第七話「僕は壮絶な勘違いを見た」
先に書いておきます。
後悔はしていません。
「それではこれより勇者旅立ちの義を行う。神殿の者がこの旅立ちを後の世に残すため記録を付けるので、皆そのつもりでいるように」
僕が勝負を挑んできた騎士ライアンを返り討ちにしたその日の夕方。
僕を一刻も早くしろから追い出そうと決めた(と思われる)城の人間は、早速旅立ちの儀式とやらを広間で開催する事に決定したようだった。
他国の王族すらも参加している式は、今も淡々と進行し国王がお経を唱える様に喋りつ受けている。
そんな会社の会議を思い出すような義務的かつ事務的な空気のおかげで、僕の頭の中は仕事モードへと切り替わっていた。
しかし暇だ。やることも無いのに無駄に頭が冴えている。というのが少しばかりむなしい。
あと陳列する貴族達の視線がキツイなあ。
どうやらこの2日でかなりのヘイトを稼いでしまったらしい。色々と思い当るので仕方がないとはいえ、露骨に睨んでくるのは勘弁して欲しい。
だがそんな僕の注意をひきつけるかのように、小学校の校長先生のごとくしゃべり続けていた国王が僕の思考を切り裂いていった。
「勇者よ、魔王討伐と並行して我が息子チャールズの教育を命じる」
「……え? 国王様、今なんと?」
普通に敬語を使ったことに驚いたのか何人かの貴族が意外そうな顔をするのが見える。
悪意のないリアクションってたまに傷つくよね。
だが、今はそっちに気を取られてはいられない。
僕の質問を受けた国王は、聞き間違いではなかったという事を保証するように同じく言葉を繰り返した。
魔王討伐と並行して我が息子チャールズの教育を命じる。
それはつまり王子を、チャールズ君を連れて魔王を倒せという事だ。
マトモじゃない。それは自分の子供に死ねと命じるのと同じことじゃないか。現に始めから分かっていたという顔をしている城の関係者以外は、神殿から来た記録係も含め皆一様に驚いている。
場の空気は五分と五分ってところかな。
僕は社会人生活の中で培ってきた空気を読むスキルを生かしつつ、驚いている人々の賛同を得るため反論を試みる。
「国王陛下、失礼ながら旅の道中は危険に溢れたものとなるでしょう。子供に耐えられるとは思えません」
「心配するな。生きるために必要最低限の戦闘技術はハールマンを通して教え込んである」
「いえ、そういう事を言っているのでは……」
「それに、だ。どのみちこのままでは国どころか世界が滅ぶやもしれぬのだろう? ならば現状、危険など大した問題ではあるまい。これは国の民の命を背負う、王族としての宿命なのだよ」
「……宿命ね」
クソ、ずいぶんとそれらしい言葉を並べるじゃないか。
おかげで懐疑的だった他の人間も納得し始めている。
「おお、なるほど」
「さすがは国王。王家の格言に乗っ取ったというわけですな」
「これは歴史的瞬間だ。新たな英雄が今まさに生まれようとしている!」
とことん気に入らない話だ。
色々と可能性はあるが、恐らく死ねば僕に責任を押し付け。生き残れば客寄せパンダとして利用する気なのだろう。
認めたくはないが今の自分の見た目は勇者のイメージには程遠い。民衆の英雄として祭り上げるにはイマイチだという自覚もある。
だからこその大替え案。国と世界を憂いた王子が英雄の一人として魔王を倒す。といういかにも盛り上がりそうな英雄譚を作り上げようとしているのだろう。
「ボク、力一杯頑張ります! 勇者様、足手まといなのは分かっていますが、どうぞよろしくお願いします!」
おまけに英雄にあこがれのある本人は、純粋な正義感と憧れでやる気に満ちているときた。
言いたくはないが、親の悪意子知らず。といった現状だった。
多分同行は止められないだろう。
本当に、いろんな意味で気に喰わない。あのクソ国王のお心に一発くらいはやり返してやりたい所だ。
とはいえこの場には記録係が付いている。そう簡単に迂闊な発言をする人間はいないはずだ。
やるなら慎重に、かつ確実性の高い一手を打つ必要がある。
僕はそんな事を考えつつ、苦い顔で戸惑うポーズを取りながら隙を、この空気をなるべく自分に非の無い形で叩き壊せるようなタイミングを探って行く。
するとそんな僕をみて機嫌をよくしたのか、宰相と思われる人物がトドメとばかりに僕に語りかけてきた。
千載一遇のチャンス。
その話の序盤で内容に気付き、終盤の予測を立てた僕は内心でほくそ笑む。
彼の話はこうだった。
「勇者よ。貴様は知らんようだが、この国の王族には『王たる獅子は我が子を谷に突き落とし鍛え上げる』という格言があるのだ。それは王の息子とて例外ではない! そこで内股になるなぁ!」
言うまでも無い事だとはとは思うが、一言一句、間違いはない。
お察しの通り、一矢報いる覚悟で内股になったのは……そう、僕である。
