22:もう直ぐそこに
首元まで迫っていた剣が、二倍近い厚みと幅を持つ大剣に阻まれる。
反応が今更ながらに追い付いてきて、容易く僕の首を跳ねていたであろう剣を間近で見ることにより、血の気が引くのが自分でも理解出来た。
「クリスか」
クリスによって止められた剣を戻し、流れるように鞘にそれを収める男――フォッグ、さん。
その様子には何ら変化が無い。僕を殺そうとしたことにも、それを止められたことにも、特に何も感じてはいなさそうだった。
「そんなに怖い顔しないでくれ。そいつのことか、君が拾ってきた人間ってのは」
「そうだよ。言っとくけど、リオに傷ひとつでもつけてたら――」
「はいはい、と。クグリ、もう良いぞ。アル兄も止めてくれ、クグリが怖がってる」
「こいつが何もしなけりゃあ、俺だって何もしやしねぇがな。生意気にもガンつけてきやがるからよ」
その傍らで、狐のモンスターと相対していたらしいアルマさんが、くだらなさそうに舌を打つ。
クグリと呼ばれた狐は、どこか少し怯えた様子で、フォッグさんの後ろへと隠れてしまった。
そこでようやく、クリスも大剣を背負い直し、放っていた物々しい気配を収める。ちらりと此方を一瞥し、怪我が無いことを確認すると、心底安心したように息を吐いて、僕の身体を抱き寄せてきた。
ひとまず危機は去ったとはいえ、警戒を露に彼に視線を向ける。すると、フォッグさんはしゃがみこんでこちらに視線を合わせ、
「物騒な真似して悪かったな。俺はフォッグ。フォッグ・ドルガンだ。色々無礼だとは思うだろうが、無礼ついでにひとつ聞かせてもらおうかね」
「…………?」
探るような視線に、思わずこちらも目を細める。警戒心は最大だ。
それを知ってか知らずか、フォッグさんは一言。
「お前、何で俺が獣人だとわかった?」
彼の言葉に、内心で首を傾げる。
……何でも何も、その頭についてるのを見れば、一目瞭然ではなかろうか。
何を言えば良いか迷っていると、僕の視線に気付いたのか、彼は怪訝そうな顔をしてその耳を抑えた。そして、片耳を抑えたままに、視線を上げて、
「今、見えてたりするか?」
「……? 見えてるわけ無いじゃん」
上から降ってくる言葉と共に、クリスによって身体が後ろに下げられる。どうやら、フォッグさんの近くに僕を置いていたくないらしい。
立ち上がったフォッグさんは、納得がいかないと言わんばかりに腕を組んで首を傾げた。いや、そんな睨まれても……。
「ほぅ」
そんな中、アルマさんだけは僕を見て少しだけ驚いたような反応を見せる。
そしてニヤリと何か意味深に笑みを浮かべた後に、フォッグさんの肩を叩いて、
「まぁ、こんな場所じゃあなんだ。里に戻ろうや」
「……そうだな。皆に顔も見せておかなきゃあ」
アルマさんの言葉に、どこか間延びした声で答えるフォッグさん。見開かれていた目も細い物へと戻り、どこか飄々とした雰囲気へと変わる。
僕を切り殺そうとした時とはまるで違う雰囲気だ。そんなことを考えながら、僕は彼の姿を注視する。
名称 フォッグ・ドルガン
レベル35
祝福『詐称』
スキル 『認識阻害』『狐火』『身体強化術』
状態 認識阻害
腕力B 体力C+ 俊敏D- 魔術C 精神D-
――閲覧能力により、認識阻害を相殺しています――
「リオ? どうかした?」
「ううん。なんでも」
クリスに言葉を返しつつ、そのステータスを眺める。
レベルも能力値も高く、パッとみ弱点らしい場所が見当たらない。祝福の字面が字面なので、僕のようなマイナスの祝福かとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
スキルにある認識阻害もそうだが、きっと彼はものを偽るのに長けているのだろう。人間に混じって傭兵をやっていれるわけだ。
「さ、私達もいこ?」
「うん」
里に向かって歩いていく二人の狐の獣人の姿。歩き出したクリスの横に並びながら、その背中を眺める。
