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しかくいそら。---Sky Is Blue...---

見上げれば空は広く、どこまでも続く。

それが当たり前で、普通の空。

だけど俺が見る空は、いつだって四角く区切られているんだ。


それが俺にとって普通の空だから。




しかくいそら。---Sky Is Blue...---




いきなり、目の前に現れた少女を見て、堅は特に驚くわけでもなく、むしろ最初からわかっていたとでもいうように声をかけた。


「確か、前も来たよな。えっと……誰だっけ?」

「……前に君のところに現れたのは君を励まそうとしたから。……無駄だったみたいだから、消えたのだけれど……たぶん、そう……無駄なことなんて何もないってこと、気がついていなかった。ごめんなさい。今日は、仕事で来たの。君のところに訪れるけとが私の仕事だから」

「けったいな仕事だな……。ま、いいけどさ。つーかお前の言ってる意味がよくわかんねぇ。誰なんだって聞いてんだけど、俺」

「名乗る名前が、私にはないの……だって、必要のないものだから。名乗る必要もないし、聞かれる必要もない。……敢えて言うのなら、サンタクロース。でもそれはクリスマスイブの話。その日以外は、私達はこうして誰かを訪れるのが仕事。こちらが本業なの。でも、そんなことはどうでもいいの。だって私は――幸運だから。君に訪れた幸運。それだけは確か」


淡々と、透き通った声で少女は答える。

いきなり入ってきて、ふざけたことを言うもんだと、笑いたくなった。怒るわけでもなく自分の不運を嘆くわけでもなく、ただ笑いたくなった。

自分に訪れた幸運などと。

あるはずがないのに。

幸運が、訪れるはずがない。

ましてや、人の姿で。

幸運に、形があるとして、人の姿なのだとは想像すらしたことがない。

嘘にしては、あまりに滑稽で。

真実にしても、あまりに幻めいている。

ふと口許を緩めて、少女を見つめる。ひどく美しい少女を。


「もうすぐ死んじまう不運な俺をからかいにでも来たってわけか?サンタクロース…いや、幸運さん、か」

「さあね。君がそう思うならそれでいいし、あるいは本当にそうなのかも。真実なんて誰にもわからないから。ただ、からかい目的だとしても、幸運をもたらすのだとしても、私は君のところに訪れた。これだけは変えがたい真実」


その言葉の意味を考えながら何も言えないでいる堅に、少女は続ける。

淡々と。


「君が不運だと思うから、それがたとえ幸運であっても不運になってしまうの。不幸も、幸せだと思えば幸せなのと同じこと。他人から見て、それが不幸だったとしてもね。でも君が不運だと思うってことは――やっぱり、不運なのかもしれない」

「何が言いたいんだよ」

「言ったでしょう?私は君に訪れた幸運だって」


にこりと綺麗に微笑む少女。


「必ずしも死ぬことが不運だとは限らない。君にとって、不幸せなことであってもね。死ななくても、生きていても、不運は訪れる。幸せじゃないって、生きていても感じる人はたくさんいるでしょう?死ぬことが不運じゃないなら、君の不運は何?」

「俺の……」


不運?

わからねぇ。

死ぬこと以外に、不運なことがあるのか?

まだまだこれからだってのに。

皆と喋ったりしてさ。

何でだ。

何で俺なんだよ。

考えたこともなかったのに。

自分が死ぬなんてさ。

……死ぬ?

何でだ?

何で死ぬんだ?

何で、俺は――死ななきゃいけない?


「病気……だから……」


堅がぽつりとつぶやいた。風にさらわれて消えてしまいそうに小さかったけれど、少女はしっかりとその声をとらえて、にこりと微笑む。


「そう、病気。君は病気だから死んでしまうの。病気になったことが君の不運」

「だって、これは……いや……、だからどうしたんだよ。なっちまったもんはしょうがねぇだろ?それに……足掻いたって治るもんじゃない。足掻くことなんか、散々やった」

「それ」


少女が一言だけ呟いたのだけれど、何のことを言っているのかわからず堅は話すのをやめてきょとんと少女を見た。


「その諦めの気持ち。……それじゃ、治らないのも無理ないんじゃない?」

「は?」

「気の持ちよう、って言うでしょ?あれって間違ってないと思うよ。言霊って言って、言葉には力があるの。言ったことが本当になるっていうのも、そのせい。だから弱音ばかり吐いてると、体も弱っていく」

「だったらどうしろって言うんだよっ!」


堅がはじけたように叫んだけれど、少女は別に驚いた様子もなくただ無表情に彼を見つめていた。


「最初は、すぐ元気になるって思ってた。絶対治してやる、って……でも駄目なんだ。体はどんどん弱ってくんだよ!俺がどんなに祈っても……逆らえないんだ……っ!どうしろって言うんだよっ……」

「さあ。どうするかを決めるのは、私じゃないから。……決めなきゃいけないのは、君でしょ?」


冷たい返事を落として、少女は真っ直ぐに堅を見た。

魂が抜けてしまったようにただうつむいている堅に、ただね、と言葉を続ける。


「忘れないで。私は幸運。君に訪れたの。君は、どうしたい?」

「……生きたい……」


ぽつり、と。

力無く、弱々しく発された言葉だけれど。

少女は満足そうに微笑んで、堅が何か言うのを待った。


「……生きたいんだ。死ぬとわかっていても、わかっているから、どうしようもなく生きたい。今日が終わって、また明日が来て、学校行って。皆が普通だって思ってることを普通にやりたいんだ……っ、でも無理なんだよ……っ」

「だから、諦めちゃ駄目だって言ってるのに。私は君の何?」


はっとしたように、堅は顔をあげた。わずかな希望を瞳に映して、少女を見つめる。


「俺に訪れた……幸、運……?」


言いながら、堅の顔に光が芽生えた。

少女はそれに応えるようににこりと微笑む。


「そういうこと。信じる信じないは、君の勝手だけど。こっちも仕事だから、君が信じようが信じまいが幸せをあげなくちゃいけないの」


そう言って、少女は持っていた袋を開いた。

ふわりと、暖かい光が堅を包む。優しい気分になれる気がした。


「かわりに君の悪いところ――病気をもらっていくね」


窓から目も開けていられないほど風が強く吹いた。その暴風の中、消えることなく声が響く。


「幸運は、いつも君の傍にいる。忘れないで」


不意に風が止んで、堅はそぅっと目を開けた。

そこには誰もいなくて。少女の残像さえも残っていなかった。

ただ、体の中が妙に軽くて。

治ったのだと、自分でわかった。


「……いつも傍に、か」


聞こえているのだろうか。

俺の声が。


「ありがとな、幸せを運ぶひと」


堅はそっと、一言呟いた。

そうしたら、堅の頬を風がなでて。

堅は、ゆっくりと目を閉じて、そして笑顔を浮かべ、久々にベッドから降りると窓へ近付いて空を見た。

ベッドの上にいたとき、窓から見る空はいつも四角くて、それが自分にはすべてなのだと思っていた。


雲がぱらぱらと散りばめられた空は、どこまでも続いていた。

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