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31:魔具屋アトランティカ

遅くなりましたが、いつもより長いです。どうぞ。

 さて。

 ドルトン家にお世話になるのを決めたのはいいが、何もせずにいていいわけではない。


「じゃ、一列に並んでー」


 というわけで、とりあえずは与えられた部屋にて仲間を集め、色々な確認をすることにした。

 考えてみれば、目が覚めてからは閲覧者としての能力は使っていなかった。片目が替わっているので、少しだけ上手く見えるかどうか不安ではあったが……。


「見える、か」


 視界に映る、各種様々なステータス。そこに以前と違いはなく、また違和感も存在しない。

 ひとまずは、問題なく使えるようで一安心だ。

 ……まぁ、同じ閲覧者であるアルマさんの瞳だ。当然と言えば、当然か。

 そう考えて、自分のステータスを確認する。




 名称 リオ

 レベル20

 祝福『最弱』

 スキル『エンドレステイム』『シンクロ』『ステータス閲覧』『666』『獣の本能』『プチサモン』


 筋力F 体力E 俊敏E 魔力D 精神D+





「能力値は変わってないから良いとして……なんだかスキルが増えてるな」


 何が切っ掛けかはわからないが、サモンスキルもどきが『プチサモン』に。

 獣人の細胞が混じったおかげか、『獣の本能』が。

 確か、クリスとアルマさんには『獣の咆哮』、なんてものがあったはずだが、その系列のスキルだろうか。

 後は……何やら得体の知れない『666』なんてスキルが増えているけれど……。


「嫌な数字だな」


 いわゆる獣の数字と言うやつだろう。

 どういった意味だったかは細かくは知らないが、あまり良い意味じゃなかったのは確かだ。

 このスキルが生まれた原因は、間違いなくあの魔人のテイムによるものだろう。あまり嬉しくないし、何故かと聞かれれば何となく、としか言えないが、確信すら出来ていた。

 まあ、獣の数字がこの世界で何を現すのかがわからないので、一先ずこれは置いておく。

 レベルが20に上がっているのは、あの闘いでモンスターをひたすらに倒し続けたのが原因だろう。数字の上では、そこらの大人よりも高くなってしまっていた。


「まぁ、こんなもんか」


 さっくり自分の確認を終えて、次は仲間達に目を向ける。

 サピィやナイトも、僕と同じようにレベルが20に上がり、多少ステータスが強化されている。

 スキルの追加――モンスターなら、開放になるのか――はなく、目立った変化は無し。

 クグリに関しては、レベルにも変化は無かった。レベル33の猛者なので、生半可ではレベルも上がるはずもない。


 で、最後の一匹だが。




 名称 クリスタルスライム

 レベル12

  スキル『結晶化』『分裂』


 筋力G 体力G 俊敏G 魔力G 精神G




「まさか、僕以外にこのステータスを持つやつがいるとは」


 クリスタルスライム――まさかの全能力最低値である。

 まぁ、考えてみればサピィも筋力体力俊敏と最低値ながら自由に活動出来ているので、クリスタルスライムが最低値ながらもモゾモゾ移動出来ているのも別に不思議ではないのだけれど。


