12:決断・前
「今だ、いけっ!」
僕の声に応えたナイトが、四肢を躍動させて地を駆ける。
標的をすでにその目に捉えていたナイトは、一瞬で敵の懐に入ったかと思うと、次の瞬間にはその命を刈り取っていた。
「良い機動力だね。群れの頭かい?」
「うん。昨日テイムしたばかりだけど、良い子だよ」
動かなくなった敵――ゴブリンを口にくわえて帰ってきたナイトは、それを地面に置くと、その場で伏せの体勢を取る。
その頭を軽く撫でてから、僕は目の前にあるゴブリンの死体をまじまじと見つめた。
緑色の身体に、布のぼろ切れを服とした、言ってしまえば醜い小人のようなモンスター。
ナイトによって、首を一撃で食いちぎられた死体は普通に衝撃を受けるレベルの見た目だが。昨日、結果的にとはいえ、同じ人間の、もっと酷い有り様を散々目撃してしまっている為に、あまりショックは受けなかった。
「これで十体目か。レベルはどうかな?」
狩りを始めて数時間。目標としていた数を達成したので、ナイトのレベルを確認してみる。確か、昨日は7のはずだったが。
名称 ナイト〔ナイトウルフ〕
レベル8
状態 テイム
筋力E 体力E 俊敏D 魔術F 精神F
取り敢えず、ひとつレベルは上がったみたいだな。ステータスの上がり具合は、詳しい数字では出てこないので正直よくわからないけれど。
「どうだい?」
「ひとつ上がってます」
「まぁ、妥当なところだろうね。ゴブリンは魔素が少ないから」
隣にいるメルニャさんのコメントに、やっぱりそうなのかと息を吐く。
この世界でいうレベルとは、つまるところ、その物体にどれだけ『魔素』というものが含まれているか、という意味を表している。
世界のどこかに『魔口』という、噴火口みたいな穴から吹き出しているらしいこの魔素。当然、大気中にも存在しているらしく、生物は皆、この魔素を少なからずその身に宿しているとのこと。
つまり、その身に宿す魔素が多ければ多い程レベルは高くなり、少なければ当然低くなる。
レベルを上げる為には魔素を集めなければいけない訳だが、大気中にある魔素を自然に含んでいくだけでは、ひとつレベルを上げるだけで五年はかかる。かといって、魔素濃度が高すぎる地域に長く居てしまうと、急激な魔素吸収とレベルアップによって、身体の造りそのものに異変をきたしてしまう。
なので、一般的なレベル上げの方法として、モンスターを狩ることが挙げられる。魔素は生物が死んでしまうとその物体から離れてしまい、近くにいる生物に再度宿ろうとするので、それを利用してモンスターから魔素を奪うのだ。
なので、その例に漏れずに、僕もまたその方法を取っていたわけだが……。
「十体でようやくひとつか……」
なにぶん、満足に戦えるのがナイトしかいない為に、基本的にナイトのレベルを上げるのが目的なわけなのだが。
メルニャさんが提案してくれた『はぐれゴブリン狩り』では、ちょっと効率が悪いような気がしてきた。
取り敢えず、ゴブリンをそのまま放置して移動を始める。後で群れが見つけて集まったところを、クリスかアルマさんがまとめて潰しにかかるらしい。つまるところ、餌である。
「サピィは、見た目的に戦えるタイプじゃないしねぇ」
『ん?』
手のひらを顔の前に出すと、頭から移動してそこに座るサピィ。
確か、彼女も僕と同じレベルだったと思ったが……。
名称 サピィ〔スピリット〕
レベル4
スキル 『精霊の囁き』
状態 テイム
筋力G 体力G 俊敏G 魔術D- 精神D-
――おや?
「メルニャ。魔素って、周りにいる人にも影響ある?」
「ん? 大量の魔素なら有り得るけれど、ゴブリンくらいじゃあ周りに影響は出ないかな。どうかしたかい?」
「いや、ナイトだけじゃなくて、サピィにも……」
言いかけて、まさかと思って自分のステータスも確認する。
結果は、サピィと同じレベル4。ステータスは変わっていないが、これは、もしかして……?
