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番外編①

ミラン視点です。

私、ミラン・ハースはハース準男爵家の1人息子として産まれた。

父は心優しい穏やかな、母は少々気が強いが気立ての良い朗らかな人で夫婦仲は悪くなかったと思う。

幼いながらも、自分も将来は両親のようにお互いを思いやれる夫婦になりたいと憧れていた。


それがいつからだろうか、2人の仲が破綻し始めたのは…。

いや、もしかしたら初めからそうだったのかもしれない。

私は成長するにつれ両親のぎこちない姿をよく目撃するようになっていった。


父はよく母に謝っていた。本当に申し訳なさそうに。

それは父が優しすぎるゆえ母に頭が上がらないのだろうとばかり思っていた。

何気なく「何か怒らせるような事をしたの?」と聞くと、困ったような悲しいような顔をして私にも謝った。

なぜ謝られるのかその時はさっぱりわからなかった。


ある日それが度を越したものとなり、母が泣き叫んだ。

父はただ謝罪を繰り返し頭を下げるだけで、母がその場を走り去っても追いかけはしなかった。

私は呆然とその場面を見ていたが、家人の1人に部屋に戻るよう促された。

部屋でどうしてああなったかを考えたが全く見当がつかない。

じっとしていられなくこっそり部屋を抜け出すと、家人がひそひそと話をしているのを聞いてしまった。


父には母と結婚する前に愛し合っていた女性がいたという。

金髪に緑の瞳をした儚い印象の美しい人。

女性は貴族であったが家の財政はひっ迫しており、彼女の父親は資産を多く持つより良い家に娘を嫁がせようとしていた。

ゆえに父との仲は認められず引き離され、女性は泣く泣くある子爵家に嫁いでいった。

父もまもなく母を妻に迎えた。

これで終わりなら何の問題はなかった。

だが母という存在がいるにもかかわらず、父はいまだにその女性だけを愛している。

母もそれを承知の上で結婚したが、きっと今に自分を見てくれるとずっと信じ待ち続けた。

しかし結婚生活が何年経っても、子どもも儲けても父が母を1人の女性として愛することはなかった。


その日を境に母は父に対して攻撃的になっていった。

父はもちろんだが、泣きながら責める母も辛そうで見ていられなかった。

そういう時は部屋にこもり、目を閉じ耳を塞いでじっと喧騒が静まるのを待つのが習慣となった。

ただただ心が痛かった。

父には裏切られたと思って泣いた。

そして母を悲しませる父を憎み、今なお父に愛されている女性を憎く思った。


数年後、父が不慮の事故で亡くなった。

馬車に轢かれたのだが、噂によると女性を庇ってのことだという。

家には静けさが戻った。

ただし願っていたものとは違う形で。


その約1年後、父の後を追うように母も亡くなった。

私は徐々に心を患っていった母をただ見ているしかできなかった。

病臥中は見舞う私にもぽつぽつと胸中の思いを話してくれた。

その頃にはもうすっかり気力を失い、それでも遠い目をして父の名を呼ぶ母が哀れでならなかった。

私はひっそりとある事を決めていた。


母の葬儀が終わると、私は以前から相談していた父の弟である叔父に相続権を譲り家を出た。

向かう先は…―――元凶がいるフューリヒ子爵家―――


子爵は私の目的を全部知った上で雇ってくれた。

都合はいいが、なんと悪趣味な人間なんだろうと思ったし、それはその当時まだ愛妾であった夫人にも言えた。

むしろ楽しくて堪らないと笑ってみせた顔はまるで悪魔の様に感じた。


父の愛した女性―――子爵夫人は聞いていた通りの人物だった。

触れれば壊れてしまいそうな雰囲気は男性ならば庇護欲を掻き立てられるかもしれない。

だが私にはそれが父を縛り付けていた要因に思えてならなく、ひどく苛立ち嫌悪した。


正直子爵夫人と娘アマリエの立場は本妻とその子どもであるにもかかわらず悪かった。

子爵夫人に采配を振るう能力がなかったことも原因だろうが、彼女を憎む私から見ても思うところがあった。

