『普段は』の部分を軽く強調したような言葉の内容だ。

 恐らくはわざとだろう。彼は僕が探りを入れてきていることに気付いている。

 それをわかっている上で、彼は僕にヒントを与えてくれているのだ。


「普段は、ね」


 小声で呟く。

 ということは、当たり前にも思えるが、今の見回りは普段とは違う意味合いを持つということだ。

 そもそも、普段の見回りはクリスが一人で行っていた。こうして二手に別れて行動すること自体、今までになかったことなのだ。

 もっと言えば、休みであるはずのクリスが、僕に隠れるようにして見回りをしているのもおかしな話だ。見回りに行くなら、普通に玄関から出て行けばいい。なのに彼女は玄関を使わずに、恐らくは窓から外に出ていった。

 あの時僕は玄関前に座って空を眺めていたので、クリスが玄関を使わなかった理由があるとすれば、それは僕に見付かりたくなかったからだ。


「顔が怖いぜ、リオ」

「いやぁ、アルマさんには負けます」

「このクソガキ……」


 軽口を返しながら、森の見回りを続ける。

 ここまでに生まれてきた疑問を並べてみようか。


 ――見回りからの帰りが遅く、傷を負って帰ってくることが多くなったクリス。


 ――手のひらを返したかのように、僕にステータスを伸ばせと暗に言ってきたメルニャさん。


 ――普段とは違う目的を持つ、二手に分かれてまで行われる見回り。


 ――その為に、僕から隠れるようにして見回りに向かったクリス。



 ……あぁ、考えれば考えるだけ、嫌な予感が輪郭を帯びて確かな形を持ってきた。

 だって、僕の考えている通りなら、すべての疑問がひとつの答えで繋がってしまうのだ。

 クリスの怪我も、帰りが遅いのも、僕が強くならなきゃいけない理由も、二手に分かれた意味も。

 そして、クリスが僕から離れて見回りをする理由までも。


 ――――――。


 ――――。


 ――。



「…………?」


 森の中に、二人分の足音だけが静かに響く。急に静けさが増したような気がして、思考を打ち切って顔を上げた。同時に立ち止まる。

 見れば、アルマさんも厳しい顔付きをして立ち止まっていた。


「……静かすぎる」

「はい」


 そう。静かすぎる。

 先程までは聴こえていたはずの虫の音や鳥のさえずりが消えて、僕達が歩みを止めた為に、今の森には風に吹かれる植物の音だけしか響いていない。


 ――何だ。何が起きている?



『……たくさん』

「え?」

『たくさん、たくさんいる。いっぱいの足音が』

「どうした」

「サピィが、沢山の足音が聴こえるって」


 そう告げるや否や、アルマさんは頬を引きつかせて舌打ちを鳴らした。

 そして僕を抱えると、驚くべき速さで木の上に駆け上がる。思わず声を上げそうになったが、本能的にそれはマズイと悟って口を抑えた。

 遅れてナイトが同じように駆け上ってきて、その身軽さに驚きつつも、今自分が置かれている状況を把握しようと心を落ち着かせた。

 僕を抱えたまのアルマさんは、しきりにキョロキョロと視線をさ迷わせつつ、周りの音をすべて拾おうとしているかのように耳をピクピクと動かしていた。

 元から野生的な所はあったが、こうして警戒しているのを見ると最早獣のそれである。瞳孔開いてるし。


「アルマさん、何が?」

「見てりゃあわかる。……来るぞ。今からぜってぇ喋るんじゃねぇぞ」


 コクりと頷き、その視線の行く先を追う。

 今はまだ、そこに何も見当たらない。しかし――


(足音が……)


