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たくさんの評価・お気に入りありがとうございます。

励みになります。

グスタフはいつものように花を携えて部屋に入った。

部屋の中にいた侍女が小さく頭を下げるとグスタフもそれに倣い、いつもと同じ質問を繰り返す。


「アマリエ姉上に変わりはありませんか?」

「はい。変わらず眠り続けていらっしゃいます。」

「・・・そうですか。」


グスタフは落胆の表情を隠さずベッドに近づく。

大きなベッドの上には所々包帯の巻かれた痛々しい姿のアマリエ。

重症ではあったが奇跡的に命が助かったはずなのに、彼女は目を覚ますことはなく眠り続けている。

あの日―――アマリエの誕生日から数か月が経っていた。


グスタフは毎週アマリエの好きな花を持ってやって来る。

これは彼女に会うことが叶わないミランが必ず持たせるものだ。

グスタフ自身もアマリエに会う資格がないと思っていたが、関係者で唯一面会を許されている。

会うたびに罪悪感でいっぱいになる一方これでよかったのかもしれないと最近思うようになっていった。


あの後社交界ではアマリエの話が瞬く間に広まっていった。

子爵夫婦は醜聞に堪えられないと、なんとアマリエとの縁を切ってしまった。

呆然とするグスタフをよそに清々したとばかりの子爵夫婦と姉。

特に姉のおぞましいとさえ思える笑い声は忘れることが出来ない。

これほどまでに人でなしとは思っていなかった。

いや、どこかでわかっていたが自分と血のつながる家族を信じたかったのかもしれない。

アマリエも彼らに裏切られたが、グスタフも裏切られた。


一時的に診療所へと運ばれたアマリエは、グスタフの知らせを受けて駆け付けたルドヴィークによって引き取られた。

子爵夫婦は突然現れた男に険しい顔を見せたが、娘でもなんでもないから勝手にしろと言い放った。

しかも数日間の治療代を請求するという厚顔無恥な態度にグスタフは顔から火が出るかと思った。

そんな彼らにルドヴィークは冷たい視線を投げ何も言わず治療代を払い、もうアマリエには関わらないことを約束させた。

子爵夫婦がそれを拒むことはなかった。


ルドヴィークはグスタフ以上にアマリエに会いに来る。

物理的なこともあるが、彼も忙しい身であるにもかかわらず毎日顔を見に来るという。

何度かグスタフが訪ねてきている時にもやって来て、簡単に話をして励ましてくれる。

その時に見たアマリエへの視線。

こちらが恥ずかしく思えるほど甘く優しいものだった。

今までルドヴィークと顔を合わせることは度々あったが、このような彼は見たことはなかった。

やけに姉であるアマリエの事を聞きたがると思っていたが、こういう訳だったのだと漸く知ったグスタフ。

ツィリルとの仲を聞き続けた約3年間はどういう気持ちだったのだろうと今更ながら心中を察してしまう。

きっとルドヴィークならばアマリエを大事に愛してくれるだろう。

願わくば彼らが結ばれてくれるよう・・・。


「姉上、おつらいでしょうが早く目を覚まして下さい。貴女を待っている者がいるのですよ。」


グスタフは眠るアマリエの耳元でそっと囁く。

反応がないと知ると寂しそうに目を伏せ、侍女に暇を告げた。






ルドヴィークは日課となっているアマリエの部屋にやって来た。

彼が来ると侍女は静かに部屋を下がり、2人きりになる。

ルドヴィークがふと花瓶を見ると瑠璃色の花が新しくなっていることに気付き、頬を緩ます。


「そういえば今日はグスタフが来ていたな。」


椅子をベッドのすぐそばまで運び、そこに座るとアマリエの手をそっと握る。

指先にキスを落とすとそのままの状態でアマリエを見つめる。


「早く目を覚ませ。そうしないとお前の好きな花が枯れてしまうぞ。そろそろシーズンが終わってしまう。」


もう一度花に目をやり懐かしそうに目を細めた。


「覚えているか?あの時お前にやった花はこれと同じだ。・・・覚えていてくれてこれを好きだと言ってくれているなら嬉しいな。」


悲しいかな、アマリエからの答えはない。

ルドヴィークは苦笑して握っているアマリエの手を見た。

記憶の中での彼女のそれは今よりもっと小さかった。


「お前は夢の中で笑っているんだろうか。それともまた(・・)泣いているのか?」


ルドヴィークの脳裏に浮かぶのは1人で声も出さずに泣いていた金髪の女の子。

恐る恐る声を掛けると、大袈裟までにビクリと体を跳ねあげこちらを見た。

可愛らしい顔に似つかわしくないほどボロボロと涙を流し、なぜか「ごめんなさい」と謝った。

こんなに泣いている女の子など見た事もなかったから対処がわからず狼狽えていると、咲き誇っていた花が目に入り、咄嗟に差し出したのだ。

女の子はきょとんを目を瞬かせていたが、その花が自分に差し出されていると知ると嬉しそうにはにかんで俯いた。

それを見た時体中が一気に熱くなったのを覚えている。

きっとあの時から・・・


ルドヴィークが思い出に耽っているとドアをノックされ我に返る。

振り返るとイジィが申し訳なさそうに顔を出していた。


「お邪魔してしまい申し訳ございません。そろそろ・・・。」

「ああ、もうそんな時間か。」


イジィに頷いてみせると顔を元に戻しアマリエを切なげに見る。


「ではもう行くな。・・・泣いているのなら早く俺の所に来い。また話を聞いてやるから。」


今では傷痕もほとんど目立たなくなったアマリエの頬を一撫でするとルドヴィークは部屋を後にした。






誰もいなくなった部屋には静けさが戻る。

いつもと同じ何も変化がないように思えたが、アマリエの頬に光るものがあった。

それはアマリエの目から零れ落ちた一筋の涙だった。

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