そこでふと、彼女が妙に不満げなオーラを放っていたのに気が付いた。その視線の向かう先にあるもので、何が気に入らないのかは一目瞭然だ。
「クリス。僕なら大丈夫だから」
「大丈夫じゃない。間に合ったから良かっただけであって、アイツがリオに剣を向けたことには変わりない」
唇を尖らせながら、手を握り返してくるクリスに苦笑する。
確かに、現時点ではマイナスの印象が強いフォッグさんだが、あれもまた人間に対する獣人の正しい反応でもあるのだろう。
殺されかけたことは事実だし、それを全く気にしていない訳ではないが、そこはクリスが僕の分まで怒ってくれているし、深くは気にしないことにする。
「後で痛い目みせてやる……」
……目をギラギラさせながら呟くクリスを見ると、僕が怒る必要も無さそうだし。
「あら、フォッグ。久しぶりじゃない?」
「あぁ、ベアクル。元気そうで何よりだ。メルニャも相変わらず……また細くなったか?」
「会うたびに言うお前のその言葉が本当なら、僕はもう針みたいな身体になっていそうなものだが」
里に戻ってきて、例の如くベアクルさんの家に集まる。
腕を打ち合わせるフォッグさんとメルニャさんは、互いに柔らかな微笑みを浮かべていた。
「…………」
和気あいあいと話す姿を見て、戸惑いこそしなかったが意外に思う。
やはりと言うかなんと言うか、彼は人間が嫌いでああなるだけで、こちらが彼の普段の顔なのだろうな、とぼんやり考えてみる。
今のフォッグさんからは、最初のような不気味さや不信感は感じない。むしろ、クリスやアルマさんのような暖かみすら感じられるくらいだ。
勿論それは、獣人にだけ向けられるものなのだろうが。
「ちょくちょく襲撃があったはずだが、誰も欠けてないみたいで良かった」
「私がそんなの許すわけないじゃない」
「お前の強さは身に染みてわかってるけどな。この間の襲撃には聖騎士と宮廷魔術師が混じっていただろう? それが少し不安でな」
鼻を鳴らすクリスに、顎を掻きながら返すフォッグさん。流石に向こうで活動しているだけあって、色々と情報は持っているらしい。
その言葉に反応したのは、直接相対したらしいアルマさんとメルニャさんだ。
「聖騎士とやり合ったのは俺だが……あのレベルが出張ってくるとちと辛いものがあるな」
「同感だ。僕が会ったのは魔術師の方だったが、身を守るのが精一杯だった」
聖騎士の方はガルニアだと知っているし、少しだがアルマさんとの戦闘を目の当たりにしたので何となくはわかる。
だが、魔術師の方は全く情報が無いので、どんなふうに危険なのかがわからない。取り敢えず、メルニャさんが防戦一方だった時点で並じゃないのは理解出来るのだが。
因みに、メルニャさんは仕事中は私、普段だと僕、に一人称が変わる。もしかしたら戦闘中は俺にまで変わるかもしれない。だからなんだと言う話だが。
「まぁ、なんだかんだいって誰も欠けちゃいねぇから問題はねぇさ。あれから鍛え直してもいるし、遅れを取るつもりはねぇよ」
アルマさんの言葉に、メルニャさんにベアクルさんまでもが頷いていた。
そういえば、しばらく皆のステータスを見ていなかった。いちいち確認するようなものでもないので、気にもしていなかったのだけれど……後でちょっと確認してみようかな。
「で、本題に入る前にだ」
そんなことを考えていると、不意にフォッグさんの視線がこちらに向いた。座っていた僕の足元、爪先に顎を乗っけていたナイトが瞬時に立ち上がり、牙を剥いて唸りはじめる。どうどう。
ナイトの背を撫でて座らせると、フォッグさんはまた先程のように怪訝そうな顔付きになった。
「色々と聞きたいことはあるんだが……まず、お前は何者だ? ただの人間の子供じゃないだろう」
「リオはリオだよ。何よ、難癖つけたりしないでよね」
「お前は黙ってろ。話がこじれる」
フォッグさんの言葉に、クリスの頬がひくついた。あぁ、流石にこっちは背中撫でたくらいじゃ抑えられない。
取り敢えず、本当にこじれる前に話を進めた方が良いだろう。
