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7:願わくば、お願いだから

 ――嫌な予感と言うものは、案外良く当たるものだ。


「僕が、見回りに?」

「あぁ。とは言っても、僕かアルマが一緒に付いて回るけどね」


 充分に時間を空けてから部屋に戻ると、そこにはメルニャさんが一人で椅子に座っていた。ベットにいたはずのクリスの姿は、ない。

 クリスがどこにいったのかを聞こうとしたところで、先にメルニャさんから話を切り出された。その内容が、先程の僕の言葉だ。


「でも、里の外には」

「君はもう充分に回復した。それに、今のままじゃあ生活に困る部分だってあるだろう?」

「それは、まぁ」


 確かに、身体はもうどこもおかしなところはない。

 生活に困ると言うのも、その通りだ。サピィをテイムしたくらいでは何も変わらず、少し動いただけで目眩を起こすような状態だ。重い物だって持てやしない。

 しかし……。


「里の外に出れば、当然モンスターが現れる。今のリオじゃあ、確かに危険の方が大きいだろう。けど、それは年齢を重ねても恐らく変わらない。成長による能力の伸びが無いのなら、それを待つ意味が無いんだ」


 僕が外に出てみたいと過去にポツリと言った時、彼はそれをやんわりと収めてくれた。

 君にはまだまだ時間があると。例え能力値がそのままでも、知識を蓄えていけば対抗策も打てるようになると。

 そう言って、僕の頭を撫でたのだ。


「なら、少し危険は伴うけれど、今から少しずつ実戦を経験していった方が良い。その中で、気に入ったモンスターをテイムすれば、ステータスの上昇にも繋がる」


 メルニャさんは、いつでも僕の身体を第一に接してきてくれた。砂粒のようなリスクも犯すようなことをせずに、僕の治療に当たってきてくれたことは、僕が一番知っている。


 だが、今は違う。


 彼は、今『優先すべき何か』の為に、僕の成長を促そうとしている。

 それが一体何なのか、僕にはわからないけれど。嫌な予感が強まる程度には、良くない話だと想像出来た。


「だから……」

「うん。わかったよ」

「――――」

「確かに、今のままじゃ僕も辛いからね。それが楽になるなら良いと思う」


 正直、隠し事をされているのがわかってしまうだけに、素直にこの話に乗るのは抵抗があった。

 けれど。あえて、ここは素直になろう。素直に、無垢な子供のように、メルニャさんの言葉の上っ面の意味だけを受け取ろう。

 きっと、メルニャさんは僕が何かに感付いていることに気付いている。前々から、異常に物分かりの良い僕に警戒にも似た何かを感じていたようだし、気付かない訳がない。

 だが、それでも彼は、笑顔を張り付けた僕に小さく微笑みを返した上で、いつものように頭を撫でてくる。

 信じよう。彼らの隠し事が、僕に牙を剥くような何かではないことを。


 ――願わくば、これ以上僕に、何かを憎ませないでくれ。こんな感情、捨てられた時のあれっきりで、充分過ぎるくらいなんだから。






「おう、きたか」


 話を終えて直ぐに、僕はメルニャさんに連れられて里の出口までやってくる。出口と言っても、真っ直ぐ歩いていけばどこでも出口になるのだが。

 そこには、何故か着物を着込んだアルマさんが立っていた。非常に似合っているのだが、何故に着物か。それを聞く前に、二人が話を始めてしまう。


「じゃあ、頼んだぞ。くれぐれも気を付けろ。リオをしっかり守るんだぞ」

「誰にモノ言ってやがる。テメェこそ、適当な仕事してたら燃やしてやっからな」


 ……メルニャさんがどことなくピリピリしているのは、すごく分かりやすかったのだが。

 アルマさんはびっくりするぐらい通常運行のようだ。何か安心。


「んじゃあ、ちょっくら行ってくる」

「あぁ。リオ、気を付けるんだぞ」

「うん」


 別れもそこそこに、メルニャさんに背を向けて歩き出す。

