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6:水面下

 僕がクリスに拾われた日から、今日で丁度一年が経った。

 つまり、晴れて僕は六歳を迎えた、ということである。


「ま、だからなんだって話なんだけどね」


 今日も今日とて、部屋で本を捲っていた僕は、自分の言葉にクスリと笑いながら視線を上げた。

 一年経っても、この里は変わらず安泰だった。これも、一重に目の前のベットで寝転がっている彼女のお陰だろう。

 今日は数十日に一度の、クリスのお休みの日だ。この日ばかりは彼女も僕に引っ付き回るのは止めて、全力で身体を休めることに専念している。

 普段が普段だから勘違いしそうになるが、守人の彼女の一日はハードなものだ。

 朝昼晩と、二時間ばかりの見回りを一日三度。当然、アクシデントがあればそれにかかる時間は際限無く延びていく。一度は朝の見回りから帰ってこずに、暗くなってからようやく家に戻ってきたこともあった。

 それがなくとも、見回りの間に里の雑用や畑仕事までこなしつつ、隙を見ては僕の傍に居ようと最大限努力する。

 それに気付いてからは、彼女の負担を減らそうと、見回り以外の時間は逆に僕がクリスに引っ付いていくような形になった。

 具体的には、朝、クリスが見回りに行くのを見送り、帰ってくるまで家の掃除をしながら帰りを待つ。その後、彼女が出掛けるならそれに付いていき、出掛けないなら部屋で読書を始める。

 昼になると、僕はベアクルさんの家に料理を学びにいく。その前にクリスは昼の見回りに入っているので、その間に料理をしながら帰りを待つのだ。そうして出来上がった料理を、帰ってきたクリスと共に食べるような形になっている。

 晩の見回りは一番かかる時間が長くなる為に、必然的に僕は読書の時間が長くなる。ランタンを点けなければならない程に暗くなる頃には本を閉じ、その後はサピィと無邪気に遊びながら、やはり彼女の帰りを待つ。

 そして帰ってきたクリスを迎え、そのまま彼女と眠りに落ちて、一日が終わる……と。


「専業主夫みたいだな」



 実際、一年もやれば少しは料理も上達するし、基本暇な時間が多い為に掃除も毎日行っている。最近ではサピィまで仲間になって掃除をしているくらいだ。却って汚れたりするのはご愛敬。

 朝御飯と晩御飯はなんとか一人で用意出来るようにもなったし、それを思えば主夫もどきの働きくらいは出来ているのではないだろうか。


「でもまぁ、これくらいは」


 お世話になっている身なのだから、こうして出来ることはなるべくこなしていかないと。クリスが僕を溺愛してくれているだけに、いつか僕自身が腐ってしまいそうで怖い。

 後は、僕が家事をこなすことで、こうして彼女が存分に休める状況を作れているのだから、満更でもないというのもある。

 それを思えば、多少の刺激の少なさも我慢出来るというものだ。


 ――けれど最近。少し気になることがある。


「ん、うん……」

「…………」


 寝返りを打ったクリスの顔が、こちらに向いた。その顔を見て、というよりかは、彼女の身体全体を見て、僕は目を細めた。


 ――最近、クリスは身体に傷を付けて帰ってくることが多くなってきた。


 本人が何も言わない為に僕も何も聞かないが、彼女がここまで傷だらけになるなんてことは、まず間違いなく今までにはなかったことだ。

 傷が付くということは、何かしらと戦っているということに他ならない。そしてかすり傷とはいえ、彼女が実際に傷付いている……ダメージを受けているという事実。

 少なくとも、僕が里に来たばかりの頃はそんなことはなかった。そもそも、クリスが怪我をしたという所を見た記憶があまりないのだ。

 もしかしたら、僕が知らなかっただけで、今までも小さく怪我をしていたのかもしれない。

 ……それならそれでもいい。単に僕が気付いていなかっただけの話で、大したことではない。


 ないのだが……。


「…………」


 何だろうか、この得体の知れない不安感は。

 里の中しか知らない僕は、実際に何かが起こっていたとしてもそれを知る術が無い。それが、妙に大きく不安を煽る。

 思わず立ち上がって窓から外の様子を伺うが、当然と言えば当然、平和な里の風景がそこにはある。

 長閑過ぎるくらいの、僕の知っている里の姿だ。


「……考えすぎかな」


 眉間を揉んで、息を吐く。

 傷付いたクリスを見て、神経質になっているのかもしれない。

 膝の上にある本をテーブルの上に置いて、腕を伸ばして思い切り身体を伸ばす。


 と、そこで、不意にノックの音が部屋に響き渡る。


 それにいち早く反応したのは、起きていた僕ではなく、確かに眠っていたはずのクリスだった。


「メルニャ?」

「あぁ。入ってもいいかい?」

「大丈夫だよ」


 寝ていたはずのクリスが、まるで起きていたかのように反応したのにも驚いたが、その後に続く言葉が、妙に硬い響きを持っているように聞こえて困惑する。


 ――これも、気のせい、か?


 そんなことを考えている内に、メルニャさんが部屋に入ってくる。いつもの白衣姿ではなく、黒を基調としたシンプルな服を着用していた。

 メルニャさんはこちらをちらりと見ると、軽く笑みを浮かべたが――すぐに、見たことも無いような鋭い目付きを、ベットにいるクリスへと向ける。


「お前の言った通りだったよ。幾らか牽制はしてきたが、それほど役に立たんだろう」

「そう……。やっぱり……」


 どこか悲しげに呟くクリスの姿もまた、今までに見たことがないものだ。

 ただ事ではない雰囲気に、僕は先程頭から振るい出そうとしていた考えをより戻す。やっぱり、何かが起きている……?


「リオ。ごめんね、少し、外に行っててくれるかな」

「え?」


 考えを巡らせようとしたところで、クリスの言葉が耳に入ってくる。それは実に予想外で、何故だか、僕の心に深く突き刺さる。


「お願い」

「う、うん……」


 唖然としながら、それでも言う通りに部屋を後にする。

 クリスが、僕を遠ざけるようなことを言ったのは、これが初めてだ。それにショックを受けている自分にもかなりびっくりだが、今はそれよりも――


「僕には……子供には聞かせられないような内容の話、ってこと?」


 もしくは、『人間』の僕には……という可能性もある。

 何にせよ、何かが動き始めているのは間違いなさそうだ。


「……予想、外れればいいんだけど」


 頭の中に浮かぶ、最悪のパターン。

 それが僕の杞憂になりますように、と願いながら、僕は家の軒先に座り込んだ。

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