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Minority  作者: 水上かなみ
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私が知ってる唯一の道

 頭をギリギリと締めつけられるような、暴力的な金属音に叩き起こされた。私はうめき声を上げながら、枕元に置いてある目覚まし時計の頭を、力任せに何度も叩きつける。

 頭を締めつけられるような……というか、本当に頭が痛い。これは間違いなく二日酔いだ。

 這いつくばるようにして何とか冷蔵庫までたどり着くと、砂漠でオアシスを発見した遭難者みたいに、ミネラルウォーターのペットボトルをラッパ飲みで乱暴に飲み下していく。透明な液体が、体中に染み渡っていくような気がした。

 これが孤独な東京砂漠……ってそれは何か違うか。


 ペットボトルの半分ほどを一気飲みして、ようやく人心地ついた。頭はまだ痛むけれど、とりあえずは動けそうだ。私は、今すぐベッドに舞い戻りたい気持ちをなんとか押さえつける。

 何年も続けてきた習慣は、何も考えなくても体を勝手に動かしてくれる。身支度を整えながら、代わりに頭の中では昨日のことを思い出していた。

 昨日はライブハウスでユウと知り合って、その後居酒屋に行って、……キス、されて……。

その後のことは良く覚えていない。けれど今こうして自分の部屋にいるってことは無事に帰れたんだろう。ちゃんとパジャマに着替えているし、メイクも落としている。うん、毎日の習慣ってやっぱり大事だ。

 記憶が無くなるまで飲むことなんて滅多に無いんだけれど、昨日はやっぱり浮かれていたんだろうか。何てことを考えて、その後すぐに、あの最後の記憶、ユウの去り際の言葉を思い出してちょっと泣きそうになった。

 勘違いして浮かれてはしゃいで……バカみたい。

 あの最後のキスはどういう意味なんだろう。勘違い女への餞別? それともユウにとっては、あんなキスくらい別になんて事でもないんだろうか。

 考えようとすればするほど、そのたびに頭がズキズキと切なく痛んだ。頭痛にまでバカにされているみたい。

 なんだか、軽く失恋したみたいな気分になって、それから、そんな気持ちでいる自分にちょっと驚いた。

 もうあのライブハウスに行くのはやめようかな……。

 ユウはまたねって言っていたけれど、私があそこに行かなかったらもう会うこともないだろうし。

 そんな事を考えているうちに、いつの間にか身支度は終わってしまった。今日ほど会社に行きたくないと思った日は無いかもしれないけれど、仕方ないので私は部屋を出た。それが社会人ってものだ。


 満員電車で人の塊に押しつぶされて、すぐに後悔した。満員電車なんて毎日のことだから慣れたつもりでいたけれど、体調が悪い時は別だった。

 折れそうになる気持ちと戦いながら電車に揺られて、ようやくホームに降り立つ頃には私はもう頭痛と吐き気でフラフラだった。

 とりあえず改札は出たけれど、すぐには会社に行く気にならなくて、柱に寄りかかって休憩することにした。やっぱりこのまま帰ろうかなぁ……。


「アキー、おはよー」

 いきなり肩を叩かれてビックリした。一瞬意識が飛んでいたのかもしれない。ゆっくり振り返ると早苗が立っていた。

「何してんの? 会社行かないの?」

「ああ、えっと……」

 いくら早苗相手でも「会社をサボろうかどうか悩んでいました」なんて言えなくて、言葉を濁す。早苗は心配そうに眉根を寄せた。

「ていうか何か体調悪い? 大丈夫?」

「まぁ、うん、昨日ちょっと……色々あって」

「私の誘いを断るからそんな事になるんだよー」

 今となっては確かにその通りかも。早苗が歩き出したので、私も横についていく。

「でも、ホントに体調悪いなら休んだ方がいいよ?」

「あー……大丈夫。そんな大したことじゃないし」

 軽くため息をつきながら早苗にこたえる。ここまで来たら、今から帰るほうが面倒くさい。それに、さっき休んだからちょっとは回復したし、仕方ないかな。

「ふーん、大丈夫なら良いけどさ」

 言葉はぶっきらぼうだけれど、いつもより少し歩くスピードが遅くなっている。多分私に合わせてくれているんだろう。不器用だけど、こういうところ、早苗は優しい。

 そんな事を考えていたら、早苗は私を振り返ってニヤッと笑った。

「じゃあその辺りのことも、仕事のあとにでもゆっくり聞かせてもらおうかな?」

 そう言って、居酒屋の通りを視線で示す。

 ……一瞬気が遠くなった。いやホント、勘弁してください。



 あくびをかみ殺しながら、延々パソコンに数字を入力していく。

 また上司に怒られちゃいけないと思ってひたすらキーボードを叩いていたら、気がついたときには午前中の仕事が終わってしまった。

 ふぅ、と軽く息をついて時計を見ると、予想していたよりも少し早かった。

 私、やれば出来るじゃん。と心の中で小さなガッツポーズ。まぁ元々今日のノルマがいつもより少なかっただけなのかも知れないけれど。

 いつも以上に気を張っていたからか、ノルマが終わったと思った途端にどっと疲れてしまった。頭痛は全く治まる気配が無い。

 お昼は早苗が終わるのを待っていた方が良いかな……先に食べてると、早苗すぐに怒るし。ちらっと早苗を見ると、早苗はまだノルマを終えてないみたいでパソコンに向かっていた。ちなみにうちの会社では、ノルマが終わったら勝手に休憩を取って良いことになっている。その代わり、終わらなかったらいつまでたっても帰れないんだけど。

