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アマリエはフューリヒ子爵家の長女として産まれた。

淡い金髪に緑の瞳という将来が期待されるきれいな女児。

子爵夫人はアマリエを可愛がってくれたが、子爵は彼女に目もくれなかった。

子づくりに励むが男児はおろか子に恵まれず、子爵は愛妾を迎え入れた。

しばらくすると愛妾が懐妊し、産まれたのはなんと男児であった。


「グスタフ、お前こそが我が子である。」


子爵は嬉しそうにグスタフを抱き上げた。

アマリエは一度として子爵に触れられたことはなかった。

子爵夫人共々フューリヒ家での存在が危ぶまれていった。






数年経つと子爵夫人は亡くなり、愛妾が代わりに夫人となった。

なぜ子爵夫人が亡くなったのかには触れないでおくが、アマリエの存在は増々危うい。

家人には心配そうにしてくれる者もいるが、子爵及び夫人に逆らうのが恐ろしいのだろう。

表立ってアマリエを庇う者は残念ながらいなかった。

―――ただ1人を除いて。


彼の名はミランといって、フューリヒ家に仕えるある女の甥であるらしい。

とはいっても彼もまだ幼かったため、ちゃんと庇いきれない事が多かった。

しかしアマリエにはそれだけでよかった。

ミランがいてくれるだけで十分だった。






アマリエが15を迎えると子爵が縁談を持ってきた。

お相手はなんとシュプリンガー公爵家のツィリルだという。

社交界デビューの時にアマリエを見染めてのことらしい。

ツィリルといえば社交界きっての美男子と名高い人であった。

アマリエは畏れ多いからと子爵に言ったが、子爵は鼻で笑う。


「ようやくお前も役に立つ時がきたのだ。大人しく女を磨いておればいい。」


アマリエは項垂れた。

彼女には思う相手がいたからだ。

もちろん相手はミランだ。

ミランに泣きついたが、彼はただ抱きしめて背中を撫でてくれただけだった。

わかっていたことだがつらかった。


この国では女性は18から結婚が許されている。

アマリエにはまだ3年の猶予があった。

子爵に言われるがまま花嫁修行に明け暮れ、子爵はそれを満足そうに見ている。

アマリエは単純に嬉しかった。

理由はどうあれ今まで自分を見てくれなかった父親がかまってくれていると。


それを面白くなく思う人物がいた。

夫人とアマリエとは同じ齢の腹違いの妹インドラ。

実は愛妾であった夫人はフューリヒ家に迎え入れられる前に女児を出産していたのである。

それがインドラだ。

子爵に甘やかされて育ったインドラは姉であるアマリエがツィリルと結婚するのが許せない。

母親である夫人と結託して計画を立て実行する。

少しずつ、少しずつ―――






アマリエは顔が真っ青になっていくのが自分でもわかった。

呆然とツィリルとインドラが寄り添う姿を見つめる。


「すまない、アマリエ。私はインドラを愛しているんだ。」

「ごめんなさい、お姉様。」


何を言っているのか理解できなかった。

2人の言葉はただ耳を通り抜けて消えていくだけ。

子爵は呆れ、夫人は笑みを浮かべていた。


「妹に婚約者を奪われるとは・・・。やはりお前は役立たずだな。相手がインドラでよかったと思え!」


結局フューリヒ家には損害がないため、婚約は破棄となり、インドラとツィリルの婚約が新たに結ばれた。

アマリエの18の誕生日は間近であった。

家人はあまりの出来事に痛々しい目をアマリエに向けるがやはりそれだけだった。


アマリエはまたミランに泣きついたが、ミランの様子は違っていた。

以前の様には慰めてくれなかった。

むしろ冷笑を浮かべている。


「ミラン?」

「全く哀れですね、アマリエ様。今回はさすがに呆れましたよ。」

「・・・ミラン・・・?」


いつも優しい言葉をかけてくれるはずのミランとは思えず、声を震わせながら彼の名前を呼ぶ。