「えっと……。まぁ、僕は見ての通り人間です」
「それはわかる。俺は何者かを聞いているんだ」
ですよね。
しかし、何者かと聞かれても……。
「二年前に捨てられて、クリスに死にかけのところを拾われました。特別なことは、何も」
「……二年前?」
僕の言葉に、細い目のまま眉を潜めるフォッグさん。
しばらくそのまま黙っていた彼だったが、不意にその目が開かれる。そしてその瞳がしっかりと僕を捉え、
「お前、まさか『死神の祝福』を受けた忌み」
ズガァン!! と。
何の前触れもなく、ソファの前にあったテーブルが粉々になる。
まるで爆発じみた破壊。それを成したのは、今正にフォッグさんの胸ぐらを掴んでいるクリスだ。
どうやったかはわからない。が、やるとしたら、やれるとしたら、きっとクリスしかいない。
こちらから顔は見えないが、その背中から伝わる怒気だけでも、その並々ならない気迫は伝わってきた。
「撤回しなさい」
「……悪い。言葉が過ぎた」
誰も動かない中――アルマさんだけは、狐火でテーブルの残骸を燃やしてはいたが――クリスの重たい言葉が響く。
フォッグさんが返事を返すと、クリスはゆっくりと彼を解放する。そこでようやく、クリスが何に怒っているのかを理解した僕は、クリスの服を掴んで後ろに引っ張った。
「ありがとう。でも、やりすぎ」
「…………」
僕の顔を見て、少し不満そうな顔をしたクリスだったが、特に抵抗せずに引かれるままにソファに座ってくれる。
彼女もまた死神の祝福を受けた存在だ。だから尚更、それを悪戯に貶めるような言葉には敏感なのかもしれなかった。
「フォッグさんは、何か僕の事を知っているんですか?」
重たい空気が漂い始めた中、あえて僕から気になったことを聞いてみる。
真正面からクリスに怒気をぶつけられたにも関わらず、さほど動揺した様子は無いフォッグさんが、あぁ、と軽く顎を引いた。
「軽く噂だけだがな。貴族から死神の祝福を受けた子供がいるってだけの話だったが、直ぐにそれ関連の情報が絶たれたから、逆に怪しく思ったのを覚えてる。特に調べもしなかったから、家の名やその子供のその後なんかは知らなかったが……」
「まぁ、その子供が、僕なんでしょうね」
情報を遮断した、か。通りでガルニアが事情を知らずに僕を連れ戻そうとするわけだ。
まぁ、僕が生きている時点で、情報の遮断は失敗しているようなものだが。今更どうでもよくなっているし、妹もいるのであの家に復讐するつもりもないけれど。ただ、いつかはちょっとした憂さ晴らしはするつもりだが。
「でも、今はもうあの家も国も関係ありません。僕は、この里に住むただの子供ですよ」
「……まぁ、そこらは理解した。だが、ただの子供はモンスターを引き連れたりしない」
「あぁ、それは……」
座ったまま警戒を続けるナイトと、何に反応したかポケットから飛び出して定位置の頭に陣取ったサピィ。
その姿を軽く一瞥して、再度フォッグさんが先ほどと同じ問いを口にしようとして。
「七歳にそんなつっかかんじゃねぇよ。大人げねぇぞ」
「アル兄、俺は……」
「こいつは俺と同じ閲覧者。更にはテイマーでもある。お前の認識阻害を無意識に突破してるみたいだから、少なくとも俺よりも上位にいるみたいだな。どうだ、これでいいか?」
「…………は?」
さてどう答えたものか、と考えていたところで、テーブルを処理し終えたらしいアルマさんが、さらりと僕の能力を暴露してしまう。
いいのかそれで、とも思ったが、隠す理由も意味も無ければ、隠したまま説明しきれることでも無かったので、まぁいいかと軽く受け止めておいた。
アルマさんの言葉に一瞬呆けたような顔をして、ちらりと僕を見て一度頭を振るフォッグさん。そして、馬鹿なことを言うな、と言わんばかりにアルマさんを睨み付けた。
が、それもどこ吹く風と言わんばかりに、いつの間にかくわえていたパイプから煙を燻らせているアルマさん。一言だけ、嘘じゃねぇよと言ったきり何も言わなくなる。
