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34:幸運の在処

 王国の門をくぐる頃には、すっかり太陽は落ちてしまっていた。

 検問を通り、街中に入る。賑わっていた街中は、昼間の喧騒から夜のものへと顔を変えていた。

 太陽の代わりに顔を出した月明かりは、据え付けられた外灯により空を見上げなければわからない。

 行き交う人々は仕事を終えた男が多いのか、既に酒気を孕んだ顔で笑い合う者達も見かけられる。


「すっかり遅くなっちゃったね」

「仕方ないでしょう。もう急ぐ必要はありませんが、寄り道はしないで戻りますよ」

「うん」


 夜の街中にも興味はあったが、流石に今から見回るつもりはない。そもそもまだ子供なのだから、ガルニアも許してはくれないだろう。

 それに、僕もそうだが、行き帰りと走ってもらったナイトに、無茶な魔術を放ったサピィはきっと疲労が溜まっている。

 門の中も、あまり居心地が良いというわけではない。出来れば、表に出てゆっくりと身体を休めて貰いたい。

 僕とガルニアは、街の喧騒を横目に少しだけ早足で、ミューズさんの待つドルトン家へと帰路を急いだ。




 寄り道をしなかったとはいえ、ただでさえ広い王国。ドルトン家に辿り着くまでには歩きでは多少かかってしまう。

 疲れからか、行き以上に遠く感じる道のりを越えて帰ってくると、門の前に立つ一人の人影が。

 どうやら、僕らの帰りが遅かったからだろう。外に出て待っていてくれたらしい。



 いつからそうして待っていたのか、僕らの姿を見つけるや否や、露骨に肩を落としたのが確認出来る。

 同じくらいにほっとしたように見えるのは、きっと勘違いではないだろう。


「おかえりなさい。随分かかったわね」

「色々とあったんだ。でも、ちゃんとやることはやってきたよ」

「そう。じゃあ、中に入って食事……の前に、二人とも身体を洗った方がいいわね。食事はそれからにしましょう」


 随分待たせただろうに、不満も言わずに踵を返すミューズさん。

 ガルニアも、ここでようやく気を緩めたのか、珍しく大きくひとつ息を吐くと、こちらを一瞥して小さく笑みを見せてから屋敷へと入っていった。 その背を追って、小走りで屋敷へと足を踏み入れた。





 翌日。

 昨日と同じ時間に魔具屋アトランティカに訪れた僕らは、無事に手に入ったマンドレイクをリリーさんに渡す。

 昨日の時点でミューズさんの手によって葉から抽出済みのそれだが、当然ながら葉っぱを渡すときにひと悶着あった。

 ミューズさんからしてみれば、葉っぱだけを渡されると思っていたところに、まさかのマンドラゴラ本人からのちぎって手渡しである。

 ついでなので、マンドラゴラ――ステラと、もう一人の森人、アルラウネであるシルクを紹介した時には、流石のミューズさんも渇いた笑いしかでてこなかったようだ。まぁ、直ぐに復活して研究モードに突入し、僕を通訳に色々と質問を繰り出してはきたわけだが。


「確かに。じゃあ、少しだけ待っててねぇ」


 ミューズさんから受け取ったそれをコトリと机に置いたリリーさんは、ほか様々な小瓶から少しずつ液体やら粉末やらを混ぜ合わせていく。

 あれは何の薬品なのだろう……と、好奇心にてそれらをまじまじと見つめている間に、ミューズさんが僕の手を取った。

 反対の手には小さなナイフがあり、ぎょっとして何をするのかと視線を向ける。


「痛くないから、大丈夫よ」


 苦笑しながら言うミューズさんは、僕がそれ以上の反応を示す前に行動を起こす。

 しっかりと掴まれた手のひら、その指先に刃が肌に食い込むと同時に、覚えのある暖かな光が生まれる傷口に沿うように現れた。それを見て、何が起きているのかを直ぐに理解する。