「……ステータスに出る値が全てじゃないのはわかってるけど、それでもちょっと不思議なやつだな」


 僕の言葉に反応してか、プルプルとその場で震えるクリスタルスライム。

 どれだけの知能があるかも定かではないが、命令こそしっかり聞くし、勝手に動き回ったりもするので一応は自律性もあるらしい。

 なので、認識出来るかどうかは別として、ちゃんと名前を付けてやろう。


「じゃあ、お前は今からグラスだな」


 単に縮めてクリス、だとちょっとどころではなく弊害が生まれるので、語感を変えてわかりやすい名前にしておく。

 グラスは気持ち、その身体をじんわり溶けるように地面に拡げ、ぷるんとまた元の形に戻った。多分、喜んでくれた。きっと。





 その後、家の中をサピィと共に探検したり、庭先でナイトやクグリを相手に身体を動かしたりしている内に暗くなり、夕飯の時間に。

 無駄に豪華と言うわけではないが、普通よりは立派な食事を頂いていると、対面に座るガルニアから声をかけられた。因みに、この家では別段マナーに厳しくはない。

 ガルニアへの勝手なイメージから堅苦しいようなものを想像していたが、平民上がりだと言うことで家では気にしないそうだ。

 勿論、聖騎士という立場だったことから、最低限は身に付けています、とのことらしいが。


「明日、少し街に出てみましょう」

「街に?」


 ええ、と頷く未だに敬語が抜けない彼は、ワインのような果実酒を一口飲むと、僕の隣に座る姉に視線を向ける。

 弟の視線に対し、ミューズさんもまた果実酒を飲み干すと、


「学園を目指すなら、色々と入り用になるからね。明日は私も休みにするから、私達で街を案内するわ」


「それに、まだこの街がどんなものかわからないでしょう。一日かけて、色々と回ってみましょう」


 その言葉に、机にてクッキーをかじっていたサピィが目を輝かせて肩に乗ってきた。

 好奇心旺盛な彼女だ。僕よりも、この王国の街並みに興味があるらしい。

 そんな彼女に笑顔を返し、ミューズさんに視線を移す。


「例えば、どんな場所があったりするのかな」


 敬語になりそうなところを抑え、なるべく自然に質問すると、ミューズさんはニッコリ笑ってこちらを向いた。

 敬語になると、途端に不機嫌そうになるあたり、微妙に子供っぽい彼女である。


「そうねぇ。まず向かうのは、魔具屋ね」

「魔具、屋?」

「そ。この瞳の色はともかくとして――」


 言いながら、此方に椅子ごと身を寄せてきたミューズさんは、いきなり僕の頬をつまみ上げてくる。

何をするのか、と言う前に、開かれた口の中を覗きこみ、


「この尖ってきた歯だけでも、どうにかしないとならないじゃない?」

「あふ……」


 自分でも少し気になっている箇所を指摘され、少し視線が泳いでしまう。

 そうなのだ。里からこちらに移動してきてそこまで経っていないのだが、僕の身体に組み込まれた獣人の細胞は、確実に影響を及ぼしてきていた。

 分かりやすい部分で、一番見た目に現れてしまっているのが、この歯だ。

 他の歯はともかく、犬歯である四本全てが、鋭いとはいわないまでも確実に尖ってしまっている。

 気付かないだけで、全ての歯に影響があるのか噛み合わせには違和感を感じないが、笑って歯が見えれば目立つくらいには尖っているのだ。


「単に削れて尖ってるんじゃなく、歯そのものが発達してきているせいで凄く目立つわ。獣人が良く見られない今の世じゃあ、あんまり思わしくないから」

「ふぁい」

「だから、簡単な認識阻害のかかった魔具でも買っておきたいのよ。ピアスでも良いし、指輪でもネックレスでも良いしね」


 ぐにぐに僕の頬を弄びながら言う彼女は、最後に伸ばした頬を元に戻すかのように掌で揉んでくる。何が楽しいのか、やたらと笑顔なので止めてとも言えない。

 真似してサピィも頬で遊ぼうとしてきたので、お返しに指でそのほっぺをぷにぷにしてやる。

 ミューズさんに頬を揉まれながらサピィのほっぺをつつくという、多分二度と来ないシュチュエーションが出来上がっていた。


「そういうわけですので、明日はそのつもりで準備をしておいてくださいね」


 そんな僕らを楽しげに見詰めるガルニアの言葉で、今日の夕飯の場は締められる。

 ……それにしても、魔具か。

 少し、楽しみに思っている自分がいることに苦笑しつつ、グラスに残ったジュースを飲み干した。





 そして、翌日。

 空は快晴、風も程よく肌を撫で、出掛けるには都合の良い天候の中、僕は二人を玄関先で待っていた。

 サピィは姿を消した状態で頭に乗っている。スピリットと言うだけあって、その辺りは自由自在だ。

 他のメンバーは、念のためにサモンスキルで造り出した空間――門、なんて名前をつけてみたが――にいてもらっている。

 別に屋敷に直接空間を繋げて呼び出すことも出来なくはないのだろうが、過去の経験からして間違いなく弊害を起こすので止めておく。

 その辺り、『プチ』じゃないサモンスキルならもっと便利なのかもしれない。


「……まぁ、滅多なことはないだろうけど」


 何せ、ここは王国のど真ん中。更にはガルニアもいるのだし、クグリやナイトの力が必要になることもないだろう。

 というか、街中でいきなりモンスターを召喚したら、それだけで騒ぎの種である。

 クグリもナイトも、普通の狐や狼よりも遥かに大きな身体をしているので、見た目からしてインパクトが強すぎるのだ。こちらは見慣れているのでなんてことはないが、争い事とは無縁の人達が見たらまず怯える。


