16:自分磨き
「あ、アロエ発見。サピィ」
『はーい』
頭上を見上げ、そこにあった刺々しい葉をサピィに頼んで取ってもらう。
それを手下げの篭に入れて、ついでに中身を確認。
「アロエにパニ草、マンドラゴラの葉に漆星。……後は闇樹の雫だけか」
名前だけ聞けばファンタジー感満載の材料ばかりだが、実際に目にすると微妙に引く生態のものが多い。
マンドラゴラに関しては大体イメージ通りではあるのだが、こいつ実はただの植物ではなく、森人というれっきとしたヒトだ。見た目はただの葉っぱなのだが、葉っぱを触りながら呼び掛けてやると勢い良く土から飛び出してくる。
その見た目は人の子供に近く、漏れなく全員美形揃い。寿命がやたらと長いので見た目詐欺ではあるのだが、普通に意志疎通が可能な存在である。
マンドラゴラが森人であることは意外と知られていないらしく、それでなくとも普段見えている部分がただの雑草。しかも、その地域で一番雑多に生えている雑草と同じ葉の形に変化して紛れ込んでいるために、基本人の目に当たることがない。
森人には言語能力が無く会話は出来ないが、こちらの言葉は理解してくれるのであまりそこに苦労はない。ちなみに、どうやらサピィとは普通に会話出来るみたいなので、先程はサピィを間に入れて葉っぱをくれるように交渉。
普通に頭に生える一枚を千切ってくれた美形の少年は、バイバイと手を振って元ある穴に帰っていったので、上から土をかけてその場を後にした。
さて、普通にすればなんら無害なマンドラゴラさんだが、その危険度は植物採取では指折りのものを誇る。
年に数人は、間違った採取方法を行い、マンドラゴラの叫びを聴いて死亡する事故が起きてしまっているらしい。
そこらへんを本人に聞いてみると、彼等が叫ぶ理由としては、単純に『痛いから』だとか。自分で千切る分には、もしくはちゃんと許可を取った上で採取するのなら問題ないが、不意打ちでいきなり千切られるとものすごく痛いらしく、結果として我慢しきれずに叫んでしまうんだとか。
その叫びは筆舌に尽くしがたいものらしいが、単に音量が凄まじいのか、もしくは可聴域を越えた超音波的なものなのか、実情は知られていない。何せ聴いた人間は漏れなく死んでしまうので、確認のしようがないのだ。
あと、マンドラゴラは猛毒を備え、持っただけで全身に毒が回り死亡する、なんて話もあるが、ここのマンドラゴラさんはそんなことはない。葉っぱは猛毒だが、摂取しない限り問題なく、また上手く使えば強力な解毒剤の材料になるので、相当な貴重品だ。
見た目が単なる幅広い雑草、更には強引に、もしくは知らずに千切ると死ぬ。本人達は殺す気なんて更々なく、ただ痛いから叫んじゃうだけ。
……色々と喉に突っかかるような、そんなマンドラゴラさんである。
余談として、近隣種、というか。同じ格好で微妙に葉や瞳の色が違うアルラウネさんもいたりするが、今は関係ないので置いておく。どちらも豊かな森には必ずどちらか一人はいるらしいので、見付けたら接して見るのもいいかもしれない。マンドラゴラさんもアルラウネさんも、基本は人懐っこい良い人達である。
後、アロエは僕が勝手にそう呼んでいるだけで、この世界での名前は別にある。しかし、見た目も利用方法もアロエと同じなのでアロエのまま覚えているのだ。違うところは、とある樹木の芽の部分がアロエだということくらいか。
漆星は前にも見たが、今手元にあるのは地面に落ちる前のもの。
実は地面に落ちた物の方が質は良いらしいが、それなりの採取技術が必要で、失敗すれば当然被害を食うので今回は安全策を取った。落ちた直後か、木に生っている物は多少握ったりしても割れたりはしない。
パニ草は、一言で言うなら空中に漂う緑の疑問符。つまり『?』の実物が空中に浮かんでいるのだ。一応植物らしいが、光合成以外にどうやって養分を得ているのか、繋がっていない点の部分は何故離れていかないのか、そもそも何故宙に浮かんでいるのか、と疑問が尽きない存在である。
因みに、地面から直立する巨大な緑の『!』、その名もパニパ草も存在する。余裕で僕の頭を越えるこの草は、無駄に力強く森の至るところに存在している。今はいらないので全てガン無視してはいるけれど。
で、最後、まだ採取出来ていない闇樹の雫だが……。