 ――治癒魔術。成る程、こんな使い方も出来るのか。


 言葉通り、痛みの無いままに、しかし傷口からじわりと血が染み出してくる。

 その血液は、ミューズさんに導かれるままに、先程までリリーさんによって調合されていたものへと、数滴、滴り落ちた。


「これで、墨は完成と……」


 小さく呟いたリリーさんが、既に傷の塞がった僕の手を取る。

 まじまじと指先――爪に刻まれた下彫り――を確認すると、小さなハケで爪全体にマンドレイクを塗り付けた。


「始めるわ。手を動かさないように」


 仕事モード、なのだろうか。普段浮かべている透明感溢れる雰囲気や笑みは消え去り、口調も声色も別人のように硬く変化するリリーさん。

 彼女が手に取ったのは、先が異様に細く尖ったペンのようなもの――いいや、ペンそのものなのだろう。

 それを、僕の血液が混じった調合インクに浸し、細心の注意を払って、爪に複雑な模様が刻まれていく。

 下彫りがされているとはいえ、小さな手の、さらにその指先についている爪にミリ単位以下の繊細さで描かれていく。

 何て細やかな仕事なのだろうか。純粋にリリーさんの技術に感心し、同時にあまりの繊細さに、思わずこちらも力が入りそうになる。

 文字通り、指ひとつ動かせない緊張状態。きっと、終わる頃には身体がカチコチになっているのだろうなと、乾いた唇を舐めながらに考える僕だった。






「……これで、完了ね」




 時間にしておよそ二時間弱。

 全ての爪に、僕の血が混じったインクで模様が刻み込まれる。

 緊張から開放された僕は、大きく息を吐くと同時に全身から力を抜いた。

 汗だくのリリーさんは、最後にざっと爪を眺めると、僕に向けてニコリと微笑んでくる。


「これで認識阻害の術式は貴方に刻まれたわぁ。後は、貴方が始動キーを意識して口にするだけ。自分の隠したい部分を思いながら、好きな言葉を口にするの。周りにどういう風に見せたいか、イメージするのが良いわねぇ」


