13:決断・中
遠くから確認出来たのは、見覚えのある青白い炎だった。
人の頭程の炎を幾つも浮かべたアルマさんが、大勢の兵士を前に立ちはだかっているのだ。
「なぁ。聞く耳ついてんならひとつ聞きてぇんだがよ。……てめぇら、本物の馬鹿か?」
クリスがアルマさんの隣に到着。降ろされた僕は二人の背後に隠れるように立って、遅れて追い付いたナイトを傍に警戒を強めた。
兵士は突然の乱入者に、各々の得物を構えている。純白の鎧、ではない。ということは、少なくとも王国直属の兵では無いと言うことだ。
炎を燃え盛らせているアルマさんは、ちらりとこちらを見ると小さく溜め息をついている。大方、こんな時にこんな場所に来やがって、といったところか。
「……来ちまったもんはしょうがねぇ。離れるんじゃねぇぞ」
「はい」
「……人間の子供、だと。卑劣な手を使いやがって」
兵士の呟きが、風に乗って聞こえてきた。成る程、そう捉えてきたか。
前のあの隊長みたいな奴なら、反逆者だとか言って問答無用で殺しにきていたはずだ。そうならなくて、まずは安心といったところ。
「どんな感じ?」
「どうもこうも見た通りだ。睨み合いから膠着したままで動きがねぇ。向こうからこねぇもんだから、こっちも手を出せなくてな」
「……? 挟み撃ちしてきた癖に、手を出してこない?」
ぴくりと、アルマさんの耳が動く。隣に立つクリスは何かに思い至ったようで、大剣にかけていた手をおろして、
「挟み撃ちだと? ……ちっ、おい」
「ちょっとまずったかも。リオをお願い」
短い会話の後に、クリスは弾かれたように地面を蹴ってこの場を去っていく。
二人が何に思い至ったのか、僕にも何となくわかる。クリスがふたつある襲撃点のうち、なぜこちらを選んだのか。それは単純に、王国方向からの襲撃だったからだ。
情報が少ない中で、普通に考えれば危険度が高い方を即座に選んだわけだったのだが、今回はそれが裏目に出た、のかもしれない。
「時間稼ぎ、ですかね」
「わからねぇ。向こうにはメルニャが行ってるんだろうが……。俺と違って、アイツは足止めに向いちゃいねぇからな」
舌打ちをして、狐火を昂らせるアルマさん。
確かに、アルマさんならこの狐火で広範囲の足止めが出来る。しかし、向こうの目的もまた足止めだった場合、牽制にしかならないのもまた事実。
アルマさんにしてみれば、向こうから苛烈に攻めてきてくれた方がやりやすい。逆にメルニャさんは、今のような膠着状態になればなるほど、不意討ちによる一撃を狙いやすくなる。身を隠しつつも存在をアピールしておけば、この連中は前に進むことをせずにメルニャさんに警戒してその足を止めていたはずだ。
……勿論、それはここの兵士が本当に足止めだけの捨てゴマだった場合の話であり。アルマさんとメルニャさんが簡単に入れ替わることが出来ないこの状況では、何を言ってもたらればにしかならないのだが。
「最悪なのは、南側にいる連中が数に任せて強引に進んできてた場合だな。同時侵攻だったとしたら、今頃里の入り口まで食い込んできてるかもしれねぇ」
「…………」
「俺らからしてみりゃ一番頭の悪い、連中の被害が一番でかくなる行動な訳だが……それがこっちにとっても一番困るってのも妙な話だわな」
確かに、今まで力に任せて強引に攻めてきた結果、彼等は大した成果も出せずに甚大な被害を出している。
だから、この期に及んで、しかも近い内に大規模な作戦を組んでいるであろうその準備期間に、まさか玉砕覚悟のアタックを仕掛けてくるなんて思わない。
不意をつかれたのは事実なのだろうが、それにしたってアルマさんの言う通り頭が悪い。多少のダメージは与えられるにしても、引き換えに食らうダメージがあまりにも大き過ぎるだろう。
「埒があかねぇな。……ん?」
此方から仕掛けることはしない為に、向こうが動かない今の状況は正直言ってじり貧だ。
どうしたものか、と考え始めた辺りで、不意にアルマさんが鼻を鳴らす。そして、その双眸が睨み付けるように細く絞られた。
「何をしている。諸君らに与えられた任務は何だ」