「テイムしたモンスターの経験値が、共有されてる?」
「……へぇ」
経験値、ではなく魔素ではあるが、納得出来る理由としてはそんなところだろう。
後は、その共有が十割全て丸々此方にも流れてきているのか、それとも何分割かされて、全体に割り振りされているのか……。前者なら嬉しいところだが、イマイチ確認する術がない。
僕とサピィが同じ伸びを見せているので、主人である僕に優遇が効いているわけではなさそうだ。
「まぁ、ひとつ収穫があったとしてだ。今日はもう終わりにしておこう」
「え、終わり?」
「焦っても怪我をするだけだ。特に、リオは自分の疲れだけじゃあなく、ナイトや他のモンスターの疲れも気にしなくちゃいけないからね」
「あ……」
言われて、少しハッとする。気にしていないわけではなかったのだが、どこか頭から抜けていた。
よくよく見ればナイトの息も荒く、頭を撫でた時も少し熱くなっていたように思う。レベルを上げるのもいいが、引き際を覚えるのも必要だな。
「ごめんよ。帰ったら、冷たい水を出すからね」
僕の言葉に、ひとつ吠えて返事を返してくるナイト。
まだまだレベル上げ初日だ。そうそう焦ることもない。むしろ、他にもやるべきことは沢山ある。
はやっていた気持ちを落ち着かせる為に、そう強く思い込んでから、僕らは里へと帰るのだった。
「ベアクルさーん」
「あら、いらっしゃい」
狩りから戻り、水浴びをして身体を綺麗にしてから、日課となっている料理の練習の為にベアクルさんの家を訪れる。
いつものように快く家に迎え入れてくれたベアクルさんは、しかしどこか疲れているようにも見えた。
「ベアクルさん、何か疲れてません?」
「そう? そんなつもりはないのだけれど……。そうねぇ、もしかしたら、ちょっと疲れてるのかも」
顎に指を当てながら、困ったように笑って言うベアクルさん。
そういえば、彼女は結界式とやらで里を守る役割を担っているらしい。最近のゴタゴタで、ベアクルさんにも負担がかかっているのかもしれないな。
取り敢えず、ベアクルさんのステータスを見させてもらう。何か異常があれば、ステータスにも現れるとアルマさんから教えて貰ったことだし。
名称 ベアクル・アルドーマ
レベル18
祝福 『結界術師』
スキル 『結界式』『魅惑』『獣の本能』
筋力C 体力C 俊敏F 魔術D+ 精神D+
……まぁ、異常は見当たらないにしても。
やっぱり、この里にはそれなり以上の実力者しかいないんだな、と再確認した。
獣人に関しては、あまり見た目は当てにしない方が良さそうだ。こんな、女性らしい身体付きをしている人が、大の男よりも力持ちなんて思えないし。
「でも大丈夫。最近、ちょっと慣れないことして気疲れしてるだけよ」
だから心配しないで、と頭を撫でられてしまう僕。
慣れないこととは、きっと結界式を索敵のものにしたことが関係しているのだろう。小さな里とはいえ、周辺範囲含めて全てをカバーするとなると、相当な規模になる。
それを一人で制御しているのだから、疲れなんてあって当たり前だ。結界式の細かい内容なんてわからないが、少なくとも片手間でこなせるようなものではないはずだから。
「さ、今日は何を作りましょうか。……そうね。少し暑いから、冷たいスープでも」
作りましょうか、と言いかけて、その口が突然閉じられる。
おっとりとした雰囲気は一瞬でなりを潜め、普段からは考えられない剣呑とした目付きで虚空を眺めている。
「……また来たのね。しつこい男達だわ」
「まさか」
「ごめんなさいね。お料理を教えるのは、少し遅れることになりそう」
そう言って、ベアクルさんは家の外に飛び出した。
遅れて飛び出た僕は、すでにそこに立っていたクリスの傍に駆け寄る。
「ベア、場所は?」
「北……王国方向からと、正反対の南からも来ているわね。南は誰かがもう――これは、メルニャだわ。北にも、アルマが向かったみたいね」
「わかった。じゃあ、私は北に」
一気に緊迫した空気に、僕もまた気分を入れ換える。
クリスはすぐにその場から走りだそうとして、しかし僕の姿を見て、その足を止めた。一瞬、何かを迷うようにかぶりを振った彼女は、僕を見据えて聞いてくる。
「リオは、どうする?」
「行くよ。もう一度、彼等を見ておきたかったから」
「……わかった。でも、ついたらアルマから離れないようにすること。いいね?」
クリスの言葉にコクリと頷くと、彼女は僕を軽々と抱き抱える。そして、大剣を背負っているとは思えないスピードで駆け出した。




