それから
「彼の想い」「彼女の想い」の続きで、これで終わりです。
ではどうぞ。
疲労に負けてついそのまま寝てしまったけど、いい匂いにつられて目が覚めた。
そのままの格好で布団に包まっていた。起き上がって、ご丁寧に畳まれてた服を着ようとして、赤い跡だらけで思わず笑った。ごめん、本当に心配させたみたいだね。あなたに不安な思いをさせた後は、いつもこうだ。こんなにマーキングしなくたって、私は無事ここにいて、ずっとあなたのものなのにな。
服を着て台所に行くと・・・っていうか土間? 一段低い場所に無理やり置かれたような古いシステムキッチンは、184cmある彼のサイズとあまりにも不釣り合いだ。そしてそこで料理をしている彼の姿はあまりにも衝撃的だ。もうどこから突っ込めばいいんだろう? 可笑しくてたまらない。これも記録しときたい。でもうっかり笑い声が漏れて気付かれてしまった・・・残念。
「起きたか?」
振り返ると後ろに彼女が立っていた。あマズい。あそこ服から出たか・・・丸見えだな。きっと後で怒られるな。
「飯にしよう。そこのテーブル。」とりあえず、何も見てない振りをした。
「あ、美味しい。」良かった。彼女が持ってきた酒も出して、食卓に色を添える。まぁ俺は付き合う程度で、大半は彼女の喉に消える・・・が、今日はあまり飲む気は無いようだ。
ぬるめの燗で、話をしながら二人でチビチビやる。・・・段々染まってくる桜の肌が目に毒だ。でもきっと、俺の方がもっと赤い。遺伝には逆らえない。
朝起きると、隣にいたはずの温もりがなくて一瞬慌てた。でも、朝食を作ってくれているらしい匂いに気付いて安堵した。
朝起きたら一番に大事な人と挨拶を交わし、準備されてた朝食を一緒に食べて、いってらっしゃいってキスを交わして、弁当まで持たされて送り出されるのは、少し気恥ずかしいが、かなり嬉しい。
「今日はやけに機嫌がいいな、指輪の彼女か?」と、研修仲間や病院の先生達に見透かされて、からかわれた。俺そんなに浮き足立ってたか?
昼に持たされた弁当を出すと、見覚えの有り過ぎるタッパーで思わず吹いた。あいつこんな物まで持って来てたのか? 6年前、家出中の哀れな食生活に苛つかれ、これにはいつも差し伸べられた救いの飯が詰まっていた。正直俺はこれで落ちた。当時彼女には、そんな気は無かったらしいが、確実な手段だと思う。
彼が研修先の病院に行って、一人になった私は洗濯機が回ってる間に何となく掃除して、でも、あんまり散らかってもいないのであっという間に終わってしまい、残りの時間はアトリエで私の知らない絵を眺めた。我流のクセにいい味なんだよな、この絵・・・。
私達は、画家になりたいって彼が家出してる時に出会った。
私が住んでるマンションの一階で、何描くかボーっと考えてる彼が、私には何やってんのか分かんなくって、追っかけまわしてるうちに何となく仲良くなった。絵のモデルに誘われて・・・でも何もしてないのにできたって見せられた絵はシュルレアリスムで、何か腹立つほど見透かされたような事言われて泣いて帰った・・・けど、そのままなのは悔しくて。菓子パンの袋がいっぱいあったから、それからしばらく弁当作って渡して・・・反撃の機会を窺った。そして私も彼の内面を見事に言い当て、ショックを与えたまんま放っておいたら、いつの間にか彼別人みたいに変わってた・・・外見じゃなくて内面が。外見は無精ひげが無くなったくらい。うん、それも結構なイメチェンだったけど。
・・・で、結局こうなってる。
おかしいな、私はどっから惚れられて、私はどっから惚れてたんだろう?
