番外編③
アマリエ及びグスタフ視点です。
アマリエは目が覚めてからずっと気になっていることがあった。
彼女の部屋にはいつも大好きなロベリアの花が必ず飾られているのだ。
最初は偶然かと思っていたのだが、それがずっと続くとさすがに不思議に思う。
ここにはアマリエがロベリアを好きだと知っている者はいないはずなのに…。
ふとそれを知っている人物の顔が脳裏を過ったが、それはないだろうと力なく首を横に振った。
そんなわけがない、と。
アマリエは侍女の1人に聞いてみることにした。
するとグスタフがいつも持参してくると言う。
納得いくようでいかないアマリエはまた不思議に思った。
「グスタフは私の好きなものを知っていたのかしら…?」
それはさておき、ロベリアの花が常にあるのはアマリエにとって心強い。
いつからかこの花はアマリエに元気をくれる花となったのだ。
まだ慣れない環境、不安定な心にそっと寄り添ってくれる。
アマリエは寝台のすぐそばにあるナイトテーブルに飾られている花々に目を細めた。
アマリエはグスタフが訪れた際、まず花のお礼を言った。
すると彼は照れくさそうに笑って否定する。
「いえ。本来言うべき相手は私ではありませんよ」
「え?」
「ミランです。あれがいつも持たせてくれるのです。姉上がずっと眠っている間も、いつ目が覚めてもいいように欠かさない訳にはいかない。きっと慰めになるだろうからと」
「…ミランが…」
「そういえばもう花のシーズンが終わると残念そうに言って―――あれ、姉上?どうしました?大丈夫ですか?」
アマリエは泣きそうになって言葉に詰まり、俯いた。
やはりミランだったのだ。
しかもグスタフの言葉からは、ミランがアマリエを想ってのことがありありと伝わってくる。
まるで以前と変わらぬように。例えそれが偽りであっても。
嬉しいが、どうしてこんなことをするのかアマリエにはわからなかった。
ミランはアマリエを嫌いであったはずだ。
理由は全くわからないが、復讐を企むほどである。
もしかしてあんなことを目の当たりにして罪悪感に苛まれているのだろうか。
そんな考えが浮かび、ミランは優しい人であるからきっとそうであるに違いないと納得する。
アマリエは小さく深呼吸を繰り返し、心配そうに様子を窺ってくるグスタフに微笑む。
「大丈夫。…ミランにもお礼を伝えてね。本当は私が直接言いたいところだけど」
「ミランと何があったのかは知りませんが、喧嘩でもしたのですか?」
「……」
「あれも頑なに姉上と会おうとしない。以前のミランならまっさきに駆けつけるはずなのに」
困った顔をして再び俯いてしまったアマリエにグスタフは立ち入りすぎたかと内心焦る。
今までアマリエとグスタフの姉弟関係は冷めたものであったため、正直距離感が掴めない。
それは他の家族に対しても言えることではあったが、アマリエとの関係をグスタフは改善したいと考えていた。
ミランの助言もあり、少しずつだが打ち解けるようになってきている。
だがそれとは逆にアマリエとミランの間には何か高い壁が2人を阻んでいた。
それをどうにか取り除いてやりたいと思うのは自然なことだった。
実は昔から2人の仲を羨んでいたグスタフ。
たしかにグスタフの周りには跡継ぎであることもあって傅く者は大勢いたが、果たしてアマリエのようにいざという時に庇ってくれる者がいるのだろうかと考えると、答えははっきりイエスとは言えない。
昔のように2人がフューリヒ家で一緒にいる光景はもう見ることは叶わないだろうが、仲違いさせたままでいることは嫌だった。
「姉上にはミランと仲直りする意思はあるのですか?」
「私だけにその意思があっても無駄だわ。それに正直言うと、彼と向き合うことが恐ろしくてならないの」
アマリエは何かを思い出したように小刻みに震える。
グスタフは迷った末、彼女の震える手に自身のそれを重ねた。
「どういうことかお聞きしても?」
「ミランは私が嫌い、いいえ憎いのよ。彼自ら会いに来るなんてあり得ないわ」
小さく、しかしきっぱりと言い切ったアマリエにグスタフは驚きを隠せない。
なぜそう思うのかさっぱりわからなかった。
今までの様子からはもちろんのこと、ミランはアマリエとツィリルとの婚約が破棄された後も彼女を気にかけていた。
その時のことをアマリエが覚えているかはわからないが。
そして今。離れていてもアマリエを想っている。
どこにそんな要素があるのだろうか?
納得しないながらも、このまま話を続けるのはよくないと判断した。
「どうしてそのように思われるのかはわかりませんが…。立ち入ったことを聞いてしまい申し訳ありません。今日はこの辺りでお暇しましょう」
「ごめんなさい」
「ああ、どうか謝らないで下さい。こちらこそすみませんでした。ですが―――」
「?」
途中で言葉を切ったグスタフにアマリエは不審に思った。
しばらく見つめ合う形になったが、先に視線を外したのは困った顔をしたグスタフだ。
「いいえ、なんでもありません。ではまた来ます」
「ありがとう、グスタフ。気を付けてね」
「はい」
控えていた侍女にも一礼し、グスタフは部屋を辞した。
扉を閉めると思わず溜息が漏れる。
「“ミランを信じてやってください”とは言えなかったなぁ…」
あのような状況で言えば、ますますアマリエが思い悩むのが目に見えたため、思いとどまったのだ。
報われないミランを不憫に思う。
グスタフはどうしたものかと頭を掻き、情けないがルドヴィークに相談してみるかと肩を落とした。