しかしそれでも子爵夫人を見ると、変わり果てた母を思い出され再び心に闇が下りる。


時間をかけて復讐をしようと考えていた私が甘かったのか、子爵夫人は突然亡くなってしまった。

見た目が儚げであったから体が弱いと思われていたのだろうか、突然死と言われ世間はあまり疑いをしなかったようだ。

まあ、疑ったところで他家の問題に口出すほど皆お人よしではない。

だが私を含めた家人たちはおおよそ信じてはおらず、邪魔になって殺されたのだろうと考えていた。

フューリヒ家ではいわば公然の秘密のようなものだった。


憎しみの矛先を失ってしまった私は思いつめた。

対象が死亡したからといって自分が手を下した訳ではなかったから釈然としない。

ふと目についたのがアマリエだ。

さすが血を分けた親子なのか容姿や雰囲気がよく似ていた。


―――格好の標的がいたじゃないか―――


親のつけは子どもに払ってもらおうと、私はアマリエを構うようになった。

彼女が困っていれば駆けつけ、泣いていれば慰めた。

私以外に頼る者がいないアマリエは予想通り私に傾倒していった。

信じていた者に裏切られた時、果たして彼女はどうするのか?

あの苦しみをアマリエにも味あわせたかった。

そう、自分のように、母のように苦しめばいい…―――そう思っていたはずなのに。


いつしか私の気持ちに変化が訪れ、葛藤するようになった。

どこまでも真っ直ぐに私を慕ってくるアマリエに辟易しつつも、素直に可愛い、嬉しいと思い始めている自分がいた。

それなら今すぐ馬鹿な考えはやめて、真っ新な気持ちで彼女に接すればいい。守ってやればいいと。

だが、アマリエの絶望の姿を切望する自分もいた。

それは復讐を遂げた結果としてでもあるが、彼女をここまで深く傷つける事が出来るのは自分だという確証を得たいがためだった。

歪んだ愛の一種だったのだろう。


アマリエが婚約したと聞いた時は頭が真っ白になった。

案の定彼女は私に泣きついてきたが、所詮ここでは奉公人の私に実際どうすることも出来ない。

私の頭の中には馬鹿げたことになぜかアマリエがいなくなるという選択肢が用意されていなかったのだ。


時が経つにつれて、アマリエは次第に諦め公爵家に嫁ぐ準備を着々と進めていった。

相手のご子息との仲も悪くはなく、少しずつだが打ち解けていくのがよくわかった。

そう、私はアマリエをよく見ていたから彼女の変化には敏感だった。

傷ついた、裏切られた。

逆に私がそう思うようになった。

そう思った瞬間、私の中で一気にアマリエへの憎しみが燃え上がった。


婚約破棄になった時は本当に愉快だった。

ほら見ろ、私を裏切るからこうなるのだと抑えきれず吐き出してしまった。

アマリエは予想以上に傷つき絶望した。


―――哀れで愚かな、でも可愛いアマリエ―――


その中にご子息との事も含まれていると思うと一概に面白いとは言えなかったが、彼女の態度からすると私の事は余程ショックだったと思え満足した。

満足したはずだが、実際アマリエの姿を目の当たりにすると苦いものがあった。


その後、アマリエの状態は思わしくなかった。

話しかけてもろくに反応せず、顔を合わせてもその目は虚ろで私を認識していないように感じ恐怖を覚えた。

ひどく後悔したが、どうしようもなくただ見つめるだけとなってしまった。

まるで母の時と同じだ。

ようやくその事実に気付き愕然とした。


だからちゃんと反応してくれた時は大袈裟かもしれないが、天にも昇る気持ちだった。

しかしそんな気持ちも早々と去ってしまう。

アマリエが家を出て行こうとしたのだ。

まさかそのような行動に出るとは思いもしなかったので、私は焦り彼女を部屋へ閉じ込めた。

今考えると、そのまま私が彼女を連れ出し2人で歩む道があったのではないかと思い至るが、どうしようもないことだ。

そう、今更だった。




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