「お待たせしました」

「ごめんね。ちょっと店の方が騒がしくて」


 ナイトがもしまだまだ成長したりしたら、森の主みたいな巨大な狼になったりするんだろうか、等と考えていた所で、玄関から二人が出てくる。

 ガルニアは腰に剣を下げている以外は、ごく一般的な布地の服だ。聖騎士から格下げされて一兵卒の身まで落ちたらしいが、本人は何ら気にしていないらしい。

 まぁ、実力こそ変わらず、もっと言うなら受けた祝福が祝福なので、いずれは本人が望まずとも元の立場に戻るのだろう。

 ミューズさんは、その長い金髪を一本に結って、背中ではなく肩から胸元に下げていた。

 こちらは、全体的にふわふわとした服装だ。薄い生地が何枚も重なっているようで、ゆったりとした袖口が、柔らかく風になびいている。

 薄い緑の色合いが、とても目に優しかった。


「店は、休みにしたんじゃ?」

「ううん。店自体は開いてるの。単に私が休みってだけ」

「……大丈夫なの?」

「私がいないだけで回らなくなるくらいなら、とっくの昔に破綻してるわよ。必要な薬は常備してあるし、優秀な弟子もいるし大丈夫」


 にっこり笑ってそう言う彼女だが、多分そのお弟子さんは、今日いきなり休むことを告げられたんじゃなかろうか。

 このミューズさん、見た目や口調はおっとりしてたり優しかったりと、良いお姉さんといった感じなのだが、これで意外と周りを振り回すタイプの人間で。

 特に、出会った時のように興味がそそられるようなものを見たときや、薬師として研究をしている時などは、人が変わったように活発化する。

 ガルニアが言っていた破天荒とはまさにこの状態のミューズさんのことで、最初の内は反応に困ったものだ。

 まぁ、多少口調と雰囲気が変わるだけで、変に暴走したりはしないので実害などはない。一種の仕事モードのようなものなのだろう。


「何か、お土産買って帰ってあげてね」

「あら、随分優しいのね」

「どちらかというと、哀れみかな……」


 因みに、ミューズさんの店は、この家の裏側部分がそのまま店となっている。

 ガルニアとミューズさんだけで住んでいるのかと思いきや、そこの従業員も住み込みで働いているのだ。

 大きな家なので余しているだろうと思いきや、お手伝いさんも含めるとなかなか家には人が多かったりする。

 もちろん、ミューズさんのお弟子さんもここに住んでおり、僕とも面識を持っている。僕との会話の半分以上が暴走ミューズさんへの愚痴なので、その苦労は髄して知るべしといったところだった。



「では、行きましょう。なるべく私達から離れないように」

「通りに出ると人が多いからね。一応、手でも繋いでおきましょうか?」


 差し出された手を、少しだけ躊躇ってから掴み取る。

 人混みなんてここにきてから初めてだし、強がって迷子にでもなってしまったら目も当てられない。


「そういえば、皆は?」

「ここにいるのはサピィだけ。後は門の中にいるよ」

「ふうむ。テイマーとサモナーが合わさると、なかなか便利ねぇ」

「僕のは『プチサモン』だけど。本当のサモナーならもっと色々できるんでしょ?」


 なんだかんだ、制限らしい制限があまり見当たらない僕の『エンドレステイム』と違い、『プチサモン』の方は出来ることと出来ないことがそれなりにはっきりとしている。

 サモンスキルの最高峰になると、好きなところに無制限に空間を繋げられたり、もしかしたら異空間から異次元的な物を召喚したりも出来たりするのだろうか。

 そんな思いを込めつつ放った質問に、ミューズさんは反対の手で頬を掻きながら。


「どうなのかしら。何しろ、サモナー自体極端に数が少ないから……」

「そうなの?」

「テイマーと同じで、身に付けようとして身に付けられるものじゃないからね。国の兵にはいたかしら?」


 急に話を振られ、先を行っていたガルニアが振り返る。

 彼は少しだけ考え込むと、


「聖騎士の中に一人。その直属の部下が全員サモナーで構成されているから……彼を含めて二十一名になるか。因みに、テイマーはその倍近くはいたはずだな」

「……それって少ないのかな」

「王国の国民が約四百万人。有能なテイマーやサモナーはまず引き抜かれて国仕えになるから、そう考えると少ないわねぇ」


 なるほど。そう考えると確かに少ない。

 国に引き抜かれずにいるテイマーやサモナーも間違いなく存在はしているだろうが、それも合わせて全体の一パーセントにも到底届かなそうだ。

 モンスターと直接心を通わせられるこの力はやはり、僕が思う以上に貴重なものらしい。


「さ、おしゃべりもほどほどに、ちょっと急ぎましょう。あんまり遅くなると彼女が怒るわ」

「……それは嫌だな。リオ様、姉さんから離れてはいけませんよ」


 何やら珍しく渋い表情を見せたガルニアがまた歩き出したのを見て、ミューズさんがクスリと笑ってから僕の手を引いて歩き出す。

 何となく今のやり取りが気になりはしたが、首を傾げるにとどめて、引かれるままに足を動かし始めた。






「おぉー」

『すごい! 人間がいっぱい!』


 大通りに出た僕は、予想以上の賑わいに感嘆の声を上げていた。

 歩くのが困難な程人が密集している訳ではないのだが、それでも大変な賑わいだ。

 時折馬車が通る為に、広い道の中央は空けられている。道の両端には、簡単な出店や屋台が立ち並び、何やら食欲を刺激するような香りがこちらまで届いてきていた。

 最近は大人しめだったサピィも、この初めての状況に大興奮だ。放っておくとどこかに飛んでいきそうだったので注意するように思考で伝えると、たしたしと頭を叩くことで返事をしてきた。わかっているならよろしい。


「すごい賑わいだね」

「商業街だからね。家の周りとは大違いでしょう?」

「うん。正直びっくりした」

「顔に書いてあるからわかる。口が開いてたわよ?」


 言われて、そういえばと意識して口を閉じておく。クスクスと笑うミューズさんに照れ隠し程度に笑顔を見せてから、もう一度周りに目を向けた。

 何分背が低いので、人が密集しているとあまり街並みを見れないのだが、それでも充分僕には刺激的だ。

 数年前までは確かにここに暮らしていたはずだが、こんなに賑やかで活気がある場所があるなんて知らなかった。


(まぁ、屋敷から出たのは数えるくらいしかなかったしな)


