第8話「色のない祝祭」
共同討伐の成功を受け、グレイヴンでは小さな祝祭が開かれた。
戦争回避。
税の減免。
交易拡大。
町長は壇上で声を張り上げる。
「皆の安全は守られた! 戦わずにだ!」
拍手が起きる。
子どもたちが走り回り、屋台の灯りが揺れる。
だがレオンの視界には、それがすべて淡い白に近い色で映っていた。
「……彩度、低下率二七%」
自分の状態を、他人事のように測定する。
隣に立つセレネが、小さくため息をついた。
「祝祭を数値化しないでください」
「変化を把握する必要があります」
「把握したところで、止められるのですか?」
「最短解は存在します」
「その最短解が、あなたを削るとしても?」
沈黙。
舞台では楽団が演奏を始める。
音は聞こえる。
だが、どこか遠い。
「合理は万能ではありません」
セレネの声は、夜風に溶けるように静かだ。
「あなたは世界の歪みを整える。ですが整えすぎれば、揺らぎが消える」
「揺らぎは不安定要素です」
「揺らぎは、感情です」
レオンは祝祭の中心を見る。
勇者アルドが子どもに剣を持たせている。
赤いマントが翻る。
その赤は、かろうじて認識できる。
「……感情は処理困難です」
「だからこそ価値がある」
セレネは一歩前に出る。
「あなたは最短三手で戦争を終わらせました。では、あなた自身を守る最短は?」
レオンの視界に線が走る。
能力を使わない。
介入を減らす。
非効率を許容する。
だがそれは、損失が増える道。
「損失が拡大します」
「誰の?」
問いが刺さる。
町の灯り。
子どもの笑顔。
勇者の名誉。
それらは守られた。
だが、自分の彩度は下がっている。
「……測定対象外です」
答えは曖昧だった。
◆
その頃、王都。
教会では聖女ミリアが祈りを捧げていた。
「戦わずに終わるなら、それが一番です」
だが信徒の一人が囁く。
「勇者が魔王と手を組んだのは、本当に正しいのか?」
不安が広がる。
合理は数字で示せる。
だが心の納得は、別問題だ。
◆
祝祭の終盤。
アルドがレオンの前に立つ。
「……悪くなかった」
「何がですか」
「戦わない終わり方」
アルドは視線を逸らす。
「だが、俺はまだ迷っている」
「迷いは非効率です」
「だろうな」
アルドは苦笑する。
「だが、それが人間だ」
その言葉が、わずかにレオンの視界に色を戻す。
ほんの一瞬だけ。
「……記録します」
「何をだ」
「迷いの効用」
アルドは吹き出した。
「お前は本当に総務だな」
去り際、勇者は振り返る。
「消えるなよ」
再び同じ言葉。
レオンは小さくうなずく。
◆
夜が更け、人々が散った後。
広場には灯りだけが残る。
レオンは一人、石畳に座る。
視界はほとんど白に近い。
「均質化、進行」
世界が整いすぎていく。
線は完璧だ。
だが、揺らぎが消えれば、物語も消える。
「……最短を選び続ける限り」
自分もまた、均質な存在になる。
そのとき。
セレネが隣に腰を下ろした。
「非合理を、一つだけ提案します」
「内容は」
「何もしない日を作る」
「損失が出ます」
「ええ」
彼女は微笑む。
「ですが、その損失は、あなたの色を守る」
レオンは空を見る。
星は白点。
だが、その一つがわずかに瞬く。
「……検討します」
それは、彼にしては珍しい曖昧な返答だった。
祝祭の残り火が消える。
合理で救われた世界。
だが、その裏で、揺らぎが静かに減っている。
最短は、確かに正しい。
だが、正しさだけで世界は続くのか。
その問いが、初めて彼の中に残った。