 仕方ないから午後の分も進めておこう。そうすれば午後は楽できるし。そう思ってパソコンに向き直った時、机の上に置いていた携帯電話が急に大きな音を立てた。

 周りの人たちが一斉に私を振り向く。私は携帯電話をひったくるようにして、慌てて着信音を止める。音が止むと、周りの人たちもすぐに自分の仕事に戻っていった。

 どうやらマナーモードにしておくのを忘れていたみたい。いつもは家を出るときにマナーモードにするんだけれど、今日はボーっとして忘れていたんだろう。

 携帯電話を開いて画面を見ると、メールが来たことを知らせている。送信者の欄には知らないアドレスが表示されていた。

 誰だろう。迷惑メールかな? と思いながらメールを開いて、その途端に私は固まってしまった。本文にはこう書かれていた。


『おはよー、ユウだよ。お姉さんちゃんと会社行けた? 私は今起きたとこだけどさ』

 メールには本文の他に、道路で寝転がって気持ちよさそうに寝ている猫の写真が添付されていた。今撮ったんだろうか。私は混乱した頭でメールを打つ。

『ユウ!? なんで私のアドレス知ってるの? 会社にはちゃんと行ったよ!』

 返事はすぐに返ってきた。

『そりゃ良かった。昨日飲ませすぎちゃったかなーってちょっと思ってたんだ。昨日お姉さんが寝てる間にこっそり登録しちゃった』

『ちょっと! 勝手に携帯見たの?』

 ユウのアドレスを電話帳に登録していると、また返信がくる。返事が早い。多分、暇なんだろう。

『だって、お姉さんすっごい無防備に寝てるんだもん。ダメだった?』

 ユウは全然悪びれる様子が無い。別に見られて困るものがあるわけじゃないから良いんだけどさ。ちょっと上目遣いに見上げてくるユウの姿が目に浮かんだ。

『いや、まあ良いけど。勝手に人の携帯見るのはマナー違反でしょ』

『はいはーい、ごめんなさーい』

 これ、絶対反省とかしてないんだろうなぁ、とちょっとため息。なんて返信しようか考えていると、新しくメールが届いた。

『そうだ! 来週の金曜にあそこのライブハウスでライブやるからさ、お姉さん来てよー』

 その言い方がもの凄くユウっぽくて、私は思わず苦笑してしまった。


 そうしてユウと他愛無いメールを続けていると、後ろから名前を呼ばれて、私は振り返る。

「アキ、お待たせ。お昼いこ」

 振り返ると、いつの間にか早苗が後ろに立っていた。早苗も仕事を一区切りつけたみたいで、財布を手に持っていた。携帯電話をジャケットのポケットに仕舞って、私も立ち上がる。

「何食べるー?」

「えー、別にコンビニで良いよ」

「じゃあコンビニで!」


 外に出るために二人でエレベーターに乗りこむ。視線を感じて早苗のほうを見ると、早苗がまじまじと私の顔を覗き込んでいるのに気がついた。

「な、なに、近いよ? そんなジッと見て」

「……アキさ、なんか良いことでもあった?」

「えっ?」

「朝はこの世の終わりみたいな顔してたくせに、今はなんか嬉しそうだし」

「そ、そう?」

 頬を触ってみても、いつもと変わったような気はしない。

 けれど落ち込んでいた気分もズキズキ鬱陶しかった頭痛も、言われてみればいつの間にかなくなっていた。多分、ユウからメールが来た時から。

「図星でしょ? さっきメールしてたの、やっぱり彼氏なんじゃないのー?」

「だから、違うってばっ!」

 いつもと同じように、頭にチョップをしながら言い返す。早苗は大げさに痛がりながら、ちょうど開いたドアの向こうに走っていってしまった。

 その後姿をゆっくり追いかけてビルの外に出ると太陽の光がキラキラまぶしくて、一瞬目が眩んでしまいそうになる。

 それはなんだか、昨日ライブハウスで見たスポットライトみたいで。


 そうだ、

 ふとした思いつきに、思わず頬が緩む。

 ユウからの着信音は昨日のあの曲にしよう。マイノリティになれない人たちの、弱者の歌。

 やっぱり私はマイノリティにはなれそうにない。だからこそ、ずっと憧れくらいはしていようと、そう思った。


最後まで読んでくださってありがとうございました><


次はもうちょっと長いやつを書きたいと思ってます。

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