 考えてみれば当たり前だったことに苦笑しながら街並みを眺めていると、不意に一人の人間の姿が目に留まる。

 此方から見えていたのは背姿だ。背は僕よりも少し高いくらいで、見た目でわかるのはそれだけだ。

 何故なら、その姿は足下から頭の上まで、真っ黒なローブで包まれていたからだ。

 その人間は、何やらアクセサリーらしき小物を売っている出店で、店主らしき人物と会話しているらしい。

 背丈だけで判断するならば、僕と同じくらいの年齢なのだろうけれど……。


「リオ君?」

「あ……ごめん、なんでもないよ」


 その異質とも言える姿に目を奪われて、いつの間にか足が止まっていたらしい。

 不思議そうに首を傾げるミューズさんに謝ってから歩き出し、それでも気になってあの人間がいた場所を振り返ると。


(いない……)


 数秒前まで確かにそこにいたはずの黒ローブは、いつの間にか忽然と消え失せていた。

 店主は何事もなかったかのようにくわえたパイプから煙をくゆらせていて、別段怪しいそぶりも動揺しているような様子もうかがえない。

 一見して、全身真っ黒のローブは怪しさ満天な気もするが……。


 なぜだか一目見ただけのその存在が気にかかり、僕は目的地に着くまでの間、訳もわからずもやもやとした気持ちに悩まされる羽目になるのだった。





「ここが、魔具屋?」

「そうよ。本当なら、昼過ぎから店が開くのだけど」


 あれからしばらく歩き続け、本通りから少し外れた路地に入ったところに、その店はあった。

 あまり大きな建物ではない。二階建ての、少し小さな木造の家だ。三角屋根の下、バルコニーの足場に看板がかかっている。

 『魔具屋アトランティカ』。それが、この店の名前らしい。


「じゃあ、入りましょう」

「むう……」

「何を嫌がっているのよ。貴方ともあろう人間が」


 準備中の札がかかっている扉を押し開けようとしたガルニアが、ここで久しぶりに声を出した。

 口を閉じたまま小さく唸るガルニア。ここにくるまでにほぼ口を開かなかった彼は、余程ここにいる人が苦手らしい。

 あまり人嫌いをしない、というよりもそれを表に出すことを良しとしない彼ですら、この苦い顔である。


「薬を触っている姉さんよりも、ある意味厄介なのですよ」

「ちょっと。いきなり何よ」


 僕が何を考えていたのかがわかったのだろう。その苦い顔を無理矢理し舞い込んだガルニアが、姉の文句をスルーして今度こそ扉を開ける。

 同時に、独特な香りが鼻に当たり――。


「はぁい、いらっしゃい。待ってたわよぉ」


 奥にいた女性が、椅子に座ったままに、にこやかに僕らを出迎えた。

 薄暗い店の中、立ち上がった彼女の第一印象は、白。

 真っ白な髪はショートカットで切り揃えられ、前髪が少しかかるその向こう側、瞳は淡い水色だ。

 仕事着か普段着か、シンプルな意匠の服は染みひとつ見当たらない純白の生地に、金色の刺繍が襟や袖口に走っている。

 何より、病的なまでに白く滑らかな肌が、僕の目を捕らえて離さなかった。


「久しぶりね、リリー」

「本当ねぇ。このまま会いにこないつもりかと思ったわぁ。ガルニアも、お久しぶり」

「……相変わらず、ここに籠りきりのようですが。お元気そうで何よりです」

「もう、堅苦しいのはいらないって何度も言ってるのにぃ」


 クスクスと口元を隠しながら笑う彼女は、近場の商品棚にあった黒塗りの棒を手に取り、ガルニアの頭をちょこんと小突く。

 その寸前に、あっ、とガルニアが何やら反応していたが、時すでに遅しとはこのことで。


「……何ですか、これは」

「頭髪の延長が出来る新作魔具よぉ?」


 凄まじさすら感じる勢いで髪が伸び、前髪で顔を半分隠し、地面を擦るまでに発達したそれを引きずりながら、やれやれと首を横に振るガルニア。

 ……なんというか、目の前の展開についていけないのもおおいにあるが、すごく、シュールな図になっていた。


「もう、怒らない怒らないー。ほらもう元通りぃ」

「全く……どうするのですか、この髪は」

「もちろん有効活用させてもらうわよぉ。聖騎士様の毛髪なんて滅多に手に入らないんだからぁ」

「…………」


 彼女が棒の反対側で再度コツンとガルニアの頭を叩くと、バサリと音をたてて長い金髪が地に落ちる。

 それを流れるような動きで回収した彼女は、あっという間に丸くまとめてカウンターの奥に放り込んでしまった。

 ガルニアがそれを無表情で見つめていたのは、恐らくは諦感によるものだろう。


「またおかしなもの作ったわね。何に使うのよ」

「本来は変装の小道具なんだけれど……中年の貴族様に売れ行きが良いのよねぇ……」

「あぁ……」


 くるくると棒を回して弄びながら、どこか遠い目をして呟く白い彼女。理由を察して同じ目になるミューズさん。

 どうやら、頭の事情はどこの世界も同じらしい。


「ところでぇ」


 ぽい、と商品なのであろうそれを元ある場所に放った店主は、不意に此方に目を向ける。

 僕よりも薄い青色は、まじまじと僕の身体を見つめた後に、


「話にあったのは、君のことねぇ? 私はリリー。リリー・アトランティカって言うの。貴方のお名前は?」

「リオです。初めまして、リリーさん」

「あら、お利口さんねぇ」


 ゆっくり顔を傾けて笑うリリーさんは、その陶器のような色を持つ手で僕の頭を撫でた。驚いて頭から胸元に避難したサピィがいたのは、別段どうでもいいことか。


「隠したいのは、この瞳?」

「いいえ、それもあるけど」


 顔に手を添えられ、屈んだリリーさんに二色の瞳を覗きこまれる。

 そして、代わりに返事をしたミューズさんは、同じように僕の背後で屈んだかと思うと、昨日のように僕の頬をぐにっと引っ張った。

 当然、僕の尖った歯がリリーさんに晒される。


「あらぁ……これはまるで……」

「獣人みたい、でしょ?」

「じゃあ……」


 まったりした口調とは別に、パチパチと目を瞬かせたリリーさんは、次いで僕の手を掴んで引き寄せる。

 そして、まだ丸みこそ残っているが、徐々に角を持ち始めている指先の爪を確認すると、そのまま瞳を閉じてしまった。


「この子、まさか……」


 眉をひそめ、薄く開かれた瞳が、僕に向けられる。

 そして、何をどういう風に受け取ったのかはわからないが、小さくリリーさんは呟いた。


「そう……この子もなのね」


 この子、も?

 耳に届いた言葉に、内心で首を傾げる。

 僕以外にも、同じような境遇の人間でもいるのだろうか。しかし、こんな身体をしている人間なんて他にいないだろうし……。

 と、そこまで考えたところで、リリーさんの手が僕の頭に乗り、


「色々と気になることはあるけど……それは後で聞くことにして。とりあえずは、この歯と目を隠したいのよねぇ?」

「そうね。爪は切れば目立たないでしょうし、瞳の色が違うのも、まぁ少し珍しいけど他に誰もいない訳でもないし。一番は、その犬歯をどうにかしてあげたいの」


 代わりにミューズさんが答え、僕もそれに頷いておく。いわゆるオッドアイな僕の両目も、目立つ以外は問題ない。街中を歩いていても、多少視線を集める程度で、それだけだったのだし。

