詐欺師、三途の川でも
二人は三途の川のほとりから必死に離れ、逃げるように舞台中央へと戻ってきた。
「天国か地獄のジャッジ、闇を抱えてるかじゃないやんけ!」 無無は、自分たちを騙した闇売への怒りを爆発させた。 「生前の良い行い大喜利させられた挙げ句、なけなしの良い行い全部吸い取られただけやないか!」
「詐欺師、三途の川でも詐欺られる~」 二人の情けない叫びが、重い霧の壁に跳ね返り、空虚に響いた。 現世で人を騙し続けてきた自分たちが、死後の世界でさらに手酷く、それも「良い行い」という全財産を毟り取られる形で騙される。そのあまりに完璧で皮肉な結末に、二人の心からはポキリと音がして芯が折れた。
骨抜きにされた二人は、糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込んだ。泥濘の冷たさがズボンを濡らしていくが、それすらもどうでもいい。 三途の川のほとりで、詐欺師二人がただの抜け殻となって地面に崩れ落ちる。その姿は、霧に溶けていく影のように頼りなく、滑稽で、そして救いようがなく孤独だった。
どれほどの時間が過ぎたのか。 時間の概念さえも霧散したその場所で、唐突に視界の色彩が変わり始めた。
モノクロームだった死の世界に、暴力的なまでの「緑」が溢れ出したのだ。
在山が、重い頭を持ち上げ、ふらつきながら立ち上がった。泥に汚れた手のひらで目をこすり、その光景を呆然と見つめる。 「あっ、みどりが溢れてる~」 その声は、驚きというよりは、あまりの光景に脳がショートした者の呟きだった。 無無もまた、膝に付いた泥を払う気力もなく、在山の隣に力なく並び立った。二人は眩しそうに目を細め、自分たちの「良い行い」が強制的に変換されて出来上がった、美しくも残酷な新緑の景色を見渡した。
だが、その穏やかな緑の静寂を切り裂くように、地響きが鳴った。
「あ、象がいる。・・・デケーな」 無無がはっと振り返った先には、現実を凌駕するほど巨大な灰色の山が聳え立っていた。
その巨躯は、避けることのできない運命のように、二人を影の中に閉じ込めていく。
巨大な象が、その太い足を天高く振り上げた。
「やべっ」 「マジか」
二人の絶望的な呟きとともに、世界が再び激しく歪み始めた。
二人は、反射的に地面へと伏せた。 巨大な象の足が、空を覆い尽くす。その圧倒的な質量が自分たちを叩き潰す瞬間を覚悟し、二人は強く目を閉じた。
直後、すべての感覚が真っ白な光に飲み込まれ、次いで、深い闇へと反転した。 耳を劈くような轟音と、衝撃。 意識は濁流に放り込まれたように混濁し、時間の感覚が消失する。
・・・どれくらいの時間が経っただろうか。 鼻を突くのは、三途の川の湿った匂いではなく、コンクリートの粉塵と焦げたプラスチックの臭いだった。
壁が豪快に破壊されたビルの一室。 瓦礫と、無惨に折れ曲がった机の残骸が散乱するその部屋の床に、二人の男が倒れていた。
無無が、先に目を覚ました。 頭を振って意識を強引に引き戻すと、すぐ隣に倒れている在山の肩を、生存を確認するように軽くさする。 「おい・・・在山・・・」
さすられた在山が、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。 二人はひどく重い体を無理やり起こし、呆然と周囲を見渡した。
「・・・壊れてるけど、事務所や」 無無が、掠れた声で呟く。 「え? 戻った?」 「おいおい・・・オレら、象に踏まれて死ぬ前の時間に戻っとるぞ。夢か何か知らんが、生きとるんや!」 「ラッキー」 「そやさかい、お前はなんでそんなにのんきにおれんねん! 九死に一生やぞ!」 「これ、完全にラッキーやろ!」
在山が安堵の笑みを浮かべた、その時だった。
「・・・う、ううううう・・・ん・・・」
ひっくり返ったデスクの向こう側から、身の毛もよだつようなうめき声が漏れた。 壊れかけの机の角に、泥に汚れた手がかけられる。指先が白くなるほど強く握りしめられ、何者かが、地獄の底から這い上がるような動きでゆっくりと立ち上がった。
その顔が、埃の舞う光の中に現れる。 無無と在山の視線が、その「招かれざる客」の目と真っ向からぶつかった。
闇売。 あの不気味な売り子が、自分たちと同じ場所に立っていた。
「なんでやー!」 無無の喉から、魂の叫びが迸る。
「なんでだー!」 それと同時に、在山、そして闇売自身もまた、信じられないものを見たという顔で絶叫した。