 始動キー……確か、魔術関連の言葉だったはずだ。この場合は、文字通りの意味だろう。


「好きな言葉……なんでもいいんですか?」

「えぇ。けれど、始動キーはひとつの術式に対してひとつしか使えないから、やり直しは効かないわぁ。忘れない言葉を選んだ方が賢明ねぇ」


 といっても、難しく考える必要もないけど、と。

 汗を拭きながら普段通りに戻ったリリーさんの言葉に対して、少し考え込む。


 忘れない言葉、か。


 クリス達の名前は、流石に使えない。絶対に忘れない言葉だが、人の名前を使うのは少し気が引ける。

 それに、彼女達三人の名前は、迂闊に口にすると色々と問題になりそうだし。となると、当たり障りのない言葉にした方が良いだろう。


「間違って口にしたりしたら、まずかったりは」

「始動キーと開放キーを別にしておけば、間違って切れちゃうことはないわねぇ。あと、術式に魔力を通さなければ、キーを口にしても問題ないけれどぉ……」


 ……魔力に関しての扱いは全くわからないし、キーは別々にするしかない。

 取りあえず隠したい部分である尖った爪と、歯に意識を向けて。始動キーは……そのまま、隠す意味の言葉で良いだろう。


「『フェイク』」


 始動キーを口にしたその瞬間、爪が一瞬熱を持ったように脈打つのを感じた。

 見れば、術式が描かれていたはずの爪には何も見えなくなっており。

 上手くいったのかと思ったが、そこにある爪は尖ったままである。


「はい」


 リリーさんが向けてきた鏡。それに映した僕の歯は、尖っていない。爪も、鏡に映すと丸い爪だ。


「んん?」


 けれど、自分の目で見ると尖っているし、歯も触れば尖った感触が返ってくる。

 そんな僕に、苦笑しながら声をかけてきたのはミューズさんだった。


「あくまでも、認識阻害は外から見たときにどう見えるか、っていうものだから。形そのものが変わるわけでもないし、自分には効果がないの」

「あ、そうか……」


 考えてみれば、フォッグさんも僕に指摘された時、自分の耳を触って確かめていたような。

 あれは自分ではしっかり耳の存在を確認できているからこその行動だったわけだ。


「一応言っておくけど、目の色も同じように隠せるわよぉ。変えられないのは始動キーだけで、認識阻害の範囲は発動の度に変更出来るからぁ」

「あ、そうか。目を忘れてた……」


 その言葉を聞きながら、先ほどと同じように意識を集中し、開放キーを口にする。

 開放、開放か。偽者の反対の言葉は……。


「『トゥルー』」


 これでいいのかと鏡を見れば、爪も歯も本来の形となってそれに映し出されていた。どうやら、開放キーの設定もこれで済んだようだ。

 それを確認してから、今度は瞳の色まで加味してから、もう一度認識阻害を発動させる。

 今度はしっかり、爪も歯も自然な形に。両目も同じ碧眼……いや。


「……その色で、宜しいので?」

「うん。これでいい」


 怪訝そうに聞いてきたガルニアの言葉に、そう返す。

 鏡の中にいる僕の瞳は、元の碧眼ではない。この右目をくれた持ち主と同じ、金色だ。


「これでよし、と……。これって、かけっぱなしでも問題はないんですか?」

「発動している間は、貴方の魔力を消費し続けるわけだから、必要ない時は切っておいた方が良いわぁ。まぁ、普通の人でも一週間以上は発動させっぱなしに出来るくらいには微々たる量しか消費しないから、気にしなくてもいいかもねぇ」


 その説明に、それなら特別意識する必要もないかと結論付ける。

 シンクロのおかげで、サピィやクグリ、更にはステラとシルクといった魔力が高い仲間のおかげで、魔力の値はそれなりに高くなっているからだ。

 使おうにも、魔術関連はからっきしので、宝の持ち腐れでもある訳だが。

 ……もしかしたら、『最弱』の祝福はそこらへんにまで影響してきたりするのだろうか。祝福を受ける前から、自分にはそっちの才能はないと思ってはいたのだが、今となっては僅かな可能性すら潰されているような気がしてならない。


「さ、そろそろ店を開ける時間だわぁ」

「悪いわね、勤務外に仕事させちゃって。代金は……」

「マンドレイクもタダで貰っちゃったし、割引にしておくわぁ。あぁ、けれどリオ君」


 ミューズさんが、懐から袋を取り出し、そこから数枚の貨幣をリリーさんに渡す。

 そこで不意にかけられた声に、貨幣から彼女に視線を向けると、リリーさんは横目で此方を見たままに、


「リオ君には、別口で代金を払ってもらうわねぇ」

「……えっと」

「リリー、何を言って」


 予想外のような、ある種想定は出来ていた類いの言葉に、困った僕は微妙に顔を傾ける。

 勤務時間外にこうして仕事をして貰ったのだから、追加要求自体はそうおかしなことでもない。

 お金は今しがたミューズさんが払ったのだし、ましてや割引までかけたのだから、代金と言ってもお金ではないのだろうけど……。


「勿論、お金じゃないわよぉ。そうねぇ……言うなれば、依頼?」

「依頼、ですか? 僕に?」

「加えて言うなら、テイマーであるリオと言う人間に、かしらねぇ」


 そう言い終えて立ち上がったリリーさんは、カウンターの奥へと消えていく。

 残された僕ら三人は、どういうことかと顔を見合わせた。


「まぁ、彼女がこれで話を終わらせるわけない、か」

「リオ。無理難題が飛んでくるかもしれませんが、嫌なら断っても」

「そんなことしたら余計無茶な案件飛んでくるじゃない」

「あの……こうして店が閉まってる時間に無理をしてもらったんだから、僕としては断りたくないんだけど……」


 二人の口から、リリーさんをどう思っているかが透けて見えそうな言葉が飛んでくる。

 反応に困り、おずおずと自分の考えを告げた僕に、目の前の姉弟は何とも言えない、うっすら苦い顔をしたままに、


「……流石に、まだ子供のリオ君には、そこまでむちゃくちゃ言わないだろうけど……」

「どうだろうな。ドラゴンの鱗や爪とまではいかずとも、モンスターの生け捕りくらいは言ってきそうだが……」


 えぇ……。

 確かにテイマーとしてモンスターを使役できるし、里の戦いでは手当たり次第にテイムして同士討ちさせたりも出来たが、流石に高レベルのモンスターになると上手くテイム出来る自信がない。