 ……まぁ、立場上あまり目立つようなものは、なるべく隠しておきたい気はするが。


「認識阻害が一番手軽だけど、直ぐに外れちゃう物は意味が無いわねぇ……」


 ふーむ、と顎に手を当てて考え込むリリーさん。その隣で何故か同じ格好をして悩むようなそぶりを見せるサピィ。

 そんな彼女を回収しようとして、姿を消したままだしまぁいいかと思い直して伸ばしかけた手を引っ込めたところで、リリーさんはポンと手を叩いた。


「そうだ。直接刻みましょうか」

「えっ」


 ニッコリ笑って何やら物騒なことを言い出したリリーさんから、一歩身を引く。

 身体に直接刻むと言うのか。タトゥーは少し抵抗があるぞ。


「あらぁ、大丈夫大丈夫。刻み込みって言っても、ちゃんと痛くないところにしてあげるから。例えばぁ……こことか」


 ニコニコ笑いながら僕の手を取り、その指先をなぞるリリーさん。そこは僕の尖りかけの爪だ。


「ここなら、表面を薄く削るように刻めば痛くない。若いからまだ柔らかいし、手間もかからないわぁ」


 ただ、両手の爪全部やらないと、効果は薄くなるけどねぇ、と付け加える彼女に、僕は自分の爪を見つめる。

 確かに、肌に刻まれるよりは全然よろしいのだが、しかし。


「爪が伸びちゃったら、意味が無いんじゃ?」

「勿論、大丈夫よぉ。詳しく言うと長くなるから説明しないけど、刻印は爪に残り続けるから。ついでに言うと、普段は刻印も見えないから、目立ちもしないわぁ」


 まだ何も彫られていないまっさらな爪をまじまじと見つめる。

 そして、少しだけ考えてから振り返ると、自分で決めなさいと言わんばかりにミューズさんは頷いてきた。

 それに頷き返し、リリーさんに伝える。


「じゃあ、お願いします」

「うん。任せてちょうだい」


 真っ白な歯を見せて笑うリリーさんは、直ぐに立ち上がりカウンターの奥にある棚を探り始める。

 そしていくつかの小瓶と、細やかなピンセットや、極細の彫刻刀のような道具を持ち出してきた。


「こちらにどうぞぉ」


 それらを、カウンターの近くにあった丸テーブルに置くと、その脇にあった椅子を引いて、そこに座るように促してくる。

 どうやら、早速作業に入るらしい。

 言われるままに椅子に座り、小瓶の中身を確認するリリーさんの動きを待った。

 と、そこで。


「あらぁ……」

「? どうしたの?」


 声色こそ変わらないが、何やら困った顔をしてひとつの小瓶の中身を眺めるリリーさんに、ミューズさんが近寄る。

 無言でその小瓶をミューズさんに渡すと、げぇ、と苦々しい声を出しながら、彼女も小瓶の中身を眺めていた。


「何よこれ。もう使えないじゃない」

「密封してたはずなんだけど、何か入っちゃったみたいねぇ……」


 薬師であるミューズさんには一目でわかるほどに、その中身の液体はダメになっているらしい。

 僕には、ただの無色透明な液体にしか見えない……いいや、何か、見覚えがあるような気がする。


「もしかして、マンドレイク……?」

「知ってるの?」

「あらぁ」

「えっと、少しだけ」


 ぽつりと呟いた言葉は、どうやら正解だったらしい。眉を上げて驚くミューズさんと何故かにやぁと口角を上げるリリーさん。

 次に口を開いたのは、その顔をイタズラっぽいものに変えたリリーさんだ。


「じゃあ、なんでこれがダメなのか、わかるかしらぁ?」

「僕は見ただけじゃわかりませんけど……何かの毒素に反応した後のマンドレイクですよ、ね。多分、リリーさんが使いたいのは、分離させただけの、ナチュラルなマンドレイクだろうから」


