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24:それぞれの戦局

「流石に、キリがないな」


 カマキリのようなモンスターを仕留め、周囲の警戒を続けながら呟いた。

 戦いはじめてから一時間程は経っただろうか。モンスターの進行は一向に収まらず、辺りには多種多様なモンスターの死体が山のように積み重なっている。暫く上がっていなかったレベルがいくつか上がっているのが、倒した量を物語っていた。

 クグリの狐火で死体ごと焼き払っていかなければ、足の踏み場も無くなりそうな勢いだ。

 幸い、数がとんでもないだけでレベルは然程高くないモンスターばかりだが、かといって余裕な訳では決してない。

 サピィやクグリの魔力とて無限ではなく、ナイトの体力もまた同じ。何より、僕の集中力がどこまで続くかわからない。


「リオ、大丈夫?」

「今のところは」


 一体どれだけのモンスターを叩き潰してきたのか、返り血やらなにやらで身体を染めるベアクルさんにそう返す。

 彼女はまだまだ余裕そうだ。魔力の消費を抑えるために極力物理で戦っている彼女だが、有象無象相手ならそれで充分らしい。


「皆は、大丈夫かな」

「大丈夫よ。反応もあるし……随分派手に暴れてるみたいだしね」


 少しだけ目を細めたベアクルさんが、苦笑しながらそう告げる。

 一体誰がそんなに暴れているのかはわからないが、とりあえず心配はいらなそうだ。

 多分、向こうからすれば無用の心配で、自分の心配をするのが先なのだろうけれど。


「さぁ、次の団体様がきたわよ」


 その言葉に、息を吸って気合いを入れ直す。お次は巨大な蜘蛛に、殺人バチの集団だ。

 悪趣味なモンスターばかり選びやがって、と悪態をつきたくなるのを我慢して、サピィとクグリに指示を飛ばした。




 里にモンスターが押し寄せた時間よりも少し前。

 三つに分かれて同時進行を始めた王国軍の中でも、二番目に頭数が多いグループが、森を切り開いて進んでいた。数だけでいうならば、一番多いのはモンスターだけで構成された集団なので、実質の最大集団はこのグループだと言える。

