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ルドヴィークは驚きをあらわにして、目の前にいるツィリルを見た。

ツィリルは居心地が悪そうに目線を彷徨わせている。


「お前、今、なんと言った?」

「ですから、アマリエ嬢との婚約はなかったことになったのです。」

「なんだと!?」


ルドヴィークはツィリルの胸ぐらを掴み大きく揺さぶる。


「どういうことだ?どうしてそうなった!?」

「ちょ、ちょっと・・・くる・・・」

「お放しになった方がいいのでは?」


ルドヴィークは背後に控えていたイジィにそう言われぱっと手を放す。

するとツィリルは途端に咳き込み、涙目でルドヴィークを見る。


「いきなり何をするんですか・・・。」

「なぜアマリエ嬢との婚約を破棄したのだ?あれほど欲していた娘だったのに。」


ルドヴィークはむくれた顔で椅子に座り、ツィリルに話の続きを促す。

ツィリルは神妙に口を開いた。


「実は知らなかったのですが、彼女には腹違いの妹がいたのです。可愛らしい女性でころころと表情が変わりとても魅力的です。」

「それで?」

「彼女は今の夫人の子ということで、大変苦労をしているのですよ。今では正式に夫人に迎え入れられましたが、所詮は妾の子と蔑まされている、と。私はその事実を彼女から聞かされるまで全く気づきませんでした。家人も普通に接していましたから・・・。」

「・・・それで?」

「私の前では健気に明るく振舞う彼女がなんともいじらしく思えてきて守って差し上げたいと。それでアマリエ嬢に別れを告げたのです。」

「ほう。」


白けた顔でどうでもよさそうに応えるルドヴィークに、ツィリルはむっとする。


「可哀想だとは思わないのですか?」

「はっ、ちゃんちゃらおかしいな。」

「なんということを言うのです!?」

「何度だって言ってやるよ。あーあ、おかしくて臍で茶が沸いちまう。」

「ルド!」


ルドヴィークはもう話は聞きたくないと言わんばかりに手を振ると、ツィリルに早急に退出するよう態度で示す。

控えていたイジィがさっと動き、すでにドアを開いて待っている。

ツィリルは常に温厚であるが、ルドヴィークの言動に腹を立てており、らしからぬ乱暴さで出口へと足を進めていく。

もう退出するという時にルドヴィークはツィリルに確認を取った。


「もうアマリエ嬢はいいんだな?後悔しないな?」

「ルドが何を言いたいのかわかりませんが、もちろん後悔などしません。私はインドラ嬢を幸せにします。」

「そうか、幸せにな。」

「・・・失礼します。」


ツィリルがいなくなるとルドヴィークは大きく息を吐き、綺麗な銀髪を思い切りかきむしった。


「あーーー!!なんなんだ!!どうしてこうなったんだ!?」

「少しは落ち着いたらいかがですか。」

「これが落ち着いていられるかっ!!」

「そうですね、愛しのアマリエ嬢に関わる事ですからね。」

「そうだ!!・・・アマリエはきっと傷ついている・・・。」


実はこのルドヴィークはアマリエに密かに想いを寄せていた。

しかし友人であり縁戚関係にあるツィリルがアマリエに婚約を申し込んだと知ると、大人しく身を引いたのだった。

今となってはそれが悔やまれてならない。

アマリエの弟であるグスタフには2人の仲は良好だと聞いていたので安心していたのに、この様である。

ツィリルならば傷ついたアマリエを優しく包み込んでくれると信じていた。


「ちっ、とんだ女狐がいたものだな。」

「全く恐ろしいですね。まるで自分の事のように話すとは・・・。シュプリンガー公爵家は一体どうなってしまうのでしょう?といいますか、あの娘との婚約をよくお許しになりましたねぇ。」

「ふん、知るか。」


ルドヴィークは椅子から立ち上がると、隣室の書斎に入り引き出しから一枚の姿絵を取り出した。

そこには儚い笑みを浮かべたアマリエが描かれていた。

ルドヴィークはそれにそっと触れると何かを決意したように頷く。

再び引き出しに仕舞うと足早にイジィの元へ戻り声を掛ける。

赤い瞳は爛々と輝いている。


「イジィ、行くぞ。善は急げだ。」

「はっ。」

「私がやることはただ一つ。」






あの日からアマリエは何もしなくなった。

ただ窓際に椅子を置きそこに座っているだけ。

ただ窓の外を眺めているだけ。

アマリエの目には一体何が映っているのか?