 メルニャさんに教えてもらった、マンドレイク講座の内容を思い出しながらたどたどしくも答える。

 果たしてそれをどう使うかまではわからないが、とりあえず間違ってはいないだろう。

 その予想通りに、多少の驚きからか意地悪な笑みを一旦ほどいてから、またニッコリと笑ったリリーさんが、正解、とパチパチ拍手をしてくれた。


「驚いた。誰に教えてもらったのかしらぁ」

「僕を助けてくれた人が、医療に詳しかったんです。その人から、少し。……あの、そんなに驚くことですか?」


 知識としては、別段難しいものではないような気がする。マンドレイクに関しては、ただ楽にマンドラゴラの葉が採取出来るだけで、直接扱えるわけでもない。

 闇樹の雫で分離させるのだって、その反応を知っているのみで、詳しい分量もわからないのだ。

 そう考えると、そんなに驚くようなことでもない、と思うのだけど……。


「そうねぇ。マンドラゴラの葉、そしてマンドレイクの扱いそのもの自体は、そんなに難しいものじゃないわねぇ」

「? じゃあなんで」

「けど、それはしかるべき場所で学んだ、魔具師や薬師の中での話。貴方みたいな子供には、そもそも理解出来ない話なのよ?」

「う……」


 そうだ。今まで何度も言われてきておいて今更だが、僕自信はまだ七歳の子供でしかないのだ。

 大人の基準で考えれば簡単なことでも、子供にとっては難しいことは山ほどある。

 いいかげん、その辺り気をつけて発言しなければいけないとは思うが……多分、このまま大人になるまで同じことを繰り返す気がする。きっと。


「まぁ、別に悪いことでもないけれどね。で、リリー。どうするの?」

「とりあえず、下彫りだけ済ませちゃうわぁ。マンドラゴラの葉は……あ、リオ君なら簡単に採れちゃったりするのかしらぁ?」

「まぁ」

「なんて……え?」


 豊かな森には必ずいるマンドラゴラさんである。里の森が生きているなら、そう手間がかかることもない。

 そう考えていたところにそんな質問がきたので、半分無意識に返事を返す。

 リリーさんから笑みが消えたところを見ると、どうやら今日一番の驚きを与えられたらしい。


「……因みに、どうやって?」

「えっと、サピィがいれば、そう難しくないので」


 僕の声に、胸元にいたサピィが飛び出して姿を現す。彼女はそのまま僕の肩に腰掛けて、ポカンとするリリーさんに向けて手を振っていた。

 好奇心が強い彼女だが、よく今までこの店の商品にイタズラしなかったものだ。


『そんなにバカじゃないもん』


 膨れっ面で僕の頬をつつくサピィ。ウズウズしていたのは事実でしょう? と視線をやれば、その頬から空気を抜いて、はにかみながら笑みを見せた。


「ご、ごめんなさい。少し、整理させてねぇ」


 さすがに色々と予想外過ぎたのか、リリーさんは頭に手を当ててそう言った。その顔には笑みが戻ってはいたものの、引きつったそれは無理矢理つくったそれにしか見えない。

 僕の背後で、ガルニアが小さく、


「この人がうろたえている……? なんて貴重な……」


 なんて真面目に呟くのが聞こえたりして、どうやら本当にリリーさんを混乱させているようだと改めて理解した。

 それを見かねてか、傍らに控えていたミューズさんが、小さく息を吐いてから口を開く。


「先に色々説明しとくべきだったわね。混乱するのも無理ないか」

「あぁ、ミューズ……。なんだか驚き過ぎて、頭が真っ白になっちゃう」

「それ以上白くなりようがないじゃないの」


 コン、とその頭を小突いたミューズさんに、ペロリと舌を出して答えるリリーさん。

 今のやり取りで少し落ち着いたらしいリリーさんが、改めてこちらに視線を向ける。

 真似して僕の頭を小突こうとしたサピィが、逆に僕に額を指で弾かれている――そんなどうでもいい光景を見た彼女は、至極当然な答えを口にした。


「貴方は、テイマーだったのねぇ」

「はい。サピィは、僕の最初の仲間です」

「最初の? じゃあ、他にも……」


 ここで、ちらりとミューズさんに視線を向ける。次いで、ガルニアにも。二人共に、頷きを返してくれたので、この際一気に言ってしまおう。


「はい。サピィの他にも三体、仲間がいます。ここには……まぁ、呼ぼうとすれば呼べますが、今はいません」

「さ、三体……『デュアルテイム』持ちなんて」

