紅茶 ~ルフナ~
恋愛ジャンルとなっておりますが、恋愛要素は薄目です。
というか最後のセリフしか…
※最後のセリフが少しヤンデレ要素を含んだものかもしれませんが、読むに当たって支障は御座いません。
どんなに裕福な生活を送っていようが、どんなに恵まれた生活環境の中にいようが人とは時に頗る機嫌が悪くなる。
そして大抵そういう時は、身近な誰かに八つ当たりした唸るものである…
「リチャード、何度言えばわかるのかしら?今はあたくしに構わないで頂戴って何度も言っているでしょう!?」
「しかし僭越ながらお嬢様、私は貴女様の執事にございます。花のように美しく可憐で清楚なお嬢様を放って置くなど、愚鈍な私には出来そうもございません」
「愚鈍ね…よく言うこと。庭園に様々な話術で誘き出した張本人のくせに」
「おや、何のことでございましょう?」
「全く、憎たらしい執事だこと」
不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった少女に、執事はにこやかに微笑みながらお飲物を持ってまいりましょう、と言ってその場から離れた。
執事が去ってしまうのをちらりと横目で確認すると、途端にグテッとだらしなく椅子の背に凭れ掛かった。そのままの姿勢で足をぶらぶらと揺らしながら独り言ちている。
こんなところを執事が見たら、さぞ呆れたようにため息を吐くだろう。
それを熟知している少女は、だからこそしっかりとその背中を見送ってから体勢を崩した。
「大体、嫌な事があったことくらい、長年このあたくしに仕えているリチャードなら分かっているはずなのに、なんで放って置いてくれないのかしら。一人で考え事の一つもできないなんて、なんて窮屈なんでしょう」
執事がわざわざ離れようとしないのは、放って置いたら置いたで後で盛大にこのお嬢様が拗ね、そちらの方が手におえないからなのだが、それを露程も理解していない少女は思い切り頬を膨らませた状態で悪態を吐く。
「そもそもあの執事、扱いが分からないのよ。これまでの人たちと違って何考えているかわからないし、どれだけ意地悪しても辞めないし、どんなに嫌な態度とったって眉ひとつ動かさないし!まるで執事をするためだけに作られた機械の様だわ!」
「それはそれは…お褒めいただき有難う御座います」
よく通るいつもより若干低めの声を聴いた途端、面白いくらいに少女の体が跳ね上がった。
そっと後ろを振り向くと、先程の笑顔と寸分違わぬ執事が紅茶のポットとカップを乗せた盆を片腕で抱えながら佇んでいた。しかし、若干体感温度が下がったのは気のせいではないだろう。
あえてその笑顔を表現するのならばそれは…氷の笑み。
少女の顔には振り向かなければよかった、とありありと刻まれていた。
呆れたため息が降ってくるだろうと予測した少女は身を竦めて固くした。
しかし少女の予測に反して降ってきたのは優しそうな声だった。
「お嬢様、紅茶を淹れてまいりました。ルフナにミルクを加え、チャイ風にしてみました」
「…そう」
だいぶ気まずそうな表情のまま、少女は紅茶を口に運ぶ。その瞬間、今までの不機嫌そうな、気まずそうな表情が吹き飛んだ。
「………中々ね」
「お褒めいただき、有難う御座います」
美味しい、と単純に呟きそうになったのを何とか押し留め、わざと憎たらしい風に言った。しかし、執事は相変わらず微笑んでいる。
少女は気づいていなかった。言葉は誤魔化せても、綻んだその笑みは隠せていないことを。
そして、執事の笑顔がその表情でいつもより優しくなったことを。
執事が少女の傍にいることを止めないのは、家が裕福なせいで円満な人間関係が作れず悲しい思いをするも、その立場上弱音を吐けないことを知っているから。
少女が嫌な態度をとっているのは、偽りの優しさや笑顔を向けてほしくなくて、無意識に自分から遠ざけようとしていることを知っているから。
そもそも少女の執事になるために雇ってもらったのだから、自分から辞めたいなど言うわけがない。
自分が少女に家族愛以上の思いを抱いていることも、自分の就職理由も、少女は知らなくていいのだと、執事は思っっている。
機嫌を直したらしい少女に向かって、執事は聞こえぬよう囁く。
――――可愛い可愛い、私だけのお嬢様。と…