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29:右目の金色


 ――クリスが魔人を粉砕して、戦いは終わりを告げた。


 魔人の言う通りに増援は現れず、ベアクルの結界式にも敵らしき姿は見当たらない。

 クリスの相手をしていた聖騎士も逃げ、獣化していた獣人達も、例外はあれ救えるべき者は救えていた。

 取り敢えずは、当面の危機は去ったと言える。


 が、たった一人の子供だけが――意識を失ったまま、目を覚まさない。



「この目が原因なのか……? いや、目というよりも、こいつは……」


 メルニャの薬により回復したなけなしの魔力を削り、リオの身体の状態を探っていくアルマ。

 その手はリオの右目の目蓋を開いており、その向こうにある眼球は、魔人と同じように真っ黒に染まってしまっていた。

 未だそこからは黒い涙が流れ続けており、更には時間が経つにつれ、右目周辺の皮膚が黒ずんでいっているように思えた。

 心無し、呼吸も脈も弱々しくなってきているように感じたアルマは、唇を噛み締める。そして、決断した


「……クリス。あの聖騎士を呼べ」

「!!」

「言いたかねぇが、こいつは少し、手に余る」


 治癒魔術での診断を終え、リオの身体に起きている異変を確認した上で、アルマはそう白状する。

 開いていた瞼を閉じ、流れる涙を布で拭き取りながら、彼は周りに真実を伝えた。


「端的に言うと、魔人になりかけちまってる」

「なっ」

「まだまだ初期段階みたいなもんだが……このまま進行すれば、こいつの身体は魔人化したそばから崩壊していきかねない。実際、右目はもう手遅れだ」


 リオの顔から手を離し、自らの顔を片手で覆う。

 直後に、リオの顔に狐火がまとわりつき、余計な汚れを全て燃やし尽くした。


「とにかくこのままじゃあ、リオは間違いなく死ぬ」

「本当に、どうにもならないの……?」


 クリスの言葉に、アルマは答えない。


「あの魔人も、同じように真っ黒な涙を流していたが……」

「何をしたか知らねぇが、その魔人から影響を受けたんだろうよ」



 じゃなきゃ理屈が通らねぇ。

 そう続けたアルマは、眠り続けるリオの顔を細い目で見つめる。

 言葉にこそ出さないが、アルマはその原因に予想だけはつけていた。

 リオは、破格とも言えるテイムスキルを持ち合わせ、更にはそのテイムしたモンスターの力を身に受けることが出来る。


 それが、おそらく、今回は裏目に出てしまった。


 付け加えるならば、どの物事にも言えることだが、限界を越えるような無茶をしてしまえば、必ずどこかで反動や歪みが起こる。

 魔人のテイムなど聞いたこともないが、無理をしてそれを行った反動がこの結果だとしたら。


「まったく……最後まで、手のかかるガキだなぁ、おい」


 そこまで考えて、アルマは考えるのを止めた。原因がわかったところで、何かが変わるわけでもない。

 そして、まだ手を出し尽くしたわけでも、ない。


「何にしろ、早くアイツを呼んでこい。リオは死なせやしねぇ。あぁ、間違っても死なせやしねぇが……俺に、俺達に出来るのは、そこまでなんだからよ」

「――っ!」


 怒鳴りつける訳でもなく、アルマにしては珍しく諭すような口調で言われ、クリスは理解する。

 仮にアルマがリオの命を留めたとしても、自分たちに出来るのはそこまで。

 里が壊滅した今、ここにいた獣人達は新たな隠れ里を探すか、自分たちで興していかなければならない。

 そんな状況で、弱ったリオを満足に守っていけるのか? 答えは、否だ。


「……わかった」


 唇を噛み締めた彼女は、目当ての人間が待つ場所へと向かう為に、全力で地面を蹴った。



「メルニャ。悪いが、お前の腕はもう少し待っててくれや」

「構わない。痛みこそあるが、死にはしないからな。それより……」

「んだよ」

「リオのその眼球は最早出遅れだろう。どうするつもりだ?」

「んなこたぁわかってる。だから、『取り替える』」


 言いながら、リオの右目を被うように手を当てるアルマ。