「そもそもの闇樹が見つからないんだよねぇ……」
意外と広いこの森は、里を守るかのように里の外周をぐるりと囲うように広がっている。
年中通して実り豊かなこの森には、様々な種類の植物が共生しているわけなのだが……。
「サピィには、わからないんだったね」
『私の友達じゃ、ないから』
「やっぱり、しらみつぶしに探すしかないのか……」
僕の言葉に、足元にいるナイトが小さく吠える。ここは任せろ、的なニュアンスだ。
他の採集は、この森が住み処だったらしいサピィの案内のお陰でさくさくこなしていくことが出来た。雑草にしか見えないマンドラゴラさんを見付けてくれたのもサピィだ。
しかし、闇樹に関してはサピィでは場所が分からないらしく、生息している場所もちょくちょく変わってしまうらしいので、とにかく自分の足と目……後はナイトを頼りに見つけ出すしかない。
そう結論付けた僕は、辺りを見回して、取り敢えず日の当たらない薄暗い場所を探してみることにした。
「で、結局見付からなかった、と」
「うん。ゴブリンにちょっかいかけられて、せっかく取った物も落としそうになったから帰ってきた」
「ま、仕方ないか。普通は闇樹よりはマンドラゴラを見付ける方が難しいとされるんだけどね」
朝日が完全に昇りきり、薄暗いうちが見付かりやすいとされる闇樹の捜索をすっぱり諦めて帰ってきた僕は、微妙に呆れた感じのメルニャさんに手籠を渡す。
多分、当たり前のようにマンドラゴラさんの葉を取ってきたことに呆れられているんだろうが、取れてしまったものは仕方ない。
サピィの存在もさることながら、閲覧能力を使えば普通に分かってしまうのだから。
「闇樹が本来一番活発になる時間帯は真夜中なんだけれど、流石にまだまだ真夜中の森に一人で行かせる訳にはいかないからね。モンスターもそうだし、最近静かになったとはいえ、いつまた人間達が来るかもわからない」
「わかってるよ。でも、ナイトもサピィも結構強くなってる。油断しなきゃ、森のモンスターには負けないよ」
「それでもだ。用心はするに越した事はない。さぁ、今日は解毒薬の調合から始めるよ」
予想通りの答えを返され、背中に手を添えられながら家の中へと入っていく。
――ガルニア達が襲撃してきたあの日から、早くも半年が経っていた。
あれ以来、人間達が里に接触してくることはなく。更に索敵の範囲を広げたベアクルさんの話では、周りの森にすら侵入してきてはいないらしい。
どうやら、聖騎士と凄腕と言っても過言ではない魔術師を撤退させたことで、ようやく下手な襲撃は被害を増やすだけだと悟ったみたいだ。
今は、着々と膨大な戦力を整えている最中で、早ければここ二、三年の内に勝負を仕掛けてくるだろう、とはメルニャさんの談。その前に、クリスには及ばずとも、それに準ずる実力を持つフォッグと言う獣人が帰ってくるらしい。
それを踏まえて、戦力は五分五分かな、と呟いたのはクリスだ。どれだけの戦力が向こうにあるのかはまだ分からないが、クリスをもってして五分五分、と言うくらいなのだから、きっととんでもない数を用意してくるのだろう。
そんな状況で、尚且つ獣人側に付くことを決めた僕は、取り敢えず来るべき日の為にできること、やれることを最大限こなすことにした。
前からやっていた生活周りはそのままに、本格的に自分を守る手段を身に付けること。それに加えて、メルニャさんに調薬と錬金術を習うことも始めたのだ。
当然、クリスと一緒にいられる時間は減ってしまって彼女から控え目なブーイングが来たわけだが、そこはスキンシップを増やすことで妥協してもらった。具体的には、べったり具合が増した。
半年間の成果としては、森のモンスターをひたすらに狩ることでナイトとサピィのレベルアップを図った結果、こんな感じに。
名称 ナイト〔ナイトウルフ〕
レベル15
スキル 『牙の一撃』
状態 テイム
筋力D- 体力D- 俊敏C 魔力E 精神E
名称 サピィ〔スピリット〕
レベル12
スキル 『精霊の囁き』『精霊の戯言』『風の魔術』
状態 テイム
筋力G 体力G 俊敏G 魔力C- 精神C-
どちらも、半年の間に素晴らしい成長を遂げたと言える。
ナイトは先程言った通り、少なくとも森の半ばまでに現れるモンスター相手ならば圧倒出来るまでの強さになった。身体もレベルアップと共に大きくなり、力強さも前とは比べ物にならない。
