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武士の意地

作者: 不動 啓人

 慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原。西軍についた真田昌幸さなだまさゆき信繁のぶしげ親子は、上田城に徳川秀忠とくがわひでただ軍3万8千を迎えていた。

 上田城に篭もるは2千。およそ20倍の兵力差である。

 徳川方からは再三、降伏勧告の使者がやってくるが、昌幸はこれを受け入れず、もはや決戦は避けられなかった。

「どうだ信繁、儂は愚かだと思うか?」

 櫓から見渡す大地に、色彩波の如く連なる徳川軍の旗指し物を前にし、昌幸は傍らに立つ信繁に微笑みかけた。

「いいえ、決して」

 信繁は、さらりと屈託のない笑みを昌幸に返した。

 昌幸は満足げに頷くと、再び目を敵軍の中へとやった。

「それにしても父上、兄上は戸石城に入ったままの様子。これで思う存分戦う事ができますな」

「ふふっ、徳川にしてみれば、もし信幸のぶゆきを前線に出して我々と通じられでもしたらと恐れておるのだろう」

 昌幸の長男にして信繁の兄、信幸は、正室に徳川四天王の一人、本多忠勝ほんだただかつの娘、小松こまつ姫を迎えていた事もあり、2人とは袂を分かち徳川についていた。

「兄上は秀忠に信用されていないと?」

「信用というよりは、用心なのだろう。信用されていなければ、それこそ最前線に出されて真田同士で血を流す事になっていた筈だ」

「確かにそうですな」

「信幸、よくぞ信頼を勝ち得たものよ。それでこそ儂は生まれて初めて、意地というもので戦さができる」

「意地、ですか?」

「そうだ。武士としての意地だ。儂はこれまで、父・幸隆ゆきたかが得し真田の土地を失うまいと、ただそれだけを想い戦ってきた」

 昌幸は遊泳術の名人と呼ばれていた。時勢の動きを敏感に察知し、次から次へと主家を乗り換えていくのだ。豊臣秀吉をして[表裏比興ひょうりひきょうの者]と称されたのは、それ故だ。

 しかし全ては、小国真田家を残すための防衛策であった。武田家滅亡後の激動の中にあって小国を保つためには、昌幸の立ち回りは苦肉の策だったのである。

「だか、この度は違う。もし我らが戦さに敗れたとしても、信幸がいる限り真田の家は残る。今までのように家の存亡という重圧はない。だからこそ、この度の儂は意地にてのみ戦う事ができる」

「父上、そこまでこだわる意地とは一体?」

 少しの間をおいた後、昌幸は笑い出し、敵陣に向かって声を張り上げた。

「ははははははッ、家康いえやすなんぞにこの天下、くれてやるのはもったいなきやッ!」

 武田信玄たけだしんげんのもとにいた昌幸にとってみれば、家康など何程の者ぞ、という気概がおおいにあった。

 昌幸は自身と家康を対等に見ていた。だからこそ、対等の者に天下を取らせる訳にはいかないという意地があった。取るなら自分が、とさえ考えているのだ。

 昌幸の意地とは、まさしく家康という男に対してのライバル心であった。

「家康めに、目にもの見せてくれようぞ!」

 昌幸はまるで戦いを楽しむように、拳を握り締めた。

 そして――。

 戦いは真田軍が徳川軍を翻弄し、さんざんに打ち負かした。戦さ上手たる昌幸の本領発揮といったところだ。

 だが、真田親子の働きも虚しく、関ヶ原の戦いにおいて石田三成いしだみつなり率いる西軍は敗北し、結果、天下は家康の手中に落ちた。

 昌幸は戦いに勝って、勝負に負けたのだった。

 その後、九度山に流された昌幸は、死ぬまで家康への意地を捨てなかった。きっと、いつの日かと――。

 関ヶ原から15年後、再び意地をもって家康に戦いを挑んだ男がいた。昌幸の意地を最後まで見届けた信繁であった。

大御所おおごしょ家康、何程の者ぞ。突撃ッ!!」

 武士の意地は親から子へと引き継がれた。

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