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3:『最弱』からの架け橋

 無慈悲な宣告と、ひょんなところから沸いた希望の話をした日から、早一週間が過ぎていた。

 身体の方は、たかだか一週間では見た目に変化が出るわけでもなく。病的に痩せ細ったままではあったが、ようやく自分の足で歩けるようになった。

 記憶を探り、祝福を受けた後の感覚と比べても、まだ復調しきったとは言えないが、上限が見えているようなものなのでさほど気にはならない。今の時点でステータスの値が変わっていないので、アルマさんの憶測は多分正解だったのだろう。


「やぁ、調子はどうだい」

「メルニャさん。おかげさまで」


 クリスの部屋で、定位置となっていたベッドの上にいると、これも恒例となったメルニャさんが一日一度の診断にやってくる。

 診断と言っても、大分ましになった今では身体を確認して、幾つかの質問に答えるだけだ。

 因みに、本人に確認を取ってからステータスを見せて貰ったのだが、どうやらこの里にいる医者は二人とも、医者にしてはやたらに強いことがわかった。





 名称 メルニャ・クルーニー

 レベル 25

 祝福 『隠密』

 スキル 『大跳躍』『気配遮断』『気配探知』『獣の本能』


 筋力D- 体力C+ 俊敏B- 魔術E 精神D





 昔は斥候職の真似事をしていてね、とはメルニャさんの談で、しかし真似事と言うわりにはスキルが本気過ぎる。

 後でクリスに聞いてみると、やっぱりメルニャさんは本職顔負けの斥候能力を持っているらしい。 多対一での戦闘能力は高くないらしいが、不意討ちの一撃必殺をやらせれば、彼の右に出る者はなかなか見つからないとのこと。

 正直、アルマさんとクリスとメルニャさんが揃えば、人間の進行なんて歯牙にも掛けないレベルで蹴散らせるはずだ。だいたいにしてクリス一人で過剰戦力だというのに、そこに二枚程劣るとはいえ充分一流の強者である二人がフォローに回れば正に鬼に金棒である。

 実際、この三人が組んで、獣人排他の為に乗り込んできた人間の兵士約五百名を、こちらの損害ゼロで一晩の内に壊滅に追い込んだらしい。以来、大規模な戦闘は起きていないらしいので、よっぽどのことがない限りこの里『テラ』は安泰だろう。

 そんなことを考えながら、今日もまた平穏無事に里の一日は過ぎていく。






「リオ、大丈夫? まだ平気?」

「大丈夫だよ、クリス」


 前を歩いていたクリスは、しきりに振り返って僕がちゃんと歩けているかどうか確認してくる。

 何やら姉が出来たような気分だが、些か過保護というか、ちょっと大袈裟過ぎるような気はするけれど。

 今は、アルマさんの家に向かっている最中だ。メルニャさんと違って回診には来ない彼だが、ある程度身体が回復したら顔を出せと言われていた。なので、メルニャさんに許可を得た上で、こうして自分の足で歩いて向かっている。

 最初はクリスが、前と同じように背負っていく気満々だったようで。僕が自分で歩いていくことを告げると、何やらしょぼんとしていた。普段はピンと立っている耳が、力無く傾いているのを見て和んでいたのは秘密だ。


「おーい。アルマー」

「おう、きたか」


 たっぷり時間をかけて、アルマさんの家に到着する。感覚的に走れば一分足らずで行けそうな距離だが、今の僕は十分かけてようやく、といったところ。せめてもう少し、体力が戻って欲しいところだ。


「随分疲れてるみてぇだが、もしかして歩いてきたか?」

「はい。一応、メルニャさんに大丈夫ではあると言われたので」

「ま、順調に回復してる証拠か。まともに立てなかったのを考えれば、順調過ぎるくらいだな」


 直ぐに僕を中に入れて、ベッドに座らせてくれるアルマさん。翳された手から暖かい光が身体に流れ、乱れていた息があっという間に整った。治癒魔術って、やっぱりすごい。


「さて。まぁそんだけ回復したんなら」

「アルマー、何か飲み物ないの?」

「勝手にそこらから探せ、話の邪魔すんな。……あーっと。今回はだな、お前のスキルについて話すことにしよう」


 フリーダムなクリスに顔をしかめながらも、話を切り出してくるアルマさん。

 スキル。前に話した時は、あのふたつのスキルが、僕が生きる上での希望になるような話だったと思ったけれど。


「『エンドレステイム』と『シンクロ』。お前の持つこのふたつのスキルは、俗に言う先天性スキル、つまり生まれつき持っているスキルだ。……まぁ、閲覧能力も一応先天性に含まれるが、これはお前が一度死に目を見たから得たもんだろうな」