 その手の内側には、小さな狐火が燃えており――


「意識ねぇのが幸いだわな」


 瞼の内側――崩壊した眼球を狐火で燃やし尽くしたアルマは、逆の手で自らの右目を被う。その手から放たれる光は、普段とは違う、少し赤みがかった光だ。

 それを見たメルニャが、アルマが何をしようとしているのかを理解する。


「私は右腕。お前は右目、か」

「しばらく不便になるな、互いによ」

「違いない……が、それは、リオもだろうな」








「ハァッ、ハァッ」

「…………」


 里を囲む森を南側に抜けると、少し離れた場所に小さな泉が存在する。

 普段は野性動物やモンスターの溜まり場となる所だが、今に限って、そこにはふたつの人影しか存在しない。

 夕焼けに照らされた泉が光を反射して、二人の顔を照らす。

 一人は、唇を固く結んだ無表情で。

 一人は、薄く土に汚れた頬の上を、絶え間無く流れる涙を拭いもせずに。


「は、くっ……うぅっ」

「…………」


 走り続けた故の息の乱れではない。

 しかし、突き付けられた現実を直視してしまったせいで、嗚咽と涙が止まってくれない。

 そんなクリスの姿を、ガルニアはただ黙って見つめていた。

 だがそんな時間も、直ぐに終わりを告げる。

 落ち着かないままに口を開いたのは、クリスだった。


「――お願い。もう、あなたしか頼れる相手が、いないっ……」


 悲観にくれた顔のままに、声を絞り出した。

 ガルニアに近付き、祈るように膝を折って、頭を下げる。


「お願い……リオを、助けて……」


 ガルニアは、閉じていた唇を開き、少しだけ息を吐いた。

 やはり、こうなってしまったかと。よく当たる自分の予想が今ばかりは嫌になるな、とも。

 元は、この話はガルニアから持ち掛けたもの。

 リオの置かれた境遇を調べあげた上で、ガルニア自身が下した判断であり、彼女達に示した選択肢だ。


「…………」


 短い感覚で肩を震わせながら項垂れているクリスの姿を、ガルニアはじっと見つめる。

 今までの戦闘で破損したのか、もしくはここにくるまでに外してしまったのか、防具を付けていない彼女は非常に薄着だった。

 露になった腕や脚の大部分には、大小様々な傷跡が多く残っている。それは彼女が今までに越えてきた戦いの数を、何よりも雄弁に教えてくれていた。

 縫ったような跡や火傷の跡。頭を下げた向こう、肩甲骨の辺りには、複雑に入り乱れたような、クッキリと残る赤いアザまである。

 普段は見えないであろう場所にあるそれを、暫し見詰めたルニアは、


「行くぞ」

「……?」


 羽織っていた上着を、無造作に頭からクリスに被せる。

 顔を上げたクリスが見たのは、森に目を向けるガルニアの姿だ。


「レイア様は……彼は、死なせる訳にはいかない」







 全力で駆ける二人は瞬く間に里に辿り着き、リオが眠る場所へと駆け付ける。

 その時にはすでに、リオの右目からは黒い涙は消えており、代わりに、アルマの顔には眼帯が掛けられていた。

 それを見たクリスは、アルマが何を行ったのか理解する。


「…………」


 見るからに満身創痍なメルニャ。眼帯を付け、どこか疲弊して見えるアルマの姿。そして、見るも無惨に荒れてしまった里を見回し、ガルニアは目を伏せる。

 アルマとメルニャは何も言わない。ガルニアを罵倒するようなことも、しない。

 しばらくして――時間的には数秒程でしかなかったが――気持ち顔を上げたガルニアに、アルマが口を開いた。


「結局、テメェの言う通りになっちまったよ」

「嫌な予感ばかり、良く当たるものだ」

「ケッ」


 アルマの言葉に返しながらも、その横を通り過ぎ、横たわるリオの身体を抱き抱える。


「魔人化しかけた上で一部崩壊現象まで起きたけどよ、もう問題はないはずだ。それでも一応、気にかけといてくれや」

「魔人化だと? わかった……大丈夫だ。仮に問題が起きても、国に戻れば手はある」

「それと……あぁ、いいや。調べりゃあわかることだ。取り合えず、目ぇ覚ましてもしばらくは安静にさせとけよ。理由は、それも調べりゃわかる」