 あまりに力の差がありすぎると、テイムがほどかれるのはクリスで立証済み。

 テイム出来たとしても、言うことを聞かない場合があるのをアルマさんが立証してくれている。

 多分、ドラゴンとか自我も強いだろうし、呆気なくテイムをほどかれてしまうんじゃなかろうか。


「流石にそんなことは依頼しないわよぉ……。あなたたち、私のことをなんだと」

「今までの自分に聞きなさいよ。その見た目に騙された人間が何人いたことか」


 そんな僕らの会話が聞こえていたのか、口をへの字に曲げたリリーさんが、一冊の分厚い本を抱えて戻ってくる。

 ミューズさんの言葉に唇を尖らせながらも、その本を僕の前において、とあるページを開いた。

 古い本のようで、ページの端はいくらか黄色く変色しているが、読むのには問題ない。


「このモンスターをね、探して捕まえて欲しいのよ」


 開かれたページに目を落とす。

 絵や写真などはない、文のみのページだ。取りあえず初めの方から読み進めていくと、その内容がどうやらとあるモンスターについての記述であることに気付いた。

 少しかけて読み終えて、顔を上げてリリーさんを見つめてみる。


「難しいのは百も承知。正直、半分無理なのもわかってるわぁ」

「まぁ……直ぐにどうこうなる気はしませんが……」


 一から探すには情報が足りない、というよりも、無い。

 ある種、ドラゴンの生け捕りよりも厄介な匂いがする。


「それでも、私は貴方にこのモンスターの捕獲を依頼する」


 有無を言わせぬ語気で言う彼女に言葉は返さず、僕はもう一度本に目を落とす。



 ――フォーチュン・ドール。


 その名の通り、幸運を呼ぶ存在であるとされているモンスターだ。このモンスターがいる場所には大小様々な幸運が降り注ぐと言われている。

 過去に閲覧者によって確認されたのはわずかに二度のみ。

 一度目はとある富豪の家に飾られていたアンティークドールがそうだとされているが、閲覧者が発見した翌日には忽然と姿を消している。

 二度目は、元は閲覧者でもなんでもない人間がモンスターに襲われ、今際の際に見た半透明な人型の姿がそれだという証言が残っている。

 閲覧者の力に目覚めたタイミングは不明だが、その後も閲覧者の力は確認されているために妄言とは取られなかったらしい。



 ――死に際に得た閲覧能力、か。まさかとは思うが。


 左目に手を当てて、直ぐにかぶりを振って思考を散らす。

 次いで、気になっていたことをリリーさんに確かめた。


「ちなみに、これはいつ頃の本なんでしょうか」

「これは……」

「少なくとも三十年は前のものね。それ以降、フォーチュン・ドールはどの図鑑にも載ってないから」


 僕の問いに答えたのは、背中ごしに文を読み取ったらしいミューズさんだった。

 ページに指を当てて撫でるように走らせた彼女は、反対の手で髪を耳にかけながら続ける。


「目撃情報は現在までにこの二件のみ。しかも片方は死に際に見た妄言とも取られかねないようなもの。これにはステータスも載ってるけど、当時は新種のモンスターの情報に混じって偽のものも多かったらしいわ。それに、ほら」


 走った指がステータスの記載の位置で止まり、その一部を見てみろと暗に言われる。

 ステータス自体はそうおかしなものではない。精々、今とは違う古い文字が使われている程度だ。

 が、確かにその指先が指し示すものは、モンスターには珍しいものだった。


「モンスターに、祝福が」

「そ。そりゃあ幸運を呼ぶ存在なんだから、『幸運』の祝福があってもいい。けれどもこいつはモンスター。祝福なんて、今までに発見されたどのモンスターにも見当たらない。それが信憑性に疑いをかけて、最終的に存在を認められなかったの」


 トントン、と指先で本を叩きながら言うミューズさんはどこかつまらなさげだ。

 妙に詳しいのは、きっと自分でも興味が引かれて調べていたからなのだろう。


「だから、半分無理なのは理解しているのよぉ。でも、発見出来る可能性があるとすれば、それは閲覧者だけ。そこから捕獲するにはテイマーであれば難しくない。となれば、その両方の力を持つリオ君は、降って沸いた優良物件なのよねぇ」