「? そうなんですか?」

「ちっとこのスキルだけは、定義がよくわかってねぇんだ。生まれつき見える奴もいれば、お前みたいに死にかけて見えるようになる奴もいる。因みに俺は、生まれつきだな。違う点は、最初から見えてるか否か、だ」


 ふむ。となると、僕が行き倒れていたのもまんざら無意味じゃなかったと。いや、行き倒れすること事態が間違っているので、そこに意味を見出だすのはおかしいのだけれど。

 それにしても、先天性のスキルか。僕の周りには、閲覧能力を持った人がいなかったから気付かれなかったのだろう。もしくは、祝福を受けた後に見てもらう予定だったのかもしれない。先に見てもらっていれば、もしくは……。

 まぁ、捨てられた今となっては最早どうでもいいことだ。二歳年下の妹がいたし、僕がいなくなったことでさぞや可愛がられることだろう。


「ま、今は閲覧能力よりもテイムの方だ。テイムは、何だかわかるか?」

「モンスターテイム、のことですか?」

「そうだ。しかもお前の持つそれは、モンスターテイムの上位互換……どころか、多分最上位に位置するスキルだな。確か、知られている中で『デュアルテイム』が最上位だったか。『エンドレステイム』はその上のもんだろう」

「……はぁ」

「んだよ、反応薄いな」

「と、言われても」


 モンスターテイム系の能力があるのはわかったが、いきなりそれの最上位系の能力とか言われても実感が沸かない。

 具体的に何が出来るのかもわからないし、今の僕に出来ることは首を傾げることくらいだ。

 そこでクリスが、オレンジジュース的なものが入った三つのグラスを持って現れる。


「リオ。テイム系のスキルを持ってる人って、とっても少ないんだよ」

「そうなの?」

「うん。確か、血筋に受け継がれるものだとか何とかで、それもその家系全員が持つ訳でも無いみたい。私でも、見たことがあるのはリオで二人目かな」


 なんと。確かにそこまで人口が多そうなものではないが、この世界ではテイマーは血筋に受け継がれるものだったのか。

 ……でも妙だ。あの家は、そんな血筋では無かったと思うのだけれど。僕だけ、隔世遺伝に当たっただけとでも言うのか。


「で、次は『シンクロ』だが。お前にとってはこっちの方がありがたいスキルだろう。……そうだな。リオ、試しにクリスをテイムしてみろ」

「え、えぇ!?」

「確か、対象を自分の支配下に置く意識を強く持つのがテイムの条件だったはずだ。普通のテイム能力ならまずクリスは無理だが、『エンドレステイム』ならいけるかもしれん。ものは試しだ」

「で、でもクリスは」

「私なら構わないよ。別に抵抗すればすぐ解けるだろうし」


 あっけらかんと、軽く許可を出すクリス。

 いきなりの展開だが、本人がそう言うのなら、と、アルマさんの言葉通りに意識を集中させる。

 対象――クリスを、僕の支配下に……そうだな。こう考えれば、いいのだろうか?