「お姉様、ツィリル様がいらっしゃって下さったわよ。」

「アマリエ、気分はどうだい?・・・私が言う事ではないのだけれど気になってしまって。」

「・・・。」


何も反応しないアマリエにツィリルとインドラは顔を強張らせた。

ただしツィリルは申し訳なさから、インドラは腹立たしさからと全く内情は異なっている。

業を煮やしたインドラは婚約者の前であるため抑え気味に話しかけた。


「お姉様?何かおっしゃったらどうなの?」

「・・・。」


こちらを見る事すらしないアマリエに怒りをあらわにしたのは同行していた夫人だ。

ずかずかとアマリエの元にやって来ると強引にアマリエをこちらにむかせる。


「アマリエ、ツィリル様に失礼でしょう。」

「・・・。」

「何を考えているの貴女は。」

「・・・。」

「っアマリエ!いい加減に―――」

「夫人、いいのです。それだけ私は彼女にひどい事をしたのですから。・・・今日はもう失礼します。」

「あ、ツィリル様!待って!」


インドラがツィリルを追って一緒に部屋から出て行くと、後にはアマリエと夫人だけが残った。

侍女はおろおろとしていたが、夫人の怒りを買いたくないと大人しく目を伏せる。

ツィリルがいなくなると夫人は思い切り扇を持った手を振りかぶった。

鈍い音、次いで椅子が倒れる音がすると、アマリエは床に倒れこんだ。

遠くからは騒ぎを聞きつけて家人たちがはらはらしながら見守っている。

ミランもその1人でアマリエをじっと見つめていた。


「なんて恥知らずな娘なのかしら!?信じられないわ!!お前のような娘はフューリヒ子爵家から出ていきなさい!!」

「・・・。」

「お、奥様。それはあまりにも・・・。」

「何?お前ごときが私に意見するというの!?」

「あ・・・い、いいえ・・・。」

「いい!?この事はしっかり旦那様にも報告しますからね!!荷物でもまとめて待っているのね!!」


言いたいことだけ言うと夫人はさっさと部屋を出ていった。

侍女がアマリエを助け起こそうとするがアマリエ自身に起きる気力がないため不可能だった。

そこにミランが素早く駆け寄るとアマリエを抱き起し、丁寧に椅子に座らせる。


「アマリエ様、大丈夫ですか?」

「・・・ありがとう。」

「!!・・・いいえ。頬が腫れてしまっていますね。冷やすものを持ってまいります。」


微かなものだったが、ミランは久しぶりに言葉を発したアマリエに内心安堵すると、調理場へと急ぐ。

その際、周りにいた家人には「私に任せて下さい」とだけ言い、解散させた。

皆はミランが昔からアマリエの面倒を看ていることを知っているので納得したようだ。

しかし2人が仲違いしているということは誰も知らなかった。


ミランがアマリエの元に戻ってくると、窓際の椅子にはいないので思わず呼びかける。


「アマリエ様?」


求める返事は返ってこずミランは心配になりながら、寝室へと続く部屋へと入って行った。

そこにはアマリエがいた。

なにやら大きめのボストンバックを用意し、そこに衣類などを詰めている。

はっとしてミランがアマリエに近づいてもやはり何も言わず黙々とその作業を続けてるだけ。


「アマリエ様。何をなさっているんです。」

「・・・。」

「もしかして奥様の先程の言葉を真に受けていらっしゃるのですか?」


ミランなどいないかのようにアマリエはその場を離れると、ナイトテーブルに飾ってあった小さな額をそっと手に取る。

そこに何が描かれているのか知っているミランはかっとなってそれを払いのけた。

その拍子に額の表面に被さっていた薄いガラスにひびが入る。

アマリエの瞳は悲しそうに歪んだ。


「馬鹿な真似はお止め下さい。貴族の娘である貴女がここを出てどうするというのです。どこまでも甘い考えのお人ですね。」

「・・・。」


アマリエは無言で額を拾い上げると懐からハンカチーフを取り出し、大事に大事に包み込みバックに入れた。

その上から何枚か衣類を入れるとチャックを閉め、持ち上げる。

ミランはじりじりと焦燥感に駆られドアへと先回りをしアマリエに言い放つ。


「いいですか、ここから出る事は許しませんからね。いいですね、大人しくしているんですよ?」

「・・・。」


それでも何も答えないアマリエだが、ミランはそのまま部屋を出て、持っていた鍵で外から鍵を掛けてしまう。

これでひとまずアマリエが勝手に家を出ていかないだろうと安心すると、早くグスタフが戻ってくることを願った。






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