 目の前には鬱屈とした森。どうやら、あそこで見回りをするらしい。


「先に俺をテイムしとけ。足手まといは勘弁だ」

「足手まといって……」


 まぁ、確かに今のままでは足手まといの役立たずでしかない。

 少し時間をかけて、アルマさんをテイムする。時間がかかった理由は、どうにもアルマさんを僕のモノだと認識し辛かったからだ。

 次いで、ステータスを確認する。





 名称 リオ

 レベル1

 祝福『最弱』

 スキル『エンドレステイム』『シンクロ』『ステータス閲覧』


 筋力F 体力F 俊敏F 魔力E 精神G





「……まぁ、無いよりマシ、程度か」

「それでも、大分動けると思います」

「俺ぁ真っ直ぐ行ってぶん殴るタイプじゃあねぇから、まぁ仕方ねぇわな。いくぞ」


 そう言って歩き出すアルマさん。その背を追い掛けていき、先程聞けなかったことを聞くことにする。

 すると、両手を互いの袖に突っ込んだまま、


「あぁ、これか? 魔法具……つってもわかんねぇか。まぁ、厳密に言えばそれとも違うんだが。ま、これ着ると『狐火』の力が増すんだよ」


 歩きながら、その周りに青白い炎を複数個浮かべるアルマさん。

 これが『狐火』……。だが、これから森に入るのに、こんなスキル使って大丈夫なんだろうか。

 そんなことを考えていると、その内のひとつが不意に、僕に近付いてきて、形を変えて僕の服に纏わりついてきた!

 ちょっ、燃える!


「因みにだが、コイツは俺の意思で燃やすものを区別できる。だから、お前が心配してるようなことは起きねぇよ。知ってるか? 狐は化かすのが得意だってよ」


 カラカラと笑いながら、慌てた僕から炎を消すアルマさん。

 僕の服は、どこも燃えたり、焦げ付いたりしていなかった。……慌てるだけ無駄だった。いいようにからかわれただけのようだ。


「にしても、随分落ち着いてやがるな。不思議に思わなかったのか? いきなり見回りだ、なんてよ」


 森の中を歩きながら、アルマさんがそんなことを聞いてくる。

 メルニャさんなら間違っても聞いては来ないようなことだ。だが、そんな彼だからこそ、僕も答える。


「思わない訳がないじゃないですか。気になることばっかりで、そのくせ二人共隠し事が下手くそだし」

「まぁなあ。クリスはばか正直で裏っつうもんがねぇし、メルニャは真面目過ぎて隠し事には向いてねぇ。……それでもか」

「それでも、です。僕が弱くて何か困ることがあるのか、それかもっと別の理由があるのか……それはわからないですけど」


 それらを含め、きっと僕を思ってのことなんだと信じて、僕は今ここにいるのだ。

 後は、純粋に嫌な予感が当たった時の為に、自分の身を守る為のカードが欲しいのもある。どちらにしろ、僕はこの見回りに参加する必要があった。


「それよりも、クリスがどこにいるか知ってますか? 今日は休みのはずなのに、いなくなっちゃって」

「アイツなら俺達と同じだ。反対側で見回りしてる」

「やっぱり……」


 何となくそんな気はしていたが。

 これからもこんなことが続くようだったら、せめて畑仕事くらいは休んで貰おう。いくらクリスの体力が化け物じみていて、本人がけろっとした顔をしていてもだ。

 見てるこっちが疲れてくる。


「と、静かにしろ」

「?」

「ナイトウルフだ。普通は夜に動く奴等だが……」


 言われて動きを止める。

 耳を澄ませると、確かに様々な方向から微かな唸り声が聴こえてきていた。


 ナイトウルフ。


 その名の通り夜行性の狼で、二十頭から三十頭程の群れで行動をするモンスターだ。

 集団のリーダーは雄と雌の二体がいて、片方を仕留めても群れは解散したりしない。寧ろ更に攻撃性を増して厄介なことになるので、仕留めるなら二体同時に仕留めるのが理想となる。

 だが、ナイトウルフは俊敏性に優れたモンスターなので、余程不意を突かない限りは二体同時には難しい。総じて、こちらのレベルが低いうちは、相手にしない方が良いモンスターだ。