「信じられないのも無理ないけど、本当よ。テイマーなのは見ればわかるだろうし、閲覧者なのはアンタが獣人なのを見破ったのが証拠になるんじゃない? 確か、認識阻害の天敵だったよね、閲覧者の力って」
尚も疑わしそうなフォッグさんに、クリスが息を吐きながら言った。それに、と。彼女はこちらをちらりと見ると、少しだけ躊躇うように一度だけ口を閉じてから、
「私達みたいな存在はね、多かれ少なかれ特別な力を持ってるものなの。そういうものだし、そうじゃなきゃ生きていけない」
「……つまり、それだけそいつの祝福は」
「私からは何も言わない」
「……」
……またしても重たい空気が流れ始める。
取り敢えず信じてくれたのか、僕に対しての疑わしそうな視線は無くなった。救いなのは、それがこちらを哀れむようなものに変わらなかったことか。
代わりに、また少しクリスの機嫌が悪くなったことが少し気がかりではあるが。あまり僕の祝福に触れたがらない彼女には、今の話題は決して楽しいものではないだろう。元々、明るい話題ですらないわけだが。
「はいはい。そろそろいいでしょう? 本題に入りましょうよ」
「あ、ごめんなさいベア、テーブル……」
「いいわよ、これくらい」
と、そこでどこからか新しいテーブルを持ってきたベアクルさんが、元通りの位置にそれを置いてアルマさんの隣に座る。
いないと思ったら、替えのテーブルを探していたらしい。特に気にした様子もない辺り、これくらいは慣れたものみたいだ。昔のクリスは今より『破壊者』の制御が甘かったらしいし、ちょっとしたことで暴発したこともあったのかもしれない。
今回のこれは、ある意味では狙ってやったようなものなのだろうけども。
「新しい情報があるんでしょう? それも、結構大事な」
「……あぁ。先に言っておくが、楽しい情報では決してない」
「ハナから期待してねぇから安心しろ。なんだ、襲撃が早まったか? それとも規格外の戦力でも加わったか?」
「察しがいいな。その両方だ」
一瞬、煙が途切れた。
目を見開いたアルマさんは、パイプから口を離して、残った煙を一息に吐き出してから、
「……本当か?」
「わざわざ帰ってきてまで嘘はつかない。更に言えば、不確定な情報も流したりはしない」
淡々と告げるフォッグさんに対して、僕らの反応は大きかった。比較的、こういう場合でも動じないアルマさんですらあの反応だ。
ぎゅっと握られた手。見上げれば、クリスの瞳はこれ以上ないくらいに見開かれており、落ち着きなくその視線は揺れている。
どうみても動揺している彼女の手を、僕もまた強く握り返した。
「戦力に関しては、奴隷紋で縛られたモンスターが増え、更には獣人が追加された」
「何だと!?」
メルニャさんが声を上げた。当然だ。敵方に獣人が追加されるなんて、欠片も予想していなかったことなのだから。
「モンスターの数は現時点で一万を超えている。どうやら、ダンジョンを放置することでモンスターの発生を加速させたようだ。獣人の数は奴隷として捕らえられていた五十六名。……内二十名は、既に侵食が始まっているのを確認した」
「……いつだ。いつ、奴等は向かってくる」
「このままいけば、一月は持たずに動くだろうな」
歯噛みをしながらも、情報を聞き出していくメルニャさん。
それにしても、奴隷としてではあるだろうけど。獣人が敵に回るだけでも寝耳に水なのに。その中の二十人に侵食が始まっているなんて……。
おそらくだが、無理矢理に半獣化をさせた上でそれを持続させて侵食を強要させたのだろう。きっと、攻めてくる頃にはもう、手遅れになっている。
「……襲撃が早まったのはまだ良いわ。予想の範囲内だもの」
普段のほんわかした雰囲気を無くしたベアクルさんが、表情を歪ませながらも口を開いた。
その隣では、目をつぶったまま黙りこんだアルマさんがいる。互いに、何かを必死に堪えているような、そんな印象を受けた。