するとミランは煩わしそうにアマリエを見下ろすと吐き捨てるように言った。


「私の名を呼ばないで下さいますか、汚らわしい。」

「!!」


最早絶句するしかなかった。

そんなアマリエを見てミランは顔を歪める。


「私は貴女など大嫌いなのですよ。そんなことも知らずにずっと私に縋る貴女が滑稽でしたよ、実にね。」


震えるアマリエにミランはさらに追い打ちをかける。


「怯え泣くしか能のないただ美しいだけのアマリエ様。それではツィリル様が離れていくのも当然です。今回のことで旦那様にも完全に見放されてしまいましたね。」


くすくすと笑い始めるミランをアマリエはぼんやりと見つめた。

ミランはしばらくするとまた冷たい表情に戻す。


「しかもインドラ様が相手とは様はないですね。」

「・・・。」

「何か言ったらどうなんですか?情けなさ過ぎて声も出せませんか?」


先程から泣きもせず言葉も発しないアマリエを不審に思ったのかそう問いかけると、アマリエは小さく口を動かした。


「・・・出ていって・・・。」

「何です?はっきりものを言うことすら出来ないのですか?」

「ここから出ていって。ひとりに・・・して・・・。」


ミランは器用に片眉を上げるとその通りにするためにドアへと向かう。

出る直前に後ろを振り返ると、アマリエはまだ呆然としており目の焦点は合っていない。

それを見て少し顔をしかめるが、そのまま静かに部屋を後にした。


1人になったアマリエは思わず笑い出した。

初めは好きではなかったけれど、少しずつではあるが心を開いていきすっかり打ち解けていたツィリルの裏切り。

昔から唯一の味方で想い人のミランの思わぬ告白。

もう絶対に見てはくれないだろう父の冷たい言葉。

嘲笑うかのような視線の夫人と妹。

家人たちからの哀れみの目、目、目―――


「・・・ふふふ・・・ミランの言うとおり本当に滑稽ね・・・。」


もう涙さえも出なくなってしまったアマリエは笑うしかなかった。

ひとしきり笑うと力を失くしたようにその場に座り込んだ。






家を留守にしていたグスタフは食事の席でアマリエの姿がないことに疑問を持つ。

すると夫人とインドラが楽しそうに事情を話すのを聞いて、あまりのことに目を見開いた。


「母上と姉上はなぜそんなことができるのです!?」


グスタフはその場を素早く立ち去り、アマリエの元へと急ぐ。

後ろで夫人の呼び止める声が聞こえてきたがどうでもよかった。

部屋のドアをノックしても何も応答がない。

グスタフは静かにドアを開けると、暗がりの中にアマリエが床に座り込んでいるのを発見した。


「っ姉上!アマリエ姉上!!」


近寄り肩を揺すると、項垂れていたアマリエがゆっくりと顔を上げる。

その顔は暗闇に白く浮かび、ぞっとするほど美しい。

グスタフは自分を情けなく思った。

彼は母親や姉が思うほど、この腹違いの姉を嫌ってはいなかった。

確かにいつも弱々しい笑みのアマリエには嫌気がさす時があったが、心優しい彼女は嫌いではなかった。

どれほど夫人につらく当り散らされてもぐっと堪える彼女は果たして本当に弱い存在だったのか?

それを見ても何もしてこなかった自分の方がよっぽど弱いのではなかったのか?

目の前のアマリエはすっかり無表情になってしまい、人間味がなくなってしまっている。


「アマリエ姉上・・・すみません。」

「・・・。」

「すみません。」


グスタフはアマリエを抱きしめたが、彼女からは何も反応はない。

ただ人形のようにされるがままだった。

グスタフはそれでも謝罪の言葉を繰り返す。


そんな2人を開けはなたれたドアからミランが見ていた。

その顔には苦渋に満ちており足を出して近づこうとしたが、ぎゅっと手を握りしめると静かにドアを閉めてその場を後にした。






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