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5:今やれることは?

「むー……。難しい」

「焦らなくて良いから、ゆっくりね」

「うん」


 隣からかけられる声に頷き、手元のナイフを再度しっかりと握りしめる。

 そして、目の前にある丸い物体の皮を、すこしずつではあるが丁寧に剥いていく。


「そうそう、上手だよ」

「手を何回か切っちゃってる」

「皆、料理を始めた頃はそんなものよ。私だってたまに切るし」


 そう。今僕は、このほんわかしたお姉さん、ベアクルさんの家にて料理を学んでいたりする。流石に時間を持て余し気味になってきたので、身体を動かさない類いの趣味探しを始めている訳だ。

 因みにベアクルさんは、名前から察する通り熊の獣人である。 別に熊だと言っても、やたらと身体がデカイわけでもなく、精々クリスよりも少し小さい程度。

それでも女性にしてみれば大きいが、それよりも目を引かれてしまう部分はやはり、胸。

 クリスも並みよりかなり大きいと思ったが、ベアクルさんはレベルが違った。そこは熊。

 性格はふわふわしていて、後ろに流れた濃い茶髪に色っぽい泣きボクロ。加えて扇情的な身体を持つ上に、家庭的なスキルは全て押さえているベアクルさん。今年で二十二歳になるそうだが、何故彼女が独身なのかが未だによくわからない。

 それを里の男性陣に言うと、皆さん困ったように口をつぐんで顔をそらす。何故か、と思っていたら、メルニャさんの


「リオにはまだ早い話だ」


 の一言で、何か大体わかったような気がした。

 雑食なのか、骨までいく肉食なのかは、まだ怖いので知りたくない。


「これで、良い?」

「うーん。ここが少し、芽が残ってる」


 言われて、そこをナイフの先でくり貫く。芽、とか言われるとこの野菜がじゃがいものように思えてくるが、違う。

 まず、色が違う。例えるならこの色はニンジンだ。ニンジンがじゃがいもの形状を取っている、というのが一番この野菜を表現するのに正しい。

 名前をポックル。なんかそんなじゃがいものお菓子あったような気がする、とは思うが、これはまず、芋ではない。だってこいつ木に実ってるから。

 このポックルはまず木に実り、ある程度大きくなると落下する。その時点ですでに赤いが、この時はニンジンと言うよりトマト的な赤さだ。

 そうして土の上に落ちたポックルは、今度は人の手により土の中に埋められる。するとポックルは、先ほど僕が取った芽から土の養分を吸収して、再度成長を始めるらしい。

 果実なのか野菜なのかはっきりしないモヤモヤ感はあるが、深く考えるだけ無駄だとこの間ようやく悟った。だってこの世界の野菜は大体似たり寄ったりな性質してるから。

 水の中に生えているタケノコとか、苔も何もない岩石から映えてくるキノコだとか、どれももれなく突っ込みどころを兼ね備えているのだ。全部に突っ込んでいたら身が持たない。

 因みにこのポックル。味はそのままだと無味に近いが、火を通すと急激に甘さが増す。

 後は煮込み料理なんかに使ったりすれば、入れる順番によっては他の素材の味を吸収してまた違う味わいを持つ為に、意外と使い勝手の良い食材と言える。


「……終わった」

「はい、良く出来ました。次は……」


 自らも作業を続けながら、僕でも出来るようなことを与えてくれるベアクルさん。

 いつか僕が一人立ちする時までに、彼女の半分でも良いから料理が出来るようになりたいものだ。

 あ、出来上がった料理は、例の如く一緒にいたクリスとベアクルさんとで、三人で美味しく頂きました。

 因みに、サピィは姿を消せるようで、僕のポケットの中で眠りこけていた。姿を消せるとは言っても、テイムしたからか僕には見えるんだけど。







「本? ……あるにはあるけど、リオが読むような物はないよ?」

「何でもいいんですが」

「何でもいい、とか言われてもなぁ……」


 その日の昼過ぎ。

 流石に料理だけでは手持ち無沙汰になると思ったので、やはりどうしても本が欲しいと思った僕は、里で一番可能性があると思ったメルニャさんの家に訪れた。

 その前にアルマさんの家にも行ったのだが、事情を話すとメルニャさんの家に行けと言われたのだ。理由としては、治癒魔術を基本として治療を行っているアルマさんの家にはそれ関連の本しか無いらしく、僕がそれを読んだところでさしたる意味も無いからだ、とか。

 それに比べるとメルニャさんは、人体構造や薬草関連、更には調合、錬金術の本まで大量に所持しているらしく、どうせ読むならそっちにしとけ、と言われたのも理由のひとつ。

 まぁ、錬金術とか学んでも多分ちんぷんかんぷんだろうが、それでも多少の糧にはなるだろう。


「なら、これなんかどうだい?」


 話に違わず、大量の本が積み重なった書斎のような部屋で待っていると、メルニャさんが一冊の分厚いを差し出してくる。

 題名は、『薬草大百科』。なるほど暇潰しにはもってこいな本である。


「ありがとう。この付箋は?」

「それは、この里の近辺で取れる種類の薬草をチェックしてあるんだ。暇なら探してみるのも良いかもしれないね」


 へぇ、とか思いながらおもむろに付箋の張ってあるページを捲ると、絵を交えた薬草の説明が乗っている。えっと……うわ、なんだこれ。名前を、パニ草? どう見てもただの?マークにしか見えん。しかも宙に浮いているって……。