素早い身のこなしにトリッキーな動きを得意としている彼女は、名実共に僕の牙として働いてくれている。
どちらかと言えば、バランス良くステータスが伸びているナイトと比べ、完全特化型とも言えるステータスを持つのがサピィだ。
魔力と精神の値が破格の伸びを見せている代わりに、その他のステータスは全く変わっていない。
とはいえ、小さな身体を動かすのにそこまで力はいらないようで、最初の僕のように少し動いただけで息切れを起こすようなことはない。もしくは、スピリットは魔力の量が少なからず身体に影響しているのかも知れない。
そして何より、『風の魔術』を使えるようになったことが大きいだろう。瞬間的な威力ならば、ナイトのスキル『牙の一撃』にだって負けてはいない。
まだまだ覚えたてなので、簡単な風の刃しか放つことが出来ないみたいだが、そこは経験を稼いでいく内にどうにでもなるだろう。何せ、すでに魔力がC-に乗っているのだ。レベルを上げていけば、Aにだって届くかもしれない。
僕と違って、実に将来が楽しみな仲間達だ。
僕のステータスに関しては、ナイト達の成長のおかげで、ようやく生活には不自由しないくらいに動けるようになった。
最初はまともに走れなかったことを考えると、全力ダッシュしても多少休めばまた走り出せる今を考えれば、こちらも破格の進歩だと思える。
ぶっちゃけた話、森に居るモンスターを手当たり次第にテイムしてしまえば早いのだろうが、まず間違いなく管理出来ないし、何かしらデメリットが無いとは限らないので今は見送っている。
戦力的にも癒し的にも、この一匹と一人で充分だから。
「じゃあ、今日はまず僕の作業を見ていてもらおうかな。使うのはマンドラゴラの葉と闇樹の雫だ」
てきぱきと準備を終えていたメルニャさんが、先程取ってきたマンドラゴラの葉と闇樹の雫……を棚から取り出して机の上に置く。
そして、マンドラゴラの葉を三分の一程にカットして、すり鉢で潰し始めた。
「マンドラゴラの葉には猛毒が含まれているのは知っているね?」
「うん」
「その毒が何故危険と言われているかはわかるかい?」
「えっと……毒自体に、解毒剤を中和されてしまって、解毒することが出来ないから」
「正しくは、あらゆる干渉が通じない、だけどね」
手早く葉をすり終えた後に、ガラスの器に取っていた蒸留水らしきそれにそのすった葉を少量投入する。
すると、緑色の葉から濃い紫色の、わかりやすく毒っぽい何かが染み出してきた。
「この水には唾液が少し混ざっている。マンドラゴラの毒は素手で触っても臭いを嗅いでも平気だが、唾液みたいな体液に触れると反応するんだ。因みに、毒薬として利用するならば、葉自体を乾燥させた方が毒も凝縮するし、それを粉にして爆弾に混ぜ込めば凶悪な兵器にもなる」
「毒爆弾……」
成程。爆発と共に粉が広範囲に空気中な拡散すれば、あっという間に空気汚染が完成する。
人間呼吸しなきゃ生きていけない訳だし、これは確かに危険だ。
まぁ、基本的に滅多に世に出回らない貴重品。マンドラゴラさんもその辺り考えて隠れてたりもするのかもしれない。
「目に入っても大丈夫?」
「涙には反応しない。大量に顔にかかって、目が開かなくなるぐらい入ったらわからないけど、そうなったらまず口にも入ってるだろうからどっちにしろ危険だけどね。後、臭いを嗅いでも平気だけど、吸入すれば当然アウトだから」
言いながら、紫色に染まった水の中に、闇樹の雫をポタリと一滴垂らす。
すると、紫一色だった水が、見るまに無色と紫のふたつに綺麗に分離していた。紫が下、無色の部分が上だ。
「これは?」
「闇樹の雫には、性質を分離させる効果がある。これは、マンドラゴラの葉に含まれる毒と、それ以外の物質に分離させた状態だ」
スポイトで上澄みの部分を抜き取り、いくつかに分けて別の器に取る。紫――毒そのものであろう部分もまた、別の器に取って横に並べられた。
メルニャさんは淀みない手付きで以上の作業を終えると、使い終わった器具を軽く片付けた。流石に、治癒魔術以外の治療を請け負っているだけはある。
「さて、今回の目的はこっちの無色の方だ。紫の方も別に使い道はあるが、それは後で説明する」
「紫色が、毒ってことで良いんだよね?」
