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Minority  作者: 水上かなみ
3/5

群れからはぐれた羊達

 さっきまで私はライブハウスにいて、ユウの隣でお喋りをしながら演奏を聴いていた。

 私たちがみていたあのバンドはGreen Dayのコピーバンドらしく、あの後の曲も全てGreen Dayのものだったらしい。バンドの演奏は素人目にはかなりのもので、曲が変わるたびにユウの解説を聞きながら演奏に聞き入っていた。


 それなのに。

 私は目の前に座っているユウの端正な顔を見つめながら考える。

 どうしてこんなことになったのだろう。


「かんぱーい!」

 ユウの元気な掛け声と同時に私たちはジョッキを合わせる。小気味良い澄んだ音と、力を込めすぎたのか、ジョッキの端からビールの泡が少しこぼれてグラスを伝う。

ユウは一息にジョッキを半分ほど空けると、親父臭いため息をつきながらテーブルの上の枝豆に手を伸ばした。

 私もちびちびとジョッキに口をつけながら、目の前にいる少年の綺麗な顔を眺める。ユウの頬は、ライブハウスでも随分飲んでいたせいか、もうすでに少し赤くなっている。それに、元々かもしれないけれど、さっきよりもテンションが少し高い気がする。多分、酔っているんだろう。

 ジョッキをテーブルに置くと、力の加減が出来ていないのか思ったよりも大きな音が響いた。自分で思うよりも、私も酔っているのかもしれない。そういえばユウに付き合って、私もライブを見ながら何杯か追加で飲んだんだった。

「それにしても、やっぱり学生バンドはレベル低いよねー。出てきて正解だったよ」

「最後のバンドは結構上手かったと思うけど」

「ああ、あのサークル、あそこで定期的にやるから分かるけど、あのバンドが一番上手いやつらだから。あの後はレベル下がってくだけだからさ、聞いてても退屈だよ、多分」

「ふーん」

 私はユウと違って真剣に音楽を聴きに行っているわけではないから別に演奏が下手だろうと構わないのだけれど、退屈なのは嫌だったから、それならまぁ出て来ても良かった……のかな。

 ちなみに最後のバンドというのは、あのGreen Dayバンドのことだ。あのバンドの出番が終わるのと同時に出てきてしまったから、後のことは分からないけれど、ユウが言うなら、多分本当に退屈な演奏なのだろう。

 適当におつまみを食べながらジョッキを傾ける。これじゃあ早苗と飲みに行っても同じだったな。早苗にはちょっと悪いことをしたかもしれない。

 ユウの飲むペースは随分速い。私がようやく半分ほど飲むまでに、既に二杯目に突入している。

「そんなに飲んで大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫ー。酒強いしー」

 そういうけれどユウの顔はさっきよりもとろけているし、目のふちもうっすら赤くなってきている。とはいえ飲むペースは全然変わっていないし、強いというのは本当なのだろう。


 私だったら、そんなに飲んだら明日の仕事に響くかもと思って尻込みしてしまいそうだけれど、ユウはそんなことないみたいだった。

 こんな時にまで真っ先に仕事のことを考えている自分が嫌になる。まぁそれが社会人として当然のことなのかもしれないけれど……。

 そういえば、ユウは何者なのだろう。こうして一緒に居酒屋に入っておいて変なことだけれど、私は名前以外ユウのことを何も知らないのだ。

「明日、仕事とか無いの?」

「明日は休み。っていってもバイトだし、あっても夕方からだけど」

「フリーター?」

「まぁ立場的にはそうだけどさ、……出来ればバンドマンと言って欲しいね」

 そう言ってユウはちょっとだけ胸を張った。

 ああ、やっぱりそうなのか、と私は思い切り納得する。服装や言動からそうじゃないかとは思っていた。ユウ自身の言葉を借りるなら、マジョリティにはなれない類の、そんなマイノリティの雰囲気。

「バンドマンね。パートは何をやってるの? さっき歌ってた時上手かったし、ボーカル?」

 私の質問にユウは呆れたように小さくため息をつく。首にかかっている南京錠を手持ち無沙汰にいじりながら、挑発するみたいに、上目遣いで私を見つめる。

「違うって。見たら分かるでしょ?」

「……えっ?」

 私が戸惑っていると、ユウはもう一度ため息をついた。

「……わかんないかぁ。ほら、これ!」

 言いながらユウは南京錠を指差す。

「シドチェーンっていって、伝説のパンクバンドのベースがつけてたトレードマークなんだよ、これ。だから──」

「ベーシスト?」

 私が思わず言葉を遮ると、ユウは満面の笑みで頷いた。

「そういうこと。シドは憧れだからさ、真似してんだ」

「あっ、そういえばそのチェーン、漫画で見たことあるかも」

 そう言われて思い出した。ちょっと前に大流行した少女漫画にも、シド信者のバンドマンが出てくるものがあった。そのバンドマンも、このチェーンを首に巻いていたんだった。

「まあ……あの漫画はどうかと思うけど、とにかくそういうこと。コーラスもするけど、本業はベース」

「そうなんだ」

「あそこのライブハウスじゃないけどライブもよくやってるよ。デビュー目指して、誠意活動中! みたいな」

 ユウはグラスを机に置くと、恥ずかしそうにはにかんだ。その顔がキラキラ輝いて見えて、眩しくて私は目を逸らす。

「そっかぁ……なんか、良いなぁ。そういうの」

「ん? そういうのって?」

「なんていうか、夢とか未来とか。そういうのって、私にはもう無いものだから羨ましいなって」

「ふーん」

 ユウの返事はそっけない。けれど、その目は「なんで?」と聞いてきているようにみえて、私は慌てて言葉を付け足す。

「まぁ、この年になるとねぇ」

「そんな年には見えないよ?」

 そういってマジマジと見つめられる。

 確かに実際にはそんな年ではないけれど、ユウの目の前にいると自分が急に老けたみたいな気がする。見つめられているのが妙に恥ずかしくなって、私は「ありがと」とだけ言ってグラスを煽った。