そしてその反応、というより反響は中々に大きかった。
「勇者殿、宰相殿がおっしゃった息子とは断じてその息子ではない! 無礼だぞ!」
「不潔、不潔よ!」
「崖から落とす? 自分ごとか!? 王族をバカにしすぎだ!」
「ああ、神よ。私にこんなものを記録しろと言うのですか!?」
個人的には神殿から来た記録係の人のリアクションが高評価だ。
自分の内股が歴史に風穴を開けたという確かな手ごたえのおかげで、多くの貴族から飛びんでくる怒号と悲痛の叫びも気になりはしない。
その結果に思わず口角を吊り上げた僕は、先ほど叫び声を上げた宰相に向けてにこやかな顔を向けて口を開く事にした。
「やだなあ、皆さん。今のは少し膝に違和感を感じたので少し具合を確かめてみただけですよ。もちろんこの場にそぐわない行動だったとは思いますが……下ネタに結び付けられるのはちょっとひどくないですか?」
そして、荒れていた会場が沈静化した。
「そ、それは……え?」
宰相殿も風向きが逆になった事に気づいたのだろう。
さきほどまでは不埒物を糾弾する正義味方みたいなの立場だったのに、一瞬で逆の立場に格下げさせられたのだ。
真っ青な顔のまま、考えがまとまらずうろたえている。
しかし挽回は無理だろうね。
膝がどうこうという先ほどの話はもちろん大嘘だ。
しかしこれまで一言もしゃべらなかった僕が下ネタを意識したという証拠は無い。対する非難組の発言は悲痛な叫びをあげた神官殿が泣きそうになりながら記録していたのだ。
こちらの非を証明する材料はあちらにはないので、当然の様に宰相とゆかいな仲間達は勘違いしたバカ者共として周りの人間から非難される事となる。
結果として宰相の取った行動は逆ギレだった。
「おのれ、ハメおったな勇者! 貴様、恥を知れい!」
どうやら宰相は自分の事棚に上げて人をボロクソ言えるタイプらしい。
そんな宰相とそれに乗っかろうかどうかと迷う貴族達を前に、国王は頭を抱えタメ息をつく。
「今この場にそぐわない発言をしたものは速やかに退室するように」
速やかなる撤退命令。
こうして華々しく始まった勇者旅立ちの儀式は勇者を除く空気の読めなかった者達の退室という形で区切りをつけたのだった。
「しかしチョロかったね」
内股を注意しただけの宰相は首の皮の皮1枚つながったらしく、赤い顔でこちらを睨んでいるが、その取り巻きは没収済み。
元々は下ネタに弱い人がちょっと吹き出したらいいな。くらいの気持ちでやったのに、ずいぶんと大事になってしまった。
しがないリーマンとしては、あんな挑発にアッサリ乗るなんて社会人としてどうなのかと言わせてもらいたいところだ。
自分のいた会社じゃありえないというか、見下しすぎと言うか。まさかこんな入れ食い状態みたいな事になるなんて予想していなかった分、逆にビックリだった。
「それにしても、なかなか派手にやりましたねぇ。おかげさまであなたに敵対心を持っていた貴族の大半が退室ですよ」
「いえいえ、僕はただ膝の具合を確かめただけですよ」
結構な人数が部屋を去っていく中、自分の巻き起こした現象に驚く僕は、背中からかけられた声に振り返る。
声をかけてきたのは王子であるリオン君の付き人、イケメン吸血鬼のハールマンだ。
「全く勇者殿も腹が黒い。まさかあんなくだらない手で反撃をするとは」
どうやら貶しているようで褒めているらしい。クマの目立つ目元が少し笑っている。
「ふ、ハールマン君。僕は一矢報いてみせたのだよ」
「まあもうちょっと他に方法がなかったのかと言いたいですが……ある意味大勝利でしょうねぇ。おかげで形ばかりを意識したこの儀式も早く終わりそうです。要は王子の同行が目的といっても良いようですからねぇ」
「ハハ、しばらくは鏡が見たくないね」
「……なかなかどうして、やはり黒いですな。とりあえずは魔王討伐までの道中、王子共々よろしくお願いいたします」
「ああ、という事はハールマンさんも来るんですか」
「ええ、ですがあまり気にしないで下さい。少なくとも安眠の時間があれば私はそれで十分ですからねぇ」
「この城、どんなブラック企業だったんだ……」
何はともあれ、リオン君の面倒を見なくてはいけない。というのは完全に決定しているらしい。
異世界を舞台にした勇者の物語。
もう始まりかけているソレは、我ながらとんだ冒険譚になりそうだった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
いつものように? ギャグ多めの一章ですが、本編の反省を生かして少し早目の段階でシリアスを入れていきたいかな。と思っています。
今回の下ネタについては……今の自分の全力を出したと自負させてもらいますかね。
笑っていただけたら嬉しいです。