棚から絵の描いてあるキャンバスを引っ張り出して・・・1、2、3、4、5。おいおい、本当に勉強してるのか? 初夏の新緑、夏の光、秋の実り、晩秋の紅葉、冬の夜、そしてイーゼルの初春の田園。こんなに季節ばっかり描かれると、離れてた時間を思って切なくなる・・・このロマンチストめ。うるっときそうになったけど、洗濯機に救われた。
・・・でも一枚足りない。
干し終わってから、カメラを抱えて探索に出かける事にした。あんなに絵になる光景があるんだ、私だってカメラに収めてきたい。かなり苦労して鍵をかけて、当てもなく歩き出した。
帰ると明かりが点いていて「お帰り。」と迎えてくれた。夕飯の仕度が済んだ状態で、もって来たノートPCで今日撮ったらしい写真の整理をしていた。「本当にいい景色いっぱいだね。」って笑いながら、写真を見せてくれた。「特にここ、この神社すごいね、空気が違ったもん。」ってこの辺りで一番古いらしい、大きな杉の木が何本も生えてる神社の写真を見せた。あぁ、そこは俺も好きな場所だ。空気が違うのは俺にも分かる。俗に言うパワースポットってのは、ああいう所なんだなと思った。「あれだけ雰囲気あれば、何か映らないかなって思ったんだけど、残念。」・・・悪い、それには賛同できない。
「何で春の絵だけ無いの?」夕食の後不意に問われた。春・・・桜の時期は二人にとって思い入れのある特別な季節だ。二人の生まれた季節で、二人が付き合い始めた季節で、これからもうすぐやってくる季節だ。出会ってから一昨年までは、毎年二人で桜を見て、互いの誕生日を祝ってきた。
だが去年は、彼女は日本に居らず、俺はここに来たばかりで・・・はっきり言って絵など描いてる余裕が無かった。「次は絶対描く。」って言ったら「楽しみだな。」って口元をほころばせた。
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まずい。居心地が良過ぎる。しばらく居つくつもりだったけど、長く居れば居るほど戻れなくなりそうだ。この数日一緒に居て、やりたい事、やらなきゃいけない事を投げ打ってでも、このままここに居たいという思いが段々強くなってきて、危機感を覚えた。彼と居るのは楽しくて、幸せで、時間の感覚を忘れてしまいそうだ。具体的にいつまでに帰るって用事も無いから、ずるずると過ぎてしまいそうで・・・でも、駄目だ。
「あと一年頑張ったらさ、そしたらとりあえず帰れるから。」指で髪を梳かれながら、彼の声を聞いた。「まだやる事あるんだろう?」うん、仲間と合同で夏に作品展やる約束と、趣味から仕事にするための努力と、もっともっと学ばないといけない事がたくさんある。やっぱりお見通しなんだね?
うん、去年はできなかったから、今年は一緒に桜を見よう。そしたら私・・・ちゃんと帰れるから。
嬉しい。楽しい。この時間は幸せだ。でも、これはまだ仮初のものだ。それをしっかり自覚しておかないと、この錯覚に負けてしまう。このまま彼女を縛り付けてしまいたい。甘い悲鳴を聞きながら何度もそんな事を考えた。でもそんなズルイ事はできない・・・彼女のためにも、俺のためにもならない事だ。
彼女もきっと同じような事を考えている。時々見せる表情がそれを語っている。
・・・潮時だな。戻れなくなる前に、手を離さなければならない。そうすれば、きっと将来きちんと迎えに行けるから。
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「うん、頑張る。」縋らないであなたの隣に立っていられるように、今頑張らなきゃいけないんだ。来る時乗ったバスに再び乗って、繋いでた手を離した。電話もあるし、ネットもある、映像だけど顔を見ながら話もできるから・・・でも、ここにはもう来れない気がする。だって帰りたくなくなっちゃうからさ。どこに居ても仕事ができるようになれれば、それも可能かもしれないけど・・・まだ今は仕事でもないんだ。
一年後、胸を張って会えるように・・・今は。
読んで下さってありがとうございます。
今までに、私のお話を読んだ事のある方は、
この彼と彼女が誰か想像つくと思います。
でも今の所、シリーズには含めません。
だから、彼と彼女で。