ガシャガシャと音を立てて現れたのは、純白の鎧を身に纏った、数人の騎士だ。同じく純白の意匠に飾られた馬に乗ったまま、元いた兵士へと話しかけている。
反射的にステータスを覗き見た僕は、その実力に目を見開いた。
名称 ガルニア・ベン=ドルトン
レベル31
祝福 『聖騎士』
スキル 『騎乗』『槍の心得』『威圧』『断罪』
筋力C 体力B 俊敏B 魔術C 精神B
――聖騎士。
王国率いる精鋭の中でも、ずば抜けた才能や実力がある者しか名乗ることを許されない存在。
それを彼は、祝福として授けられている。その実力は、僕の目に映るステータスが何より雄弁に語ってくれていた。
他の騎士も、彼には劣るとはいえかなりの実力者ばかりだ。具体的には、ステータスでいえばアルマさんと張り合えるくらいの。
「……ちっ」
アルマさんもそれを悟ったのだろう。うざったそうに舌打ちを放ってから、広げていた狐火を全て消してしまう。
そして、その足元からいきなり青白い火柱が上がってアルマさんを呑み込んだかと思うと、
「こっちが本命だったってことか? だとしたら、馬鹿っつったのは幾らか撤回してやんなきゃいけねぇな」
一瞬にして着物を身に纏ったアルマさんが、獰猛な笑みを浮かべながら、彼等に向かってそう言い放っていた。
見れば、変わったのは服だけではない。瞳は縦に瞳孔が開いており、頬には青白い線が三本横に走っている。明るい茶色だった耳や尻尾も、その瞳と同じ金色に染まっており、見るからに力がみなぎっていた。
その雰囲気が尋常では無かったので、まさかと思ってステータスを見てみると。
名称 アルマ・アルグルマ
レベル22
状態 半獣化
祝福 『治癒術師』
スキル 『治癒魔術』『狐火』『獣の咆哮』『ステータス閲覧』
筋力C+ 体力C+ 俊敏C 魔術B 精神C-
やはり。ステータスが軒並み上昇している。
半獣化、というのが起こしている現象なのだろうけど、きっと獣人が持つ固有スキルか何かなんだろう。ただでさえ高めだった能力値が、更に伸びて聖騎士に勝るとも劣らないまでになっていた。
「……此方が本命?」
流石に、ここまでの存在感を放つアルマさんを無視は出来なかったのか、聖騎士が返事を返してきた。
兜で表情は読み取れないが、抑揚の少ない声からは動揺が見られない。それは、自身の力に絶対的なものを感じているからなのだろうか。
「そうか。すでに二手に別れていることは知られているのか」
「当たり前だろ。人間様程頭は良くねぇもしれねぇが、別に足りてない訳じゃねぇからな」
「ふむ。では」
アルマさんの皮肉に何か反応することもなく、聖騎士は不意に腰の剣を抜いた。
それを見て、他の騎士も、兵士も武器を構える。
「行かせるかよ」
此方もまた、アルマさんが狐火を再度出現させた。しかし、先程までのものとは比べ物にならないほどの熱量を誇るであろうそれは、完全に白い炎となって宙に浮かんでいる。
「獣人。ひとつ教えてやろう」
「んだよ」
「本命は、ふたつだ」
「なに」
――瞬間、空気が爆ぜた。
聖騎士の振るった剣から放たれた何かが、アルマさんの狐火を爆散させた。
その凄まじい衝撃に、咄嗟にアルマさんの着物の袖を掴む。これがただの爆発だったなら、僕は火傷するどころの話ではなかっただろう。標的指定できる狐火が元だったからこそ、衝撃を受けるだけで済んだのだ。
「ぎゃあああああ!!!」
誰かの叫びが聞こえる。狐火の爆発に巻き込まれた兵士が、どろどろに溶けた鎧から逃れようともがいているのが見えた。
「無茶苦茶しやがるじゃねぇか!」
残った狐火を、爆発に乗じて突破しようとしていた騎士団へと飛ばすアルマさん。
しかし、それはまたしても――
「『断罪する』」
「ぐっ!?」
無機質な声と共に振るわれた剣が、狐火を両断して爆発させる。
一体全体、何をどうやってあんな真似をしているのか。
すでに彼等は鎧を全て脱ぎ捨てており、狐火をが爆発した瞬間に息絶えた馬も乗り捨てていた。
聖騎士の顔が見える。
僕と同じ、金髪碧眼の青年だ。
――いや、待て。彼は――
「この子供、預からせて貰おう」
「なっ、やめろ! そいつは」
そこから先の言葉を聞き取ることは叶わない。