 アルマの言葉に怪訝そうに顔を見返したガルニアだったが、直ぐに頷いて返す。今までリオを守ってくれていたのだ。きっと、マイナスになるようなことはしない。

 言った通り、国に戻ることが出来れば、リオの身体に何が起きているかは調べることが出来る。

 そう考え、ガルニアは問い詰めることはしなかった。その時間も、今は惜しい。


 頷いたガルニアを見て、アルマは大きく息を吐いてから、


「俺達は逃げる。いい加減お前らの相手すんのも面倒になってきたとこだ。追ってくんなら容赦しねぇって伝えとけ」

「……生憎私はもう国とは関係ないのでね。伝える義務もなく、伝えようにも私の言葉は通らないだろう」

「ふん……。目が覚めたら、クグリに伝言預けといた、って言ってくれ。リオならそれでわかる」


 最後にそう告げて、アルマは背を向けて走り出す。

 言葉通り、ここから逃げる準備を始めるのだろう。


「私からも頼む。この子を、どうか救ってやってくれ」


 その背を追って、メルニャも駆け出した。自らも深い傷を負っていながら、リオを案ずるその言葉に偽りは無い。

 最後に、赤く目を腫らしたクリスが、ガルニアの腕の中にいるリオの頬を撫でながら、


「ごめんね、ちゃんと、守ってあげられなかったね……」

「…………」

「こんなこと、言えた義理じゃないけど。どうか、リオを」


 深々と、頭を下げる

 その姿を見て、ガルニアはひとつ、己の中にある考えを完全に改めた。

 ここまで、一人の子供の為に心を砕ける彼女達が、国の言う絶対悪であるはずがない。

 少なくとも、ここにいた獣人達は、悪人ではなかったのだから。


「いつか」

「?」

「今すぐは無理だとしても。……約束しよう。また、君の前に、リオ様をお連れする」

「……!」

「――だから今は早く逃げろ。遅くても夜が明ければ、確認の為に国が兵を出す。それまでに、此処を出たほうが良い」

「っ……ありがと、ありがとう! リオを、お願い!」


 ガルニアの言葉に、満面とは言わないまでも、希望を見出だしたように笑顔を見せて、クリスもまた走り去っていく。

 あれだけ人間らしさに溢れた彼女が、狂犬やら殺戮兵器やらと呼ばれていたのかと、ガルニアは小さく息を吐いた。


「さて……後は君達か」


 そして、最後に残った面々を見やり、どうしたものかと考える。

 その面々とは、リオのテイムしていたモンスター達だ。

 リオのテイムスキルを知らないガルニアからしてみれば、妙に大人しく、それでいてリオを気遣うモンスターの存在は奇妙でしかなかったが。


「……来るのか?」


 流石にそのまま連れていくには無理があるが、ガルニアはあまり深くは考えずに決断を下す。


「まあ、良いか」


 あまり時間を無駄には出来ない。

 ガルニアは直ぐに、自身の出せる最高速で国へと駆け出した。







 ――うっすらと、世界が開けた。


 意識が覚醒しきらないままに、何度か瞬きを繰り返し、特に何も考えずに身体を起こした。

 妙に身体が重たい。この感覚には覚えがある。

 拾われて意識を取り戻したあの時と、同じような気だるさが身体全体に回っていた。


「…………」


 働かない頭のまま、項垂れていた頭を上げる。そこは、見知らぬ部屋だった。


 ――ここは、何処なのだろう。


 住み慣れたクリスの家でないことだけは、確かだ。

 大きな窓から射す太陽の光。

 どこか、懐かしさを覚える、けれど記憶のそれよりかはいくらか劣る、豪華な部屋の内装。

 ギシリ、と。僕が眠っていたらしい立派なベッドのスプリングが鳴る。

 しばらく、ぼぉっとしたままに、窓から空を眺め――


 唐突に、寸前の記憶が、頭の中で弾けた。


「――魔人は、皆は!?」

「心配いりません」

「っ! ガ、ガルニア!?」


 記憶が甦り声を上げた僕は、すぐ横から聞こえてきた声に身体を跳ねさせた。先程よりも大きく、ベッドが音を鳴らす。  声の人物――ガルニアは、そんな僕を見ても冷静なままに、膝の上に置いていた本を閉じた。どうやら、椅子に座って読書にふけっていたらしい。

