『後悔を消せる僕は、君の未来を奪っている』
僕と君は、後悔を消せる。
選ばなかった選択肢の世界へ移動する力。
やり直しじゃない。
分岐した別の未来に、意識を移すだけ。
そしてそのたびに、どこかで誰かの未来が削れる。
世界は必ず、重さを揃える。
◇
最初に使ったのは七歳のとき。
母の死をなかったことにした。
救急車は間に合い、母は助かった。
翌日、父が事故で死んだ。
偶然だと思いたかった。
でも二度目で確信した。
世界は、帳尻を合わせる。
◇
中学三年。
受験当日、僕は寝坊した。
第一志望に落ちた。
その学校で、君に出会った。
笑うと目尻が少し下がる君。
その出会いだけは、消したくなかった。
◇
でも高校二年の夏。
君が交通事故で死ぬ未来を見た。
能力は、次の歪みを予兆として見せる。
だから僕は世界を選び直した。
第一志望に受かる世界へ。
君と出会わない世界へ。
君は助かった。
代わりに、地方の研究施設で火災が起きた。
五人死亡。
僕は理解した。
これは等価交換だ。
君一人と、他人五人。
◇
吐き気がした。
それでも僕は繰り返した。
最小被害の世界を探した。
事故が起きない世界。
火災が起きない世界。
僕が死ぬ世界。
パターンは三十七通り。
三十七回、選び直した。
そして気づく。
帳尻が合っていない回がある。
三十七回目。
死者が一人、多い。
その一人は――君だった。
◇
目を開けると、病室だった。
君が隣にいる。
「やっと気づいた?」
君は静かに言った。
「三十七回目だよ」
背筋が凍る。
「覚えてるのか?」
「ううん。正確にはね、私も選べるの」
世界が、反転した。
君も後悔を消せる。
僕と同じ能力を持っていた。
「あなたが壊れていくのが嫌だった」
君は言う。
「だから毎回、あなたが一番自分を犠牲にする世界に戻してた」
研究者になる未来も、ワクチンも、世界を救う未来も。
「どうでもいいの」
君は笑う。
「あなたが死ぬ世界なんて、選ばせない」
◇
僕が君を守り、
君が僕を守る。
そのたびに世界は削られる。
帳尻が合わない三十七回目。
それは僕が初めて、
“君より世界”を選ぼうとした回だった。
「終わらせよう」
君が言う。
「能力を使わない世界を選ぶの」
後悔を抱えたまま、生きる。
誰かの未来を削らない。
それが僕たちの、初めての利他的な選択だった。
◇
目が覚める。
見慣れた天井。
ニュースは平和。
事故も火災もない。
能力の感覚は消えている。
成功した。
そう思った。
◇
一週間後。
国内各地で小規模事故が相次いだ。
死者はゼロ。
軽傷者多数。
偶然にしては、多すぎる。
夜、君から電話が来る。
「……感じない?」
震える声。
「あのとき奪った未来」
理解する。
帳尻は即時清算じゃなかった。
分割払いだった。
三十七回で削った未来。
それが今、世界中に拡散している。
誰かの夢が少し遅れる。
誰かの恋が終わる。
誰かの挑戦が失敗する。
合計すれば、きっと同じ重さ。
「私たち、まだ奪ってる」
君が言う。
僕は答えられない。
能力は消えた。
やり直せない。
止められない。
これが最後の帳尻。
◇
それでも僕たちは手を繋ぐ。
世界は今日も動いている。
僕たちはもう選ばない。
選べない。
奪った未来の上で、生きる。
その責任を抱えて。
◇
後悔を消せる僕は、
君の未来を奪っていた。
そして今も、
奪った未来の上で、
君と生きている。
たぶんそれが、
本当の罰だ。
もし後悔を消せるなら、あなたは使いますか?