「んん。妙だな」

「妙?」

「あぁ。リーダーが見当たらん」


 怪訝そうな顔付きのまま、鋭い視線をナイトウルフがいるであろう方向へねめつけていく。

 と、そこでいきなり、今まで沈黙を守っていたサピィがポケットから飛び出して


『あっち!』


 と、ある方向を指差した。

 それに驚くでもなく、アルマさんはその方向へと歩みを進めていく。狐火を牽制に使いながら、だ。


「驚かないんですね」

「伊達に閲覧者やってねぇよ」


 それもそうか、と思いつつ、肩に座ったサピィに語りかける。彼女は何を指差しているのか、それを知りたかった。


『皆が言ってる。怪我してるこがいるって』

「怪我してる……? まさか」


 その疑問の答えは、すぐに出た。

 メルニャさんが一際深い藪を掻き分けると、そこには一体の真っ黒な狼が、座ったままこちらを睨み付けていたからだ。

 唸りこそしないが、警戒していることは容易に伺える。


「こいつは……」

「漆星、ですね」

「ほぉ」


 ナイトウルフの後ろ足を見て、とある薬草の名前を出す僕。

 その足は黒い毛が抜け落ちてしまっていて、露出した地肌も酷く膿んでしまっていた。恐らく、漆星を踏んでしまったのだろう。

 漆星とは、この森に自生する背の低いうるしの木に実る果実だ。

 ひとつの木に二、三個しか実らなく、ひとつの漆星からは大量の漆が取れる為に貴重なものとされている。

 大きさは林檎と同じ程度で、黒くぷにぷにとした感触。落下した直後は大丈夫らしいが、暫くすると非常に割れやすくなり多少の刺激で破裂する。それに巻き込まれると、その液に触れた部分が異様にかぶれてしまい、処置が遅れるとこのようにひどく膿んでしまうのだ。

 うるしの癖に樹液じゃないのかとか、何故果実からうるしがとれるのかとか、突っ込みどころは多々あるが、これも例に漏れず異世界ということで納得するに限る。

 恐らく、このナイトウルフはその時間が経って割れやすくなった漆星を踏みつけてしまったのだ。

 そう考えると、被害が後ろ足だけで済んでいるのは、不幸中の幸いと言えるだろう。


「アルマさん、治せますか?」

「あぁ」


 言うや否や、その手を翳して治癒魔術での治療を始めるアルマさん。

 ナイトウルフは全く抵抗せずに、その様子を静かに見つめている。頭が良いのか、害されることが無いとわかっているのだろう。

 やがて、その足から膿が全て吐き出され、その傷もなかったかのように治療されていく。


「毛は我慢しろや。直ぐに生えてくんだろ」


 ものの数分で治療を終えたアルマさんは、立ち上がりながらそう言った。治癒魔術には相応の集中力と体力が必要だと聞いていたけど、見た目には簡単にやってのけるのだから底知れない。


「で、どうする?」

「?」

「今のお前がテイムするには、丁度良いと思うんだがね」

「あ」


 言われて、このナイトウルフをテイムするか否か、その問題に思い至る。

 確かに、ナイトウルフはモンスターとしても別段弱くはないし、立ち上がった後も僕らから逃げようとしない彼女からは、どこか利発そうな雰囲気を感じさせる。あと、カッコいい。

 とりあえず、ステータスを覗いてみるか。





 名称 ナイトウルフ

 レベル7


 筋力E 体力E 俊敏D- 魔力F 精神F





 うん。思ったよりも能力値が高い。

 ……少し危ないかとも思うが、その身体に手を伸ばす。

 その手は避けられることなく、彼女の身体に触れた。野生にしては滑らかな毛並みが、掌に伝わる。


「……うん。テイムします」

「ま、好きにすればいい」


 手を離して、彼女をテイムする為に意識を集中させる。

 作業はほどなくして終わり、立ち上がった僕に、彼女は伏せの体勢を取った。


「今日から君は、僕の仲間だ。宜しくね、ナイト」


 こうして、スピリットのサピィに加えて新しく、ナイトウルフのナイトが僕の仲間に加わった。







「ナイトって名前か? 安直だな」

「……放っといてください」

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