「貸して上げるから、座ってゆっくり読みなさい。後、暗くなってから読むのは控えること。目が悪くなるからね」

「あ、はい」


 最初からなかなか衝撃的な薬草を見てしまった為に、そのまま立ち読みを始めてしまうところだった。

 メルニャさんの言う通りに、部屋を移動して、出してくれた椅子に腰かけて再度本を開く。


「クリス。君は見回りの時間だろう。早く行きなさい」

「えー! メルニャだけズルい!!」

「何がズルいのかよくわからないが、とにかく早く行きなさい。リオなら私が見ておくから」

「それがズルいんだよぉ〜……。うぅ……」


 何やらそんなやり取りが聞こえたが、既に本に没頭していたので頭には入って来なかった。

 うん。この世界の文字を必死に覚えて大正解だ。お陰で暇な時は本の虫になれそうである。





 料理、読書と手を出してみて、何となくもうひとつくらいやってみたいなぁとは思うものの、中々良い案が思い付かない。

 最初は安直に、クリスに剣でも教えて貰おうか、とでも思ったのだが、流石にそれはアルマさんとメルニャさんの双方からストップがかかった。

 クリスをテイムさせてもらえば大丈夫かな、と思っていたのだが。それ以前の問題として年齢からくる身体の未熟さを指摘されてしまい、それを強く言われてしまえば反論は出来なかった。

 まぁ確かに、つい最近復調したばかりの五歳児が剣を振るうとか、端から見れば無謀以外の何物でもない。

 となると、大体同じような理由から身体を動かすような趣味は軒並み全滅。残るは、家の中でも出来るようなものしか残らないわけなんだけど。


「……駄目だ、思い付かない」


 ランタンが照らす部屋の中。呟きながらベッドに身を投げ出して、ひとつ大きく息を吐いた。

 クリスは夜の見回りに行ってしまったので、今は部屋に一人きり。サピィはランタンの傍で熟睡中である。……こいつ今日は一日ずっと眠っていたな。


「むー。当たり前だけど、危険だからって里から外には出して貰えないし、だからと言って自分を鍛えても祝福が邪魔して意味が無い」


 ちょっと手詰まり感がするな。

 まぁ、別にさしあたって困っていることはないし、そんなに生き急ぐこともないだろうから、何年かこうしてのんびり過ごすのも良いのかもしれない。

 いつまでもこの里にいるつもりもないし、いつかそれなりの力を得たなら、この世界を見て回りたいとも思っている。ついでに、僕を捨てたあの家を見返してやることも忘れない。

 せっかくの異世界で、尚且つ多大なハンデを背負っているとはいえ、貴重なスキルを得ることが出来ているのだから、楽しまなければ損と言うものだろう。

 後は――。


「ただいまー」

「クリス。おかえり」

「リオ。待っててくれたの?」


 見回りから帰ってきたクリスが、嬉しそうに尾を振りながら駆け寄ってくる。

 いつもならほぼ無傷で帰ってくる彼女だが……。


「顔、ちょっと血出てる」

「あぇ? ……あぁ、本当だ。でも大丈夫、痛くないから」


 頬を怪我したのか、薄く流れている血が灯りに照らされている。見回りの最中に何かあったのか、よくよく見れば彼女の長い髪の毛にも、ところどころ赤色がこびりついていた。

 それは果たして、クリスの力を知らずに襲い掛かった愚かなモンスターの返り血か、それとも……。


「ちょっと待っててね。汗、流してくるよ」

「うん」


 装備を外した彼女は、そう言って部屋を後にする。

 残された僕は、クリスの足音を聞きながら、月明かりに照らされた里を窓から眺める。


「…………」


 守人とは、亜人が集まって暮らす里を、その身をかけて守る存在だと、クリスは言っていた。

 何から、とは聞かなかったが、そんなものは決まっている。

 亜人は差別迫害の対象だ。根絶運動も、過去に何度にも渡って行われているらしい。

 里を、亜人を、人間から守る為に、彼らは守人という存在を作らざるを得なかった。僕はそう考えている。


「……後は」


 後は、それだ。

 いつか一人立ちをして、世界を自由に回れる力を得たならば。

 何故、亜人がこのような立場に立たされてしまったのか。それを、調べてみたい。

 成り行きでここにいる僕に、彼らはとても優しくしてくれている。とてもじゃないが、亜人が差別迫害される理由が、今の僕には見当たらない。

 だから――。


「ふぅっ。今日も終わった終わった。さ、寝るよーっ!」

「うぷっ」


 これから眠るにしてはやたらと高いテンションで、起きていた僕を布団に引きずり込むクリス。

 その柔らかな身体に包まれ、頭上からすぐに幸せそうな寝息が聞こえてくることに、小さく苦笑する。

 小難しい考えは打ち切って、僕は身体の力を抜いた。

 サピィに意識から語りかけてあげると、彼女はうつらうつらとしながらも、ランタンの火を消してくれる。そして、僕とクリスの間にその身体を滑り込ませてきた。



 ……眠ろう。



 僕がいることで、それが少しでも彼女の幸せになるのなら、今はそれで良い。


 そうして、いつか――





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