「こんな子供に何を求めているの。この子はまだ九才なのよ。危険な真似はさせられない」

「危険な真似をするかどうかはこの子次第よぉ。勘違いしないで欲しいのだけど、私は何をおいてもこの依頼を優先して欲しい訳じゃない。ただ普通に生活する中で、このモンスターのことを意識して探して欲しいだけ。何も遺跡や魔窟に出向けだなんて言ってないわぁ」

「貴女がそう言うっていうことは、それぐらいはして当然よね、って言ってるのと同じなのよ」

「随分この子を大事にしてるじゃなぁい? 貴重なサンプルが無くなっちゃったら困るからかしらぁ」


 いきなり放たれた耳を疑う言葉に、思わず僕は二人の顔を交互に見る。視界に入ったガルニアは、肩を落として顔を手で覆っていた。

 一瞬固まったように見えたミューズさんは、ひとつ声を低くして言葉を返す。


「神経逆撫でして怒らせようったって無駄よ。アンタこそ妙に必死じゃない、何を企んでるのかわかったもんじゃないわね」

「企む? 企んでるのは貴女の方じゃあないのかしらぁ。私ばっかり悪く言うのは不公平よねぇ」


 雲行きが怪しいどころか、既に荒れ狂う寸前のような状況に、ガルニアが一歩踏み出して口を開いた。流石の胆力というべきか。僕は黙って眺めることしか出来そうにない。


「二人とも、少し口が過ぎるんじゃあないのか。子供に聞かせるような会話じゃない」

「あらぁ、聖騎士崩れ様が何かご用かしら」

「貴方は黙っていなさい。私はリリーと話しているの」



 ……敢えなく撃墜され、ガルニアは僕の背後へと移動していく。何故僕の背後なのかはわからない。


「…………」


 一体どこからどう話がこじれていったのか。

 気が付けば漂う空気が最悪になっていた事実に、なんだか頭が痛くなってくる。

 あと、ガルニアがリリーさんを苦手にしている理由がわかった。あれがリリーさんの黒い部分なのだろう。笑顔のままなのが余計に質が悪い。

 多分、悪い人じゃあないんだろうけど……。フォーチュン・ドールを欲する理由も、予想通りならば至極当然で、悲痛な願望であるはずなのだから。


「――ナイト」


 取りあえず、このまま口喧嘩を眺めていても、こちらの胃が痛くなるだけだ。

 門を開き、ナイトを呼び出す。傍らに現れた彼女の頭を一撫でしてから指示を放つと、了承の意からひとつ小さく吠えた。

 ガルニアに目を向けると、既に気付いていたらしく、一思いにやってくれと言わんばかりに腕を組んで頷いていた。


 直後、威圧と共に、ナイトの咆哮が放たれる。


「「――ッ!?」」


 音量もさることながら、明らかな敵意を持って放たれた吠えは、二人を止めるには充分だったようだ。

 身体を跳ねさせた二人は、発生源である、低く唸り続けているナイトと、その頭に手を置いた僕に顔を向けてくる。


 そんな二人に、わざとらしく笑顔を見せて、喧嘩は止めてくださいねと伝えようとして、背後からガルニアの声が飛んだ。


「二人共、リオを怒らせない方が良いんじゃないか。聖騎士崩れが怒るよりかは、よほど恐ろしい事態になる」


 その一言で、店内に妙な緊張が走ったのを感じる。

 ……いや、そんな物騒なことをするつもりは、欠片もなかったのだが。


「そう、ね。少し口が過ぎたわ」

「……私も、ねぇ。ごめんなさい、ミューズ。ガルニアも。……リオ君。もうしないから、その子を暴れさせたりしないでねぇ」

「いや……そんなつもりはないんですけど……落ち着いてくれたならそれで」


 剣呑だった雰囲気が変わり、互いに謝罪をかわす二人を見て安心する。

 ただ、ガルニアの一言で危険人物予備軍に認定されたような気がしてならないのが、微妙に腑に落ちない僕だった。

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