「あぁ、いや。僕のスキルは」

「?」


 スキルの名前、すなわち『エンドレステイム』のことを話そうとして、喉で詰まる。

 これは果たして、言ってしまっていいものか。

 中途半端に言葉を切ったまま、しばらく視線をさ迷わせる僕に、リリーさんは怪訝そうに顔を覗き込んでくる。


「まさか」


 そして、何に思い至ったのか、何やら近場の棚にあった、丸いレンズのようなものを目に当てて、


「リリー、それはっ」

「――! きゃっ!」


 慌てたミューズさんがそのレンズに手を伸ばすと同時に、それは甲高い音をたてて割れてしまっていた。

 弾けたレンズで指を切ってしまったのか、その手からは真っ赤な筋がひとつ、ゆっくりと線を描いていく。

 それを意にも介さずに、彼女は僕の頬に手を当てて、ひどく歪んだ顔のままに、呟いたのだ。


「ここまで、あの子と同じだなんて……」

「おな、じ?」

「ごめんなさい。貴方の祝福を、見てしまった」


 その言葉に、心臓がひどく跳ねた。心音が煩い中、あのレンズは人のステータスを映すものだったのかと理解する。

 僕を縛る死神の祝福。すなわち『最弱』の二文字が、彼女には見えてしまったのだ。

 忌み子と呼ばれ、捨てられる原因となった忌まわしき二文字。それを見られたのは、少しばかりショックだが――


「なんで、リリーさんがそんなに悲しそうなんですか?」


 僕の言葉に、俯いていた顔が上がる。眉尻は下がり、捨てられた子犬のような様相なその顔に、なんだかこちらまで悲しくなってしまいそうだ。


「僕なら、大丈夫です。確かに色々ありましたけど……でも、本当に大丈夫ですから」


 捨てられて死にかけたのは事実。けれどそれがなければ、クリスには出逢えなかった。

 アルマさんやメルニャさん、ベアクルさんや里の皆とも、知り合うことはなかったのだ。

 そこだけは、この祝福に感謝してもいい。

 だから、そんな今にも泣きそうな顔をしないでください。

 そう言おうとして、肩にいたサピィがリリーさんの肩に移り、その頬を撫でた。

 敵意を持つものには冷酷さすら見せる彼女がこうしているのだ。リリーさんは、本気で僕のことで悲しんでくれているのだろう。


「……ごめんなさい。少し、取り乱しちゃったわぁ。ありがとう、妖精さん」


 サピィはリリーさんの肩から飛び立ち、手を後ろ手に組んで、少し前屈みにリリーさんの顔を覗きこむ。

 こちらから顔は見えないが、多分屈託のない笑顔が、彼女の顔に咲いているのだろう。


「で、これは……」


 場が落ち着いたので、先程見事に砕け散ったレンズを指差す。

 多分予想通りの代物なのだろうが、何故砕けたのかが良く分からないのだけれど。


「ありがとう、ミューズ。……これはねぇ」


 懐から出したらしい医療道具で手早く指の応急措置を終えたミューズさんが、小さなほうきで砕けたレンズを掃除している。

 改めて一枚出してきたそれを机に置いたリリーさんは、それを指先でつつきながら、


「わかってるだろうけど……まぁ、貴方の瞳と同じものよぉ」

「やっぱり……」


 そこまで言われるということは、一瞬ではあるが、ミューズさんには僕のステータスを全て見られてしまったらしい。

 そうなると、またひとつ問題が出てくる。この場には二人ほど、僕の持つスキルのひとつを知らないままの人間がいるのだ。


「ちょっと待って。……リリー、そのレンズは、対象のステータスを覗ける簡易型の魔具だったはずよね」

「そうよぉ」

「それが、リオ君と同じって……」


 大きく反応したのはミューズさんだ。背後にいるはずのガルニアからは、物音ひとつ聞こえない。

 驚いて動けないのか、もしくは予想がついていたので驚くまでもなかったのか。

 わからないが、今はとにかく、ミューズさんの問いに答えてしまうことにしよう。ここまできたら、もはや隠す意味もない。

 ……元から隠す意味があったのかと聞かれると、別にそうでもなかったのもあるけれど。


「黙ってて、ごめんなさい。その……『閲覧者』なんだ、僕」


 呆気にとられ、僕の言葉を聞いて視線をさ迷わせる彼女。

 なんだかクリスも似たような反応していたなぁ、なんて、他人事のように考える。


「……ガルニアは、知っていたの?」