 サピィの言う通り、足音が、それもかなりの大人数であろうそれが聴こえてくる。

 やがて足音だけでなく、何か金属音が、恐らくは鎧が擦れる音までが聴こえてきて。


「……っ」


 憎々しげに放たれる舌打ちは、アルマさんのものだ。

 その視線は、今正に現れた、白く輝く鎧に包まれた人間達に注がれている。

 そして、思う。


 ――あぁ、やっぱり。


 嫌な予感が、確信に変わる。

 人間による、亜人淘汰。根絶運動がまた始まってしまったのだ。

 あの白く輝く鎧には見覚えがある。館の窓から何度か見たことがあるそれは、王国軍の兵士の証。

 ……それにしても多い。

 ガチャガチャと音を鳴らす集団は、見える範囲で少なく見積もっても三十人以上。真っ直ぐな隊列を組んできているのか、列の終わりは見えていない。

 先頭を歩く、一人だけ違うデザインの兜をかぶった人間は、ちょうど僕らの身体の真正面辺りまできたところで立ち止まった。


「……貴様」


 くぐもった声が、小さいながらも聴こえてきた。

 それに返すのは、僕にとって一番馴染みのある声だ。けれども、その口調は僕の知らないそれであり、どこか冷めた笑い声を森に響かせた後に、


「何回来たって同じだよ。いい加減、諦めたらどうなんだい」

「下賤な獣風情が……この数相手にどうにか出来るとでも思っているのか」

「当たり前じゃないか。見たとこ百ちょいか? 舐められたもんだね、アタシも」


 その背にある、分厚い大剣を片手で抜き去る。

 それは既に血に濡れていて、彼女の栗色の長髪を部分的に赤く染めた。


「――たかたが百やそこらで、アタシをどうにか出来るとでも?」

「全員構え! 今までに散っていった同志の敵を今こそ討つ! そして、ここに我らが人間の証を立てよ!」


 一斉に、兵士が腰の剣を抜いた。

 彼女は――クリスは、それらをざっと一瞥した後に、


「――――」


 一瞬、けれど確かに、こちらに悲しげに視線をやり、どこか諦めたように微笑んで。


「うおおおお!!」

「邪魔だ」


 斬りかかってきた一人の兵士に、片手の大剣で凪ぎ払う。

 鉄壁であるはずの鎧は紙くずのように。その内側にある鍛え抜かれた肉体は、まるで豆腐か何かのように。

 一撃で人としての終わりを告げた兵士が、ふたつになって地面に落ちる。


「うっ……」

「馬鹿野郎、直視すんな」


 遠目とはいえ、人の臓物が飛び散る瞬間を目の当たりにした僕は、胃から込み上げてくる何かを吐き出しそうになって――アルマさんの治癒魔術によって、それを止められていた。

 涙目のまま、クリスを見やる。返り血でまた赤く染まった彼女は、次々と襲い来る兵士を、まるで脆い人形か何かのように粉砕していく。

 片手で振るわれた大剣は、いとも簡単に人の身体を両断し。

 背後に迫った兵士に放たれた裏拳は、兜を粉砕して中身を周囲に撒き散らす。

 その姿は、正に『破壊者』。祝福として授けられた死神の呪いを、この上なく体現しているであろう彼女。


「だから見るな」

「いや……」


 アルマさんの手が、僕の目を覆おうとして、それを自分の手で押し留めた。

 クリスは、この姿を僕に見せたくなかったのだろう。『破壊者』として、文字通りに破壊の限りを人体に向けて発揮するその姿を、血にまみれて尚、血を求めるかのように剣を振るう自分の姿を。

 その姿を、目に焼き付ける。

 何度も何度も吐きそうになりながら、その度にアルマさんの治癒魔術で止められて。

 零れる涙を拭いもせずに、守人として里を守る彼女の姿を、最後まで。








「化け物め……! 貴様は、貴様は何も思わんのか! 貴様に殺された我が同志は、既に千を越えて万にも昇るのだぞ!」

「知ってるよ。その何倍も、アタシ達亜人がお前たちに殺されていることもね」

「貴様らなど、潰えて当然の下等生物なのだ! 獣風情が知った口を利くな! ものも満足に考えられない癖をして何を語る!」

「アンタは、そのものも満足に考えられない下等生物に、仲間を殺されて何も思わないのかと問うたのか。矛盾していることに気付かないのかい?」

「黙れ!」


 百人余りのもの言わぬ肉塊が、そこらに転がる地獄絵図。

 その中で最後に残った、隊長らしき人物が、怒りのままにクリスに斬りかかる。

 クリスはそれを、避けなかった。いや、頭に降り下ろされたそれを、あえて右肩に受けたのだ。

 クリスは肩当てを付けていない。当然、刃は肉を切り裂いて、しかしそこで動きを止めた。異様なまでのステータスの高さが、彼女の身体を生身でも強固なものとさせているのだ。


「ぐっ……」

「ご覧よ。アンタの力じゃ、例え首に当たったところでアタシは殺せない。……もうわかってるはずだよ? いいや、最初のアレでわかったはずさ。王国直属の精鋭、述べ五百四十名……アタシたちは、お前たちを一人も殺さないで壊滅させて、温情で生きたまま返してやったんだ。アタシは一人一人に丁寧に言ってやったよ? 次に来たなら、アタシは容赦なく殺しにかかるとね」

「……あんな軟弱者共は、直ぐに処刑された! 獣に情けをかけられた恥知らずなど、我が国に必要ないからな!」


 その言葉に、クリスの目が見開かれるのが見えた。

 瞬間、男の両腕が、肩から飛んで宙に舞う。


「うぐっ、ああああぁあ!!!」

「……そうかい。それは、可哀想なこと、しちゃったねぇ」

「ぐっ、ふぅっ、うぅぅ」

「仲間に恥知らずと罵られて、死んでいってしまうくらいなら、いっそひと思いに、この手に掛けてしまえばよかった」


 既に、男はクリスの言葉に耳を傾ける余裕なんて無かった。

 ただただ、両腕を失った激痛に呻くのみで、後ずさることも出来ていなかった。

 クリスは、自らの肩に食い込んだままの剣を握り、血が吹き出すのも構わずに抜いて、うずくまる男に歩み寄る。


「痛いかい? 苦しいかい? 今、楽にしてあげるよ」

「ぐっ、うぅ……! 貴様、貴様ァ……! 許さん、許さないぞ!! 呪ってやる、貴様が死ぬまで、醜く足掻いて地に這いずり回るような苦しみを与えてやる! 絶対にだ!」


 とん、と喚く男の首元に剣を置くクリス。

 それを振り抜く直前に、彼女は自嘲するかのように高く笑って、






「心配せずとも、アタシはとうの昔に呪われてるよ」








 男の首が、ごとりと落ちた。








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