 どうしてガルニアがここにいるのか。その前に、ここはいったいどこで、僕は何でここに寝ていたのか。


 疑問は多々あるが、何よりも先に知りたいのは――


「色々と聞きたいことはあるでしょうが、先ずは」

「は……」

「まだ動くには早い。横になって、落ち着いて下さい」


 くらりと目の前が回り、倒れそうになる瞬間に、ガルニアの手が僕を支え、ゆっくりと頭を枕に乗せた。

 吐き気と目眩に襲われながら、予想外の不調に、文字どおり目を回す。


「今、貴方の身体は非常に不安定な状態。命がどうなることはありませんが、どうかご自愛を」

「それ、より……!」


 具合が猛烈に悪いのは理解した。

 けれど、結果を聞かずには落ち着けるわけがない。

 クリスは、里の皆は、あの戦いの結末は、一体どうなってしまったのか。

 僕の足掻きは、果たして――

 そんな、僕の気持ちが外見に現れていたのか。ガルニアは仕方なし、と言った具合に息をく。


「詳しくは落ち着いてから話しますが……。結果だけ言えば、私の知るかぎり、あの場所にいた獣人は全員生きているはずですよ。だから、お願いだから落ち着いて」


 最低限聞きたかったことが聞けて、起き上がろうと躍起になっていた身体から力が抜ける。

 取り合えずは、クリス達は無事だということがわかった。それだけでも充分だ。


「落ち着きましたか?」

「……少し」


 落ち着いたら落ち着いたで、体調の悪さが際立って辛くなる。

 それでも、しばらく目をつぶって耐えていると、最初のように多少気だるいだけに治まった。

 もう大丈夫だとガルニアにアピールしてから、知りたいことをひとつずつ聞いてみることにする。


「ここは、どこ?」

「王都にある私の実家になります。私の家は、聖騎士の名と共に剥奪されてしまいましたので」

「え、えぇ?」

「そこは後で良いでしょう。他には?」


 なんだかとんでもないことをサラリと言っているが、本人がそう言うので、次の質問をする。


「えっと……なんで、僕がその、ガルニアの家に?」

「少し長くなりますが、宜しいですか?」


 こくりと頷く。

 そんな僕にガルニアも頷くと、静かに、あの後に何があったのかを教えてくれた。


「まず、レイ……失礼。リオ様がここにいる理由ですが、端的に言うと治療の為です」

「治療?」

「はい。私が貴方を預かった時、貴方は意識不明の状態にありました」


 意識不明……。

 そこの記憶はある。たしか、あの魔人をどうにかして止めようとして、決死の思いでテイムを試みたんだ。

 そこから先の記憶は――どうにも、頭が痛い。思い出すのは、止めておいたほうが良いかもしれない。少なくとも、今は。


「直接の原因は私は知りません。アルマ、と言いましたか。彼が出来る限りの治療はしたようで、私にはただ眠っているようにしか見えませんでした」


 ですが、と、やけに強い口調で、これは前置きだと言わんばかりに間を置くガルニア。