聖騎士に抱えられたと同時に首筋に衝撃を受けた僕は、呆気なく意識を失ってしまうのだった。
「メルニャ!?」
「クリスか……済まない、油断した」
里を横断し、一直線に南へと駆け抜けてきたクリスを迎えたのは、予想外の光景だった。
里の周りはほぼ森に囲まれているが、特に南に位置する森は美しい風景が多い綺麗な森だ。
実をつける樹木も多く、円形に開けた場所に澄んだ水の溜まる池もある。時期が変われば葉も色付いて、憩いの場にはもってこいな場所だ。
――それが、今は見る影も無くなっている。
まるで嵐が通過した直後のようだった。
根から倒された樹木が積み重なり、地面は縦横無尽にえぐり返されてしまっている。普段なら聞こえてくる小鳥のさえずりも、今は全く聞こえなかった。
「何があったの?」
はやる気持ちを押さえ付け、つとめて冷静に質問するクリス。それを見て、全身切り傷だらけのメルニャは苦しげに顔を歪めながらも口を開く。
「最初は、どうってことはなかった。雇われたような兵が数人、武器を構えながら森を進んでいたから、牽制して足止めを試みた」
「あいつらか」
決して太くはない木の枝を自由自在に渡り抜け、メルニャは森を進む不届き者の姿を見付け出した。
先ずは、と懐から一本、小型のナイフを取りだし、連中の前方へと投擲。地面に突き立ったナイフを見て、少し動揺したように立ち止まる兵。
「よし……」
メルニャの思惑通りに足を止めた兵だったが、そこから様子がおかしくなった。
メルニャの存在を認めた連中は、足を止めたままそこから一向に進もうとしなかったのだ。
最初こそ警戒を続けていたメルニャだったが、全く進もうとしたい連中を見て、ほんの一瞬気を緩めた、その瞬間だった。
「大の男が固まって何をしているんですかねー。ほら、猫さんも降りてきたらどーですか?」
「っ!? うわぁっ!」
聞こえてきた声と、突然の突風。
たまらず木から飛び降りて着地すると、丁度声の主が現れる瞬間だった。
兵の後ろから現れたのは、どう見ても年端もいかぬ少女。しかし、その身を純白の衣装に身を包んでいるのを確認したメルニャは、すぐに気を張って警戒を強めた。
少女はそんなメルニャを見て、クスリととても可憐な笑顔を見せて――
「この役立たずどもはー。こんな畜生相手に何をビビっていたんですかねー」
「だ、だが。俺達が頼まれたのは、獣人を誘き寄せるだけの」
「聞く耳持ちませーん」
えいっ、と。
少女が軽いノリで指を振った瞬間、男がすさまじい勢いで真横に吹き飛んだ。
メルニャは、自分の目を疑いながらも、ますますこの少女へと警戒を強める。得体の知れない生き物と相対する彼の心音は、かつてないほどに大きく、速く胸を打っていた。
同じように、二人、三人と男を吹き飛ばした少女は、大きく溜め息をついてから、ようやくメルニャへと視線を向ける。
「ま、いいですけどねー。畜生の集まりなんて、ちょちょいのちょいっ、で粉砕ですから」
えへへー、とだらしない笑みを浮かべる少女だったが、メルニャは全くもって笑えないでいた。
――気味が悪すぎる。
素直な感情のまま、目の前の少女へそんな評価を下す。
それを知ってか知らずか、不意に少女はだらしない笑みを奥にしまって、妙にキリッと、メルニャへ指を突き付ける。
「じゃ、さっさとくたばるんですねー。この害悪」
「半獣化もしたんだがな……力及ばず、だ」
「その子は、どこに?」
「大分消耗したみたいで、取り敢えずは引いたみたいだ。クリス、お前は直ぐに里に戻れ。この分じゃあ、北側も……」
「わかってる。メルニャは?」
「僕も少ししたら向かう。だから早く行け」
「……うん。ごめん!」
言うが早いか、クリスはメルニャに背を向けて再度駆け出した。
「なんだろ、この踊らされてる感じ……!」
里の個人最大戦力である自分が、今のところ矢面に立つことが出来ていない。
それは守人である彼女にとって非常に歯痒いことだ。非常事態であろう今の状況なら、それは尚更なこと。
歯を食い縛りながら、彼女は全力で森を駆け抜ける。
「嫌な予感がするよ……! リオ、お願いだから無事でいて……!」