「ああ。さて、この状態に一度なってしまうと、少し面白いことが起きる。闇樹の雫の反応時間は非常に短い。そして、それが終わった後に、もう一度このふたつを合わせようとすると……」
メルニャさんが、細いガラスでできた棒を、毒である紫の液体に浸す。
先に一滴溜まったそれを、無色の液体にポタリと垂らすと、紫色は瞬く間に分解されて無色に取り込まれてしまった。
「このように、毒である部分は無色の部分に分解されてしまい、ふたたびひとつになることはない。何故だかわかるかい?」
不意に出された問題に、少し考え込む。
マンドラゴラの毒は、解毒剤が通用しない、一度蝕まれてしまえば手のつけようがない厄介な劇物だ。
目の前にあるのは、その毒の成分、というか葉の成分がふたつに別れた液体で、毒そのものは紫の液体なのは理解できる。
となると、無色の液体が何なのか、が重要になってくるわけだ。
「……解毒剤が効かない物質が、無色の液体に含まれてる?」
「正解だ。やっぱりリオは頭が良い」
ぽん、と頭に手を置かれ、くしゃくしゃと撫でられる。サピィが頭にいなくて良かった。
「マンドラゴラの毒には、毒に干渉しようとする物質を無差別に分解、吸収する成分が含まれている。それを闇樹の雫で別々にしてやると、その成分はとても使い勝手の良い解毒剤となるわけだ」
「無差別に、だと、色々融通が効かなそうにも思えるんだけど……」
「それもまた、この成分の面白いところでね。この成分、名称をマンドレイクって言うんだけど」
マンドレイクとは、マンドラゴラの別名称だったような気もするが。
そんな心のツッコミは当然口には出さず、メルニャさんは何か小さな小瓶を棚から取り出した。
それに、また別のガラス棒を浸して、無色の液体――マンドレイクに一滴垂らす。こちらは薄い緑色だったが、マンドレイクは当然ながら瞬く間に分解してしまった。
「今のは神経毒の一種なんだけど。これを分解したマンドレイクに、マンドラゴラの毒を垂らすと」
言葉通りに、今度は紫の液体――マンドラゴラの毒をマンドレイクに垂らす。
ややこしい上に、また直ぐに分解されるだけじゃないのか、と考えていたのだが。その予想は見事に裏切られていた。
垂らされた紫は分解されずに、透明の中にポツリと漂っている。
「分離されたマンドレイクは、一番最初に分解した毒に特化する性質でね。このように、別の毒には見向きもしなくなってしまう。もう一度闇樹の雫で分離させれば元通りになるけどね」
「ははぁ……」
「もちろん、何にも順応させないナチュラルな状態でも解毒の効果はある。けれども、一度順応させて特化させてしまえば、その毒に対しては強力無比な解毒剤になり得るんだ」
メルニャさんの説明に、感嘆の息を吐きながら目の前の液体を見つめる。
猛毒持ちのマンドラゴラの葉には、何となく忌避感があったのだが、これを見た後だとまるで見方が変わってしまった。成程、これは貴重品と言われるのも当然だ。
何せ、このマンドレイクさえ分離させてしまえば、後は目的の毒に特化させて治療に使えば特効薬になり得るのだ。
……しかし、ちょっとした疑問も覚えたので、メルニャさんにそれをぶつけてみることにする。
「でも、分離させる前は無差別に分解するんでしょ? なんでマンドラゴラの毒は分解されないの?」
「それは、また別の意味でマンドラゴラの毒に順応しているからさ。今のところマンドレイクはマンドラゴラの葉以外からは発見されていないから、マンドレイクは元々マンドラゴラの毒を守るためだけに存在する成分なんだろう」
成程……。存在意義がマンドラゴラの毒を守るためのものだから、それ以外のものを分解するように出来ていると。
だとすると、その成分に目をつけて解毒剤にまで昇華させた人は、きっと素晴らしい評価を受けたことだろう。
「因みに、毒の方は、確かに非常に強い毒性を持ってはいるけれど、普通に百度以上の熱で分解されるから、狩りなんかにも利用できる。取り扱いには注意しないといけないけどね。――さ、ここからは実践だ。闇樹の雫は、垂らす分量によって分離する率が変わっていく。まずはそこから……」
非常に役立つ知識を逃さぬように頭に詰め込む時間は、まだまだ続いていく。
とは言え、普通に楽しいと感じている僕は、時間を忘れてメルニャさんと共に机に向かい続けるのだった。




