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Minority  作者: 水上かなみ
4/5

心の沈黙で閉ざされた暗闇

「お姉さーん、起きなよー」

 肩を揺すられている感触がして、私は目を開けた。

「……あ、れ?」

「やーっと起きたか!」

「わたし、寝ちゃってた?」

 ぼんやりした頭を振りながら目の前を見ると、呆れ顔のユウが私の顔を覗き込んでいた。

 どうやら気づかないうちに寝てしまっていたみただった。自分ではそんな気は全くないから、ちょっと目を瞑ったら時間が飛んでいた……みたいな気分。そういえば、昨日は寝不足だったことを思い出した。

「もう、話の途中で寝てるんだもん、ビックリだよ」

「んうぅっ……ごめんごめん」

 大きく伸びをしながら謝る。

「あーあ、せっかくライバルバンドと血みどろの抗争をした時の話してたのにさー」

「聞きたくないよ、そんな話」

 ていうか、その話嘘でしょ……。

「私、結構寝ちゃってた?」

「んー、一時間くらいかな。もうすぐ閉店だってさ」

 時計を見るともうすぐ日が変わるくらいの時間だった。周りにいた他のお客さんも、もう誰もいなくなっていた。

「そっか……ごめんね」

「いいよ、お姉さんも疲れてるんだろーし。そろそろ出よっか」

 ユウは伝票を掴むと、私を置いてさっさとレジまで行ってしまった。私もカバンを掴むと慌ててユウの後を追いかける。会計をしているユウに追いつくと、財布から抜き出した一万円を受け皿に置いて、

「足りない分出しといてー」

 と言ってそのまま店の外に出た。引き戸を開けると、夜の濁った空気が私の頬を撫でた。外の気温は居酒屋と比べるとひんやりと冷たくて気持ちが良い。火照った頭がちょっとだけ覚まされていくような気がした。

 通りはもう人が随分少なくなっていた。たまに見かける通行人たちも、ちょっと顔を赤くしながらフラフラと眠そうに家路を辿る姿が殆どだった。きっと、もうすぐこの通りは眠りにつくんだろう。

 しばらく行きかう人たちを眺めていると、後ろでお店のドアの開く音がした。

「おまたせー。はいお釣りねー」

 振り返ると、ユウがお札を数枚差し出していた。私は受け取らずに尋ねる。

「んー、いくらだった?」

「一万二千ちょっと」

「じゃあお釣りはいいや」

「え?」

「途中で寝ちゃったから、そのお詫び」

「えー」

 ユウは明らかに不満そうだったけれど、私が頑としてお釣りを受け取らないでいるとそのうちに諦めたみたいだった。

「なんかカッコ悪いから奢られるの好きじゃないんだけどなぁ」

「奢りじゃないじゃん。それにほら、私、これでも社会人だし?」

 ユウはちょっと考えてから、あっけらかんと言った。

「なら、まっいっか。ゴチでーす」

 こういうところ、ユウはさっぱりしていて好感が持てる。歩き出したユウを追って、私も後に続いた。


 しばらく無言で歩く。駅に近づくにつれて少しずつネオンの灯りが戻ってくる。昼間にうとうとまどろんでいる時みたいな、ちょっとだけ浮世離れした世界。人は眠っても、街は眠らない。昼と夜の境界線みたいな、薄暗い交差点まで来るとユウが立ち止まって私の方を向き直った。

「お姉さん、電車?」

「そうよ。ユウも?」

「ううん、あっち。家近いんだ」

 そう言って曲がり角の先を指差す。

「そっか……じゃあ、ここでお別れだね」

 自分でそう言っておいて、ふいに寂しい気持ちになる。遊んでいる時間が楽しければ楽しいほど、これから誰も居ない一人きりの部屋に帰るのかと思うと気が滅入る。

「寂しいなら駅まで送ってあげようか?」

 そんな私の気持ちを見透かしたみたいな言葉。私は慌てて首を振る。

「良いわよそんなの。子供じゃないんだから」

「ふーん」

 ユウは話の続きを待つように私を見つめている。前髪に隠れて表情は、良く見えない。

「行かないの?」

「お姉さんこそ」

 早く行けば良いのに、ユウは私が歩き出すまで待っているつもりみたいだった。ユウも私と同じように寂しいって感じてくれているのかな? そうだったらちょっと嬉しいのに。そう思ったら急にたまらない気持ちになった。


「……ねぇ、また会えるかな?」

「まぁあそこのライブハウス行けば大抵居るし」

「そっか、そうだよね」

 言われて見れば当たり前だった。私は恥ずかしくなって俯いてしまう。

ユウはちょっと笑いながら私に近づいてくる。俯いた私の視界の端に、ユウの靴の先が見えた。

「そうだなぁ。さっき奢ってもらったし、お姉さんにはお礼しなきゃねー」

「お礼?」

 顔を上げると、すぐ目の前にユウの顔があった。私が驚いて思わず仰け反るよりも速く、ユウの顔が近づいてくる。


 そして、唇に軽い感触。


 ……思考停止。

 仰け反った勢いに負けて、私は尻餅をつく。かなりの勢いだったはずだけれど、不思議と痛みは全然感じなかった。頭が回っていなくても、勝手に手をついたりしてくれるんだから、人間って凄いと思う。

 夜の空気に冷やされたアスファルトが、スーツのお尻越しにひんやり冷たかった。


「ははは、じゃーまたねー、お姉さん」

 頭上から聞こえたユウの声で我に返る。私は慌てて立ち上がる。

 けれどその頃には、ユウはもう曲がり角の先に歩いていってしまっていた。暗闇に半分霞んだ人影がどんどん遠ざかっていく。

「ちょっと! ユウ!」

 私が叫ぶと、人影がこっちを振り返った。

「そうだー。勘違いしてるみたいだけど、わたし、女だからー。ユウナって言うんだー。ほんみょー!」

 大きく腕を振りながらそれだけを言うと、ユウはもう振り返らずに、そのまま行ってしまった。

「…………えっ?」

 私はユウの姿が見えなくなってからもずっと、ただ呆然と暗闇の向こうを眺め続けた。


次で終わりです。

最終は明日ヾ(゜∀。)ノ

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