「問題は、敵になってしまった獣人達の方ね。奴隷紋で縛られているなら、半獣化……いいえ、最悪、全員獣化した状態で攻めてくるかもしれない。それに一万のモンスターと、人間の兵達もいるとなると」
「……こんなちいせぇ里に随分と御執心なこった。あいつら、俺達に本気で惚れてるみたいだな」
軽口を叩くアルマさんだが、その口調と表情は鬼気迫るものがあった。くわえなおしたパイプは今にも噛み砕かれそうだ。
「フォッグ。お前はどうする?」
「俺は襲撃の隊の先陣に紛れ込む予定だ。森に入った時点で背中を切ってやろうかと思ってな」
トントン、と。今は外して足元に置いてある剣の鞘を叩く。
そうか、とメルニャさんは今度はこちらに視線を向けてきた。
「クリス」
「私のやることは変わらないよ。私はこの里の『守人』。里を危険に晒すなら、何だろうと関係ない」
「獣人でも、か?」
「……愚問だね」
メルニャさんの問いに、鼻を鳴らして返すクリス。
彼女はきっと、言葉通りのことを成すだろう。それこそ何が相手でも、里を守る為ならば彼女は引くことをしないはずだ。
そんな彼女の手を握りながら、僕もまた、メルニャさんの視線に答える。
「僕は、クリスと一緒にいます。何があっても。誰が相手でも」
「……そう、か。そうだな。その為に、今までやってきたんだものな」
諦めたように笑うメルニャさんに、笑みを返す。
ごめんなさい、わがままで。
でも、ここまできてこの里を見捨てて逃げるなんて、それこそ出来ないから。
「リオ、だったか。水を差すようだが、本当にこちら側につくと誓えるか? 悪いが、俺は人間が嫌いでな。お前のことも、現時点でひと欠片も信用しちゃいないわけだが」
「……だったら、僕が裏切るような素振りを見せたら、それを使って貰って構いません」
悪いが、と言うわりにはきっぱりと言ってくるフォッグさんに、僕もまた毅然と返す。
僕の視線の先にあるのは、初対面で首を刈ろうとしてきた長剣があった。
何を、とクリスが顔を向けてきたが、そちらは見ずに、ただ真っ直ぐフォッグさんと見つめ合う。……睨み合う、の方が適切か。
やがて、根負けしたのか、
「やれやれ、やっぱりただの子供じゃないやな」
参った参った、と両手を上げて首を振ったのは、フォッグさんの方だった。
彼はその手を降ろして剣を掴むと、鞘に入ったままのそれを僕の首に押し当てる。そして、そこで初めて、僕に小さく笑みを見せた。
「わかったよ。お前が裏切ろうとした瞬間に、今度こそ俺の手でその首を跳ねてやる。……だから、そうならないように、よく考えて行動するんだな」
その言葉に、僕もまた、笑顔で返す。
言外に、そんなことは有り得ないと告げながら。
「あぁ、そういえばもうひとつ」
「んだよ。まだあんのか」
里の出口、森の入り口でフォッグさんが振り返る。
泊まっていくような猶予はない、と告げた彼は、本当に少しだけ里でのんびりしただけで国に戻るようだった。
「いや、これは悪い内容じゃない。まぁ、良い内容とも言えないが」
「……なんだ、そりゃ」
「先日、聖騎士の一人が退団しているみたいでな。どうやら、この襲撃の参加を拒否したらしい」
それを聞いて、一人の男の姿が頭に浮かぶ。まさかとは思うが……。
「それだけだ。次に会うまで、しっかり備えておくんだな」
言うが早いか、今度こそ僕らに背を向けて去っていくフォッグさん。
その背中を見送りながら、
「…………?」
妙に皆の様子がおかしいことに気付く。
ただ、戦友を見送るだけの沈黙ではない。
「んじゃ、戻るか」
「そだね。いこう、リオ」
「う、うん」
だが、それが何かわかる前に、その違和感は霧散して消えてしまう。皆の顔色を伺ってみても、先ほど感じたおかしさは見当たらない。
一体、今のはなんだったのか。
気のせいなら良い。良いんだけれど――。
「………………」
心にしこりを残したような感覚。
これが、後で取り返しのつかないことに繋がってしまうような気がして仕方がなかった。