「いいや、今初めて知ったが……ここまできたら、別段驚くようなことでもあるまい。それに、死神の祝福を持つ人間には、人並み外れた能力を持つ者もいると聞く。それを踏まえれば、ある意味当然とも言えるしな」

「それは……いや、確かにそうね。今更驚くようなことでもない、か」


 既にリリーさんに知られたからか、躊躇いなく死神の祝福と口にしたガルニア。こちらもまた、クリスと同じような言葉だ。

 それにしても、僕のスキルは破格過ぎる品揃えな気もするが。


「聞いていいかしら。それは、生まれつき見えたの?」

「あぁ、いや。アルマさん……僕を助けてくれた人が言うには、一度死に目を見たから得られたものじゃないかって。『ステータス閲覧』のスキルは、そうして芽生えることがある、と」

「死に目って」

「もう過ぎたことなんで、深く受け止めなくていいですよ。っていうか、軽く流してくれるとありがたいというか」


 またリリーさんの眉尻が下がりそうだったので、少し慌てて付け加える。あまり僕のことで、心を痛めて欲しくはない。

 そんな僕の気持ちを図ってか、ミューズさんは顎に手を当てて、


「テイムスキルにサモンスキル、そして閲覧者……因みに、他にも何かあったりする?」

「幾つかあるけど、それらに直接繋がるので、『シンクロ』ってやつがある。テイムした仲間のステータスを、少しずつだけど共有出来たりするスキルが」

「…………」


 ついには黙り込んでしまうミューズさんに、何かまずいことでもあったのかと不安になりつつ、僕はリリーさんに気になっていたことを質問する。

 先程砕け散ったレンズだが、何故いきなりあのようなことになったのか。まさか使い捨てでもあるまいし、とそれを指差して聞いてみる。


「勿論、普通はあんなことになったりしないわよぉ。あれは、貴方の『ステータス閲覧』のスキルが、私の閲覧魔具の力を越えていたから起こったのぉ」

「僕のスキルが、これの力を越えて?」

「そうよぉ。多分だけど、貴方、あまり自分のことを知られたくないって思ってること、多いんじゃない?」


 それは、確かにそうかもしれない。

 何せ、こんなことにならなければ、閲覧者であることすら自分から言うことはなかっただろうと思っていたくらいだ。

 ただでさえ知られたくないものを背負わされているのに、これ以上何かを晒して気味悪がられたりしたら……そんな想いが、少なからず存在する。


「それが原因なの。閲覧者は他人のステータスを覗ける存在でありながら、自らのステータスを隠せる存在でもあるのよぉ。簡単に言うと、見たいけど見られたくないワガママちゃんが、閲覧者ってわけねぇ」

「じゃあ、さっきのは」

「閲覧魔具が貴方のプロテクトを越えたはいいけど、無理がたたって壊れちゃったってとこ」


 別に気にしなくていいわよぉ、と手をひらひらさせるリリーさん。

 それに小さく頭を下げつつも、閲覧者について新たに知ったことを整理する。

 そうすると、僕がアルマさんのステータスを見れたのも、逆にアルマさんが僕のステータスを見れていたのも、互いに見られても構わない、と思っていたからなのか。

 ならば、常日頃から警戒していれば、例え閲覧者相手であろうとある程度ステータスを隠すことも出来る、と。

 まぁ、僕の閲覧者としての力量がわからないので、どこまで有効かはわからないけれど。


「で、ミューズは何をそんなに考えているのかしらぁ」

「少し、ね」


 腕組みの体勢に変わっていたミューズさんは、閉じていた瞳を開く。

 そして、その視線を此方に向けて、またしばらく無言のままに見つめてきた。

 やはり、何か問題でもあったのかと、こちらの身体が固くなる。果たして、ミューズさんは今何を思っているのだろうか。


 暫し続いたその沈黙を破るために、ミューズさんが閉じられたその口を開き、何を言われるのかと息を呑み――


「リオ君。貴方――」

「母さん、言われてたの、買ってきた――」


 その言葉を遮るように、店の扉が開かれる。

 そこにいた、見覚えのある真っ黒なローブ姿の人間は、その濃い蒼の瞳をしばらく動かした後に。


「なんだ、店はまだやってないぞ」


 その可愛らしい声には似合わない口調のままに、何故か僕を睨み付けてきたのだった。



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