「お姉さんってOLさんだっけ?」

「そうよ。普通の事務員」

「うちらからすると、そうやって普通に働いてることの方が凄いと思うけどね」

 言いながらも、ユウはお刺身をどんどん口の中に入れていく。そんな態度を見ていると、ホントにそう思ってるのかも疑問に感じてくる。

「……私は、普通だから」

「うん?」

 ホントに飲みすぎたのかしら?

 今日知り合ったばかりの人に、こんなこと話すべきじゃないってことは分かっているのに、一度喋りだした口は止まらなかった、

「マイノリティにもオンリーワンにもなれないから多数派にいるだけ、平凡なマジョリティなの。こんな自分、いつか変えたいって思ってるんだけどなかなか思うようにはいかないし」

「それって、今日のGreenDay みたいな?」


 いつの間にかユウの箸は止まっていて、私を窺うように目を覗き込まれていた。目が合うと大きな瞳に吸い込まれそうになる。なんだか、ドキドキして、時間がゆっくり流れるような気がした。ああ、やっぱり酔っているに違いない。

 私は、そのまま見つめあっていたら、心の奥のグチャグチャしてる部分まで見透かされてしまいそうで、そんな空気を壊すためにわざと茶化して言う。

「そうね。I want to be the Minority って感じ」

 私はサビのフレーズを小声で歌い上げる。

 ユウは私が歌い終わるのを待って、

「スーツでライブハウス来てる時点で普通では無いけどさ」

「そういう意味じゃないよっ!」

 私が言い返すと、ユウは舌を出して悪戯っぽく笑った。


 私はため息をひとつついて、皿の上に一切れだけ残っていたお刺身を箸でつまむ。醤油につけて口に入れると、鼻の奥がツンとした。私は慌てて、鼻をつまみながら悶絶する。目の端に涙が浮かんだ。

ビールを二口飲んでようやく人心地ついてからふと見ると、醤油の小皿にいつの間にか大量のわさびがとかされていた。そんな私の様子を見て、ユウは腹を抱えて思いっきり笑っていた。

 ……こいつっ!

 からかわれたと分かって腹が立ったけれど、ちょうど良く話が途切れたことにどこかホッとしている自分もいて、そんな自分に自分でも驚く。

 どうせ私が普通で平凡な人間だってことなんて、もう分かりきってる。二十年以上普通人として過ごしてきたんだから、今さら劇的に変わることなんてないんだろうしって半分諦めてる。だったらつまんない話をするよりは、今は楽しげに話しているユウを見ているほうが良いかなって思った。


 ずっと笑い続けているユウにちょっと怒り気味で文句を言うと、ユウはようやく笑うのをやめた。笑いすぎで潤んだ瞳を人差し指で拭いながら、

「それにしてもお姉さん、歌上手いねー。うちのバンドに欲しいくらいだよ」

 と下手なお世辞を言う。お世辞って分かっていても、ちょっとでも嬉しいって思ってしまったのが悔しいけど。

「はいはい。……これでも学生時代はボーカルでしたからねー」

「やっぱりそうだったんだ? 何か経験者っぽいなぁって思ってたんだよねー。あっ、そうだ、この後カラオケでも行く?」

「行かないよ! そんな時間ないし」

「えー、まだ全然時間あるじゃん」

 携帯電話の背面パネルを見ながら、ユウが不満そうに言う。言われて私もカバンから携帯電話を取り出して時間を確認。

 確かに途中でライブハウスを出てきたおかげで、まだ時間に余裕はあった。けれど明日も仕事な社会人は、そういうわけにはいかない。

「ダメです! ユウは良いかもしれないけど、私は明日も仕事なんだからね」

「うぅー……」

 ユウは唇を尖らせながらこっちを睨んでくる。「そ、そんな可愛い顔をしても、ダメなものはダメなの!」と言ってしばらくにらめっこをしていたけれど、先に根負けしたのはやっぱり私だった。

「はぁ……ここは終電までなら付き合うから。それでいいでしょ?」

「しょうがないなぁ、じゃあ今日は飲み明かすよー!」

 そう言って間髪入れずに、近くを通りかかった店員に生中を注文した。その様子に私は苦笑する。

「そうだ、せっかくだからユウのバンドの話聞かせてよ」

「えー。そうだなぁ……じゃあこないだライブやった時の話なんだけど──」

 そういって話し出したユウの顔はこれ以上ないくらいに弾んでいて、本当に音楽が好きなんだなぁと思うとこっちまで頬が緩んでしまう。

 私もお酒を追加してチビチビと飲みながら、楽しそうに話すユウに相槌をうつ。夜はまだまだ長そうだった。


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