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探し物と落とし物。――I am a lovesick girl.――

空が霞んで、吐く息が白い。街はクリスマス・ソングに溢れている。

女子高生になって三年目。

つまり三年生の冬を迎えた千流は、色彩に富んだ街とは裏腹な気分で、道端に落ちてる石を蹴ると溜め息を吐いた。


だって、わかんないんだもん。

進路進路ってさ。

そんなこと、簡単に決まるわけないじゃん。

簡単に決められたら、悩まないっつーの。



探し物と落とし物。――I am a lovesick girl.――



もう暗くなってもいい時間のはずなのに、街は音と人と光で溢れていた。

もしかしたら、昼間よりも賑やかかもしれない、クリスマスイブの夜。


「なぁにがジングルベルだ、ぶぁーかっ」


有線のラジオまでもがクリスマス・ソングを流している。その曲を右から左へと聞き流しながら、千流は店のショウウィンドウに目をやり、毒づいた。

飾ってあるのは、洋服。何とかって賞をとったデザイナーがデザインしたやつ。書いてある値段をちらりと見たけど、高校生に手の届く数字ではもちろんない。

それを見て、千流は更に深い溜め息を吐いた。


「デザイナーねぇ……」


内心、憧れているけれど。

高校生にもなれば、憧れと現実は全く違うものだと、わかっている。

だから、口にはしない。

叶わない夢だとわかっているのに口にするほど空しいことはないから。

眩しい光を反射しているショウウィンドウのガラスに額をあてて、もう一度溜め息を吐く。


「溜め息ばっかついてると、幸せが逃げるんだぞー……って……つかなきゃやってらんないよ……既に幸せなんかないし……」

「そう思っているのは、君だけじゃない?」


不意に、自分の呟きに返事が帰って来て、千流は顔を上げると振り返った。

自分を見下ろすように一人の少女が浮いていて、千流はほとんど叫び声に近い声を発した。


「ぎゃっ」

「こんばんは。迷える小羊さん」

「……し、喋った……」


空中に浮いている少女は赤いワンピースを着ていて、白くて大きな袋――サンタクロースが持っているようなソレを手にしていた。膝辺りまであるがっぽりとしたブーツを履いて、桃色の長い髪をなびかせながらとても綺麗に笑う。