 どうやら、僕が思うよりかは、僕の身体は大変なことになっていたのかもしれない。

 というか、事実そうだった。続けたガルニアの言葉は、確かに僕の予想を超えてきたのだから。


「一体何をどうしたのかは知りません。が、貴方の身体は一部が完全に崩壊した上で、魔人化を起こしている、と彼は教えてくれました」

「……僕が、魔人化しかけて?」

「もちろん、今は何の問題もありません。そもそも魔人化とは、過剰な魔素が身体を侵食して作り替えていってしまうもの。何故に、貴方が魔人化しかけていたのかはわかりませんが」


 思わず自分の両手を見つめてしまう僕に、過ぎたことだからか淡々と語るガルニア。

 しかし、やたらと先程から語気が強い辺り、何か不満があるのは明確だった。



「此処に来るまでに、貴方の魔人化はほぼ止まっていました。念のために処置こそしましたが、その必要もおそらくは必要なかったでしょう」


 そこで立ち上がったガルニアは、部屋の壁にあった棚から小さな鏡を取り上げ、それを僕に向けてくる。

 そこに映るのは、当然ながら自分の顔――なのだが。


「目の色が、違う?」


 そう。右目の色が、違う。

 僕の本来の瞳の色は、青だ。しかし、右目のそれは、どこか見慣れた金色。

 よくよく見れば、色だけではなく、瞳孔の形も微妙に違う。これは、もしかして――


「アルマ、さん?」


 半ば呆然とした状態で口に出たのは、僕を救い、鍛え上げてくれた人の名前だった。

 震える手で右目を開き、その眼球をまじまじと見つめる。見れば見るほどに、それは彼の、アルマさんのそれにしか思えない。


「治療の現場を見ていた訳ではないので、私からは確実なことは言えません。ですが、彼の右目には眼帯が付けられていた。私の見る限りでは、その右目は確認出来ませんでした」

「……なら」

「貴方の右目が崩壊していたのなら……そして、その右目が彼の、獣人のものだとすれば、辻褄は合います」


 鏡を僕に手渡したガルニアは、淡々と語る。

 ただでさえ動転していた僕に、更なる事実を伝えるために。


「結論から言います。貴方の身体は、魔人化を免れた代わりに、獣人のそれへと変質しています」

「!?」

「身体の不調はその為です。今も少しずつ、貴方の身体は獣人のものへと作り替えられている状況。とは言っても、見た目に変化は出ない程度のものですが……」


 伝えられた事実に、驚きを隠せずに、けれど瞬きを繰り返すことしか出来ない。

 僕の身体が、獣人のものへと作り替えられている?

 そんなことが、本当に有り得るのか? 有り得たとして、アルマさんは何故、そんなことを……?

 そこまで考えて、直ぐに答えに辿り着く。


「そ……っか。魔人化を、止める為に……」

「おそらくは。私の知っている方法では、魔人化を止められても、既に魔人と化した部分までは治せません。ですが、貴方の身体はどの箇所も魔人化していない。上書き……が正しい表現かどうかは、わかりませんが」