 王国軍に傭兵や冒険者を加えた集団は、一直線に里へと向かっていたのだが――


「さぁて、俺の相手はてめぇらか」


 数多の兵の進行を止めたのは、たった一人の狐の獣人の声だった。

 森の中でも開けた場所。そこに、アルマは身を隠すことをせずに仁王立ちしている。

 兵の先頭を歩いていた一人は、動揺も無く徐にその長い剣を抜いた。その姿を見て、こちらは少なからず動揺していた背後に続く兵達もまた、自分の獲物を構える。


 それを見たアルマは、口角を吊り上げる。


「先に言っとくぜ。今回はハナから本気だ。この先に進むっつうんなら、容赦なくぶっ殺す。それでも良いってやつから」


 ――かかってこい。


 そう続くかと思われた言葉は、唐突に途切れてしまう。

 それに反応出来なかったのは、アルマ本人だけでなく、数多の兵達もまた、同じだった。


「――――」


 何の前触れもなかった。そうとしか言えない程に、その光景は突然だった。

 胸に突き刺さった、刃渡りの長い剣。遅れて口から放たれたのは、言葉の続きではなく、意思とは関係無く込み上げてくる血液だ。

 眼球をぐるりと回したアルマは、突き刺さった衝撃のまま後ろへと倒れこむ。


「進むぞ」


 剣を放った格好のままだった、先頭にいた兵。腕を下ろしてから放たれた声で、ようやく周りの兵達も現状に追い付いた。

 倒れたアルマに近寄り、胸から剣を引き抜く。目を剥いたまま動かない。誰がどうみても、即死だった。

 他愛ない。そう呟かれた声に、他の兵達の気を僅かに緩ませる。

 今しがた呆気なく死んだのは、要注意と言われていた獣人の一人で間違いない。それが、こうも簡単に目の前で落ちた。

 その事実が、兵達の心に刻まれる。


 ――思ったよりも、簡単に勝てるかもしれない。


 そう思った兵達は、しかし揺るぎない足取りで死体の横を過ぎていく。油断と言える程の緩みはない。楽観視している人間などただの一人も存在しない。

 その認識は正しかった。これからの戦いに、確固たる覚悟を持って臨む。

 それはこの集団の共通した意識であった。


 ――が。



「…………」



 今しがた死んだはずの死体が、牙を剥いて声無く笑っているのを、気付くものは誰もいない。

 先頭を歩く、ただ一人だけを除いて。


 ポツポツと、アルマの両脇に小さな火種が生まれる。それは徐々に大きく、また同時に数を増やしていき


「……クカカッ」


 彼が声を出して笑った瞬間、集団の前後左右、その全てを隙間なく塞ぐように、青白い炎が燃え盛っていた。









「またあなたですかー」

「やぁ。どうやら君とは縁があるみたいだね」

「害虫との縁なんていりませーん。とっととどけて貰いたいんですがねー」

「悪いが、それは出来かねる」

「もう! 聞き分けのない子は嫌われますよー! ぷんすかしちゃいます!」


 頬を膨らませる小さな魔術師と、長身細躯の獣人。

 間延びした喋りとは裏腹に危険な魔力をたぎらせる魔術師――ターニャだが、刃物を思わせる気配を放つ獣人――メルニャはどこ吹く風と構えている。

 メルニャは辺りを軽く見渡すと、


「君一人か」

「私が戦うなら、その他の有象無象なんて邪魔なだけなんですーだ。えいっ」

「ふむ」


 軽いやり取り。ターニャは軽く右手を振り払い、メルニャは軽く地面を蹴る。当人達が取った行動はそれだけだ。

 しかし、周りの被害は甚大だった。

 木々を揺らす暴力的な突風は、蹴りあげられた地面を巻き込んで局地的な自然災害レベルの破壊を生み出す。

 やがてそれが収まると、互いに背を向けたままの二人は互いに愚痴をこぼし合う。


「相変わらず、厄介な速さですー」

「厄介なのはお互い様だと言っておこう」


 そしてまた次の瞬間には、同じような光景が生まれる。

 唯一の一対一。しかし、周りに与える被害は他とは比べ物にならない戦いが、幕を開ける。





「ここまでとは思わなかった……。正直、この道を選んだことを後悔しているよ」

「後悔するくらいなら引けば良いじゃないか。逃げる奴を追うほど暇じゃないしね」

「残念だが、それは出来かねる。君をここに縛り付けるだけでも意味あることなのでね」


 死屍累々。地獄絵図。阿鼻叫喚。そのどれもに当てはめられる惨状の中で、無傷でいるのはたった二人だけ。

 巨大な剣を肩に担いだ狼の獣人と、眩しい光を放つ純白の鎧を身に付けた男。


「アタシをここに縛り付ける意味なんてないと思うけどね。何も里で戦えるのはアタシだけじゃあないんだから」

「そうでもない。理由は語らないが、少なくとも、君は私がいる限りここから逃がさないので、そのつもりでいるが良い」

「抜かせ」


 担がれていた大剣が、枝でも振るうかのような軽さで振り下ろされる。

 白い兜に直撃したそれは、火花を散らして辺りに轟音を響かせ、男の足を地面にめり込ませていた。


が。


「何度受けても恐ろしい威力だ。人間が紙くずみたいに千切れるのも納得できるよ」

「……」


 一撃で死に至るはずのそれを食らったはずなのに、埋まった足を引き抜きながら平然と喋る男。

 直後に真横から放たれた斬撃も、その身体を横に弾いただけで終わる。

 『破壊者』の祝福を持つ彼女にとって、ただの頑強な鎧など破壊可能な鉄屑に過ぎない。それがいくら丈夫であろうと、どこをどう突けば壊せるか、彼女にはそれが手に取るようにわかる。

 実のところ、普段のクリスはその祝福を破壊する為には使用していない。そこらに転がる真っ二つにされた死体などは、単純にその人外の力で叩き切っただけだ。

 かといって祝福を丸っきり使っていないかと言われるとそうではなく、しかしそれは破壊とは逆に、自らの大剣を守る為に活用されている。

 どこをどう使えば壊れるか、それがわかるからこそ、彼女はナマクラなら一撃でオシャカにしてしまうような斬撃を放ってなお、同じ武器を壊さずに使い続けられるのだ。


「流石に痛い……が、この鎧は簡単には砕けない」

「鎧じゃあないだろう? 騙そうったってそうはいかないよ」


 首の骨を鳴らすような仕草をする男に、クリスが鼻を鳴らす。

 鎧は確かに破壊出来る。が、そこを突こうとしても、鎧に当たる前に何かに弾かれてしまう。それを確認したクリスが、再度大剣を男に振るう。

 が、男はそれをまたしても防ぎきると、


「騙そうとしたつもりはないが……まぁ、自分から種を明かす程愚かでもない。それがわかるまで、私に付き合ってもらうよ」


 そこでようやく、男は剣を抜いた。白銀の意匠が施された、細身の片手剣だ。

 それを軽く、本当に軽くクリスに向けて振るうと同時に、彼は兜の中で呟いた。


「――『断罪する』」

「!!」


 瞬間、弾かれるようにクリスは後退した。

 直後に、先程までクリスがいた地面が、激しい衝撃と共に抉られる。

 魔術か、それとも聖騎士のもつ権能か。呟かれた言葉から後者の可能性が高いかと判断しながら、もう一歩下がる。と、そこで何かが背中に当たった。


「言っただろう。付き合ってもらうよ、と」


 ――背後には何も無い。


 だが、それ以上後ろには下がれない。目には見えない、しかし確かな壁の存在が、クリスの道を塞いでいた。


「…………」


 彼女の瞳が、細くなる。

 得体の知れない並外れた防御力。正体不明の、無視するには明らかに威力の大きな攻撃。

 後ろだけではなく、恐らくは四方すべてを見えない壁に囲まれている。

 この状況下、彼女がすべきことはひとつしかない。


「いいじゃないか。付き合ってやろう。……ただ、アタシのダンスは激しいよ。ついてこれるかい?」

「願ってもないことだ。体力には自信があるのでね、満足頂けるはずだ」


 上等だ。

 口の中で呟いたその声を噛み砕くように歯を食い縛ったクリスは、今日初めて大剣を両手で握る。

 それを下段に構え、体勢を低く男を見据えた彼女は、見えない壁を垂直に蹴って、猛然と男に襲い掛かった。

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