 ――今に限り、クリスは僕のモノだ、と。





「――!?」

「わ、本当にテイムされた」


 イメージが確固たるものとして固まった瞬間、胸の内が急激に燃え上がるのを感じた。

 そして、身体にまとわりついていた倦怠感が消え去り、思わずベッドから降りて立ち上がる。

 身体が、軽い。


「やっぱりな。いや、やっぱりというか、びっくりって感じではあるが。リオ、その状態で、自分のステータス見てみな」


 言われてすぐに、ステータスを確認する。この状態なら、ほぼ間違いなく――





 名称 リオ

 レベル1

 祝福 『最弱』

 スキル 『エンドレステイム』『シンクロ』『ステータス閲覧』


 筋力D- 体力D 俊敏F 魔術G 精神G





「上がってる……」

「割に伸びたな。二割弱ってとこか」


 興味深そうに呟いたアルマさんの声も、耳に届いただけで頭には入ってこない。

 半ば諦めていたステータスの上昇が、拍子抜けするくらい簡単に叶ってしまった。

 みなぎる力は、五歳児の身体が持つには大きすぎる程。少し走っただけで遠くなる意識は、今なら全力疾走したところで手放すことはないだろう。


「……ダメだなこりゃあ。クリス」

「えー、可哀想だよ」

「仕方ねぇだろ」

「まぁ、そうだけど。じゃあ……」

「っ、うわ……」


 と、途端に抜ける力。あれだけ渦巻いていたエネルギーがあっという間に抜け落ちていき、その喪失感に膝をつく――寸前に、僕はクリスに抱き留められていた。


「ごめんね」

「いや……今のは?」

「話が進まねぇから、力尽くでテイムを解いたんだ」


 僕の問いに、アルマさんが答える。その間にベッドに寝かされた僕は、再度現れた倦怠感に少しガッカリしながら息を吐いた。

 けれど、今のでわかった。『シンクロ』とは、テイムした相手の能力値を、いくらか共有するスキルなんだ。


「ま、わかったとは思うが。今のが『シンクロ』の効果だ。お前の場合、テイムした対象の能力値を共有することが出来る。これを利用すりゃあ、お前の能力値面での不安は消えるな」

「えっと……ちょっと思ったんですけど」

「なんだ?」

「テイム能力って、モンスターだけじゃないんですか?」


 言われたままにクリスをテイムしようとして、そのまま成功してしまったので疑問を覚えるのが遅れてしまったが。

 僕の認識では、モンスターテイムとはその名の通りモンスターだけを対象とするものだと思っていた。

 それが、確かにヒトであるクリスまでテイムできてしまったということは……。


「その答えは、『見ての通り』ってトコだな。確かに括りとしちゃあ『モンスターテイム』だが、基本的に生きてるもんなら大概はテイム出来るはずだ。……勿論、スキルのランクにもよるぜ? 亜人のテイムなんざ、今じゃあ出来る奴はいないはずだ」

「それは、なぜ?」

「んな奴がいたら、俺ら亜人はこんな悠長にしてられねぇはずだからな」


 ……そうか。

 今のように、つい最近自分のスキルを自覚したばかりの僕ですら、簡単にテイム出来てしまったのだ。

 これが熟練したテイマーだったら、亜人を掌握するのも容易くこなしてしまうだろう。勿論、クリスが簡単にテイムを解いた辺り、一筋縄じゃ行かない部分もあるのだろうが。


「とりあえず、俺からお前に教えてやれんのはこんなトコだ。後は、身体が戻るまでしっかり養生して……まぁ、好きにしたら良い」


 アルマさんはそう言うと、近くの棚から何やらキセルのようなものを取り出した。

 それに葉の塊を詰める彼を見て、なんとなく、僕は思ってしまう。最後にあった、微妙な言葉の間。あれは――。


「アルマさんは……」

「あん?」


 クリスにも、この問いは投げ掛けた。

 けれど、今はまた少し事情が違う。僕は、自分のスキルを知ってしまった。

 僕は『人間』で、彼ら『亜人』を害することが出来る可能性を持っている。それを知って、何故――。


「何で、僕を助けてくれたんですか?」


 亜人は、とりわけ獣人は、人間から非情な扱いを受けてきていると学んだ。

 だから、きっと人間に対して、少なくとも良い感情は持っていない。それなのに、何故人間の僕を……。


「ククッ」


 そんな僕を鼻で笑うかのように――いや、実際、鼻で笑ったのだろう。愉快そうにパイプをくわえた彼は、指先から生み出した青白い焔をキセルの中に落としながら、


「俺ぁ、これでも医者だからよ。そいつが亜人だろうが人間だろうが、患者であるなら全力で助けてきた。それが間違ってるとも思わねぇし、文句を言われる筋合いもねぇ」


 葉に火がついて、独特な香りがする煙が上がる。

 それを口からも吐き出したアルマさんは、いつか見せたように、狐というよりかは狼のような獰猛な笑みをこちらに向けた。


「それだけだ。お前がいつか俺らに牙を剥いたら、その時はその時でぶっ潰す。……それまでは、お前は俺の大事な患者様だ。それでいいじゃねぇか」

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