 上書き、か。多分、それで合っているんじゃないだろうか。

 魔人化していく細胞を、獣人の細胞で駆逐して、上書きしてしまう。その起点が、きっと、この右目。

 崩壊、もしくは、完全に魔人化してしまった右目を回復させ、尚且つ広がる魔人化を抑える。

 ふたつの問題を同時に解決するために、アルマさんは自分の右目を僕に譲ってくれたのだ。


「これは」

「?」

「この……獣人化? は、前例みたいなものは」

「ありません。故に、何が起こるのか、予想も付きません」

「それは、多分大丈夫だと思うけど」

「彼も、そう言っていました。……そういえば、伝言を別に残すと言っていましたが……クグリに、預けておく、と」

「クグリ? あっ、そういえば!」


 失念していた。そういえば、サピィやナイト。それにクグリやクリスタルスライムはどうしているのか。

 咄嗟にサモンスキルもどきであの謎空間を開く。が、最後までそこにいたはずのナイトの姿がそこにない。ただでさえ薄い血の気が、更に引いた。


「……あのモンスター達なら、庭で大人しくしていますよ。呼んできますか?」

「えっ? あ、お、お願い!」


 突然目の前で謎空間を開き始めた僕に、困惑しながらもガルニアが教えてくれる。

 申し出にありがたく乗っかったものの、ガルニアが部屋から出ていた辺りで、自分の迂闊さに呆れてしまった。

 モンスター達を招き入れている時点で、テイムスキルは説明しなければいけないだろう。だが、サモンスキルはまた別だ。

 祝福を含め、僕のスキルはあまりに目立つ。出来るなら、あまり迂闊に晒すようなことはしないべきだ。


「……もう遅い気もするけど」


 せめて、閲覧者であることくらいは隠しておこう。助けてくれたらしいガルニアだが、まだ完全に信頼するには色々と足りない。

 そう心に決めて、ガルニアが戻ってくるのを静かに待った。





「皆、無事で良かったよ」


 数分後、ぞろぞろとモンスターを引き連れて戻ってきたガルニアに礼を言い、全員の無事を確認する。

 途中甲高い悲鳴が響いてきたが、きっと運悪くこの行列に遭遇してしまったお手伝いさんか誰かのものだろう。申し訳ない。どうしようもないけど。


「……少し、お聞きしても?」

「あぁ、うん。大体聞きたいことはわかるけど」


 僕を見るや否や飛び付いてきたサピィや、前足をベッドに乗り上げて顔を舐めてくるナイトと戯れながらもそう返す。

 クグリは大人しく座っており、クリスタルスライムはもぞもぞと部屋の中を巡回していた。液体っぽいが、絨毯は濡れていないので汚れたりはしないようだ。


「彼等は、リオ様の言うことを?」

「うん。彼女達、だけどね」


 スライムはどうか知らないが。


「テイムスキル……しかし、アルメリア家は……それに、四体同時行使するなんて……」


 小声で何やらブツブツ呟いているガルニアを横目に、僕はクグリを呼び寄せる。予想出来ていた反応だし、口を出して混乱させることもない。

 近寄ってきたクグリは、僕が命じるより早く、その豊かな尾を此方に寄せた。


「ここに?」


 そう聞くと、早くしろ、と言わんばかりに尾の先で顔を叩かれたので、遠慮なくまさぐらせてもらう。

 手が深く沈む。モフモフなその感触を楽しみながら、目当てのものはどこだろうかと探していると――尾の半ば辺りで、何かが手に当たった。


「手紙か」


 小さく折り畳まれた紙。それを手に取ると、クグリは直ぐに尾を振ってもといた場所に戻っていく。

 緑の精霊がくっついていったような気がするけれど……まぁ、良い。

 紙を開き、そこにあった文字に目を通す。短く、書きなぐったかのような、あまり綺麗とは言えない文字だ。


『こっちは心配すんな。皆生きてる。強く生きろ』


 伝言にしては短く、端的な内容。

 それでも、僕にはそれだけで充分。緩む口元を手で揉んで、


「クグリ」


 その小さな紙切れを、クグリに向けて放り投げた。

 僕の意図を読んでくれた彼女は、宙に浮いたそれを、青い炎で燃やし尽くしてくれる。

 互いに無事なら、それで良い。いつかまた会える日まで、言われた通りに強く生きていこう。

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