その姿は、冬にしてはいささか寒そうだったけれど、少女から漏れる雰囲気は温かく、優しいものだった。


「うん、喋るよ。だって私は、君に訪れた幸運だから。……君にしか見えないけどね」

「……は?幸運……?」

「信じなくても、いいけど。ただこれは私の仕事だから、君に伝えなくちゃいけないの。……君の不運」

「あたしの不運?って……そーいうこと、進路に悩む高校生に言うもんじゃないっしょ。ってか見てて寒そうなんだけど。何、あんた誰?」


少女は地面におりたつと、かすかに微笑んで千流を見た。比較的小さな千流と同じくらいの背丈。

むき出しの肩が何だか寒々としていて、見ている千流のほうが身震いをした。


「…人は私のことをサンタクロースと呼ぶけれど……。それはクリスマスイブの話。でも私が誰であろうと、今は君に訪れた幸運だから」

「はいはい。幸運ね。サンタクロース……って、今日イブじゃん」

「プレゼントを配るのは、あくまでも夜のお仕事。皆が幸せになれるように、配るの。その日以外はこっちが本業」

「幸せを運ぶのが?……ってーかあたしそんなに不幸そう?」

「少なくとも、世界で一番不運だって顔はしてると思うけど?」


何の悪気もなくそう言って笑うと、少女は千流の心臓の辺りをトンと指で突いた。


「答えは、いつもこのなか。君に出せない答えは、私にも出せない。……はやく、答えを出して。本当の答え。後悔のない、君の真実。後悔に、飲み込まれたくなかったらね」

「何の、話よ?」

「さあね。わからないならそれでもいいけど。覚えていて、幸運は二度来ないってこと」


ふわりと浮いて、少女は高く高く舞い上がった。その姿が見えなくなるほどに。同時に、何か白い物――雪が、地上に降りてきた。


「何に……気付けってのよ」


クリスマスソング。悲しい主題歌。自分の声も、かき消された。


***


「はぁ……何だかなぁ……」


校長先生の長ったらしい終業式の挨拶を聞き終えて教室に戻った千流は、自分の席につくと窓の外をただじっと眺めていた。


そりゃあ、デザイナーにはなりたいけど。

たぶん、もう大学とか願書の締切り終わってるだろうしなー。ってゆーか、まだ募集してても行きたいとこ決まってないし。

……まず、大学行くかさえ決めてないんだよな……。

はぁ……留年しちゃおっかなー。……………って、アホかあたし……。

デザイナーねぇ。……………デザイナー………ねぇ。


千流は心の中でぶつぶつ呟きながら机に頭を垂れた。

負のオーラを滲ませている千流のところに、友人が数人やってきて彼女の頭を叩く。


「ちーるちるっ!何へたれてんのっ?」

「……や、別に……」

「別にって言うわりに、凄い鬱な顔してるよー?何か悩みごと?」

「んー……まぁ進路についてちょっとねー……」


やる気のなさそうな気の抜けた返事を返した千流に、心配そうな表情を見せて、そっかと呟く。


「でもそれは千流の問題だからねぇ。……後悔しないように、悩めるだけ悩みな。……時間、迫ってるけどね」

「うん……」


それはわかってるんだけどね。

だから悩むんだよなー。

何したいんだろ、あたし。


***


いつものショウウィンドウ。

気がついたら学校の帰りに毎日通っていて、飾られている洋服に目をやっていた。

冬休みに入ったというのに浮かない気分でいるのは千流くらいのものだろう。


「こんにちは」


またあいつかっ!?と思いながら声をかけられて振り返ったが、今度は人だと悟ってほっとする。

綺麗で、人のよさそうな、髪をアップにしてる女の人。

こんにちはと挨拶を返すと、女の人はショウウィンドウの前に突っ立っている千流に近付いて、飾ってある服に目をやった。


「気に入った?」

「え?えぇ、まぁ、そうみたい……です。気がついたら毎日通っちゃってるし」

「ふふ。服が好き?」


唐突の質問に面食らいながらも、千流は服を見上げて眩しそうに目を細めた。


「はい、たぶん」

「この服ね、私がデザインしたものなのよ」


優しくそう言った女の人を驚いた面持ちで見て、千流はおずおずと話を切り出した。


「……じゃあ、あなたがデザイナーの……奈緒さんですか?」

「はい、そうです」


おどけて返事を返した奈緒に微笑みを投げると、奈緒も微笑みを投げ返してきた。


「あなたの名前は?」

「千流です。矢島千流」

「そう、千流ちゃん。私のこと知ってるってことは……デザイナーに興味があるの?」

「……はい」


気の乗らない返事と暗い表情が帰ってきて、奈緒は不思議そうに首をかしげ、千流の手を取ると店の中へと引っ張って行った。

暖かい色で統一された店の中には、色んな形や色の服が場所を取り合っていて、しかし互いに相手をひきたてあっていた。


「……凄い」

「どんな人が着てくれるんだろう、どんな人が喜んでくれるんだろう。……そう思ってデザインするのが、デザイナーの仕事よ。千流ちゃんなら、どんな服をデザインする?」

「あたしは、」


目を輝かせながら店の中を見渡して、真っ直ぐに奈緒を見る。

そして、にこりと笑顔を浮かべた。


「着ているだけで幸せが降ってくるんじゃないかって、思えるような服をデザインします」

「そ。じゃあ、頑張らないとね」


奈緒の笑顔をあとに店を出たとき、そこにはあの少女が立っていた。

全身桃色と言っても過言ではない格好の少女。手には、何が入っているのかやっぱり大きな袋を持って。


「迷いが、なくなったんでしょ?」

「うん。あたし、デザイナーになるの。もうグダグダ言わない。卒業したら、この店に自分を売り込みに行くの」

「そう。君の不幸は、迷う心だったの。自分には決めたことが、夢があるのに、選択肢を増やして悩んでいたの。もう、その心は落として来ちゃったみたいだけとね。でも、かわりに探していたもの見つけたんでしょう?それが君の幸せ」

「まあ……それが幸せかどうかはわかんないけどさ」

「いいえ。きっと幸せ。だって私は、君に訪れた幸運だから」

「そうらしいけどね。あんた、一体何をしてくれんの?」


おどけて肩をすくめた千流に、少女はにっこりと微笑むと袋の口を開いた。


「君の落とし物を、拾って行くの。迷える心を。君がまた拾ってしまわないように」

「それはいいわね」


すぅ、と袋の中に風が入って行って。

少女は袋を閉じた。

千流は少女に向かって、明るい声を投げる。


「キャリーって、どう?」


いきなりだったので少女は何のことか分からず首をかしげ、大きな瞳で千流を見つめた。

千流ははにかんで笑いながら、言葉を紡ぐ。


「……名前。ないんでしょ?幸せを運ぶ人だから、キャリー。よくない?」


キャリーと名付けられた少女の表情が、喜々とした。


「有り難う」

「ん?んー、どぉいたしましてっ」


キャリーはふわりと宙に浮いた。嬉しそうに笑って。


「それじゃ」

「うん。ありがと、キャリー。 …ねぇ、その袋の中、落とし物が入ってるんでしょ?重くない?」

「だってこれが私の仕事だから」

「……そっ、か。ま、返したくなったら返してくれていいからさ。たまには迷うことだって必要だろーしね」


千流の言葉に返事をせず、ただ笑顔だけを浮かべて少女は消えた。

仕事が終わったからだろうか。


「幸せ、ねぇ……案外、近くにあるものなのかも」


冬の空から、白く冷たい贈り物が降り出した。

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